
電通・宮川裕による連載「マーケティングの世界の住人が、アートの世界を覗いてみた。」
清水明子さんは、マーケティング系のセミナーに多数ご登壇されているが、そういった場でもアートの有用性について言及している。マーケティングのプロフェッショナルが、別世界と思われがちなアートをなぜ引用するのか?その核心に触れるには、清水さんという「人」を知る必要があると思った。
協力:ShugoArts
◆マーケター × アートコレクター ?

宮川:清水さんは、現在資生堂ジャパンの「クレ・ド・ポー ボーテ ブランド事業部 マーケティング部」のヴァイスプレジデントでいらっしゃいますが、スタートはP&G。その後のキャリアにおいては、ロレアルやペルノ・リカール、そしてLVMH傘下のロロ・ピアーナなど、グローバルブランドのマーケターとして歩んでいらっしゃいますよね。それと同時にアートコレクターとしての顔もお持ちということで。読売新聞社にお勤めの時代には、なんと展覧会をつくる仕事にも従事。この連載の趣旨にぴったりな方を発見!と勝手に思ってしまいました。
清水:ありがとうございます。マーケティングとアート、私にとっては両輪のような存在です。関わり方もいろいろで、事業会社のマーケターの立場で、アーティストへのコミッションワーク、コラボレーションの経験もあります。
マーケティングとアート。私自身も今回改めて考えてみたいテーマです。

宮川:ではまず、アートとの最初の出会いはどのあたりからですか?
清水:幼少期にアメリカに住んでいまして、アートや音楽が好きな両親に連れられて美術館やコンサートホールに行く機会は多かったです。でも子どもの頃はアートにまったく興味がなく、今の私の状況に、両親は「あなたがアートとか言うなんて」と笑っているくらいです(笑)。
アートの面白さを知るようになったのは大学生の頃です。一般教養の単位取得が目的でたまたま履修した、美術史家の小林頼子先生の西洋美術史の授業が本当に面白くて。
宮川:どんなところが刺さったんですか?
清水:アートは「解釈するもの」でもあるという気付きですね。アートって「きれい」「すごい」と感じる感覚的なものと思っており、それはそれで今もあるのですが、授業を通じてアートには「読み解いてみる楽しさ」があると知りました。絵に描かれたアイコン、アトリビュートが何を意味するのか、美術史の中でその作品はどんな位置付けにあるのか。文脈を踏まえて新たな提案をしているアーティストのあり方も含めて、「知る」「考える」対象としてアートに惹かれていったところがあります。
宮川:それは大転換ですね。
清水:圧倒的に「すごい!」と感じた経験も、学生時代にしています。当時の東郷青児美術館で見たゴッホの『カラスのいる麦畑』には衝撃を受けました。目の前に立った瞬間、迫力に飲み込まれそうで……。ゴッホが好きになり、『夜のカフェテラス』の舞台になった場所をこの目で確かめたくて、フランスのアルルまで行ったことがあります。あまり治安の良い場所ではなかったんですが、どうしても「夜のカフェ」を夜に見たくて夜に出歩きました。あと、お墓参りにも行きました(笑)。
私は建築も好きなのですが、P&Gに就職し勤務地である神戸近郊には安藤忠雄さんの建築があり、たくさん巡りました。その流れで直島も訪れることになり、そこで現代アートにもハマりました。

