技術広報のインターナル活用で、「両利きの経営」を加速せよ
・技術広報とは?
自社の持つ「技術」についての企業コミュニケーション、特に対外情報発信のこと。詳細はこちら。
技術者に広報活動に協力してもらうためには、「なぜこの技術を社会に伝える必要があるのか?」という納得感が欠かせません。その起点になるのは、実は存在は知りつつも素通りされがちな「パーパス」や「企業理念」です。
本連載では、経営視点とアカデミズムの双方を意識しつつ、「技術広報」について考察していきます。今回は電通PRコンサルティング/企業広報戦略研究所 上席研究員の中憲仁が、組織における「インターナルブランディング」の観点から技術広報を考えます。
また、組織学習やマクロ組織行動論を専門とする立教大学の安田直樹先生からも貴重なコメントをいただきました!
技術広報の“目詰まり”を解消するメリットとは?
前回記事で、企業の広報部門と技術部門が連携できていない“目詰まり”がある現状に加え、広報との連携ができている企業は「技術情報の発信」が技術者のパフォーマンスを2倍に高める結果が示されました。
ただしそれと同時に、情報発信のテクニカルな面や広報部門と技術部門の連携における課題が浮き彫りになっています。
前回のおさらいも兼ねて、効果的な技術広報のポイントをまとめると、以下のようになります。
技術広報のポイント
① 広報に関心のない技術者が多いことを前提に、経営層から広報への協力を呼びかける
② 経営層の後押しを受けながら、広報担当者が技術者に情報発信への協力を依頼する
③ メディア露出などの発信を通じて、企業における立場を技術者に理解してもらう
④ ①~③を通じて技術者の広報理解を深め、発信する技術情報の質を高める
⑤ 活動の影響や成果を測定し、PDCAを運用する
多くの企業では、この①~⑤のすべての段階に課題があります。
今回、筆者は10人程度の技術者・個人投資家に対し、技術広報についてのヒアリングを行いました。
その結果、定性的な傾向として見られたのが、「広報そのものに興味がない技術者は多い」ということです。
この点については、技術者に対して“具体的なメリット”“連携することでの成功体験”を示していかない限り、広報と技術者で相互理解を得ることは難しいでしょう。
筆者は、B to Cメーカーの広報担当者から次のようなお話を伺いました。
現場の技術者は広報に関心がないばかりか、広報をコストセンターだと思っている。しかし説得し、一緒に取材対応を受け、報道露出を見たことで、その後の態度が180°変わり協力的になってくれた
このエピソードの背景としては、「自分たちの技術が社会に対してどのようなインパクトや社会的価値をもたらしているのか」を、情報発信を通じて感じ取り、モチベーションに寄与したことが考えられます。逆に取材機会がないと「社会的価値」を感じ取る機会が少ないとも言えます。
技術者たちに技術広報への興味を持ってもらうため、今回は企業のパーパスや理念を用いた「インターナルブランディング」の観点で考えてみたいと思います。
「技術広報」を“インターナル”で思考する
電通PRコンサルティングの調査では、技術広報が、マーケティング(セールス)にポジティブな影響を与えることが明らかになっています。 ※詳細リリース参照
さらに調査では、
「自社のパーパス・企業理念が、自社技術とひも付いて社内に浸透している」「対外的に発信している」
と回答した企業の技術者と、
「自社のパーパス・企業理念が、自社技術とひも付いて社内に浸透していない」「対外的に発信していない」
と回答した企業の技術者それぞれに対し、それらの発信がマーケティングに寄与したかどうかを質問しました。
すると、後者と比べて、前者の方が約40ポイントもの大差でマーケティングへの寄与が高いと感じていることが分かりました(下図参照)。
電通PRコンサルティングの「インターナルブランディング」では、2000年代から、「パーパス・企業理念への共感性」が企業価値の向上に寄与する点に注目してきました。
そして組織のエンゲージメントを支える21項目に対し、多変量解析による因子分析を実施。「リレーション」「モチベーション」「コンディション」の3つの因子を抽出し、体系化しました。
部署間連携など社内の「リレーション」が円滑化することで、「モチベーション」が高まり、そのコミュニケーションの循環を下支えする「コンディション」を整えるために企業が職場環境、制度面を構築する。このサイクルこそが、企業価値向上のサイクルを生み出すという分析です。
また、「モチベーション」因子には、特に「企業理念への共感性の強さ」が影響していることも考察してきました。
筆者は「技術広報においてもこのサイクルが当てはまる」ことを仮説に置いて、企業が技術広報を通じて従業員へのエンゲージメントを強化することで、3つの因子がどう機能し、企業価値向上につながっているかを検証しました。
その結果、「パーパスや企業理念が自社技術と関連付けて、社内に説明されている」場合、従業員はよりよい結果を得るために能動的に行動するようになり、パフォーマンス(プロアクティブ行動※)に影響があるという結果が示されました。
※プロアクティブ行動=
組織の中で積極的に情報収集を行ったり、既存のメンバーとの関係を自ら構築していったりするような、適応のための行動。自ら課題を見いだし、主体的・能動的に環境変化を起こす。詳しくは前回記事参照。
上図の「パーパスや企業理念は技術との関連付けが社内への説明で行われている」の項目の係数を見ると、社員のパフォーマンス(プロアクティブ行動)に及ぼす影響が強いことが分かります。
これは企業として、自分たちがなぜ存在するのかについて、「技術」をコアに、社会的な役割も含め定義を明確化し、自身の業務への意欲を示しているともいえます。この循環が、人財の成長とともに収益を向上させ、企業の成長を促すことになります。
なお、電通PRコンサルティングでは、部署間の連携強化、パーパス・企業理念浸透を目的としたワークショップなども手掛けて、組織変革のサポートを行っています。
そしてもう1つ、上図の「研究開発者や技術者自らが研究や技術に関して対外的に発信している」という項目ですが、こちらも自身で対外的な発信をすることで、自らが携わっている技術に誇り・自己肯定感が生まれ、よりよいパフォーマンスに寄与していることが分かります。
マクロ組織行動論の視点で「技術広報」を考えてみる
今回の調査では、「技術者のモチベーション」や「チーム内のコミュニケーション」など、組織内の具体的な動きや課題・問題点を探求する、いわばミクロ組織論の考え方からアプローチしてきました。
視点を変えて、経営者の視点から捉え直してみましょう。技術広報を活発化することは、組織にどんなメリットをもたらすのでしょうか?
