企業のサステナブルなビジネス創造をサポートする株式会社 電通 サステナビリティコンサルティング室のメンバーが、この分野のオピニオンリーダーにお話を伺う本企画。第2回は、シンガポール国立大学で講師を務めるランドスケープアーキテクトの遠藤賢也氏とサステナビリティコンサルティング室の南木隆助氏が語り合います。前編では、シンガポールで行われている自然と調和したまちづくりについて、遠藤氏に紹介していただきました。後編では、シンガポールでさまざまな環境プロジェクトに携わっている遠藤氏に、これからの時代のまちづくりや企業のサステナブルな取り組みにおいて大事なポイントを伺います。
まちの魅力を生み出すには、人々が参加できる余白が大事
南木:遠藤さんはランドスケープアーキテクトとして、サステナブルなまちづくりに携わっています。プロジェクトを設計・提案する立場において、大切にしている視点はどのようなものですか。
遠藤:まちづくりには多様な専門家が関わりますが、どうしても設計者は図面を中心に、形や仕組みをつくる側の視点に留まりがちです。公園や水辺などの空間をつくることはあくまで手段だと思います。大事なことは、そこで生活者がどのような便益や心の充実感を持てるかです。ですからプランニングにおいては、自分が利用者や居住者になったつもりで、その空間にどのような魅力を感じるかといった視点を常に大切にしています。そういう日常体験が豊かであることが人々を惹きつける大事な要素になるような気がして、また、ひいては都市の国際競争力にもつながっていくのだと思います。仮に、日本全国、あるいは世界のどこの都市でも住めるとしたらどこを選ぶのか。その判断基準が何かを考えてみると分かりやすいです。
シンガポール国立大学 遠藤 賢也氏南木:日本、東京においても、都市が持続的に存続するためには、人を惹きつける魅力は不可欠ですよね。
遠藤:その役割を担うのが、屋外のオープンスペースやパブリックスペースといった、都市の中の余白だと思います。はっきり機能が定まっていなかったり、時間とともに変化するような場所が、実はとても重要だと考えています。そのような“スキ”のある空間が都市の中にあると、人々がそこで思い思いの関わりを持つことができるし、設計者も意図していない多様な価値や豊かさを生み出す可能性があるからです。そういえば最近、若者が渋谷を離れて新大久保に流れているといった記事を読みました。その要因も、専門家が完璧に計画した場所よりも、誰もが自由に関われる空間の方が魅力的であるからかもしれません。そうした場所にこそ新しいカルチャーが芽生える気がします。
南木:不確定要素をいかに担保させるか、といったこともまちづくりにおいては重要なんですね。そういった意味では、自然というものは合理性や効率を重視する都市にとっての余白です。自然を取り入れることで都市の魅力が増す、といった今までのお話もよく理解できます。ところで、最近はまちづくりや企業コミュニケーションにおいて、市民参加型のものが増えています。シンガポールでの市民参加型まちづくりの状況はいかがですか。
遠藤:実はシンガポールでは、市民参加型の取り組みはとても未成熟であると思っています。政府が強いリーダーシップを持っているので、参加型と銘打ちながらも、予定調和的なものが少なくない、という印象です。ただ、これから少しずつノウハウが蓄積され、行政と市民の協働の在り方もどんどん洗練されていくのではないでしょうか。いずれにしろこの点に関しては、日本の方が進んでいるというのが私の見立てです。日本では地域の結び付きがまだ強く残っていますし、見守りや共助の仕組みなど、まちづくりに熱心な主体が市民側に数多い印象を持ちます。
サステナブルなまちづくりにおいて、防災の視点は欠かせない
南木:遠藤さんは単に緑地や公園をつくるだけでなく、そこに住む人はもちろん、水辺の生き物やその国のブランディングも含めた、あらゆるベネフィットを考えて仕事をされています。そのようなアプローチで仕事をするランドスケープアーキテクトは珍しいのではないでしょうか。