宮川:そうしてアートとの関わりが深くなっていく中で、最初の購入は?
清水:草間彌生さんの黄色のカボチャの版画です。価格も今ほど高騰していなくて、ゴッホの絵画は無理でも、普通の社会人の自分にも現代アートなら手が届く可能性があるんです。それから、アートがあることで空間の雰囲気ががらりと変わる、アートは空間、建築と共鳴するんですね。アートと暮らすことは、日々の生活、日常空間をより豊かにしてくれるものだと思っています。
宮川:今回は、ShugoArtsに場所をご提供いただきました。清水さんとご縁の深い三嶋りつ惠さんとアンジュ・ミケーレさんの作品を展示してくださっています。お二人との交流はいつ頃からですか?
清水:三嶋さんとは、ペリエ ジュエを担当していた時に仕事としてコラボレーションさせていただいたのが最初のご縁でした。ご本人がとても自由な方で、型にとらわれない発想が魅力的で。人柄にも惹かれて、作品を購入しました。
その三嶋さんを通じて知り合ったのが、ここShugoArtsとアンジュさんです。アンジュさんの作品も購入していますが、のびやかに心のままに描かれている感じがとても素敵です。ロロ・ピアーナ在籍時にアーティストとのコラボレーションを企画するチャンスがあり、イタリアのCEOにアンジュさんを推薦し実現しました。そのプロジェクトで制作していただいた連作の一つ、『Ray 4』という作品も今回展示してくださっています。ちなみに今日私が身に着けているスカーフは、このシリーズから実際に商品化したものなんです。


宮川:アーティストや作品とのつながりから、仕事にまで発展していったのですね。実際に購入された作品は清水さんにとってどんな存在ですか?
清水:普段、ビジネスをしているとどうしても目先のものに捕らわれる雑念が出てきてしまうことってあるじゃないですか。お二人の作品は、純粋な気持ちで制作されているからこそ心に響くものがあります。雑念を鎮める。アートは、私にとってのインスピレーションソースになっています。また、一コレクターとしては、作品を購入することでアーティストを応援したい思いも強くあります。
◆ご縁の積層

宮川:清水さんの経歴を拝見すると、もともとアートやマーケティングを専門に学ばれていたわけではなく、大学は法学部を卒業されているんですよね。
清水:はい。ただ在学中にアートの魅力を知ったこともあって、法学部に在籍しながら学芸員資格を取ってしまいました(笑)。
宮川:巡り合わせの賜物というか。すでにその頃から、ちょっと異色だったんですね(笑)。もう少し遡って、高校時代は?
清水:別名「隔離されたクレイジー・ユートピア」と呼ばれる高校に通っていました(笑)。帰国子女が多く、同窓会で久しぶりに訪れたら、下駄箱に貼ってある注意書きが日本語・英語・ドイツ語・イタリア語・フランス語……って、何カ国語も並んでいて。多様な価値観の中で育ったんだなぁと、改めて思いました。
宮川:大学卒業後、P&Gに就職されましたが、そもそもなぜP&Gだったのでしょうか?
清水:本当に、たまたまなんです。P&Gのインターンに参加した友人が、すごくいい会社だったよと教えてくれて。エントリーシートを出し、選考過程のグループディスカッションがすごく面白かったんです。あなたがこのブランドのマネージャーだったら、どう戦略を立てるか?みたいなケーススタディをチームで話し合う。その中で、ビジネスとは何か?社会人になるってどういうことか?という問いに対するリアルなイメージ、手触りを得ることができました。
今思えば、P&Gは自分にとても合っていた環境でした。個性豊かな方が多く、今もマーケティングの世界で第一線で活躍されている方々が先輩としているわけです。ユニークであることをよしとするカルチャーが当時あって、それが心地よかったです。また、若いうちから裁量を持たせてもらえて、担当商品のシェアが上がっても落ち込んでも、自分の責任。とてもヒリヒリする環境でしたが、本当にやりがいがありました。