組織は既存の事業で収益を上げるだけでなく、新しい分野を開拓し、事業として成功しないと企業としての成長はありません。そこで、マクロ組織行動論で有名な「両利きの経営」の視点で技術広報を捉えてみます。
マクロ組織行動論の重要キーワード「両利きの経営」とは?
「既存事業を磨いて現在の収益を確保する力」と、「既存の成功パターンからあえて離れて将来の成長機会を探す力」を、同じ企業の中で同時に成立させること。これら「知の深化(Exploitation)」と「知の探索(Exploration)」との両立が両利きである。
チャールズ・オライリーとマイケル・タッシュマンらの研究によって体系化された。
まず、「知の深化」ですが、技術広報は自身の技術が社会にどういう意味を持つのか、市場の反応を見ながら再確認する機会になります。
また、技術広報と「知の探索」との接合点はどこかというと、「新規事業開発」「研究開発」「実験」に取り組むプロセスそのものを発信する点が考えられます。
企業が培ってきたパーパスや企業理念とのつながり、企業のカルチャーを含めた発信は、現場への再確認になると同時に、組織に対するエンゲージメントなどの無形資産に対して、ポジティブな影響を与えることが考えられます。
つまり、技術広報への取り組みが企業にとって組織としての「知の深化」「知の探索」に直結しており、「両利きの経営」を実現するための不可欠な要素になっているのです。
最後に、今回実施した技術広報の調査結果について、マクロ組織行動論の専門家である立教大学安田直樹准教授に分析結果を共有し、お話をお伺いしました。
安田直樹先生に聞く、マクロ組織行動論
立教大学経営学部 准教授/ビジネスデザイン研究科前期課程、後期課程准教授 安田直樹 専門:組織学習、マクロ組織行動論
電通PRコンサルティングの調査・分析結果を見る限り、技術広報の可能性は、「技術を社外に分かりやすく伝える」ことにとどまりません。
技術広報を行うことは、技術者のモチベーションやリテンション(就労の継続)、個人・チーム・組織のプロアクティブ行動など、さまざまなことにポジティブな影響を与えており、経営者が注視すべきポイントだと思います。
マクロ組織行動論の観点から見ると技術広報は、
- 企業内に蓄積された既存技術を事業価値へ転換する「知の深化」
- 外部の協業先、生活者、技術コミュニティとの接点から新たな機会を見いだす「知の探索」
この2つの活動そのものを活性化する、1つの大きなツールに成り得る可能性を感じます。
技術広報は、完成した技術を一方的に伝える活動ではなく、外部からの反応を通じ、技術者自身が技術の意味や社会的価値を再解釈し、“新たな探索領域”を発見する組織学習プロセスとも言えます。
“両利きの経営”では、既存事業を磨き込む「知の深化」と、新しい知識・市場・技術を模索する「知の探索」の両立が求められます。技術広報はこの両者を媒介する「力」の可能性を示唆しており、経営者の視点からは、自社の企業価値創造モデルを考える上で重要な要素の1つといえます。
対外的な技術に関する情報発信を戦略的に行うことで、発信した情報がさまざまなステークホルダーにリーチする。そして、その価値が組織内部へとフィードバックされることで、インターナルへのポジティブな影響や企業ブランディングへの貢献も期待されるのではないでしょうか。
著者

中 憲仁
株式会社 電通PRコンサルティング
統合コミュニケーション局 次長
企業広報戦略研究所 上席研究員
調査、営業を経て、コーポレートコミュニケーション専門部署にて、広報戦略、広報媒体に関するアウトカム検証、合意形成、危機管理広報コンサルタントとして従事。 主に、エネルギーや交通機関、政府系機関など社会インフラ領域の報道分析、広報戦略立案、提言などに多く携わる。また、広報研修プログラムにおける広報戦略、危機管理広報のトレーニングプログラムで講師実績多数。経営学修士。広報学会会員。経営行動科学学会会員。

