「RDワーカー」という言葉をご存じでしょうか?RDワーカーとは、2025年9月に発表された新しい概念で、「難病(Rare Disease)」とともに働いている、働こうとしている人たちのことです。「難病」と聞くと、自分には関係のない世界と感じる方もいると思います。でも、これから「難病×はたらく」は今よりずっと身近になるでしょう。
前編 では「RDワーカー」という言葉の意味と開発背景についてお伝えしました。後編では、引き続き電通 クリエイティブディレクタ―・コピーライターの外崎郁美が「難病×はたらく」というテーマに挑んだクリエイティブ作品の続きと、作品を発表したイベントに登壇されたみなさまへのインタビューをご紹介します。
※本記事における難病とは、国の制度上定義された「難病」「指定難病」「障害者総合支援法上の難病」「希少疾患」に加え、NPO法人両育わーるどが独自に定義する「難治性慢性疾患」も含め、総合的に「難病」ととらえています。
Vol.3 言いにくいこともチャーミングに伝える「お気になさらズ」コミュニケーションツール「お気になさらズ」。画像をクリックすると詳細をご覧いただけます 企画制作:
──このチームは、難病の方が働くときに、まわりの人とのコミュニケーションを楽しく円滑にするためのアイデアを考えました。この企画の発想の原点は?
星:「自分の状況を伝えやすい職場環境のおかげで働きやすくなった」という当事者の方から聞いたお話が原点になっています。
江口:RDワーカーが、自分の状況を伝える負担をいかに少なくできるかを考えました。わざわざ言わなくても、さりげなく伝えることができるツールがあるといいなと思いました。
──TeamsなどのビジネスチャットやLINEでも今後気軽に使えるツールになるように、65種にわたるキャラクターデザインと言葉を生み出しましたね。工夫した点や配慮したことがあれば教えてください。
星:キャラクターに添える言葉が当事者が使わない言葉になっていないか、そして気付かないうちに相手を傷つけたりしていないか、気を付けて制作しました。そのため、制作の過程では何度も当事者のみなさんにご確認いただき、「もっとこういう言葉が欲しい」「この言葉だとこのキャラクターの表情は合わないかもしれない」といったご意見を一つ一つ反映し、今の最終形に落ち着いています。
江口:RDワーカーとそうでない人、両者の「日常使いしやすさ」も意識しました。「やすめー!」と「休むのも仕事のうち」など、趣旨は同じでも言葉の微妙なニュアンスが違うと、使う状況や受け取り方が変わりますが、それを選ぶのがスタンプメッセージの楽しさだと思ったので、65種まで増えました。
──この作品を通して届けたいメッセージをお願いします。
星:RDワーカーだけでなく、誰しも100%の出力で働けないときはあると思います。そんなときにお互いさまと言い合えるような寛容な環境が理想です。ちょこっとでもこの「お気になさらズ」が役に立ったら幸いです。
江口:「無理しないで」と言葉でいうのは簡単ですが、罪悪感なく「無理しない」を実行するのはなかなか難しい世の中だと思います。ですが、「お気になさらズ」が受け皿となることで、少しでもその罪悪感が薄まり、「がんばれないときに、がんばらない」が選択できる一助になったらうれしいです。
(左から)アートディレクター江口光希、プランナー・アニメーター星さくら Vol.4 RDワーカーの痛みや症状を可視化する映像表現
※動画に点滅する箇所がありますのでご注意ください
Symptom Typography ─痛みや症状の可視化映像。画像をクリックすると詳細をご覧いただけます 企画制作:
──このチームは、RDワーカーが実際に働く上でどのような痛みや症状があるかを、「RD WORKER」というタイポグラフィを擬人化して変化させる映像作品で表現しました。この企画はどのように考えましたか?
