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なぜ企業はエクスペリエンスデザインに力をいれるのかNo.2

全員が賛成するアイデアを疑う、革新的エクスペリエンスデザインに必要なこと

2017/05/16

エクスペリエンスデザイン」とは、ユーザー体験を中心に考える課題解決手法の1つです。ウェブサイト、アプリ設計などでもエクスペリエンスデザインが注目され始めたのはなぜなのか、前編では解説しました。

後編であるこの記事は、革新的なエクスペリエンスデザインを実現するためのハードルや業務の進め方などについて、引き続き電通エクスペリエンスデザイン部の岡田憲明氏に聞きます。

全員が「面白い」というアイデアはつまらない

――世の中にある事例で、革新的なエクスペリエンスデザインだと感じるものはありますか。

企業が提供するサービスは複雑化しており、単純に1つの要素だけを考えているだけでは、イノベーティブ(革新的)なサービスが生み出しづらくなっています。生み出されたプロダクトやサービスがイノベーティブかどうかは、「ユーザーエクスペリエンス」「ビジネス」「テクノロジー」の3要素が必要になってきていると私は考えています。

革新的なエクスペリエンスデザインを支える3要素
革新的なエクスペリエンスデザインを支える3要素

革新的なエクスペリエンスデザインとしては、「Uber(配車サービス)」や「Airbnb(民泊)」などのシェアリングサービスがわかりやすい事例です。

Uberの場合は、今まで原資にならなかった一般のドライバーを運転手にするというビジネスの面白さ、配車アプリというテクノロジー活用、そしてユーザーがストレスなくスムーズに移動できる体験の提供という3つの要素がそろっています。

Airbnbも世界中にいる空室を貸したい人(ホスト)と、宿泊先を探す旅行者をマッチングする新しいビジネスを生み出しました。宿泊先を探す人は、旅行や出張などのニーズにあわせた宿泊先をアプリやウェブサービスを使って簡単に選ぶことができます。また、昨年から宿泊に加えて、ホストが観光ツアーなどの体験を販売できるようになりました。

もう1つ、最近登場したAmazonの音声認識サービス「Alexa」もわかりやすい例ですね。音声認識と人工知能テクノロジーを利用した、会話型の新しいショッピングを体験できます。APIを解放してデータを集めることはAmazonらしくビジネスとして大胆ですし、サードパーティーと連携して、さまざまなユーザー体験を生み出そうとしているのは、さすがだと感じます。

しかし、イノベーティブなアイデアというのは議論を呼ぶので、なかなか会社で進めようと思っても進められないことがあります。よくある話が、アイデアを出しても反論する人が多く、社内説得ができないというものです。

イノベーティブなことを実現するには、まずは社内を説得して突破することが成功条件です。UberやAirbnbも企画書だけでは絶対に反対されそうですが、それを実現させたことが凄いと思います。

――イノベーティブなことは、いままでにない革新的なアイデアだからこそ、理解を得るのが難しいのですね。社内調整のためには何が必要でしょうか。

社内でも、クライアントの担当者でもいろいろなタイプの人がいるので、「この人には定量的にデータで説明しよう」「あの人には感覚的に訴えよう」というように、説明相手ごとに戦略を立ててコミュニケーションすることです。相手にあわせて、話を通しやすくする努力をしています。

ただ、アイデアを聞いた人全員が「面白い」と言うものは、最終的にサービスになるとつまらないことが多いですね。やはり議論を呼ぶぐらいでないと面白さはなく、反対する人が一定数いるぐらいでないと革新的ではないと思います。

ブランドガイドラインは時代遅れになっていないか

――アイデアがエクスペリエンスデザインに重要であることはわかりました。その他に、業界内で注目されているテーマはありますか。

イノベーションとは違う領域の話になりますが、組織体制やバックエンドの業務、会社のカルチャーなどを改善することによってエンドユーザーの体験を改善するような取り組みは、業界的に注目されていますね。

一方で最近多い業務の1つが、デザインガイドラインを整備することです。日本では、バブル期後のCI/VI(コーポレートアイデンティティー/ビジュアルアイデンティティー)ブームで作られたガイドラインを、ほぼそのまま活用している企業が少なくありません。

ある企業のガイドラインは、さまざまな職種の人が読むにもかかわらずPDFで100ページぐらいあって、自分に必要な情報はどこを見れば載っているのかわからない状態でした。読み飛ばしてしまうことも多く、わからないからこそ、自分たちで解釈してクリエーティブを作ってしまうのですが、そうすると統一感がなくなります。

