激動の今こそ読みたい、『ディズニーランドが日本に来た! 「エンタメ」の夜明け』
2014/10/17
「“時代が変わっていくな”と今年ほど感じた年はなかった」
とある大先輩クリエーターがフェイスブックの投稿にさらりと忍ばせたこの一文に、僕はぐさりとハートを射抜かれてしまいました。
時代の最先端を突き進むどころか、次の時代を創り続けている。
そう見える大先輩でさえ、戸惑っているだなんて。
2014年、広告界を覆い尽くそうとしている変化の波は、なんてデカイのだろうと目まいがしてきます。
今日ご紹介する本は、そんな過渡期にこそ胸を打つ一冊。
ホイチョイ・プロダクションズ馬場康夫氏による『ディズニーランドが日本に来た! 「エンタメ」の夜明け』(講談社+α文庫)です。
著者は、「気まぐれコンセプト」「東京いい店やれる店」といった人気書籍や「私をスキーに連れてって」などの大ヒット映画の生みの親でもあります。
エンタメの面白さを丸ごと形にしたような一冊
この本は、ディズニーランドという巨大テーマパークの日本招致物語です。
電通の小谷正一と堀貞一郎、ウォルト・ディズニー。
この日米3人の物語が織りなす、一大ノンフィクション。
1974年、日本にディズニーランドを呼びたい2社が競い合ったディズニーへの大プレゼン合戦、浦安に住む1800世帯の漁民への説得など、数々の壮大なエピソードはまさしく「事実は小説より奇なり」。
小説のような痛快さを持ちながら、骨太なドキュメンタリーを存分に楽しめるこの本自体が、エンタメを語るに余りあるエンターテインメント性を持っているのです。
おもてなしの本質を学ぶエピソード
ひとつ、とても感銘を受けたエピソードをご紹介します。
主人公のひとり、小谷正一は1955年、経営していたホールの知名度を上げるべく、フランスからパントマイムの第一人者マルセル・マルソーを日本に招きます。
夫に同伴していたマルソー夫人に、小谷は部下を同行させました。銀座、浅草などあらゆる買い物に、です。そしてその部下に、小谷はあることを命じ、サプライズを仕掛けます。
「女性が買い物をするとき、ふたつのうちどちらにしようか迷うときが必ずある。迷って捨てた方を全部記録してこい」
(中略)小谷は、マルソー夫人が羽田を発つとき、夫人が迷って買わなかった方の商品をそっくりまとめて箱に入れ、プレゼントした。(中略)女性が最後まで迷ったというのは、その商品を気に入った証拠である。中には、あちらを買えばよかった、と後悔したものもあったろう。小谷はそれを全部買って贈ったのだ。(P.67)
ただ気の向くまま買い物をしていただけ。
それなのに、心を見透かされたかのようなプレゼントを最後に贈られた夫人の驚きと喜びようは、どれほどのものだったでしょうか。
書中にはこういったエピソードがたくさんちりばめられています。
人の心をつかむ。できるなら、魔法のように。
おもてなしとは、どうあるべきか深く考えさせられます。
エンタメとは、人の心をつかむこと
こういった、登場人物たちの妙味が存分に生かされたエピソードの数々が、人の心をつかむとはどういうことか教えてくれます。
そして、数多くのエピソードに触れるうち、タイトルにもある「エンタメ」の意味についてもハッと気付かされます。エンタメはいろんな訳がありますが、要は「人の心を掴むこと」なのではないでしょうか。
こうしたエンタメ力を駆使して、次々と大きな挑戦を成し遂げてきた登場人物たち。
このエンタメ力は、テーマパーク招致やイベント運営だけに役立つものではありません。
あらゆる広告が、あらゆるビジネスが、人の心をつかむことに腐心していることを考えれば、エンタメ力ってどんなビジネスパーソンにも必須なスキルといえるのではないでしょうか。
激動の時代に、エンタメ力が輝く理由
●●は、今日にいたるまで客寄せイベントの常道である……。
これが日本初の■■であった……。
この本にはそんなフレーズが散見されます。
それもそのはず、この物語の舞台は日本のエンタメ業界黎明期。
ラジオ、テレビといったメディアはもちろん、現代でも広告ビジネスの根幹を支えるテレビCMも、プロ野球も、万博という巨大イベントも、あらゆる市場が産声を上げた時代。
「うらやましいなー、この時代」
「現代はそんな簡単じゃないんだよ」
なんて声も聞こえてきそうですが。
僕は今だって十分、黎明期。そう強く思います。
日本広告業協会が毎年公募している論文コンテストも、今年のテーマは「広告ビジネスの挑戦」。世界のクリエーティビティーが競い合うカンヌライオンズでは、「Brave(勇敢かどうか)」をキーワードにした審査が繰り広げられました。
今この瞬間も、世界の至る所で広告人の新しいチャレンジが次々始まっていることでしょう。
エンタメの夜明けから、はや数十年。
今の時代も、きっと何かの夜明け真っ最中のはず。
この本は、変わる時代と向き合う現代人にこそぴったり。
そんな気持ちから2007年初版発行の本書を取り上げた次第です。
エンタメの巨人が残した予言とは
そんな時代を、小谷は見通していたのでしょうか。
本書の最後は、こんなエピソードで締めくくられます。
少し長いですが、引用します。
小谷の部下だった岡田芳郎は、小谷にこうつっかかったことがある。
「ボクは、小谷さんがうらやましいですよ」
「何で?」
「だって、今という時代は、広告でもイベントでも何でも形が完成してしまっていて、行き詰まっているでしょう。小谷さんみたいに、時代の過渡期に、真っ白なキャンバスに思い通りに絵が描けたら、ほんとうに楽しそうじゃないですか。うらやましくてしかたありませんよ」
小谷はまっすぐ岡田の目を見て、こう答えたという。
「岡田くん。いつだって時代は過渡期だし、キャンバスは真っ白なんだよ」(P.229)
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