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経営判断に「供養」という視点を。終わらせ方が企業の未来をつくる

松本 紹圭

松本 紹圭

僧侶/武蔵野大学教授

北風 祐子

北風 祐子

株式会社 電通グループ

井戸 禎介

井戸 禎介

NewsPicks Studios

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ビジネスパーソンが抱える悩みの本質を、僧侶であり仏教哲学者でもある松本紹圭氏の視点から探る実験的な試み。ゲストに電通グループGCSOの北風祐子氏を迎え、前回の「インテグリティ」に引き続き、「経営判断と供養」をテーマに対話を行いました。

企業経営は「判断」の連続といっても過言ではありません。北風氏は判断とは「何をしないかを決めること」と語ります。経営「判断」と、仏教の「供養」。その共通点からみえてくる企業成長への示唆とは。不確実性が高まる時代に、現代の経営課題と仏教思想が交差する対話をお届けします。

進行サポート:Newspicks Studio 井戸禎介氏

※この記事は「これからの◯◯◯◯問答」企画で実施した、Newspicksポッドキャスト番組をもとに編集した記事です。
「これからの◯◯◯◯問答」 https://mondoooo.com
Newspicksポッドキャスト番組 https://newspicks.com/movie-series/234/


経営判断とは「しないこと」を決めること

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井戸:早速ですが、北風さんは日々経営判断を求められる立場だと思います。この「判断する」というのは、どういう行為だと考えていますか。

北風:私にとって判断とは「何をしないかを決めること」だと思っています。その前提として、理想の未来や「こうありたい」という姿は描いていますが、そこから何をしないかを決める。何のためにやるのかという目的が明確であれば、やるべきことは自然と決まってきます。

一方で、「何をするか」を決めようとすると、やりたいことはいくらでも出てくる。その中で「しないこと」を明確に定めることで、「すること」も自然と定まっていく。ここ数年は、そんな感覚を持っています。

井戸:なるほど。経営判断とは「しないこと」を決めること。その考え方は「供養」とどう結びつくのでしょうか。松本さん、仏教における供養とはどのような意味を持つのでしょう。

松本:供養のルーツはインドにあります。私がインドのビジネススクールに留学していた頃、学生寮の個室には供養のスペースがあり、ヒンズー教の神々に「プージャー」、つまり供養をしていました。捧げ物をし、祈りを捧げ、心を向ける。その時間と儀式が供養です。

一方、日本では「先祖供養」という言葉があるように、ご先祖を大切にする文化があります。お墓参りをすることも、その一つですね。

井戸:確かに、供養というとお墓のイメージがあります。

松本:それだけでなく、例えば「人形供養」という日本独特の文化があります。長く大切にしてきたぬいぐるみなどと別れる時、お寺で「今までありがとう」と手を合わせる。大切な人や物との縁に感謝し、一度立ち止まり、関係を結び直す。その機会が供養なのだと思います。

批判ではなく感謝が、次へのエネルギーになる

北風:「関係を結び直す」という表現が印象的ですね。それは変化のタイミングでもあり、お別れの意味合いもありますよね。

松本:まさにそうです。「何をやらないかを決める」という経営判断も、一つの区切りをつける行為です。そこに供養の考え方が関係してくるのではないかと思っています。

北風:確かに企業には、「ありがとう」と言って別れるという感覚はあまりありません。「やめる」という決定だけになりがちです。その事業が持っていた歴史や意味に敬意を払いながら、次のフェーズへ移るということですね。

松本:日本的な供養に近い概念を海外で探すと、とても難しいのですが、あえて挙げるなら「クリティーク(critique)」でしょうか。つまり批判や批評なので、近いようで違いがあります。
「ありがとう、お疲れさま。また違う関係を築こう」というより、「これまでのものは間違っていた」と批判することで新しいものが生まれる文化が強いように感じます。

例えば経営陣が交代すると、「前の経営はダメだった」と、これまでをスクラップして進もうとすることがあります。しかし、それでは傷も生まれますし、変革のブレーキにもなりかねません。

それよりも、「この事業は30年間、会社を支えてくれた」と感謝する。そして時代の変化によって役目を終えたのであれば、「時代遅れだから」と切り捨てるのではなく、「本当にありがとう」と認め、関わってきた人たちにも感謝と敬意を払いながら区切りをつける。企業にも、そうした終わらせ方があっていいのではないかという思いから、「供養」という言葉を使っています。

