これから始まる本当のDX!カギとなるのは「ゲーミフィケーション」
2025/04/23
誰もが一度は「ゲーム」の魔法にかけられた経験があるのではないでしょうか?
ゲームは、私たちを別の世界に誘(いざな)ってくれます。ゲームは、自分を超える挑戦の場にあふれています。そんな、ゲームが持つ人を夢中にさせる力をゲーム以外の分野で活用していくアプローチを、「ゲーミフィケーション」と呼びます。正攻法で解決できない課題があふれる現代社会だからこそ、課題解決の手段として“ゲームの力”が注目されています。
本記事では、ゲーミフィケーションの考え方や、その技術がDX領域にもたらす新たな価値やメリットをご紹介します。さらには内発的な動機づけをベースにセガ エックスディーが開発した、“つい、したくなる”体験の設計手法「ゲームフルデザイン」について、セガ エックスディー 取締役 執行役員 COOの伊藤真人がお伝えします。
なぜ“本当のDX”はツールの導入だけでは進まないのか?
DX(デジタルトランスフォーメーション)は、2020年頃から各産業において加速度的に拡大しました。一方で、デジタルソリューションやツールの導入は進んだものの、うまく活用されていないという企業の声をよく耳にします。
たとえば、「営業ツール」を導入するケースの事例をご説明します。ある企業で営業データを分析し、業績改善を目的に営業メンバーが活用できるツールを導入したものの、日々の営業進捗を入力するのが「面倒」といった人的(心理的)理由により、入力漏れや入力はされているが情報が少ないといった事象が発生しました。
こうなると一次情報が集まらないため、営業分析を推進するという目的を果たすことはできません。
DXの推進において課題となるのは、多くの場合「人」であり、ツールを導入しただけでは変革(トランスフォーメーション)は起きません。人間はときに不合理で「使わないといけない」と頭ではわかっていても「使わない」ことがある生き物です。
どれだけ高機能なツールを導入しても、そのプロセスを現場の人間に任せる形で終わってしまうと本来のDXに含まれる「活用」が進まず、デジタル化(デジタイゼーション)にとどまってしまうケースが散見されています。
この事例を「正攻法」で解決するのであれば、営業メンバーに対して入力ノルマ等のルールを課したり、達成時に金銭的な報酬を用意したりすることで入力を促すアプローチが妥当でしょう。
しかし、外発的な動機付けは、やる気のあるメンバーの内発的な動機付けを低減させるリスクがあります。もともと高い志を持って毎日営業活動を担っているメンバーであっても、報酬が設定されることで、逆に報酬が目的化してしまうことすらありえます。
それに対し、ゲーミフィケーションは、営業メンバー自らが率先して営業ツールを「使いたくなる」ような体験を提供することにより課題を解決するというアプローチとなります。
ゲーミフィケーションとは?
では、その「ゲーミフィケーション」とはどのような考え方なのか、歴史と共にご紹介します。
2011年に、アメリカのITアドバイザリー企業・ガートナー社が、ゲーミフィケーションを今後5年間のトレンドとして、
「ゲームのメカニズムを非ゲーム的な分野に応用することで、ユーザーのモチベーションを高めたり、その行動に影響を及ぼしたりする幅広いトレンド」
と定義したところから、ゲームのメカニズム活用が市場で注目されるようになりました。
有名な手法としては、
- 利用者が行うべきタスクを明示する「ミッション」機能
- 利用者が目指すべき目標を設定する「ゴール」
- 利用者が行うべきタスクを行った際に報酬を与える「リワード」
など、ゲームで一般的に用いられている考え方を活用するアプローチが挙げられます。
しかし、2011年当時はこうした「手法論」で各サービスにゲーミフィケーションが活用されたことにより、あまり期待される効果が得られないという結果が多く生まれました。
なぜかといえば、「ゲームは、ミッションがあるから楽しい、リワードがあるから楽しいわけではない」からだと考えられます。つまり、世界観やストーリーなど本質的な“楽しい体験”から議論されるべきものが、“活用のしやすさ”という観点で手法論のみが取り入れられた結果として、「効果が得にくい」というイメージが根付いてしまったのです。
そこから10年以上経った近年、ゲーミフィケーションが再び注目されるようになりました。その背景には「情報過多」「機能の同質化」「価格競争」という3つのキーワードが見えてきます。