浦野:難病の痛みや症状は、外見からはわかりづらく、本人も周囲にどう伝えればいいか葛藤しています。単なる説明ではなく、「体の中で起きている違和感」を直感的に共感できる形にしたいと考えました。
──映像を作るにあたりRDワーカーのみなさんにヒアリングしましたね。そこでの気付きやこだわったポイントがあれば教えてください。
浦野:お話を聞いて、人によって「締め付けられるような痛み」もあれば「鉛のような重さ」など、症状が多様であることを学びました。そのため、映像でもシーンごとに異なる質感やゆがませ方を追求しました。表現したかったのは、「痛みを見過ごされることで生じる“生きづらさ”」です。当事者の切実な声とともに、「はたらきたい」という前向きな意思を妨げる症状を、正確に可視化することに注力しました。
──RDワーカーの痛みや症状をコピー化するには、想像力が必要だと思います。特に難しかった点や気を付けたことがあれば教えてください。
津野:痛みや症状をどこまでリアルに表現できるかで悩みました。なるべく当事者のリアルな言葉を生かしたコピーで表現することで、言葉の一つ一つが当事者のみなさんの実感と離れていないかを丁寧にすり合わせました。
──この世にない表現をゼロから制作するにあたり、電通クリエイティブピクチャーズのVFXチームの協力のもと、AIも活用されましたね。AI生成において特にこだわったポイントがあれば教えてください。
浦野:3DCGではなく、あえてAIを活用する方法を選びました。難病の痛みは予測不能で、制御できないものです。AIに生成させることで、人間が頭で描くデザインを超えた「制御不能な生々しさ」や「未知のうごめき」の表現にトライしました。また、「音」にも注目してほしいです。文字がゆがむときに、骨がきしむような音や、神経に触るようなノイズを重ねています。耳からも刺激を伝えることで、見ている人が「自分の体が痛むような感覚」になるくらい実感が持てるものを目指しました。
──この映像作品を通して伝えたいメッセージがあればぜひお願いします。
浦野:「特別な配慮」をお願いするのではなく、この映像をきっかけに、誰もが体調や状況に合わせてしなやかに働ける、本当の意味でインクルーシブな「はたらくの未来」を一緒に作っていきたいです。
津野:RDワーカーの痛みや症状はこの映像で描いた以上に多様であり、同じ病名であっても、痛みは一人一人異なります。だからこそ大切なのは、わかったつもりにならず、謙虚に想像し続けることだと思います。この映像が、RDワーカーと私たちの向き合い方がアップデートされるきっかけになることを願っています。
(左から)アートディレクター浦野夏実、CMプランナー津野文香 「インクルーシブ」というテーマとの向き合い方RDワーカーを広めるためのクリエイティブ作品を発表するにあたり、「誰もが働きやすい職場・社会とは?をデザインから考える」というテーマで、日建設計 チーフデザインオフィサー 山梨知彦氏、日建設計 インクルーシブデザインラボ 西勇氏、両育わーるど 理事長の重光喬之氏と電通 外崎郁美でパネルディスカッションを行いました。
西さんが所属する日建設計インクルーシブデザインラボでは、身体や心、年齢、言語などの多様な状態や状況の違いにかかわらず、それぞれが自分らしく活動ができる社会環境を提供していくために、多様な当事者の方と一緒に考えて形にしていくプロセスを大事にしているそうです。今回、両育わーるどの重光さんからRDワーカーを広げる企画のご相談を受け、まだ社会的認知の低い難病について知る機会に、そしてRDワーカーを一緒に広げる一助になればという思いで両育わーるどとイベントを共催されました。
イベント当日のパネルディスカッションの様子 ──“「難病×はたらく」の未来をデザインする”という今回のイベント開催は、いかがでしたか?
西:社会的な認知度が低い話をどのように知ってもらうか、がすごく大事だと常々思っていたんです。「認知的不正義」という言葉がありますが、それを解消するための手段として「クリエイティブ」があるということに新しさを感じました。また、「難病×はたらく」を実現する手段として「RDワーカー」という言葉が開発されたこともすばらしいと思いました。
──ありがとうございます。 社会課題を解決するための共創空間プラットフォームである“PYNT竹橋” で発表させていただけたことがうれしいです。設計の分野でインクルーシブを推進されている西さんの視点で、特に印象的だった作品はありますか?
