地域の持続可能な発展を目指す取り組みが注目を集める中、Transformation SHOWCASEでは、連載シリーズ「エリア経済の未来図」として、エリア特性を生かした独自のビジネスモデルの構築や、エリア経済の活性化に資する活動事例を紹介しています。
今回取り上げるのは、dentsu Japan(国内電通グループ)が広告制作で培ったクリエイティブ視点やアセットを生かし、企業と共に新規事業開発を行う、事業クリエイティブチーム「汐留サロン」の事例です。東北最大の売上高を誇る老舗百貨店「藤崎」を展開する株式会社 藤崎が抱える課題を解決すべく、生まれたのが弁当惣菜カテゴリーの新事業。お客さまが好みの惣菜を選び、ホテルビュッフェのように弁当をカスタマイズする「ハココバチ」事業を企画・実施し、特別感のある顧客体験を創出しています。
プロジェクトを推進した藤崎 取締役執行役員の㔟田誠一氏、株式会社 電通東日本 執行役員の鈴川辰男氏、株式会社 電通 クリエイティブディレクターの武藤新二氏にインタビューし、クリエイティブ起点の新規事業開発、プロジェクトの成果や今後について聞きました。
広告制作で培った電通のアセットを生かし、新規事業開発に伴走
Q.藤崎は、宮城県仙台市で百貨店「藤崎」を展開しています。事業において、どのような課題を感じていたのでしょうか。
㔟田:1819年に創業した藤崎は、創業から206年目を迎えますが、ビジネスモデルを大きく捉えると、最初の100年は呉服販売、続く100年は百貨店と、顧客ニーズに合わせて100年ごとにビジネスのライフサイクルを経てモデルを変革してきました。現在は、次の100年に向けて新たなビジネスモデルを模索する転換期。ショッピングセンターの台頭や消費行動がインターネットへ移行する中、商品やサービスに対する地域社会や顧客の信頼などの、百貨店の強みを生かし、地域のお客さまとどのように接点を増やすべきか。百貨店だけではなくグループの関連会社とのシナジーを深めながら、何か新たな事業のモデルとなるようなコンテンツメイクをご一緒できないかと電通東日本の鈴川さんに相談を持ち掛けました。
鈴川:藤崎さまは、電通東日本にとって非常に長いお付き合いのある企業です。以前から「百貨店業をコンテンツ産業に進化させたい」というお話を伺っており、そのビジョン実現の一手段として今回のプロジェクトに取り組みました。
 株式会社 藤崎 㔟田 誠一氏
株式会社 藤崎 㔟田 誠一氏武藤:電通グループのクリエイターには、これまで培ってきたアイデア発想や企画立案、コピーライティング、デザインなどのスキルやノウハウがあります。このアセットを活用し、日本各地の企業の皆さんと新規事業開発をご一緒させていただいています。藤崎の㔟田さんからのご相談を受け、われわれクリエイターが伴走しながら、さまざまな課題をまとめて解決するような新たな事業アイデアはないかと考えました。
販売員の目利き力をお客さまへ提供。百貨店の強みを生かした顧客体験を創出
Q.「ハココバチ」はどのようにして生まれた企画でしょうか。
武藤:㔟田さんは「生活者の行動が変容し、百貨店という館を構えてお客さまを待つだけではビジネスが成り立たない」と話され、「藤崎」の看板を持ってお客さまの元へ出向くビジネスモデルを検討されていました。
そこで考えた新事業が「ハココバチ」です。お客さまが百貨店に期待するものの1つは対面販売、つまり販売員さんと会話しながら商品を選ぶ体験です。そこから着想し、販売員さんとやりとりしながら好みの惣菜を選び、自分だけのお弁当をカスタムできるというアイデアを提案しました。われわれのクリエイティブ力を使って「ハココバチ」をブランド化できれば、今後このブランドを掲げて駅ナカやショッピングセンターに出店することもできます。まずは弁当惣菜カテゴリーの取り組みですが、藤崎さんが抱える課題の解決に向けて一歩を踏み出すことをきっかけに、さまざまに波及できるのではないかと構想しています。
㔟田:現在、仙台・宮城の名産品から好みの数種を選べるギフト「仙台小箱」を販売しています。この企画は、高齢化や核家族化による小分けニーズの高まりに対して、牛たんをはじめとした多様な名産品を少しずつ贈りたいという、少量多品種のギフトニーズを重箱になぞらえたパッケージで付加価値を付けてギフトコンテンツ化したものになります。これにより、お客さまが先様のライフスタイルをイメージしてきめ細かく選んでいただく体験価値を具現化することもできました。こうした成功事例を電通のクリエイティブなアセットを活用しながら、食品事業の関連会社も連携してデイリーニーズにも広げたいという思いもありました。
武藤:「ハココバチ」は、新たなプラットフォームにもなり得る事業です。例えば、百貨店に出店しているような有名ブランドの惣菜をセレクトできるようにしたり、地元商店街や東北エリアの人気店に参画していただいたりすることも考えられます。また、若手料理人や一般の方々から惣菜のレシピを公募して、その中から商品化するなど、将来的には地域活性化や新たな才能の発掘にも貢献できる拡張性を秘めた事業ですね!と皆さんで夢見てわくわくしています。
