
今年も3月が終わろうとしている。3月は多くの人にとって節目の季節。それでも、非連続な出来事や急激な変化でさえも地続きなんじゃないかな、そう思えてならない。2011年3月の東日本大震災がきっかけになり、僕は電通の業務、仕組みとして「東北ユースオーケストラ」というものとつながっている。
復興支援活動の一環として、坂本龍一さんの思いとともに東北ユースオーケストラを立ち上げた。僕一人が立ち上げに関わったわけではもちろんなく、縁あって様々な会社の人たちと立ち上げからそばにいさせてもらっている、といったところ。電通は課題解決のためのソリューションを提供する会社だとすると、東北ユースオーケストラに見事なソリューションを提供することで、もしくは東北ユースオーケストラを通じて見事に社会課題を解決することで、僕自身の存在価値が顕在化するのだろう。しかしそう都合よくはいっていない。まったく。自分の非力さは早々に顕在化したけれど。それでも10年以上つながっている。電通や日本社会や世界という仕組みを、僕は素敵だなと思っている。坂本龍一さんという存在が別次元に圧倒的なことは、言うに及ばず。
今回、坂本龍一展を観賞するために東京都現代美術館を訪問した時のことを中心に綴ってみることにした。そこでの体験から1年くらい経ち、少し冷静に捉えるというか、自分の中で熟成されたこともあるのではと期待して。描写するいくつかの出来事は決めていたが、我が子に対する思いに着地するとは我ながら驚いた。そして、出来事の中に東北ユースオーケストラは登場しないが、書き上げた文章を読み終えた時、東北ユースオーケストラの一人一人のことが心に浮かんだ。東北ユースオーケストラへの眼差しは我が子への眼差しと変わらなかった。彼らに対して僕は非力というか、微力というか、そういうところまで。それでも愛している。そういうところまで。今回書く行為を通じてこんなことを思い知るとは意外だったが、同時にとても自然なことに思えた。
東北ユースオーケストラ、東京都現代美術館、そして我が子。すべてばらばらで、すべて地続き。自分の書いた文章を、事前に自分で補足するのはかっこうわるいけど、どうかおゆるしください。そして、皆さんは何を大切にしたいですか?
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地下鉄清澄白河駅で下車。目的地は「東京都現代美術館」。ちょっと階段、そこからエスカレーター、そしてまた階段を上って地上に出る。360度、主張し過ぎない街並み。どっちに進めばいいんだっけ?ここに来たのは一度や二度じゃないが、いつもこうなる。前方の木々が清澄庭園だとしたら、逆側に曲がってみてどうかまずは深川江戸資料館を見つけられますように。この資料館には、小劇場が併設されている。年に一度、我が子がピアノの発表会に参加する場。楽器を弾けない父の目にはただただまぶしくて、ハレの舞台で特別な何かを宿し演奏する姿を尊敬している。ごめん、そうじゃないね、一時的なスターマリオなんかじゃなくて、この演奏は誰あろう君たちが一つ一つ獲得してきたすべての結果なんだと教えてくれている。体現している。だから、心から尊敬している。
さて、この聖地までたどり着ければあとは簡単。簡単だけれど美術館までの距離は厄介だ。ある時、「この1km弱は参道だ」と思うことにした。アートと向き合う前に、自分を整える。なかなかナイスなコンセプトじゃん、と我ながら思っていた。一歩一歩、深いところへ。ずっと直進していくとデイリーヤマザキが目に入る。そこは目的地じゃない。でも今日の自分に黄色と赤のロゴは清澄白河の情景の中で妙に生めかしくて、扇動的で、豆いっぱい大福とか食べたいな。コレクション展と企画展、これからこの二つの展覧会にがっつり向き合おうとしているというのに、美術館の敷地のだいぶ手前だというのに、早速注意散漫。参道とかコンセプトとか言っちゃう自分に飛んできたブーメランか。痛い。いましめ的な意味では多少は整ったかも。
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コレクション展では、思いがけず『Untitled』の作品と遭遇した。そういえば、美術の教科書に付いている美術史年表の中で小っちゃい写真で見たことはあった。ドナルド・ジャッド。このアメリカのアーティストのことをまったく把握しておらず、しかし「ミニマリズム」という言葉なら聞いたことがある。そこから、なんとなくイメージも持てる。