西:映像(Symptom Typography ─痛みや症状の可視化映像)が特に印象的でした。多様性の話をするときに、抽象化された表現であることは実はとても大事だと思っています。僕は車椅子に乗っていますが、例えば「車椅子で段差を越えられない」という動画だと、その事実を受け止めるだけになると思うんです。それが、段差を越えられないという苦しみやモヤモヤが抽象化された表現になっていると、想像力を広げやすいと思います。今回の映像も、痛いとかかゆいとか、誰にでも起こり得る共感しやすい話を音や光も入れて視覚的に表現されているところがいいと思いました。
──なるほど、抽象化したものの方がいろんな人が自分ゴト化しやすいというのは新しい発見でした。RDワーカーが広がっていくために、今後は何が必要だと思いますか?
西:デザインにおいても作る人と使う人がいますが、RDワーカーについても、雇用する人と雇用される人がいます。この「雇用する人」がどこまで理解して想像力を広げて、RDワーカーを思い浮かべられるかが大事だと思います。そこには必ず対話が必要で、対話の中から生まれるものがたくさんあるはずです。
日建設計インクルーシブデザインラボ 西勇氏 今回のイベントで登壇された日建設計チーフデザインオフィサーの山梨知彦さんにもお話を伺いました。山梨さんは建築家として数多くの著名な建築物を手掛けられていますが、10年前にパーキンソン病を患い、自らがRDワーカーになるという経験をされました。
日建設計チーフデザインオフィサー 山梨知彦氏 ──長年、建築家として第一線でご活躍されてきた山梨さんですが、ご病気になられて、今のお仕事や建築について見え方に変化はありましたか?
山梨:仕事柄、建築について、障害者に配慮するのはあたりまえだと思ってきました。そんな自分が病気になることで、自分の建築が大きく変わると思ったけど、変わらなかった。それがショックでした。自分自身に障害があることで、障害に配慮したデザインを生み出せるに違いない、RDワーカーとして社会に貢献できるに違いないと思っていたのに、まったくうまくいかなかった。この問題の難しさを肌で感じた10年間でした。
──仕事に反映させていくには、一筋縄ではいかないのですね。
山梨:難病当事者になったからといって、難病の専門家になれるわけじゃない。難病と仕事、僕の場合は建築のデザインですが、ここを上手に橋渡しするにはリテラシーが必要ということなのですね。今振り返ってみると、病気になって3年くらいはパニックになっていて、病気と向き合えていないわけです。そういう状態では仕事にもましてや社会貢献にも生かせない。愚かだと思いました。でも今は逆に、人間ってそうやって学ぶ生き物なのでは、とも思うようになりました。
──そのような状態から、山梨さんの考えが変わったきっかけはありますか?
山梨:病気のことを人に話せるようになってからですね。病気になって数年は、自分の病気を職場の仲間やクライアントに知られてしまうのではないかと心配して、緊張していました。でも、自分の病気のために何らかの迷惑をかける可能性があるのであれば、それを相手に伝えておくことが仕事上のマナーではないかと考えるようになりました。病気を隠しているよりも、開示した方が自分自身の気持ちも落ち着くことがわかったんです。そうした経験から、難病に対する社会のリテラシーが高まることが大事だと思うようになりました。自分がすべきことは、「ユニバーサルデザイン」を考えることだけではなく、「病気を開示していくこと」で、難病に対する社会の関心を高めることではないかと思うようになりました。
──病気を開示していくことで、変わったことはありますか?
山梨:隠さなくなったことで、逆にリラックスして仕事ができるようになりました。元気なフリをする必要がなくなったので、緊張もなくなりました。また、一日の中で手を自由に動かせる時間が限られているので、ジェネラリストではなく建築デザインの専門家として働くようになりました。心に余裕ができたのか、健康なときには一切手伝わなかった家庭での皿洗いをするようになり、そこからの気付きを建築デザインへとフィードバックしたりもしています。こんな具合に、社会全般の見方が変わりましたね。
──RDワーカーの可能性が引き出される社会にするために何が必要だと思いますか?
