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話題の本「美しすぎるパワポ」をひもとくNo.2

アートディレクターが、あなたの働き方まで美しくする 「美しすぎるパワポ」(後編)

2024/11/07

「美しすぎるパワポ」(扶桑社)
扶桑社、A5判、144ページ、2420円(税込)、ISBN:9784594093136

電通の現役アートディレクター10人が“パワポ”(パワーポイント)のテンプレートデザインを手がけた書籍「美しすぎるパワポ」(扶桑社)が話題です。記事の前編では、世の中に数多くあるパワポ本と一線を画す同書のコンセプトや、本に込められたアートディレクターの知見や技を紹介しました。

前編に続き、後編も同書を企画した電通のコピーライター・川崎紗奈さんとテンプレートデザインを手がけた電通のアートディレクター・井上信也さんに話を聞きます。デザインにあたりアートディレクターとしてこだわった点とは。アートディレクターが持つデザインのスキルを、広告の世界にとどまらず、世の中に広げていくことの意義とは。

川崎紗奈(かわさき さな)
川崎紗奈(かわさき さな) 電通 第1CRプランニング局 コピーライター/UXリサーチャー。コピーライターとしてコンセプトメーキングからアウトプットまで、国内外の企業のクリエイティブ制作に従事。主な受賞歴に、朝日広告賞/審査員賞、ACC賞ゴールド、釜山国際広告祭YOUNG STARS /BRONZE、日本観光ポスターコンクール/インバウンド賞など
井上信也(いのうえ しんや)
井上信也(いのうえ しんや) 電通 第1CRプランニング局 アートディレクター。ビジュアルアイデアを起点としたアートディレクションを軸に、グラフィック広告、CM、VI(ビジュアル・アイデンティティ)やキャラクターデザインなど、企業や商品が長く愛されるためのブランド視点でのアートディレクションを心がけている。主な受賞歴に、朝日広告賞、読売広告大賞、ADFEST、広告電通賞など

 

広告デザインとの違いは「どこで筆を置くか」

──「美しすぎるパワポ」では、10人のアートディレクターが、それぞれ自分の担当するテンプレートをデザインしています。アートディレクターどうしで横の会話はあったのですか。

川崎:基本は「あなたはこういう作風だから、このテーマでどうですか?」と10人それぞれに打診して、合意が取れたら、あとは自分の作業に集中してもらいました。ですが、本を制作するのはとても時間がかかるので、フェーズを区切って全員が集まり、お互いの進み具合を共有する「お披露目会」の機会を設けました。私としても、そのタイミングで10人分のテンプレートを俯瞰(ふかん)して把握できるので、例えば、横並びで見たときにグレー系のテンプレートが多かったら、色味がかぶらないように調整をお願いしたりもしました。

言葉をとことん削ぎ落とす。洗練された佇まいが効く〝余白〞のパワポ (アートディレクター:加藤寛之)
言葉をとことん削ぎ落とす。洗練された佇まいが効く〝余白〞のパワポ (アートディレクター:加藤寛之)
「言葉をとことん削ぎ落とす。洗練された佇まいが効く〝余白〞のパワポ 」(アートディレクター:加藤寛之)
空気をまとって右脳から攻める。物語のように魅せる〝世界観〞パワポ (アートディレクター:ア:くぼた えみ)
空気をまとって右脳から攻める。物語のように魅せる〝世界観〞パワポ (アートディレクター:ア:くぼた えみ)
「空気をまとって右脳から攻める。物語のように魅せる〝世界観〞パワポ」 (アートディレクター:くぼたえみ)

──井上さんは、今回テンプレートのデザインをしてみて、広告のデザインとの違いを感じましたか。テンプレートデザイン特有の難しさはありましたか。

井上:与えられたテーマや目的に沿ってデザインをするという意味では、テンプレートのデザインも広告のデザインも同じです。一方で、フィニッシュの仕方は両者で大きく違うなと感じました。広告のデザインでは、広告コピーがすでに決定していて、それを文字組みして、最後はミリ単位で文字間や行間を調整していくような詰めの作業を行います。

