Dentsu Design TalkNo.29
スプツニ子!× 桂英史
スプツニ子!のアート「サイバー・フェミニズム!」
2014/07/04
Dentsu Design Talk第72回(2011年11月9日実施)は、Dentsu Design Talkと東京藝術大学のコラボレーション企画として、アートカレッジ在学中からソーシャルメディアを活用した創作手法で活躍するアーティストのスプツニ子!さんとメディア理論が専門の東京藝術大学大学院映像研究科教授の桂英史(かつら・えいし)さんをお招きし、スプツニ子!さんの作品の背景にある思考プロセスをひもとくトークセッションが繰り広げられた。
#アーティスト「スプツニ子!」とは?
トークセッションの前に、まずはスプツニ子!さんが生い立ちを紹介した。日英のハーフである彼女の両親はともに数学者で、代々にわたる理系一家。彼女も大学では数学を専攻したが、「テクノロジーによってどうやって人間の生活が変わるのか」に興味を抱き、次第に映像や音楽などサイエンスの外の領域への関心が強くなり、ミュージシャンとしての活動を経てアートへとたどりついたという。ちなみにアーティスト名の由来は、高校生の時に顔だちからロシア人のようだと付けられたあだ名「スプートニク」から。大学卒業後に2年間プログラマーとして働いたあと、ロンドンのロイヤル・カレッジ・オブ・アートに入学。卒業制作の作品の映像をユーチューブで公開すると欧米で大きな話題となり、現代美術やメディアアートなど様々な方面から注目を集める存在となった。
#ユーチューブで一週間で10万回再生された卒業制作ビデオ
続いて行われた作品のプレゼンテーションでは、卒業制作で制作した3つの最新作(当時)を紹介。一つ目は、女性の月経現象を男性にシミュレート体験させる『生理マシーン、タカシの場合。』。もともとミュージシャンだったこともあり、「オブジェクトをつくるだけでは満足できず、このマシーンを身につけるタカシくんにまつわるストーリーを自分で曲に書いて、ミュージックビデオを撮影してユーチューブで公開」したところ、WIREDのエディターにブログで紹介されて1週間で10万回を超す再生回数になったという。ユーチューブに作品をアップした理由としては、「普段ギャラリーにアートを見に来ないような、いろんな層に見てもらいたかったから」。そのことで、ギャラリーに展示しただけでは起きないような様々な議論が“コメント欄”で発生し、動画が注目されたことがきっかけで逆に美術館への展示にもつながったという。
#テクノロジーや社会問題とのコネクト
なぜ、生理に関する作品をつくろうと思ったのか? スプツニ子!さんによれば、1960年に避妊用ピルが開発された時に、ピルを毎日飲み続ければ生理をなくすことができると技術的にはわかっていたが、当時の医者はそのための処方はしなかったのだという。「それから50年たち、様々なテクノロジーが発達したにもかかわらず、女性はまだ毎月生理がくる。2007年に安全に生理をなくすピルがアメリカで承認されたのに、日本は先進国の中で一番避妊用ピルの認可が遅く、バイアグラは半年で認可したのに、避妊用ピルは承認に10年近くかかった。つまりテクノロジーというのは、人類全員にとって平等に発展しているように見えて、実は男女のパワーバランスなどの社会的背景、文化的背景、政治的背景にすごく左右される。それが特に鮮やかに描き出されているのが女性問題における生理と避妊用ピルだと考えて『生理マシーン、タカシの場合。』を制作しました」とその背景を語った。
#ビジョンで先導してこそのソーシャル連携チーム