宮川:P&Gでマーケターとしてのキャリアを歩まれていく中で、お仕事としてアートに関わるようになったのは?
清水:読売新聞に転職してからですね。P&Gの仕事は本当に楽しかったんです。でもふと、こんなに楽しい仕事の対象が、私の好きなアートだったら、もっと楽しいんじゃないか?と思ったんです。ちょうどそんなことを考えていた時期に、読売新聞を開いたら文化事業部が人材募集をしている広告を見つけたんです。これは運命かもしれないと思って応募しました。
宮川:またしても、ご縁到来ですね。
清水:採用枠は1名。ここで受からなければ、神様から「君にはアートはできない」と言われたと思うことにしようと。すると、まさかの内定。後から聞いた話だと、4年半もP&Gにいて異色で生意気に見える私について、ある役員が「こういう人材を活かせる会社にならないと」と言ってくださって、採用が決まったそうです。
入社後は、国立西洋美術館での『マティス展』など、展覧会づくりに携わりました。マティスのお孫さんと直接やり取りする機会もありましたし、アートに触れるという意味では、本当に幸せな仕事でした。海外から輸送されてきた絵画などを、最初に開梱する場に立ち会うようなこともあって、すごく贅沢な時間でしたね。
その一方で、マーケティングの世界から一度離れてみたからこそ、ブランドを背負って責任を持つ仕事の醍醐味に気付き、もう一度マーケティングの世界に戻ろうと決めました。

宮川:今振り返ってみて、読売新聞での経験はどう感じていますか?
清水:展覧会に携わる中で、「誰かが美術史をつくっている」という事実に改めて気付かされました。それはとても責任のある尊い仕事だと思います。作品をどう解釈し、どの部分に着目し、展覧会としてどうキュレーションしていくのか。今にして思えば、これはマーケティングと非常に共通する部分があると思います。ブランドに対し、どのように価値を見出し、打ち出していくのか。キュレーションもマーケティングも、当事者のやり方や編集力で、伝わる魅力がまったく変わってくる。そのことを強く実感できた経験でした。今の私を形づくる「地層」のようなものになっていると思っています。
宮川:まさに、アートとマーケティングが交差する体験だったんですね。
◆問いと、自由と、手触りと
宮川:ここまで、清水さんのとてもユニークな歩みをお聞かせいただきました。真似のしようもないような(笑)。しかし同時に、ユニークなのにそこから「普遍的な価値」が示唆されているようにも思えました。ここから、価値ということに少し踏み込んで伺いたいと思います。
清水:そうですね、マーケティングを見据えた上で、アートがもたらす価値というものは多面的なのではないでしょうか。アーティストとのコラボレーションのように、打ち手として直接的にビジネスインパクトを生む価値。それから、マーケターとしての価値観や発想の飛躍、そういったものに作用するもの、マーケターとしての本質に作用するもの、いわば間接的な価値、そんな側面もありますよね。
直接的な価値でいうと、アートの作品や作家性には、ブランドの世界観を明確に構築、再構築できることが大きいです。私の実践では、たとえばロレアルでshu uemuraのブランドを担当していた時は、蜷川実花さんをはじめとする複数のアーティストとコラボレーションをしました。ブランドのイメージやポジショニングを変えたい時に、アートとの共創はシンボルとして非常に強いメッセージが出せます。ペルノ・リカール在籍時に担当していたペリエ ジュエは、競合に対し知名度は劣り、ブランドイメージも希薄でした。そこで三嶋りつ惠さんなど、クラフトとしての繊細さ、日常の美しさを体現できる方々とコラボしていました。生活者の頭の中というバトルフィールドにおいて、「ペリエ ジュエとは何か」と輪郭付けることを企図しました。「伝える」を超えて「伝えきる」。結果、「伝わる」。そういった面でもアートの参照は有効なアプローチになると思います。
宮川:お手本のようなブランディングですね。