- モノと情報があふれ、ITが浸透する現代において人々が取得する情報があふれかえる「情報過多」
- あらゆるものにおいて最大パフォーマンスを求めた結果、商品やサービスの機能価値が似たようなものばかりになっている「機能の同質化」
- その結果として、価格によって優位性の確保しようとする「価格競争」
これらを求めざるを得ない商品やサービスが増えてきたということです。
こうした状況の中で、機能や価格ではないカタチでお客さまに選んでもらい、買ってもらうためには、「非機能的な価値」つまりは情緒的な価値によって「ついしたくなる」「つい買いたくなる」といった意識変容の重要性が高まってきているのです。

ゲーミフィケーションによる「内発的動機づけ」が、“人が主役”のDXを推進する
では、ゲーミフィケーションの「ついしたくなる」情緒的価値は、DXの分野にどう寄与していくのでしょうか。
経済産業省が発表している定義によれば、「DX」は「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」です。
決して、ITシステムやツールの導入のみではなく、データやデジタル技術を活用することで、顧客や従業員や社会の体験が変革されることを指します。あくまで主役は「人」。そのために、「体験価値の向上」が大前提として求められます。

「使いたくなる」体験や、「体験価値の向上」を考える際に、ゲームは大きな示唆を与えてくれます。
損得関係なく、夢中になってしまうゲームの力を活用することで、デジタルツールの活用が進んだり、より能動的にシステムを利用するように促したりすることが期待できます。
利便性や強制力などの外発的動機付けではなく、情緒的価値を通じた内発的動機付けによって人間の行動を変革し、結果として課題を解決するゲーミフィケーションのアプローチは、DXなど新ツールの活用に対して非常に有効なのです。

「営業ツールに営業担当者が記録を入力しない」という課題に対して、かつての「手法論」によるゲーミフィケーションを適用すると、例えば次のようなアプローチが考えられます。
- 毎日従業員に対してクリアすべきミッションが明示される(記録入力等)
- 月間目標入力数を可視化する
- 月間目標を達成した際にバッヂ(リワード)が与えられる
この手法でも一定の効果は得られるとは思われますが、それだけでは十分にゲーミフィケーションの力を生かせるとはいえません。
より効果的にゲームが持つ人を動かす力を活用するための有効な体験設計とはどのようなものか?私たちが模索し開発したのが「ゲームフルデザイン」の考え方です。
これから注目される、ゲームの要素を活用した体験設計「ゲームフルデザイン」とは
「ゲームフルデザイン」は、ゲーミフィケーション(ゲーム要素の非ゲーム分野への活用)の中でも“ポジティブな内発的動機付け”を軸にした体験設計のアプローチです。

ゲームフルデザインによる課題解決のアプローチは、大きく分けると瞬間的な体験(瞬間UX)と習慣的な体験(習慣UX)の設計方法に分類できます。

私たちは、この内発的な動機付けをさらに
- 「ついやってしまう」(無意識)
- 「ついやりたくなってしまう」(意識)
- 「ついやり続けてしまう」(粘着性)
の3つに分類しています。

