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洗濯も、子どもの一言も、すべてがアイデアになる。 八木義博の「日常をアイデアにつなげる」インプット術

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第一線で活躍する人は、日々どのように情報や刺激を取り入れ、仕事や発想につなげているのでしょうか。
連載「あの人のインプット術」では、さまざまな分野で活躍する人のインプットの方法と、その背景にある考え方を紹介します。

第1回に登場するのは、dentsu Japanのグロースオフィサー/エグゼクティブ・クリエイティブディレクターを務める八木義博氏です。企業や商品のブランディングから広告キャンペーンまで、ビジュアルコミュニケーションを軸に幅広いクリエイティブを手がけてきました。Cannes Lionsグランプリ、One Show Best in Design、D&AD Black Pencilなど国内外で多数の賞を受賞し、2026年のD&AD AwardsではArt Direction部門の審査員長を務めています。

世界のクリエイティブを見続ける八木氏は、普段から書籍や映画、美術作品を大量にチェックしているのではないか。そう想像していましたが、返ってきたのは意外な答えでした。八木氏は、日常をどのように捉え、仕事やアイデアへとつなげているのでしょうか。
日々の見方を少し変えるためのヒントを聞きました。

何気ない日常から、ブランドの本質を見つける

──普段、どのようにインプットをしているのでしょうか?

八木:実は、「インプットのために何かをする」ということは、あまりありません。昔は映画館にもよく行きましたが、今はなかなか時間を取れませんし、子どもと一緒に過ごしたり、家事をしたりしています。

ただ、日常生活の中で気になったことは深く調べます。例えば、最近かなりのめり込んだのが「洗濯」です。子どもが着るものや肌に直接触れる衣類には、なるべく成分の良い洗剤を使いたいと思って探していたところ、ある洗濯用洗剤に出合いました。ウェブサイトを調べ、本を買い、たまたま近くで開かれていたセミナーにも妻と参加しました。質問をしていたら、妻から「アイドルを追いかけるような目をしていた」と言われたくらいです(笑)。

──洗剤を買うだけでなく、本を読み、セミナーにまで参加したのですね。

八木:洗濯について知ると、これまで当たり前だと思っていたことが、実は違っていたと分かります。例えば、香りの付いた洗剤は、衣類を良い香りにするためのものだと思いますよね。ところが、洗剤の香りが衣類に強く残っているのは、洗剤そのものが残っている可能性があるので、必ずしも良い状態ではないそうです。では、なぜ香りを付けるのか。セミナーで聞いた答えは、「洗濯をしている時間を楽しくするため」でした。

香りは衣類に残すことが目的ではなく、洗濯という家事の体験を豊かにするためにある。これはブランディングにも通じる考え方だと思いました。
洗剤には、汚れを落とすという機能があります。しかし、機能を果たすだけでなく、家事の時間そのものを楽しいものに変えることもできる。商品が提供する価値を、機能だけで捉えてはいけないということです。

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──洗濯から、ブランドの価値の捉え方につながったのですね。

八木:そうですね。さらに面白かったのが、洗濯には正しい順番があることです。洗剤を溶かした水に衣類を入れると、汚れが繊維から浮き上がります。多くの人は、「洗い」の工程が大切だと思っていますが、浮いた汚れを実際に衣類から引き離すうえでは、脱水が重要なのだそうです。その後、すすいでもう一度脱水し、形を整えて干します。この順番を変えると、期待した結果になりません。ブランディングやマーケティングも同じで、施策の内容だけでなく、何をどの順番で行うかが重要です。

商品を改善する前に広告だけを展開しても、生活者は「やはり変わっていない」と感じてしまいます。まず顧客体験を良くし、それを試してもらい、価値が伝わった後に次の施策を行う。洗濯の工程を説明しながら、そのままクライアントにブランディングの話をすることもあります。

異なるものをつなぐ、「見立て」の思考

──日常の出来事を、そのまま別の仕事に当てはめて考えているのでしょうか?