清水:他社事例として秀逸だなと思っているのは、10年以上前のルイ・ヴィトンと草間彌生さんのコラボです。当時、ルイ・ヴィトンは本当に誰もが持っていた流行りのブランド。ブランドがマス化しかけたビジネスの状況において草間さんを選んで、自分たちの商品はアートと同じ土俵に乗るんだと市場に仕掛けたあの打ち出し方、あの衝撃。私は天邪鬼なので、それまでルイ・ヴィトンは一つも持っていなかったのですが、このコラボ商品をあっさり購入してしまいました(笑)。まさに新しい顧客層を開拓する起爆剤としてのアートとブランドの関わり方だったと思います。
宮川:では間接的な価値のほうですが。
清水:マーケティングという言葉には広さがあるので、いろいろな捉え方はできるのですが、私が考えるマーケティングの本質は「新しい価値を提示する」ということです。データから語れる過去ではなく、未来をつくっていく仕事です。一つの正解なんていうものはない。「問い」なんですよね。問い続ける。そこに必要な思考回路をアートがつくってくれたという感覚があります。この作品はどういう意図でつくられたのか?何を語ろうとしているのか?ずっと考え続ける。
宮川:答えがない状況に向き合う。まさに今の時代のマーケターに求められる資質ですよね。
清水:それから、型にはまらなくていい、もっと自由でいい、という思いを持っています。昨今、最短距離で進みたい、最適解を教えてほしい、そんな思いに駆られることもあるかもしれませんが。私自身、P&Gから読売新聞に移った時も、ロレアルからペルノ・リカールに移った時も、周りから止められました(笑)。しかし、アートというものは自由であることを肯定してくれている。何もないところから、何をつくるのか?どういう問いを世に投げかけるのか?すべて自由。それがとても素敵だな、と。そして、自由であることに価値があると、アートの歴史は証明してくれている。

宮川:「型を破る」には、まず「型を知る」必要があるとも言いますよね。清水さんの場合、P&Gという、型、数字、ロジック、そういったものの象徴のようなイメージを持たれている会社からキャリアをスタートさせているのも面白いなと。
清水:本当にキャリアの順番が良かったと思います。P&Gでは、たとえば提案書は必ず1枚でまとめる。構成、フレームが決まっている。そこが破綻していると見てももらえない世界。上司から何度も何度も赤字を入れられていく中で、思考やデータの扱い方などの型を叩き込んでもらえたのはありがたかったです。
それとは対照的だった、ロレアル時代のフランス人の上司がまた素敵な方でした。審美眼の塊のような人。口紅のビジュアルを何十枚も撮った中から、一瞬で「これがいい」「これはだめ」と判断していく。化粧品のキャップが閉まる音にも徹底的にこだわるといったことはもちろん、内部の資料一つとっても、フォントやレイアウトが美しくないと「読まない」と言われてしまうほどです(笑)。最初は何がどう違うのか全然分かりませんでした。でも一緒に働く中で、その「絶対音感」みたいなものがだんだんインストールされていった感覚はありました。やがて、複数の写真の中から1枚を選ぶ際、「これ!」が一致するようになりました。それはやっぱり、どれくらい見たか、いろんなものに触れたかというリアリティのある体験と、徹底的に考え続けることの繰り返しで培われたものだと思います。
宮川:わざわざゴッホの『夜のカフェテラス』やお墓にまで足を運ぶくらい、学生時代から徹底された、いわば「身体性」ですね(笑)。
清水:自分の中のリアリティ、手触りはすごく大切にしています。今の時代、調べれば情報はすぐに手に入りますが、それでも足を動かし、空間含めて自分の目で見て感じることで、感覚が広がっていく。その引き出しをたくさん持っていることが、マーケターとして思考をジャンプさせる時にも役立つと思っています。
◆価値を創る