「無意識」な瞬間UXは、人間の心理や行動を観察しその特徴を明らかにして経済学を再構築する学問「行動経済学」で提唱されている「ナッジ」の考え方(※1)をベースにしています。
また、「意識的」な瞬間UXは大阪大学 経済学研究科松村真宏教授の「仕掛学」(※2)をベースにした考え方になっています。最後の習慣的な体験は「ついやり続けてしまう」粘着性のある体験を指します。
※1 = ナッジ理論とは
経済的なインセンティブの提供や行動の強制をせず、行動変容を促す手法を理論化したもの
※2 = 仕掛学とは
魅力的な行動の選択肢を増やすことにより、自覚的な行動変容を促すことを目指す学問
「ついやり続けてしまう」体験をどう設計する?
環境軸×時間軸で分類する人間の9つの欲求を解説
今回は、この中で「習慣的な体験」をどう設計していくと「ついやり続けてしまう」状況が生み出されるのかについてご紹介します。
「行動したくなる」体験を設計していくためには、人間の根源的な欲求を基点に考えます。私たちは、人間の欲求が引き起こされる要因は大きく2種類あると定義しています。1つは「環境」軸、もう1つは「時間」軸です。
環境軸は大きく「主体」「状況」「客体」3つに分けられます。「主体」は自分ひとりで欲求が喚起されるもの、「状況」は各自が置かれている状況によって欲求が喚起されるもの、「客体」は身の回りにあるモノによって欲求が喚起されるものを指します。厳密には異なりますが、1人称、2人称、3人称のようなイメージです。
もう1つの時間軸による分類も「未来」「現在」「過去」の3つに分けられます。未来に起こり得るものへの期待や想像によって喚起される欲求を「未来」、現時点で起こっていることによって欲求が喚起されるものを「現在」、過去に起こった現象や事象によって欲求が喚起されるものを「過去」と分類しています。この3×3の組み合わせで欲求を定義したものが次の表です。

この、9つの欲求を軸にして、ゲームにおける考え方を基に人間の「行動したくなる」体験を設計していくのが「ゲームフルデザイン」です。たとえば先ほどの営業ツール導入の例にあてはめて考えると、以下のようになります。
● 達成欲求(主体×未来):人は「進歩実感」によって動機付けされる
体験設計例:段階的なゴールが設定され、日々ゴールに向かって進んでいる状態を可視化する
● 求知欲求(状況×未来):人は「偶然性と好奇心」によって動機付けされる
体験設計例:営業記録を5件入力する度にガチャを引くことができ、ガチャでデジタルアイテムを入手することができる
● 獲得欲求(容体×未来):人は「希少性」によって動機付けされる
体験設計例:毎日営業記録の記載内容が優秀な人1名が賞賛される仕組みをつくる
● 有能欲求(主体×現在):人は「創造性」を発揮できる(できている)と実感することによって動機付けされる
体験設計例:入力した営業記録の内容に応じて、上司(やAIによる自動化)からフィードバックがなされる
● 感性欲求(状況×現在):人は「非思考的な感覚」で動機付けされる
体験設計例:入力する画面のUXレスポンスが気持ちいいエフェクトになっている
● 保存欲求(容体×現在):人は「愛着」や「一貫性欲求」によって動機付けされる
体験設計例:毎日の営業記録入力数が蓄積され現在の累積数が可視化される
● 自律欲求(主体×過去):人は物事を「自分事化」できると動機付けされる
体験設計例:何年入社組という「所属」を定義することで、所属毎の営業記録入力率が表示される
● 関係欲求(状況×過去):人は「他者を意識すること」によって動機付けされる
体験設計例:「所属」ごとの共通目標が定められ、仲間全員で達成に向かっていく、その際に、自分の貢献度が可視化される
● 回避欲求(容体×過去):人は「損失を回避すること」に動機付けされる
体験設計例:入力を続けると、連続入力ボーナスが得られる(途切れるとボーナスがなくなる)
それぞれの欲求を効果的に刺激する体験設計の手法は、エンタテインメントの世界で活用されているさまざまな手法を整理した101個の体験アプローチを基に定義しています。
ここでは、詳細までご紹介はできませんが、以下の表は各欲求に関わるアプローチのキーワードを整理したものです。もし興味があれば併せてご覧ください。

このように、「人」を起点としたDX活用や推進には、正攻法で解決できない課題が伴うからこそ、人間の根源的な欲求を起点にした「使いたくなる」体験づくりが求められます。その際に、ゲームが持つ人を夢中にさせる力を非ゲーム分野で活用していくアプローチは非常に有効な示唆を与えてくれます。
ゲームが持つ、人を動かし夢中にさせる力を活用する「ゲームフルデザイン」の手法は当然、万能な課題解決の手法ではありません。しかし、解決すべき課題がたくさんある社会の中で、正攻法で解決できない課題にこそ、ゲームの考え方が役立つシーンが必ずあると信じています。
電通とセガ エックスディーでは、引き続きゲームフルデザインの考え方活用し、企業課題の解決に取り組んでいきます。