八木:「これは別の何かに見立てられないか」と、常に類推しているのだと思います。ある日、子どもがプログラミング教室で作った歯車の仕組みを見せてくれました。小さな歯車の力を組み合わせることで、大きなものを動かす仕組みです。それを見た瞬間、当時取り組んでいた海外の出版社のアイデンティティに使えるかもしれないと思いました。小さな国の、一人一人の力は小さくても、みんながつながることで世界を動かしていく。歯車をそう見立てれば、その会社のあり方を表現するモチーフになります。

子どもにとっては、教室で習った歯車にすぎません。でも、自分が抱えている仕事と結び付いた瞬間に、アイデアの素材になるのです。

──関係のなかった出来事同士が、八木さんの中でつながっていくのですね。

八木:ちなみに、こんなエピソードもあります。以前、実家の母から、「スタジオのトイレの配管が破裂した」と電話がかかってきたんです。僕の実家は父の撮影スタジオになっていたのですが、東京にいる僕に言われても、業者に直してもらうしかありません。電話を切った後、ちょうど制作していたデザインを思い出し、パイプをモチーフにしたビジュアルを考えました。ただのトラブルの電話が、デザインのアイデアに変わったわけです。

日常で起きることは、それだけを見れば仕事とは関係ありません。ただ、自分の中に考え続けているテーマがあると、何かに出合った瞬間につながることがあります。

──仕事そのものもインプットになりますか?

八木:そうですね、僕にとっては全ての仕事がインプットです。ウイスキーの仕事なら蒸溜所へ行きますし、ビールの仕事なら工場を見に行きます。「来なくても大丈夫ですよ」と言われても、できるだけ行かせてもらいます。どうやって作られているのか、そこで働く人がどのような思いを持っているのかを知りたいからです。

例えば、ウイスキーのブレンドについても、以前は複数の味を自由に混ぜて、おいしい味をつくることだと思っていました。実際には、ブレンドは樽ごと、年ごとに微妙に異なる原酒を組み合わせ、ブランドが定めた一つの味に近づけていく仕事です。去年と同じ味を今年も、10年後も再現する。そのために異なるものを組み合わせています。新しい味を生み出すのではなく、変わらないものを守るためのブレンドがある。僕にとっては、それこそ非常にクレイジーで、クリエイティブな行為でした。

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現場へ行かなければ、このような話はなかなか聞けません。商品の機能や市場データだけでなく、その背景にある考え方まで知ることで、仕事の核になるものが見えてきます。

“パターン認識”を外すことから、発想は始まる

──得た情報を、自分なりの発想に変えるために意識していることはありますか?

八木:デザインの基本は、“観察”だと思っています。先入観を外し、目の前にあるものをそのまま見ることです。

美術大学の受験には必ずデッサンがあります。デッサンでは、対象をよく見なければ描けません。目と鼻の距離はどれくらいあるのか、光はどのように当たっているのか、透明感を出すにはどうしたらよいのか。自分の頭の中にある「人の顔はこういうものだ」というパターンではなく、実際にそこにあるものを観察します。

僕たちは普段、「これはこういうものだ」と無意識に“パターン認識”しています。ドアを開けるときも、どちらに回して、押すのか引くのかを、いちいち考えません。でも、そのパターンを一度外して、「そもそも、これはどういう仕組みなのだろう」と見る。すると、みんなが見落としていることが見えてきます。

洗濯も同じです。「汚れを落とすのは『洗い』の工程」と思い込まず、工程を一つずつ見るから、脱水の意味に気付けます。

そうやって先入観を外すことが、僕にとってのインプットなのだと思います。

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良いデザインとは、新しい提案があること

──そうした「見立て」は、八木さんのデザインの考え方にも通じているのでしょうか?

