森本氏と佐藤氏の両者が直接つながった接点は、東日本大震災直後に佐藤氏が立ち上げた「Pray for Japan」プロジェクトだったという。フランスにある日本料理店から「義援金のための募金箱のデザインしてほしい」と依頼された佐藤氏が、当時まだ面識がない森本氏にツイッターで連絡を取りデザインを依頼。すぐに作成されたPDFファイルをネット上にアップすると、世界中に拡散していった。かつての阪神・淡路大震災では被災者だった佐藤氏は、「3月11日の夜に起きた、自ら発信するタイプの人たちが横につながった時のソーシャルメディアの異様なうねり」に、「ブツブツ言っている暇があったらすぐに動こうとかき立てられた」と当時の状況を振り返った。森本氏も震災直後にツイッターでハッシュタグ(♯)を作成し、「IDEA FOR LIFE」という「支援のためのアイデアの置き場であり、アイデアを形にできる人と必要としている人をつなげる」同名のサイトを立ち上げた。被災地以外で節電しながら営業する商店に向けて、「節電のしるし」を示すポスターもデザインした。こうした渦中にいて、「今までにあった、大きなインパクトを一気に与えたり伝えるメディアとは違った、普通の商店街の人や個人で心が動く“連鎖のメディア”のすごさを感じた」という。
#すぐ消えてしまうものより忘れられない何かを
インターネットやSNSがますます力を持っていると実感する一方で、森本氏は同時に「広告やコマーシャルで何ができるか?」を考えたという。そこでできたのが、震災のために中止になったCM撮影の準備をしていたスタッフと、そのクライアントに関わっている全ての広告会社の担当者が集まって一緒に作り上げたサントリーのCM。また、佐藤氏が関わった「八戸レビュウ」にも講演会に呼ばれたことでつながり、プロジェクトをまとめた本の装丁を担当することになった。「八戸レビュウ」は展覧会の会期中に震災が起きたことで、「その会場が八戸の公共掲示板スペースみたいになって、市民の方々がつながっていく」のを目の当たりにすることにもなり、「有名な人や特定の人ではなくて、普通の生活者や子どもたちの物語をどれだけ魅力的に伝えられるか、自分ができるリアリティーのある範囲で丁寧に責任をもってつくっていきたい」。そして、「すぐ消えてしまうものより忘れられない何かにしようという気持ちは、震災後にいっそう強く思うようになりました」と語った。菅付氏は震災後に大きなダメージを受けた日本の観光業界をサポートしようと、日本を愛する海外の著名人約60名がボランティアで寄稿した英語の観光ガイド『TRAVEL GUIDE TO AID JAPAN』を震災後わずか4カ月後に編集し販売した。