宮川:キュレーターとマーケターとの共通点のお話がありましたが、「問い続ける」「自分の手触りを大事にする」といったお話を聞くと、まったく別世界と見られがちなアーティストとマーケターも重なるところがあるように思えてきました。
清水:そうですね。先ほど述べたように、私が考えるマーケターというものは、過去やデータから改善することが主眼ではなく、まだ見えていない価値をいかに可視化できるかが問われる存在、未来へと価値創造する存在です。その立場をとるとすれば、アーティストとマーケターはとても重なると思います。ただし、アーティストとマーケターの大きな違いは、アーティストは自分の内発的動機でアウトプットするのに対し、マーケターは自分自身を消す、そういう仕事です。主観や個人的な好みは一切取っ払って、ブランドとして判断する。ブランドにとって、どう判断するのが正なのか?という視点でクリエイションしていく。
宮川:清水さんは、よくブランドを「預かる」という言い方をされていますし、ご自分は「いわば翻訳家」ともおっしゃっていますよね。
清水:ブランドを預かるとは、「深いところ」を大事にするということだとも思います。そのブランドがなぜ社会に存在するべきなのか、その必然性をとことん考えます。プロモーションをどうしようとか、それ以前に。
それから、ブランドが生まれた背景や、ファウンダーの思いを大事にしたいので、それをひも解いていきます。たとえばペリエ ジュエのボトルは花柄で、ただかわいいだけのものとして認識されていました。この花柄はエミール・ガレによって描かれた日本の秋明菊です。描かれた当時の時代背景を調べていくと、パリ万博を契機にジャポニスムが大流行していた時で、日本文化への憧れというものが時代の空気としてあったと思います。ペリエ ジュエが得意としているブドウはシャルドネで、とても繊細な味わいなのですが、ガレがこのシャルドネを飲んだ時に、日本文化の繊細さやエレガントさを重ね合わせた。だから秋明菊なのではないかと考察した上で、パリ万博と結び付けることを考えました。shu uemuraでは、メイクアップアーティストだった植村秀さんの言葉が残っていたので、それを読み込んで、彼だったらどう考えるのか?世の中に何を提案したかったのだろうか?と深いところから考えました。

宮川:資生堂についてもそうですか?
清水:資生堂に入社した当時、掛川市に企業資料館があってそこに足を運びました。ブランドの過去の資料、当時の担当者の手書きの提案書が残っているんです。どういう思いでこのブランドをつくったのか?そこに思いを馳せる。資生堂というのは、日本の企業の中でも文化というものに対する深い造詣があり、たくさんの支援をしてきました。1919年には日本に現存する最古の画廊である資生堂ギャラリーをつくるなど、創業家の福原家は当初から本当に文化活動に力を入れてきました。私が資生堂に入社を決めたモチベーションの一つも、そんな企業風土にあります。メセナ的な側面だけでなく、創業者・福原有信の孫にあたる福原義春は、「アートが人を育て、その人こそがビジネスを成長させる」、といった趣旨のことを語っていました。
宮川:ビジネスを成長させる、市場を創造するという観点で言うと、直近のマーケティングの成功事例を参照するよりも、むしろアートの歴史のダイナミズムを学んだほうがいいのでは、そんなことも頭をよぎってしまいました。以前、清水さんとお目にかかった際、村上隆さんの「芸術起業論」の話で盛り上がったことを思い出しまして。
清水:本当にそう思います。マーケティングの手頃な成功事例を見つけ、その表層を真似したところで、まるで意味がないことが多いと思います。繰り返しになりますが、マーケティングはいかに新しい価値を創造するかだと思っていて。美術史を見ても、新しい価値をどう世の中に提案してきたかの歴史ですよね。たとえば印象派の語源となったモネの『印象・日の出』。あれは、写実的に描くことが正しいとされていた時代に、まったく異なる光の描き方を提示した作品。マーケティングも同じなのだと思います。「化粧品ってこういうものだよね」という固定観念に対して、どうやって新しい価値を世の中に提示できるかが私たちの仕事。賛否両論、議論が生まれるような提案の先に、気付けば市場創造がなされていた、ということかもしれません。
宮川:ルイ・ヴィトンは買わないと決めていた清水さんが、図らずも買ってしまったというエピソードのように、非連続というか、越境的というか。それもマーケティングのなせる技ですね。
あと、「徹底的にやる」という観点でも、マーケターはアーティストに似ていると思えてきました。

清水:同時に、瞬時の判断力と柔軟性も重要です。たとえば三嶋さんのガラスの作品は、三嶋さんのディレクションのもと、職人さんたちがつくっていくわけです。ガラスは固まってしまいますから、迷いなく指示をする必要があるそうです。イタリアの屈強な職人さんたちに(笑)。そういった「オーケストレーション」のもと、三嶋さんが理想とする作品が誕生します。ビジネスにおいても、いろいろなファクターを見ながら判断をしていかなければならない局面が数多くあり、関わる人も多数いますので、オーケストレーションが重要になると思っています。
あと、アートコレクターの観点では、買おうか迷っている間に、他の人の手に渡ってしまった……なんて経験もあったりします(笑)。
◆そして「美しいものが残る世界」へ