井戸:その考え方を踏まえると、企業で感謝を伴う経営判断はあり得るのでしょうか。

北風:十分あり得ると思います。仕事ではどうしても「課題視点」になりがちです。これまでの問題の抽出や否定にとどまるのではなく、「感謝視点」を持つことで、「何が良かったのか」が見えてきます
「新しいことをやろう」という姿勢だけでは、良かったものまで一緒に捨てて、またゼロからのスタートになりがちです。その繰り返しは決してサステナブルではありません。

「感謝する」という言葉の裏には、「何が良かったのか」を考えるプロセスがあります。それが次のフェーズへのヒントになる。白か黒かの二項対立だけで判断してしまうと、大切なものを見落としてしまう危険があると感じました。

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流れを受け入れ、次への力に変える「カルマ」の捉え方

松本:前回お話しした「カルマ」について少しおさらいすると、個人にも組織にも、長年積み重ねてきた「癖」のような流れがあります。100年企業であれば、100年分のカルチャーが空気のように存在しています。それを「なかったこと」にはできません。

トランスフォームというけれど、一瞬で全てが変わるようなソリューションなんてあるわけがありません。自然の摂理として流れの中にあるんですから、刷新なんて、ほとんど魔法のような話です。まずは、その流れを一度受け入れ、認める。その上で、ぶつかって否定するのではなく、合気道のように受け止めて次へのエネルギーへ変えていく。それが供養の本質だと思います。

井戸:簡単にガラッと変えられるものではない、ということですね。

松本:そう思います。時間がかかりすぎて途方に暮れる話だと思うかもしれないですが、案外そうでもないかもしれません。もし、組織全体が「このカルチャーは皆で作ってきたものだから、簡単には変わらない。一人一人が少しずつ癖を変えていくしかない」と本当に腹に落とすことができれば、変化はむしろ早いと思うんです。

その時に、これまでを破壊するのではなく、「今までありがとうございました」と受け止める。そして良いものは受け継ぎながら、感謝して関係性を刷新して、新しい方向へ進んでいく。そこに愛着を持っていた人たちの気持ちも尊重しながら一歩を踏み出せれば、意外なほどスムーズに前へ進めるのではないでしょうか。

北風:個人にも「供養」という考え方はあるのでしょうか。

松本:あります。自分が長年大切にしてきた考えでも、「そろそろお別れしよう」という時があります。その時に供養ができると、自分の中に「余白」が生まれます。

その余白こそが、新しい創造の源泉になります。100%で埋まっている状態では、自分を超えることはできません。何かを供養することで、自分のカルマが少し軽くなり、新しい考えや人との出会いが入り込む余地が生まれるのだと思います。

「余白」がイノベーションを生む

松本:これはPDCAによる改善とは少し違います。PDCAは既存のパターンを磨く仕組みですが、その枠組みの外から新しい風は入りにくい。

経営判断では、選択肢の中から最適なものを選ぶことも重要ですが、それ以上に、その選択肢にないものを選ぶ、あるいは「あえて選ばない」という判断も重要だと思います。
私がよく例に挙げるのが「千と千尋の神隠し」です。最後に千尋は、豚の中から両親を見つけろと問われますが、「この中にはいない」と答えます。与えられた選択肢そのものを疑ったことで、魔法が解けるのです。

選択肢が与えられている時点で、枠組みの中にいるといえます。その中でいくらPDCAを回しても、いわゆるイノベーションは起こりません。区切りをつけて「何もないスペース」をつくること。その余白に、思いがけないものが入ってくるのだと思います。

井戸:供養や選択肢の話など、大きなヒントがあったと思いますが、北風さんはこれから企業に何が大切になると思いますか。

北風:「余白」ともつながりますが、「無知の知」が大切になると思います。
「すべて分かっている」という状態では、新しいものは入ってきません。不完全さを認めることで余白が生まれ、そこからオリジナルの選択肢が生まれるのではないでしょうか。

100%を目指し続けると余裕がなくなり、自分を取り繕うようになります。例えば、更年期障害などで「70%でいい」とよく言われます。企業経営で70%というとダメだと言われるかもしれませんが、100%を手放すことができるということでもあります。