『スタック』と呼ばれるシリーズのこの作品は、アートの歴史においてとてもシンボリックな存在とのことだ。高さ23cmの金属らしき箱が、23cmの間隔を取って上へ上へと10個壁に設置されているので、計算すると一番上までは4m60cm。美術館でもらったハンドアウトには、「絵画のイリュージョンを排除」、「この作品は、壁面だけではなく、見る者が立つ場を含む床面に至るまで広く拡張」、といった感じでこのミニマル・アートを鑑賞するための助け舟を出してくれている。
しかし初対面した感想は、「デカ!」だった。年表の小っちゃな写真にアーカイブされた作品の「本当の大きさ」になんて想像が及んでおらず、不意を突かれた。現物の圧倒的存在感と質感。そして、アカデミックな助け舟に乗れたんだか乗り損ねたんだか分からないまま、ただただ170cmの自分の身体ばかり意識してしまう。見上げるほどにずいぶんデカいなぁ。あんな重そうなもの、上まで抱きかかえて設置するの苦労しそうだなぁ。自分基準というか、自分の感覚に縛られているというか。自分、自分、自分。日頃我が子に「自分のことだけ考えるんじゃなくてさ」なんて言っているというのに、小っちゃな自分を形づくる殻は思いのほか頑固で、そこから容易に抜け出せない。
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企画展は『坂本龍一 | 音を視る 時を聴く』。YMO世代とはとても思えない、若い人々の大行列。館のSNSで「土日の入場制限について」なんてアナウンスも見かけるほど。
ここでのたくさんの展示は、それ自体が新しい体験、その場限りの体験であると同時に、記憶を呼び戻す引き金になった。新国立劇場での『TIME』、YCAMサテライトAでの『water state 1』、雪舟庭での『Forest Symphony』、京都新聞地下での『async - immersion 2023』、Ginza Sony Parkでの『Sensing Streams 2024 - invisible inaudible (GINZA version)』。ごくごく個人的で、かけがえのない体験の数々。
『霧の彫刻』が見える縁側のような通路を進み、最後の展示室に入った瞬間、信じられないものが目に入る。激しく胸を打つ。ピアノを弾く坂本龍一さんがいたのだ。自動演奏している生のピアノと、その手前の透過型スクリーンに映し出された1997年の坂本さん。鍵盤の動きとピアノを弾く半透明な坂本さんの動きはピタリと重なっている。確かにそこに坂本さんがいる。映像だと分かっているというのに。なんということだ。どうすればいいんだろう。感情が自分の硬い殻の内側で弾けて、ぐちゃぐちゃに反響し続けている。行き場のない波が強くなったり鋭くなったり、ところ構わず内側にぶつかってきて、痛くて、とても痛くて、視界がぼんやりしてしまう。
『美貌の青空』かな。黙って座って坂本さんの後ろ姿と鍵盤を弾く右手を凝視する。音を視る。美しい響き、美しいインスタレーションとは裏腹に、外側からは誰にも見えない自分の心模様は、誰にも見せられない。だけど今ここにいる人々は、そしてここを通り過ぎた34万人は、同じものをそれぞれの内に宿したんじゃないかなとも思う。
どれほどの時だったのか。立ち上がろう。もう進みます。一歩一歩。透過型のスクリーンを通り過ぎた時、坂本さんのいないピアノだけがあった。自動で動き、音を奏でているピアノだけがあった。あぁ、坂本さんは本当にいないんだ。本当に、いない。「いる」と「いない」を同時に強烈に突き付ける展覧会の最後。
コロナ前のこと、坂本さんからカードをもらった。ばたばたしているイメージを持たれていたのか、いそがしさを労う言葉が書かれていた。左手で書いている坂本さんの姿を思い浮かべる。とっても光栄なこと。だけどそんなにいそがしく働いていることなどなく、まして胸を張って社会に役に立つことをしてきたなんてとても言えない。身の丈に合わない光栄なんだと、つじつま合わせみたいに飛んできた居たたまれなさ。そわそわと居たたまれないというのに、主のいない自動演奏のピアノの前で、申し訳ない気持ちだけがぽつんと立ち尽くしている。
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美術館のとなりの木場公園。子どもたちが縄跳びをする。20回、いける?1、2、3、4、5、6、7、8、9……。息切れしてない?帰りは、え?おんぶ?そんな出来事は、ずっと前の動画の中にアーカイブされてしまった。今はおんぶすることも、まして抱きかかえることなんてできない。そして、子どもたちのほうがよっぽどいそがしくなった。みんなで木場のヨーカドーのフードコートに行くこともなくなった。
「ちょっと縮んだ?」なんて聞くけれど、いやいや、君たちがあっという間にずいぶんデカくなったんじゃん。もしかしたらほんとに縮んでいるのかもしれないけど、でも、気持ちはね、途切れてない。大丈夫。
画像制作:岩下 智