一方、テンプレートのデザインでは、最終的にユーザーが文字を入力してスライドが完成します。おのずとアートディレクターは、ダミーの文章を使ってデザインすることになる。ところが、ダミーの文章を使ってデザインを詰めれば詰めるほど、逆に汎用性がなくなってしまうようなところがあります。ダミーの文章では美しくデザインされていても、ダミーの文章と異なる文字量をユーザーが入力した途端、バランスが崩れて美しさが損なわれてしまうことだって起こりうる。だから、「どこで筆を置くか」ではないですが、さまざまなケースを想定して、ある地点で止める必要がありました。

加えて、パワポというソフトが必ずしもデザインファーストには作られていないため、アドビのイラストレーターなどに比べると文字の調整に厳密性がなかったりします。試行錯誤の連続で作業は大変でしたが、それでもいろいろ探ってみると「パワポでこんなこともできるんだ」という発見もあったりして、普段の作業では得られない収穫もありました。

──テンプレートデザインをする中で、井上さんがこだわった点があれば教えてください。

井上:先ほども触れましたが、文字量を決めるのはユーザー側なので、こちらではコントロールできない部分です。だからこそ、「こちらでコントロールできる部分は、すべて厳密に指定しておく」ことにこだわりました。

わかりやすいのは、レイアウトです。見出しや本文をスライドのどこに配置するかは、あらかじめこちらでコントロールすることができます。検証の末、例えばこちらのテンプレート(下図参照)ではスライドの左上に大きく見出し、対して右下にボリュームのある本文を置き、その分余白を右上に設けてバランスを取りました。ユーザーが推奨文字数の範囲内で入力する限りは、スライドの“重心”が崩れずに中央付近に保たれるようになっています。

見出しや本文の配置と推奨文字数により、スライドの“重心”が中央付近に保たれる
見出しや本文の配置と推奨文字数により、スライドの“重心”が中央付近に保たれる

川崎:今、井上さんが触れてくれた推奨文字数は、各テンプレートのテキストボックスにガイドとして表示されるようになっています。例えば、この見出しは1行で、こっちの見出しは3行まで、ここの本文は500文字まで書いて大丈夫、といった具合です。使う側はテンプレートをダウンロードしたら、テキストボックスに表示されている推奨文字数を守って入力するだけでいい。使う側にとってなるべく簡単であるようにと工夫した機能の一つで、使ったらきっと感動してもらえると思います。

井上:パワポのもともとの機能をうまく生かしていますよね。カーソルを合わせない状態だとガイドが表示されて、カーソルを合わせると消えるという。

本とは作り手の社会への問いかけ

──「本離れ」「読書離れ」も指摘される昨今、実際に本を作ってみてよかったことは何ですか。また、本というメディアにどのような可能性を感じていますか。

川崎:実際に本を作ってみて、改めて紙の本が機能性に優れていることを再認識しました。この本は横長の形をしているのですが、パソコンで作業するときに机の上や膝の上で見たいページを広げておくことができます。ページを行ったり来たりするのも、電子書籍よりも紙の本の方がまだまだ早いのではないでしょうか。些細(ささい)なことかもしれませんが、そうした本の機能性は軽視できないと思います。

保存性についても、本は優れていると思います。もちろん電子書籍もデータとして保存することはできますが、十年後も手元に置いておきたいような本は、私ならデータではなく紙で持っていたいですね。このあたりは人によって意見が異なるかもしれませんが。

井上:できあがった本を実際に手にして感じたことですが、本というメディアにしたことで説得力がより増したのではないかと。本という形態をとることで、読者は、作り手の意思表明のようなもの、社会への問いかけのようなものを強く感じるのではないでしょうか。その意味において、本はまだまだ存在感のあるメディアだと感じています。

川崎:今回は「売れる本をつくろう」というプロジェクトから出発していますが、扶桑社さんに「売れるかも」と思っていただいた理由の一つに、これまでのパワポ本とは根本的に読者へのアプローチの仕方が違うことがあったかと思います。「美しすぎるパワポ」は、デザインのテクニックを磨くための本ではなく、デザインする手間を省いてあげる本なんすね。資料の体裁を整えることに費やしていた時間を他のことに使えたら、働き方だって変わるかもしれません。