たとえば、ほとんどの企業がブランドカラーを定義しているでしょう。しかし、印刷で使われるCMYKは丁寧に定義されているのですが、スマホやモニターで使われるRGBがCMYKから適当に変換された数値であったり、ウェブセーフカラーしか定義されていなかったりすることがあります。

近年の顧客接点は、スマホなどのオンスクリーンが主流になってきているので、印刷ベースで考えられた古いガイドラインはアップデートが必要です。

欧米では、ウェブサービスだけでなくロゴもオンスクリーンに最適化しようと、よりシンプルに進化しています。Mastercardもそうですし、AT&Tのロゴも以前と比較すると、色数を絞ったり、小さい画面で見栄えが良くなるよう単純化されていることがわかります。

今、一番露出するべき場所に合わせて最適化しているんです。ガイドラインも現在の顧客接点の多様化を再考してアップデートしています。また、ガイドラインのユーザビリティ向上は、最終的なエンドユーザーの体験向上にもつながると思います。

サービス、プロダクトに落とし込んでこそエクスペリエンスデザイン

――ブランドガイドラインの整備などもエクスペリエンスデザインの一環になるのですね。

ブランドガイドラインを通して、どのようにエンドユーザーの体験を考えるかという提案も最近は増えています。同じクライアントでも、「サービス開発」「ブランドガイドラインの整備」「マーケティング支援」など、依頼される部署によって提案内容が変わります。いろいろな部署と調整することも多いです。

何にせよ、エクスペリエンスデザインは戦略やコンセプトだけ考えて終わりではなく、最終的なサービスやプロダクトまでつくることが重要だと思っています。

アイデア、サービス/プロダクトのデザイン、ビジネス化、そしてできたものをどう広めていくか、話題にするかまでトータルに取り組めることが広告会社でエクスペリエンスデザインを実施する強みかと思います。

 

エクスペリエンスデザインを生み出すプロセス
エクスペリエンスデザインを生み出すプロセス

――エクスペリエンスデザインを進めていて難しいことはありますか。

1つの案件で最終的なリリースまで1~2年かかることがあります。組織間の調整も必要ですし、クライアントの社内環境も変化するので、正直苦労が多いです。担当部署だけで解決せずに何度も差し戻しになったり、基幹システムとの連携部分が実現できなかったりすることがあるため、コミュニケーションが非常に重要です。

――社内のコミュニケーションをうまく進めるコツはありますか。

最初にワークショップをするのが有効ですね。そこで関係者のマインドセットを顧客中心に変えられますし、プロジェクトに対する共通の課題意識も持てるからです

1つの部署だけでなく、他の部署の人もワークショップに参加してもらうことで共通認識ができます。参加してくれた他部署の人がエバンジェリストになり、その後のプロジェクトが進めやすくなります。

ワークショップの設計も課題によってさまざまです。言語化しづらい企業の課題を集約して可視化したり、コンセプトを考えたりするワークショップもあります。後者であれば、事前に用意した仮説コンセプトをベースに調整していくこともあります。

いずれにせよ、企業の中の人たちは自分たちのことをよく知っていますから、頭のなかにあるデータベースをうまく活用できるように、僕たちは聞き上手になって、クライアントとの共創のような形でコンセプトやアイデアを形にしていきます。

――今後、エクスペリエンスデザインで実現したいことはありますか。

今、新規サービスの立ち上げに取り組んでいますが、これは新しいベンチャー企業を1つ立ち上げるくらいの重労働なものだと位置付けています。コアとなるサービスコンセプトの創出だけでなく、エクスペリエンス設計、ビジネス化、ROI、さらにバックグラウンドの業務フロー、オペレーションまでトータルに考える必要があります。

さらにできたプロダクト・サービスを広める方法も重要です。広告会社では、マス広告を中心としたキャンペーンの統合ディレクションが1つのベンチマークになっていますが、今のプロジェクトは、サービス開発を中心としたすべての領域に関わる統合ディレクションと捉えていて、非常にやりがいがあります。

もちろん全部を電通が担当するわけではないのですが、クライアントと役割分担しながら、すべてをやりきって初めて良いエクスペリエンスデザインができると思います。早くそういう事例をつくりたいですね。

こちらの記事はウェブ担当者フォーラムにも掲載されています。
http://web-tan.forum.impressrd.jp/e/2017/05/11/25595