山梨:世の中には健康な人だけではなく、調子が悪い人もたくさんいます。「RDワーカー」という言葉を打ち出していくと、「実は自分も調子が悪いんです」という人が出てくると思います。最近では高齢になっても働く人が増えていて、65歳以上は何らかの疾患や症状がある人がほとんどだと思います。健康は「標準」ではなく、みんなそれぞれ個性と違いを持って生きています。「多様であることがあたりまえ」ということに、社会が追いつく必要があると思います。
──建築家というお立場から、今回のクリエイティブ制作者にメッセージをお願いします。
山梨:広告クリエイティブの仕事は建築家と働き方の立ち位置が近い気がしていて、いろんな視点からの要望に対応する仕事だと思います。その地道な作業と数多くのフィードバックの中で、「かっこいい」と「優しい」の両立が生まれるのではと思うので、ぜひみなさんにも目指してほしいです。
世の中「意義」だらけだからこそ、「なんかいいね」を大事に最後に、RDワーカーという言葉をともに開発し、今回のクリエイティブ制作においても難病当事者のみなさんに協力を仰ぎ、全面的に伴走してくださったNPO法人両育わーるど理事長の重光さんにもお話を伺いました。
NPO法人両育わーるど 理事長 重光喬之氏 ──今回のクリエイティブに何を期待しましたか?
重光:当事者として僕ら団体メンバーや、外部団体との有志の集まりである「難病者の社会参加を考える研究会」関係者が活動するときは、白書や政策提言など堅めの手法をとることが多いです。その手法だと関係者には広がっていきますが、一般化しづらいのが課題です。その壁を飛び越えていくにはクリエイティブしかないと思いました。 過去に外崎さんたちとポスターを作ったときに、まったく知らない方が声をかけてくださったり、当事者の方もそうでない方もみんな「かっこいいね」と、ポスターそのもの自体が持つ力が先にあって、共感が広がりました。今回もそんな期待をしましたね。
──今回、若手クリエイター4チームがそれぞれ違うアプローチで形にしましたが、率直なご意見をお聞きしたいです。
重光:表現って、自由でいいなと。若い方の創造性や自由な発想みたいなものを肌で感じて、可能性を感じてうれしくなりました。これはもう、「RDワーカー」広まっちゃうなと。
──うれしいお言葉をありがとうございます。RDワーカーという言葉や考え方を広めていくための作品やツールができたことで、今後の展望や思いがあったら教えてください。
重光:RDワーカーの当事者でもそうでなくても、「かっこいいね」とか「これ楽しいね」というところから広がっていって、結果的にRDワーカーを知ってもらえたらすごくいいんじゃないかと思います。「社会的意義」から入らず、そのもの(クリエイティブ)自体の良さから「いいね」という入り口に入っていった方がいいと思うんです。
(左から)NPO法人両育わーるど 理事長 重光喬之氏、電通 外崎郁美 ──広告コミュニケーションの仕事でもいつも感じるのですが、「意義」から入らない方がいいと思いますか?
重光:はい、僕はそう思います。みんなそれぞれ事情があって、世の中「意義」だらけなんで、人の意義まで考える余裕がないというか。だから違う入り口から入って、後から気付くくらいがいいと思うんです。
イベント当日の集合写真 難病当事者であり、ずっと難病者の社会的支援のために尽力されてきた重光さんご自身が、「かっこいいね」「これ楽しいね」を最重視し、誰にとっても自分ゴト化しやすいことを大事にしていらっしゃるのがとても印象的でした。
今回のクリエイティブが、まだスタートしたばかりの「RDワーカー」という言葉と概念をこれからどんどん世の中に広め、誰もが知るものに成長させていく大きな一歩になると信じています。