株式会社 電通 南木 隆助氏遠藤:私はもともと空間づくりにはそれほど興味がなくて(笑)、むしろ仕組みづくりへの関心が強いんです。日本はハードもソフトも高度に作り込むことは得意だけど、そもそもの全体ビジョンを構想することが苦手なんだ、という話をよく耳にします。そういった意味で、大きなものから小さなものまでを並列的にみる視点、日常時から災害時までを横断的に考える視点などなど、そういったユニークな強みがあるからこそ、またこのようなご時世もあり、私のアプローチに興味を持っていただけるゆえんなのかと思います。
南木:ランドスケープアーキテクトには、広い意味でのまちづくりのアドバイザーやファシリテーター的な存在としても期待がかかりますね。
遠藤:私自身も最近は、ランドスケープの専門家というより、レジリエンスの専門家としてまちづくりに関わっていきたいと思っています。植物や生態環境に関わる“緑”と、雨水・排水・親水にまつわる“水”、さらに“防災”の3つの視点を絡めた視点で今後のまちづくりを考えていきたいです。特に防災は私にとって重要なテーマです。シンガポールでの実務経験も公園や水辺のプランニングに際しては、水をどれくらい蓄えておけば下流域での氾濫を減らせるかといった減災の視点を常に重視してきました。災害に強いまちづくりは、サステナビリティの観点からも不可欠です。
南木:電通にも、駅や公園など公共的な施設の開発にまつわるご相談を頂くことが多くあります。従来は公共性を重視していた施設が、民間の知恵を入れ、より多くの人にベネフィットを生む場所へビジネスモデルを変革する。最近は、そんなニーズが高まっているのを感じます。そのような分野で、公共性を担保した上でビジネス的な発想にも理解がある遠藤さんのような方とご一緒できる機会もあるのではないかと思っています。
遠藤:ありがとうございます。私がこれまで携わってきた仕事は、基本的にはデベロッパーや建築家、エンジニアなどのハードの専門家が中心で行うものでした。でも人々を惹きつけ、ライフスタイルや文化にまで影響を与えるようなものをつくる上では、生活者とのコミュニケーションを含めたソフトの部分に長けた方の協力が必要だと思っています。そのような部分を電通さんのような会社に担っていただくと、これからのまちづくりのポテンシャルも大きく広がるのではないかと思います。
サステナブルな取り組みは日常の習慣や文化にすることが大事
南木:私が今、所属しているサステナビリティコンサルティング室では、さまざまな企業のサステナブル経営を支援しています。最後にそのような企業に対して、何かアドバイスのようなものをいただけますか?
遠藤:サステナブルな取り組みというものは、当然ながら長期的に続けなくては意味がありません。そのためには関わる人が、その取り組みを自分ごと化し、習慣化することが大事だと思います。サステナブルな取り組みが、いつも当たり前に行っている生活スタイルやルーティンに組み込まれている状態が理想です。例えば津波に対する避難所を特別に設けるのではなく、日頃から人々が集まっている神社やお寺を避難所にする、といった発想です。気付いてない人も多いのかもしれませんが、防災にまつわる知識や習慣は長い年月の中で日本特有の文化にまでなっていますよね。海外に住んでいるとそのことを強く実感します。サステナブルな取り組みも、そのような当たり前のもの、文化のようなものにまでなれば、何十年何百年と持続するのではないでしょうか。
南木:大事な視点ですね。ただ、文化をつくることは行政だけで難しいですよね。その点で民間企業が果たすべき役割は大きいと思います。どんなにいい取り組みも、義務感だけでは長続きしません。サステナビリティコンサルティング室としても、企業や個人がもっと前向きに、楽しんでサステナブルな取り組みを持続できる社会を実現するための支援に力を入れていければ、と思います。

サステナブルなまちづくりには、生活者目線を忘れず、人々を巻き込んでいくことが大切です。またサステナブルな取り組みを継続するためには、その取り組みを日常化し、文化にすることが大事だと遠藤氏は言います。そのような姿勢がサステナブルな社会実現につながっていくのではないでしょうか。