本連載の第29回でもご紹介した通り、電通が実施した消費者意識調査では「日本の食料システムの変革が必要だ」と回答した人が82.4%と、日本の食をめぐる課題に高い関心が集まっていることがわかりました。この課題解決に向けて、どのような取り組みがされているのでしょうか。
本記事ではみどりの食料システム戦略(※1)ご担当の農林水産省西経子さんと、大阪南エリアを中心に展開するスーパーマーケットで、農薬や添加物を極力使わない農産物を取り扱い、数々の受賞歴を持つサンプラザの山口力代表取締役社長にお話をお伺いしました。聞き手は電通ライブ田中理絵です。(肩書などは2026年2月取材時点のもの)
※1 みどりの食料システム戦略=
食料・農林水産業の生産力向上と持続性の両立を革新的な方法(イノベーション)で実現するために、2021年に国が策定した政策方針。
(左から)農林水産省 西経子 大臣官房審議官、サンプラザ 山口力社長みどりの食料システム戦略が生まれた背景

──最初に、西さんが一番今回言いたいことを、教えてください。
西:一番言いたいこと……正直に言うと、「みどりの食料システム戦略(以下、みどり戦略)はお金になる」ってことですね。
環境に優しいことをしようとするとコスト高になると思われていますが、J-クレジットで生産者にも収入が入るし、環境に優しい農産物を作っていることで流通さんに選ばれやすくなる。企業もTNFD (※2)で、自然資本に関する情報開示が必要なので、そういう生産者さんと長期的に契約する機会も増えていきます。
また、スタートアップや大手の農業機構メーカー、資材メーカーでも、高い生産性かつ環境負荷の低い農業を実現する技術開発が進んでおり、新しい技術を日本企業が持ち始めています。経済がまわることとセットで、みどり戦略が広がっていると感じています。
※2 TNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)=
企業・団体が経済活動による自然環境や生物多様性への影響を評価し、情報開示する枠組み
──改めて、農林水産省の「みどりの食料システム戦略」を簡単に教えてください。
みどりの食料システム戦略
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/西:もともとみどり戦略は、アジア・モンスーン地域での持続的な農林水産業、食品産業の持続的な食料システムモデルを日本がリードして作ろうという目的で始まりました。
2020年にEUが「ファーム・トゥ・フォーク戦略(※3)」をEUで標準化する動きがありました。同時期にアメリカも「農業イノベーション戦略(※4)」を出しました。特に欧州はルールメーカーで、今後の世界の農業はこうあるべしと発信しはじめた。しかし、ヨーロッパと日本では気候が違うんです。総合的に気候が乾燥していて、そんなに手をかけなくても良い農産物ができる国と、アジア・モンスーン地域で高温多湿で本当に丁寧に土と向き合わないと、雑草と植物病害が多数発生してしまう国では、農業の手法も変わってくるはずです。
もし、欧米主導でルールメークされたら、きっと日本は困難に直面する。だから、アジア・モンスーン地域ならではの環境に優しい食料システムのルールづくりをしなければならないと農林水産省の当時の担当が考えて、2021年にみどりの食料システム戦略ができました。今年でもう5年たちました。
※3 ファーム・トゥ・フォーク戦略=
2020年に欧州委員会により公表された、人々の健康や健全な地球環境、公平な食料システムを持続可能なものにするための包括的な戦略
※4 農業イノベーション戦略=
2050年までに生産量を40%増加させ、環境負荷を50%削減することを目指すアメリカの国家戦略
山口:2021年は、ウクライナ情勢が悪化する前ですよね。それより前にみどり戦略ができていたことが素晴らしいと思っています。

──たしかに、食料価格の高騰や品薄を体感するようになったのはその頃からでしたね。
山口:食料・農業・農村基本法の改正に向けた地方意見交換会の時に、農政局の方から「よかったら読んでください」と配られた分厚い資料を全部読みました。肥料の価格が上がることもそこにすべて書いてあり、循環や制度設計など、共感する部分がありました。
西:2050年の目標に向けてまだ未達成のKPIもありますが、ネイチャーベースドソリューションズ(自然を活用した解決策)で世界の脱炭素にも貢献をしたい。とりわけアジア・モンスーン地域の脱炭素に貢献したいと思っています。
──みどり戦略は、この5年間ではどんな成果が出ているのでしょうか。
西:関連技術も続々と出てきて、J-クレジットも農業分野という項目が別途設けられました。21万の認定農業者がいる中で、うち3万という約15%が現在はみどり認定を受け、環境に配慮した農業で収益を出しています。日本の農山漁村で技術が生まれ、実装する。技術を持つ人や企業が海外に行って稼いで、その資金でまた次の技術を開発し、国内外で実装が進む。こうした流れが実現すると、環境分野だけでなく経済面でも日本の農山漁村で自律的な好循環が生まれて、「地域の稼ぐ力」が高まると信じています。
「みどりの食料システム戦略に基づく取組の 進捗状況と今後の展開」(令和7年12月)より
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/midori/attach/pdf/honbu-217.pdf
自分にとっていいことじゃないと続かない!自然資本の持続のカギは食習慣

