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おじいとおばあの沖縄ロックンロールNo.4

120歳まで頑張るつもりやから

2016/12/06

拙著『おじいとおばあの沖縄ロックンロール』(ポプラ社)の出版以降、平均年齢70歳のコーラス隊ONE VOICEは何かとにぎやかです。地元の特産品や映画館のPRイベントで歌ってほしいとオファーを受けたり、書店と一緒に出版記念ライブを企画したり、大型ショッピングセンターのコンサートにゲストとして呼ばれたり…。

イラストレーション たにあいこ(出典:書籍)
イラストレーション たにあいこ(出典:書籍)

コーラスディレクターの狩俣秀己さん(49歳)はメディアに引っ張りだこ。地元放送局の情報番組やラジオ番組、コミュニティーFMなどに生出演し、おじいとおばあの歌声や記録映像と共に、コーラス隊結成の経緯などを紹介しています。

狩俣さんは若い頃、メジャーデビューも果たしたプロのミュージシャンでした。沖縄では知る人ぞ知る存在。数十年ぶりに取材を受ける立場となり、あっちへこっちへと奔走しています。自分のためではなく、人生の先輩であるおじいとおばあのために。

「若い頃の切羽詰まった感じと違って、ONE VOICEのことなら何をやっても、とにかく楽しい!」と笑顔で語る狩俣さん。目をキラキラさせ、まるで少年のようで、本当にうれしそうです。コーラス隊のメンバーに感化されて、若さを一番取り戻しているのはどうやら狩俣さんのようです。

周りの騒がしさとは裏腹に、おじいとおばあたちは変わらずマイペース。おごらず慌てず、ただただ目の前で起きていること、一つ一つに好奇心を持って無邪気に楽しんでいます。「全てが初めてのことばかり。そんな経験をさせてもらって、ありがたいことです」と周りへの感謝の言葉も忘れてはいません。

こうしたメンバーの皆さんですから、グループとしての雰囲気やチームワークは日に日に良くなるばかりです。もともと3人からスタートしたコーラス隊も、今では40人近くの大所帯。これまでは全く知らなかった者同士が集まって、歌と踊りを求心力にしながら新しいコミュニティーができ上がりつつあります。

一人住まいのシニアが増え続ける社会。身寄りとも縁遠くなり、近所付き合いもなくなり孤独に陥るようなことも少なくないと言います。孤独死という言葉もメディアから聞く機会も度々。そうならないためにコミュニティーを持つ、つくるということが求められているのではないでしょうか。

そんな意味でも、コーラス隊ONE VOICEは一歩踏み出せないシニア世代に勇気を与えてくれる存在だと感じています。特にメンバーの中に何人かいる、沖縄では「ナイチャー」と呼ばれる本土からの移住者のおじいとおばあが「ウチナンチュ(沖縄の人)」に自然と交わっている様子はとても興味深いものです。

■歌うのは無理、口パクしていればいい

発声練習とステージの熱唱ぶり
発声練習とステージの熱唱ぶり

初期メンバー3人のうちの一人、河邉輝代子さん(75歳)はコーラス隊結成当時のことをこう振り返ります。「人前で歌ったことも全くないし、声だってほらこんなにガラガラ。全然出ぇへんのよ」「歌うのは無理、口パクしていれば、迷惑も掛けへんでいいわ」

今では、看板曲「人にやさしく」(ザ・ブルーハーツ)のリードボーカルを務める河邉さんからはとても想像がつきません。ステージでも柔らかな表情で堂々と歌い上げ、本人は人前で歌うのが快感になっていると言います。

61歳の時に夫婦で沖縄へ移住してきた河邉さんは、浪速のおばちゃんのごとく関西弁を駆使して、がははと笑いながらしゃべりまくります。そんな彼女の周りにはいつも人が輪になり、コーラス隊のムードメーカー的存在になっているのです。

ただ、そんな河邉さんがONE VOICEに参加するまでは体調もよくなく、家に引き込もりがち。外に出て人と交わるのもおっくうだったというからちょっとびっくりです。歌自体は好きだったものの、自分で歌うということは一切せず、カラオケすら一度も行ったことありませんでした。

実は河邉さん、もう立ち上がれないとまで思った悲しい出来事を経験しています。夫唱婦随で支えにしてきた最愛の旦那さんを亡くされたこと。しかも、一人残されたのは親戚も友人もいない、縁もゆかりもない沖縄という地でした。

コーラス隊に参加してからは、外に出るのがあんなに面倒だったのに、いつしか毎週水曜の練習日が待ち遠しく感じる。人前で歌うという、これまで考えられない経験も重ね、気が付くと体調もみるみると良くなっていました。

「あと5年で80歳。今より頭の回転がもっとよくなって、いろんなアイデアが生まれそうな気がするわ。120歳まで頑張るつもりやから」。旦那さんなしでは「一人では生きられない」と、くじけそうになっていたかつての自分に無邪気に笑いかけます。

その旦那さんの遺骨を沖縄の納骨堂に納め、自分も沖縄に骨を埋めるつもりです。いくつかの苦難を乗り越え、ウチナンチュと溶け込んでいっている河邉さん。ONE VOICEという新たなコミュニティーの中で周りを盛り上げ、自分を鼓舞し、80歳を目の前にしながらもまだまだ生まれ変わろうとしている姿は、かつての河邉さんのように一歩踏み出せない人たちの背中を押してくれるのではないでしょうか。

■身の丈に合わせて、自分の居場所をつくる

ライブハウスで気持ちよく歌うメンバー
ライブハウスで気持ちよく歌うメンバー

コーラス隊のメンバー最高齢、寺戸知行さん(83歳)は実に多趣味で、地元の集まりやサークル活動などに毎日通っていて、「ほとんど家にはいませんかね」と笑います。こうした地域の交流も積極的なので当然沖縄の人かと思いきや、出身は北海道釧路。