八木:そうですね。今あるものに対して、新しい提案をすることにつながっていると思います。

デザインという言葉には、見た目を整えることや、きれいな形をつくることという印象があります。しかし、本来は、今ある状態を捉え直し、再設計することだと考えています。「今まではこうだったけれど、こうなった方が良いのではないか」という、その人なりの見立てがある。正しいか間違っているかは別として、そこに意思や提案が感じられるものが、良いデザインだと思います。

コンタクトレンズのパッケージを手がけた際にも、一般的なコンタクトレンズ売り場の表現を参考にするのではなく、創業者が何を実現しようとしていたのかを調べました。
そこから、単に視力を補う商品ではなく、視力を失った人にリカバリーや救済をもたらそうとするブランドなのだと捉え直しました。そう考えると、競合商品と同じようなデザインにする必要はありません。

依頼された範囲だけを整えるのではなく、ブランドが本来持っている価値を見つけ、「こうあるべきではないか」と提案する。それがデザインの役割だと思います。

──日常から得た気づきや見立てを、具体的な提案にしていく際、AIも活用していますか?

八木:AIはかなり使っています。特に、頭の中にあることを整理したり、言語化したりするときには助けられています。

一方で、何でも言葉にしてしまうことには注意したいと思っています。言葉にできないものをAIに渡すと、AIはきれいに言語化してくれます。でも、言葉にした瞬間に、複雑だったものが単純になったり、ありきたりになったりすることもあります。デザインをそのまま見せた方が伝わることもありますし、言葉にできないものに価値がある場合もあります。「これは言語化した方がよいのか、それとも言葉にしない方がよいのか」を、人間が選べるようになることが大切です。

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──AI時代に、人間ならではのインプットや発想とは何でしょうか?

八木:同じものを見ても、そこから得るものは人によって違います。歯車を見て出版社のアイデンティティを考える人もいれば、別の仕事を思い浮かべる人もいる。何も思い浮かばないこともあります。その違いがオリジナリティになるのだと思います。

ウェブサイトや動画、研修には、学ぶべき情報がたくさんあります。同じ講座を受ければ、みんなが同じ情報を得られます。ですが、それだけではオリジナルにはならないのです。

重要なのは、自分が日常の中で何を見るか、得たものをどうかみ砕き、別の対象に見立てるかです。そうやって自分の経験や仕事と結び付けることが、AIとは異なる発想につながるのではないでしょうか。

大切なのは、何を見るかより、どう見るか

──忙しく、インプットの時間を取れないと感じている人へ、アドバイスをお願いします。

八木:特別な場所へ出かけたり、何冊も本を読んだりしなければインプットできない、と思わなくてよいのではないでしょうか。

もちろん、知らない場所へ行ったり、本や映画に触れたりすることも大切です。ただ、それらはあくまで素材です。素材を増やすこと以上に、それをどう見るか、自分の仕事や関心とどう結び付けるかが重要です。

洗濯をすることも、子どもの話を聞くことも、家族から電話がかかってくることも、全てインプットになり得ます。

目の前のものを「どうせ、こういうものでしょう」と片付けず、「なぜこうなっているのか」「別のものに置き換えるとしたら何か」「どんな可能性があるのか」と考えてみる。日常を少し違う角度から観察すれば、忙しい中でインプットの時間をわざわざつくらなくても、世界にはアイデアの種がいくらでもあると思います。

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著者

八木 義博

八木 義博

dentsu Japan

グロースオフィサー(特任執行役員) / エグゼクティブ・クリエイティブディレクター

ブランド、ビジネス、カルチャーを横断し、企業やブランドの価値を再定義するクリエイティブを追求。カンヌライオンズやD&ADなど世界的広告賞の審査委員長を歴任。アジアで唯一のアートディレクターズクラブ(NY)理事に就任。複数のカンヌライオンズグランプリ、D&ADブラックペンシル(最高賞)など国内外で多数の広告賞を受賞し、次世代クリエイターの育成にも注力している。

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