──持続可能な農業や消費についてはどうお考えですか。
山口:農地の保全は、そのまま置いておくのではなく、圃場(ほじょう)整備などが必要です。大規模ではない水路の整備も含めてです。ある自治体の資料を拝見すると、圃場整備を実施した地域の方が「10年後も農業を続けたい」と言う比率が明らかに高まっていました。
──より手をかけた方のほうが、持続意識が高まるのですね。
山口:もちろん人手をいくらでもかけられるわけではありませんし、生産性も上げないと経済的に成り立たない。だから今までやってきたことをそのままやっていけばいいのではなく、イノベーションが必要で、コストも下げて、環境にいいことをやっていかないといけないと思います。
西:山口さんのおっしゃる通りで、そこにみどり戦略も力を入れています。農業が環境に負荷を与えることは科学的論拠があるので、まずは環境負荷を減らすことが大事。その環境負荷を下げて作った農産物を、継続的に食べていただかないと、持続可能な農業生産につながっていかない。そこには当然価格の問題が出てきます。
山口:私は農産物や食品に「価格転嫁」という言葉を使うことに違和感があります。「手間やコストがかかった分を高く買ってもらわなきゃ」と言いますが、工業製品ではないので、食に関しては高くしすぎると、買える人が少なくなると思うんです。もし利益を出すなら、買う方にとって付加価値を感じていただける価格設計にするべきだと思います。
西:自然資本の持続性が保たれるためには、消費する側でも環境に良い食べ物を選ぶ習慣が大事です。しかし、自分にとっていいことならすぐに習慣になるけど、そうでないとなかなか習慣にならないので、行政がただ政策を押しつけてもダメですよね。
──環境に配慮した製品購入は、「自分の健康に良い」という確信が動機づけになるという調査結果があります。
GlobeScan、サステナブル・ブランド ジャパン
「Healthy & Sustainable Living Japan 2025 Briefing(健康で持続可能な生活に関する調査2025)」より
https://globescan.wpenginepowered.com/wp-content/uploads/2026/02/GlobeScan-Healthy-Sustainable-Living-Japan-2025-Report-JP.pdf西:都市に住む人にとって、作物がどう作られるかは、もはや非日常です。その非日常をどうやって日常にするかが問題です。お総菜やお弁当に、どこの地域で取れたとか、1日分の野菜が取れると書いてあると、栄養のことや地域のことも考える機会になるので、この取り組みは有効だと思っています。例えば「1日分の栄養素が入ったサラダ」という商品があったとして、もしそこに使われている野菜が環境負荷低減のものと知らなかったとしても、「普通のサラダより30円高いけど、どうせならこっちを買おう」っていう人が、結果的に増えたらいいと思います。
山口:私も、環境対応そのものをお買い物の目的にする必要はないと思います。環境が目的化してしまうと、一部の方しか取り組めないものになってしまいます。いろんな人がいて、それぞれの人にとって良いこと、何ができるのかの積み重ねです。価格が安い・高いだけで決めるのではなく、世の中の無駄をなくしていくこと、そして将来にあるべき姿からどちらがいいのかを一人一人が考えていくことが重要だと思います。
──最後に一言ずつお願いします。
山口: 結局のところ、サステナビリティに唯一の攻略法はなく、一つ一つの積み重ねと継続です。例えば、当社のお客さまに、小松菜の収穫体験や生産者との対話をしていただく取り組みをしています。毎年続けており、20年以上になります。こんなふうに作られていたと知ることをきっかけに、一人一人に将来につながる判断軸を持っていただく機会を作り、その結果として売り上げが増える循環 を作りたいと思っています。
また、当社では家庭から出る廃食用油を回収し、航空燃料(SAF)として活用する取り組みも始めています。日々の生活の中で出るものが資源として循環していく仕組みです。こうした身近な取り組みを通じて、環境や食の未来を考えるきっかけを作ることも大切だと思っています。
西:食に関係ない企業でも、いくらでも食や自然資本に関わるチャンスが出てきています。ネイチャーポジティブを自社の利益に結びつけていただいて、コストを価値に変えていくことをオールジャパンでやっていけたら、きっと社会は変わるという希望を持っています。
また、最後に、この電通報記事を読まれた方でご提案があれば、ぜひ農水省HPのお問い合わせ窓口に「電通報を読んで、こう思ったんですけど」って書いてくださるとうれしいです。みどりの食料システム戦略も脱炭素社会も2050年を目標にしています。今から24年後なので、ちょうど今の高校生が40代前後となって、社会を動かす中核になっている頃です。農水省は「みどり戦略学生チャレンジ」という若い皆さんの挑戦を表彰する事業を行っています。こういう社会を作りたいと思った未来を一緒に実現できたらと思っています。

──本日解説していただいたことで、行政と生産者と流通と消費者がつながってはじめて、食料システム戦略が成り立つと感じました。また、流通もお店の中だけでなく、生産現場にお客さまを連れていく取り組みをされるなど、みんなそれぞれが一歩ずつ自分たちの領域から踏み出してつながることも大事だと感じました。
取材日:2026年2月