幼少期は東京・世田谷で過ごし、大学を卒業後は化学メーカーに研究者として入り、定年の65歳まで「界面活性剤の研究」をしてきました。お住まいは横浜、次いで鎌倉ということですから、人生の大半を関東で過ごされました。

つまり、沖縄とは全くつながりがなかったのです。先に沖縄に移住していた息子さんの誘いで、寺戸さんは奥さんとともに65歳のときに沖縄へ移住しました。もちろん、沖縄には知人は一人もいません。そこで合唱部やボーリング部に入り、地域とつながれる場を積極的に持ちました。

「そうしたきっかけづくりや火付け役はすべて家内なんですよ。家内にけしかけられて、私はそれについていっただけ」。でも、今は一人でそうした地域のコミュニケーションを謳歌しています。

ONE VOICEの中では、寺戸さんは大人しく特段目立つようなタイプではありません。輪の中心ではなく、周りでにこにこ温和な笑顔を浮かべながら聞いているタイプ。気が付くと、すっと大きな輪の中に入って、あまり多くは語らなくても寺戸さんの独特の雰囲気が和やかな場に欠かせない存在になっています。

新しいコミュニティーに溶け込んでいかなくては、と必死に自分を取り繕ったり、無理をして周りに気を遣いすぎたりすると、長続きはしません。身の丈に合わせてコミュニティーの中で自分の居場所をつくること。寺戸さんは、そんな風に周りに打ち解けていったのではないでしょうか。

「十数年住んでいますが、いまだに地元の人同士の会話は何を言っているか分からないことも多く、ついていけません」と苦笑いしながらあっけらかんと話す寺戸さんは、コーラス隊を支えるスタッフの皆さんにも人気者です。

■縦社会に依存せず、横のつながりを大切に

プロさながらのレコーディング風景
プロさながらのレコーディング風景

河邉さんや寺戸さんのような移住組とはうって変わって、前花友克さん(65歳)は生粋の沖縄生まれ沖縄育ち。古くからある団地住まいで、その自治会長を41歳の頃からやっています。「団地は一度入居すると、あまり人の入れ替わりがないところ。一度会長になると、そのまま持ち上がりが多いんだよね」

そう言いながら、なんと24年も続けていて地元にしっかりと根付いています。まわりの小学校や中学校から頼まれて、放課後のクラブで子どもたちに三線を教えたり、介護老人保健施設のデイサービスで民謡を教えたりと先生としても活動。さらに、自ら買って出て、朝は地域の横断歩道で子供たちの登校の見守りもしているのです。

コーラス隊に参加してからは、この見守りの1時間を歌の練習に当てています。耳にイヤホンを当てて、こっそりとなにやら口ずさんだり、独り言を言ったり。そんな様子の前花さんを見て、子どもたちからは「おじい、テレビに出てたね」と面白がられ、先生たちからは「練習、頑張ってください」と声が掛かります。

前花さんが現役時代から、仕事とは別に地域のコミュティーでの顔を持ち続けているがゆえに、こんな温かな風景は生まれてくるのでしょう。会社勤めをしていて、その世界だけに留まっていると、いざリタイアした時に路頭に迷ってしまうのではないか、という不安があります。仕事の利害関係で人付き合いをしてばかりいると、肩書や地位が奪われたとき、気が付くと周りに仲間がいない。立場がない。やることが見つからない…。

会社というコミュニティーにいれば、部や課という組織に属し、必ず同僚や上司に囲まれます。いつでも話し掛けることもできるし、その気になればすぐ食事に誘うことだってできる。そして、定められた役職や階級といった自分の立場というのも与えられます。偉くなれば、命令もできて、誰かがやってくれる。逆に下の立場からすれば、仕事はいつでもふってきて、やることはいつも目の前に転がっています。

こうした縦社会に属していた人が、リタイアしてみると無限に広がる自由を持て余してしまう。上下関係もなく、すべてがフラットの世界になかなか順応できないのではないでしょうか。そんな中で、新たなコミュニティーを見つけていくのは相当困難なことです。

そう考えてみると、僕自身もそうなってしまう可能性が大きいことに気付かされます。会社というコミュニティー以外に、自分の心地がいい居場所があるだろうか…。自信を持ってこれですと言えるほどのコミュニティーを持ち合わせてはいないのが現実です。

コーラス隊という新しいコミュニティーをゼロからつくるところに関わり、そこに集まってきた人生の先輩であるおじいとおばあと接して分かったことがあります。参加してくる皆さんの多くは、コーラス隊が唯一無二のコミュニティーではないこと。

それぞれがONE VOICEとは別のコミュニティーにも参加して、第二の人生を謳歌しているのです。別のコミュニティーで一緒だったメンバーから誘われて参加してきたり、逆にコーラス隊で知り合った仲間を誘って新たなコミュニティーがまたできたり。

リタイアする前から仕事以外の居場所をつくっていた人もいれば、リタイアしてからそれを見つけた人もいます。ただ、共通するのは縦社会に依存する意識や価値観だけで人生を歩んでこなかった人たちに、第二の人生を楽しむ術が与えられるのではないかということ。

これは決してシニアの問題だけには留まりません。現役時代から年齢を問わず、大切なスタンスであり、実際にそう行動していく必要があるのではないでしょうか。縦社会に依存しすぎず、フラットに横の関係を築き上げていくことが今の自分にも、将来の自分にも可能性をもたらす。そんなことをONE VOICEのおじいとおばあは教えてくれます。