一方、桂教授が初めてスプツニ子!さんを知ったのは、彼女が学生時代にアルス・エレクトロニカでThe Next Idea Awardを受賞した原田セザール実さんとのコラボ作品『Open_Sailng』。そのコラボとアーティスト「スプツニ子!」との間にはどんなジャンプ(飛躍)があったのかとの質問に対して、「当時もスプツニ子!の活動はやっていた」としながらも、かつての天才たちが考えたユートピアやディストピアの提案を、ソーシャルメディアを使ってオープンソースにして現代のみんなで捉えなおそうとした『Open_Sailng』では、「オープンソースでつくっていこうとすると、出だしはいいんですけど、リーダーが不在なので進行がうまくいかない」問題があったと振り返った。そこで気づいた重要なことが、「私がビジョンで先導して、そこにソーシャル連携チームの力を使うこと」だという。「オープンソースでアマチュアが集まって科学的革新が生まれるというのは、ドリームストーリーとしてはいいですけれど、何でも合意で作れると過信してはいけない」と述べた。
#重要なのはアイデアで、技術はチームで集める
スプツニ子!さんの卒業制作の二つ目は、人間とのコミュニケーションが苦手な女の子ジェニーが、カラス同士で複雑なコミュニケーションをしているカラスと、カラス対人間のコミュニケーションをしていくという『カラスボット☆ジェニー』。実際に研究者と一緒にリサーチして採取したカラスの鳴き声を使い、ジェニーに扮したスプツニ子!さんがカラスとコミュニケーションをとる映像が紹介された。
三つ目の作品『寿司ボーグ☆ユカリ』は、“サイボーグ”のユカリが、自分の身体を自ら改造して殺人マシーンと化すという作品で、そのストーリーを紹介する5分のショートフィルムも同時に制作した。卒業制作を3作品も作るのはロイヤル・カレッジ・オブ・アートでも珍しかったというが、それができた理由として「入学する前のプログラマーとして働いた2年間で広告関係の仕事をやっていて、短期間でもチームを組めば作れることを知っていた」から。「一番重要なのはアーティストのセンスとアイデアで、実現する技術はもっとできる人がいたら頼めばいいと思った」という。「私には明確にやりたいコンセプトがあったので、ツイッターやフェイスブックに自分のアイデアを書いて、ソーシャルメディアを利用してチームをつくって作品を制作した」と作品のつくり方を明かした。
#日本のテクノロジーは文化的な世界共通コード
プレゼンを受けて桂教授は、「スプツニ子!さんの作品は、いい意味でギミックだと思う」と述べながら、日本のテクノロジーの特徴として、「テクノロジーが批評なしで、ある種の文化的な世界共通コードとしてフラットに世界へ出て行けるキャリアパスになっているのが面白いところ。それはメタ批評として既に言葉を乗り越えたところにある」と指摘した。スプツニ子!さんも、「イギリスと日本と比べた場合、同じ先進国でも、イギリス人が日本に来るとパラレルワールドみたいに見えるんです。欧米ではテクノロジーを合理的なものに使いますけれど、日本人は意味性のないものが好きですよね。合理的であることを通りすぎているところがある」と同意した。ただし、「3作品を通しての私の一番の目的は、テクノロジーそのものよりも、コンセプトのアイデア。テクロジーはアイデアを広めるためのもので、やりがいを感じているのは技術ではなくアイデアそのものの提案」だと。
#プログラマーのアイデアを広告クリエーションで生かす
桂教授は、今後のスプツニ子!さんに期待することとして、「欧米とは由来の違う、日本の“歌”の独特なピッチ(拍)と日本語の関係を研究して、単なるPV以上のものを作ってほしい」と述べた。最後の会場からの質疑応答では、日本のメディアや広告のクリエーションについて意見を求められたスプツニ子!さんは、「日本の広告って常にユーモアも効いていて、レベルが高いと思います」としながらも、「技術的な知識を持っている人は、何が可能かとかどうやって人をアッと言わせることができるのかを知っているのに、クリエーティブのミーティングに呼ばれることが少ないと思う」と自らの体験を交えて述べた。「私も広告の仕事でプログラミングをしていて、いっぱい表現のアイデアもあるのに、そういう場に全然呼ばれなくてムカついていたんです(笑)。ロイヤル・カレッジ・オブ・アートに行ったのも、このまま死ぬのは嫌だ!と思ったから。テクニカルディレクターが、もっとクリエーティブなポジションに就くようになるといいと思います」と期待を込めた。