 株式会社 電通 武藤 新二氏
株式会社 電通 武藤 新二氏仮説と検証の往復で成長し続ける仕組みを構築
Q.これまでの「ハココバチ」の販売方法や、販売時に感じた手応えなどをお聞かせください。
㔟田:2024年10月から2025年2月にかけて、4回にわたってポップアップで販売をしました。初回で目指したのはお客さまから一定の評価を得ること、そして販売員の成功体験を作ることです。武藤さんのチームが手掛けた専用のエプロンで販売員のモチベーションが上がりましたし、のれんや什器、プライスカードの書体など細部までこだわったデザインに多くのお客さまが足を止めていました。おかげさまでお客さまからご好評いただき、目標額の約2倍の売り上げを達成しました。
2回目以降も、お客さまの反応を見ながらメニューや告知方法を模索していきました。30代、40代のお客さまにアプローチするためにカフェとコラボレーションしたり、地域との接点を増やすために地ビールの醸造所とコラボして惣菜とのマリアージュを提案したりしたことも。さまざまな実験をしながら、常設に向けてプランニングを進めています。
 「ハココバチ」ポップアップの様子(左) 商品組み合わせ例(右)
「ハココバチ」ポップアップの様子(左) 商品組み合わせ例(右)Q.回を重ねるたびに新たなチャレンジをしていますが、どのような気付きがありましたか?
武藤:惣菜が小分けになっていることで、それぞれの売れ行きがその日のうちに分かります。そのため、翌日の仕入れや次回のメニュー開発に役立てるなど、常に新たな仮説を立てながらリアルタイムで検証を進めることができています。フードロスにもなりにくく、環境にも配慮できるのもこの事業の利点です。
また、お客さまから学ぶこともたくさんあります。まとめ買いするお客さまに販売員さんがお声がけしたところ「家族や友達の集まりがあるので、みんなでシェアする」とのことで、想定利用シーンやパーティー需要への気付きになり、次の一手のヒントになりました。このようにお客さまの声を直接聞けるのも、藤崎さんが対面販売を長きにわたって続けてこられたからです。
㔟田:藤崎では、プロダクトリリース後の素早いPDCAや細部までこだわったクリエイティブに関してやり切れていない部分がありました。そんな中、今回の取り組みでは日々の情報をチーム内で共有し、プロダクトの改良や新たなアイデアを精度高く実現に結び付けることができ、メンバーにとっても貴重な成功体験になりました。
鈴川:売り場には長い行列ができていましたが、並んでいるお客さまはみな笑顔。他の方が何を選ぶのか、自分はどんな組み合わせにしようかとワクワクした様子で並んでいる光景が印象的でした。何を買おうか迷う時間を楽しむこと、販売員の方と対話しながら商品を選ぶことなど、お買い物本来の魅力、体験価値の提供がお客さまの笑顔を生むと感じました。
 株式会社 電通東日本 鈴川 辰男氏
株式会社 電通東日本 鈴川 辰男氏価値ある顧客体験により、地域の魅力向上に貢献
Q.「ハココバチ」および藤崎の新規事業の展望をお聞かせください。
㔟田:今回のプロジェクトを新たなロールモデルとして成功体験を体感するメンバーを増やしていければ良いなと考えています。これからの地方百貨店には地域の文化、風土、歴史などの地域資源を、コンテンツ化して発信、提供することで、街のにぎわいを創出する機能が求められていると考えております。今回の取り組みを社外、域外も含めて多くのメンバーを巻き込みながら拡大することで、地域社会になくてはならない存在を目指していければと考えます。
武藤:現在進めている「ハココバチ」ブランドのグッズ開発をはじめ、常設店、館の外への出店、外商部門と連携したデリバリー、BtoBサービスなど、事業をさらに発展できたらと構想は膨らみます。また、この事業スキームやノウハウを社内で共有し、日本各地に広げていく挑戦を始めています。電通グループが地域百貨店の次なるステージアップに貢献し、地域の人たちや百貨店同士の橋渡し役になれたらうれしいです。
鈴川:今回のような取り組みにより、将来的に地域の魅力向上にもつなげていきたいと思います。地域に人を呼び込むことは、地方の人口減少対策になり、雇用の創出にも貢献できる。なにより、地域に彩りを添えることで活気が生まれます。電通グループも藤崎さまのお手伝いをすることで、経済的価値だけでなく社会的価値も含めて地域社会に貢献したいと願っています。
 
対面販売という百貨店ならではの強みを生かしつつ、少量・多品種という顧客ニーズ、「選ぶ」という体験、さらにdentsu Japanのクリエイティブにより付加価値を加えた「ハココバチ」。弁当惣菜の販売という枠を超えた顧客体験の創出により、さらなる事業の可能性や地域活性化にもつながりそうです。