今日のお話を聞いて、その勇気を持つことで、自分では想像できなかった選択肢に出会える気がしました。

リーダーは「10割」を目指さなくていい

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松本:禅には「八九成(はっくじょう)」という言葉があります。8〜9割を目指すという考え方ですが、大切なのは10割ではないということです。10割というのは幻想だからです。
もともと西洋では、完全性は神の領域でした。しかしいつからでしょうか、「神は死んだ」としたニーチェ以降でしょうか。
その完全性の席に人間(あるいはヒューマニティ)を座らせた、そんな構図を感じています。そうなると、「世界を完全にコントロールしなければならない」という責任まで背負い込んでしまったように思います。これは企業経営にも通じることです。

特にリーダーは、「答えを出さなければいけない」「正しくなければならない」「コントロールしなければならない」と考えがちですが、それは本来無理なことです。だからこそ、「分からないことがある」「間違えることがある」「コントロールできないことがある」と認め、その席から降りる。そして皆で力を合わせて進んでいく。そのしなやかに動ける姿勢や振る舞いこそが、これからのリーダーシップに必要なのではないでしょうか。

井戸:リーダー像そのものが変わっていくということですね。

松本:ただ、弱さを見せること自体が目的になってしまい、新たな「〜しなければいけない」完全性のゲームになるのも違います。そのバランスは大切にしたいですね。

井戸:ありがとうございます。では最後に、お二人から一言ずつお願いします。

松本:今回も北風さんが良い風を吹かせてくださいました。この対話がどう広がっていくのか、今後も楽しみです。

北風:ありがとうございました。「供養」という言葉が強く印象に残っています。この考え方を持ちながら、新しい仕事にも取り組んでいきたいと思います。

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未来の不確実性が増す今、日本企業には新しい答えを探すだけでなく、自らが培ってきた価値観や文化を見つめ直すことも求められています。

経営と仏教思想。一見遠いようでいて、「カルマ」や「供養」という考え方を重ねてみると、組織やリーダーシップを考える新しい視点が見えてきました。

日本に根づく思想や知恵を現代の経営という文脈で読み解き直すことが、未来へのヒントにつながるのかもしれません。

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著者

松本 紹圭

松本 紹圭

僧侶/武蔵野大学教授

世界経済フォーラム グローバル・フューチャー・カウンシル「責任あるリーダーシップ」委員。2025年よりドイツ・ボン大学メルカトル客員教授。古くからの智慧をもとに、エコロジー、AI、次世代への責任など現代の問いに取り組んでいる。著書「お坊さんが教えるこころが整う掃除の本」は20カ国語に翻訳され世界的ベストセラーに。ローマン・クルツナリック著『グッド・アンセスター わたしたちは「よき祖先」になれるか』翻訳者。

北風 祐子

北風 祐子

株式会社 電通グループ

グローバル・チーフ・サステナビリティ・オフィサー 兼 電通 取締役

東京大学文学部社会心理学専修課程卒業後、電通入社。マーケティングや商品・サービス開発領域で、企画立案から実装までをリード。同社初のラボ「ママラボ」を創設。第4CRプランニング局長、電通ジャパンネットワーク執行役員・初代Chief Diversity Officer等を経て、現在は非財務価値向上の責任者としてサステナビリティ戦略を推進。WBCSD 2025 Leading Women Awards受賞、カンヌライオンズ2024 SDGs部門審査員、Forbes JAPANオフィシャルコラムニスト、ピンクリボンアドバイザー。未来志向の実行者。

井戸 禎介

井戸 禎介

NewsPicks Studios

Sales Team Unit Leader

日本大学藝術学部卒業後、TVCM制作会社にて映像コンテンツの制作進行に従事。その後、音声配信ベンチャーにて営業・企画・コミュニティ運営と、スタートアップならではの幅広い業務を経験。 コンテンツを「作る」「届ける」「育てる」すべての工程に関わったのち、NewsPicks Studiosに参画。現在はスポンサードコンテンツ提案を主軸に、戦略立案から番組ゲスト・出演者のキュレーションまでを一貫して担当する。 制作・事業・コミュニティの現場を横断してきた視点を強みに、ユーザーデータを起点にした企画設計とクライアントのビジネス課題に直結したコンテンツ設計を得意とする。

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