宮川:清水さんのご経験をこうしてトレースさせていただいた中で、マーケティングとアートは、重なる以上に共振しているように思え、ダイナミックな共振によって生まれる未来は、楽しみに思えてきました。
清水:私がマーケティングという仕事を通して何を目指しているのかを考えてみると、「美しいものが残る世界」をつくりたいということなんだと思います。お預かりしているブランドが100年後も存在したとして、その時に「素敵だな」と自分自身で思えるような未来。そんな意義のある未来をつくることに、自分の時間とエネルギーを使いたいと思っています。
美しいもの、「美」というキーワードは、何もアートの作品に限らず。たとえば丁寧につくられた食材、本当に真心のこもったサービス。そういう美しいものを見極めて残していける世界をマーケティングの力で後押ししたいので、多くの人とともに審美眼を磨いていけるとうれしいです。
宮川:「美」という感性を育もうと思った時、日本という土地や文化から学べることもたくさんありますよね。
清水:そう思います。たとえば西洋では、自然はコントロールするものとして扱われることが多い。しかし日本は昔から自然災害が多いこともあって、自然と共に生き、寄り添い、愛でて暮らすという繊細な感性が根付いているかと思います。これは世界的に見てもユニークな感性ですよね。北海道の「星野リゾート トマム」にある安藤忠雄さんの「水の教会」では、ガラス戸が開いて、風や自然の音が入り込んできます。私たち日本人は、ただ十字架の前に立つ時に祈りたくなるのではなく、周りの環境やあるがままの自然に対峙し、生かされていることを実感した時に感謝と祈りの気持ちが湧き起こる、といったことを安藤さんは言っています。自然と共存する姿勢は八百万の神という考え方にも通じますし、足し算の装飾美とは違う、そのままでいいとする受容の美しさ。私はそういう日本人の感性を、もっと大事にしていいと思っていて。それがこの不安定な時代にこそ求められている価値観だとも思います。
宮川:幼少期から多様な価値観に囲まれた環境で育った清水さんの言葉には、真実が宿っているように感じます。
清水:振り返ると、そういった環境の中で私は「自分は何が好きか?」を問い続けてきたように思います。どんな世界をつくりたいのか、どんなブランドに心が動くのか。そして、自分の感覚を信じること、自分の幸せは自分で見定めることをずっと大事にして歩んできた気がします。
宮川:今回、とても美しい「積層」を見せてもらった思いです。
清水:ありがとうございます。「正解」や「最短距離」を求めがちな世の中で、まっすぐな一本道じゃないけれど、そのぐちゃぐちゃな道もご縁に導かれながら自分で選択してきて、それでも何とかなっている。そんな歩み方が、誰かにとっての後押しになれたなら、それはうれしいですね。

画像制作:岩下 智
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著者

清水 明子
資生堂ジャパン株式会社
クレ・ド・ポー ボーテ 事業部
マーケティング ヴァイス プレジテント
法学部法律学科卒。法学部在籍中に美術館学芸員資格を取得。新卒でP&Gマーケティング本部に入社し、マックスファクター、パンテーン等を担当後、読売新聞社文化事業部に転職し美術展のマネージメントに従事。日本ロレアルにおいて日本発のブランドであるshu uemuraのグローバル戦略、クラランスにおいて日本市場でのブランド再生等化粧品のマーケティングに携わった他、シャンパーニュ、ファッション等ライフスタイル領域で広くラグジュアリー・マーケティングに従事。直近ではLVMH傘下の最高峰ブランド、ロロ・ピアーナにてヴァイス プレジデント マーケティングを務めたのち、2022年資生堂入社。