「紙」の本と、購入者特典である「デジタル」のテンプレートを組み合わせたことも、従来の本との違いかもしれません。電子書籍の登場とデジタルコンテンツの多様化は、生活者の選択肢を増やしました。「紙」と「デジタル」が競合関係にあることも事実ですが、アイデア次第では「紙」と「デジタル」を組み合わせて相乗効果を発揮することもできるのではないでしょうか。

アートディレクターのスキルを世の中に広げたい

──電通のアートディレクターが広告以外の領域で仕事をすることに、どのような意義や可能性があると考えていますか。

川崎:電通のアートディレクターは普段、パワポで資料をつくることはあっても、パワポでデザイをすることはないと思います。デザインに適したソフトは他にたくさんありますから。でも、本を出すのであれば、それが全国の書店に置かれるのであれば、デザインをする一部の人だけが使うソフトではなく、世の中の多くの人が使っているパワポを対象に、アートディレクターがデザインの能力を発揮することに意味があるのではないかと思いました。

電通のアートディレクターは多くの場合、企業の広告制作を請け負っています。これは「to B」、つまりビジネス向けです。一方、一般の人が手に取れる今回のような本は「to C」、コンシューマー(消費者)向けです。私としては、アートディレクターをはじめ電通の人間が持っている知見やスキルを、ビジネスの世界だけでなく、広く世の中に役立てたい。アートディレクターが持っている知見とスキルを広告の世界だけに閉じさせずに、いかに世の中に広げていけるかという問いに対する一つの答えに、この本がなっていたならうれしいです。

ペタペタ貼って存在感UPビビッドな個性が光る〝くせモチーフ〞パワポ (アートディレクター:萬田 翠)
ペタペタ貼って存在感UPビビッドな個性が光る〝くせモチーフ〞パワポ (アートディレクター:萬田 翠)
「ペタペタ貼って存在感UPビビッドな個性が光る〝くせモチーフ〞パワポ 」(アートディレクター:萬田翠)

──最後に、改めて伺います。「美しすぎるパワポ」の魅力とは。

川崎:テンプレートのデザインをしている間、10人のアートディレクターから私のところに矢継ぎ早に質問が飛んできました。「この機能をどうにかすれば、グラフの色をもっと設定できると思うんだけど……」「カラーパレットは、パワポの中でも作れるはずなんだけど……」などなど。デザインのプロであるアートディレクターたちが、時間をかけてパワポを理解しながら全力でやりきってくれたからこそ、ちゃんと本として仕上げることができたと感じています。

「美しすぎるパワポ」は、「センス、テクニック不要 ダウンロードするだけ」とうたっています。もちろん、それは読者にとっての大きなメリットではありますが、それを可能にしているアートディレクターの熱意と技が、この本の魅力ではないかと思っています。

井上:結局、パワポのテンプレートデザインに正解なんてないんですよね。テーマごとにバラエティに富んだ10枚のテンプレートは、10人のアートディレクターがそれぞれの個性を生かして、機能的・情緒的な美しさを追求した結果であって、パワポでこんなことができるんだ、こんなアプローチもあるんだと思ってもらえることが、この本の魅力になっているのだと思います。

 

美しすぎるパワポ(扶桑社)

【著者】
川崎紗奈(電通 コピーライター/UXリサーチャー)
 
【テンプレートデザイン】
一森加奈子(電通 アートディレクター)
多田明日香(電通 アートディレクター)
石崎莉子(電通 アートディレクター)
加藤寛之(電通 アートディレクター/グラフィックデザイナー)
井上信也(電通 アートディレクター)
くぼた えみ(電通 アートディレクター)
萬田翠(電通 アートディレクター)
吉森太助(電通 デザイナー/アートディレクター)
原田祥貴(電通 アートディレクター)
平田優(電通 アートディレクター/画家)
 
【制作協力】
服部 展明(電通 第1CRプランニング局)
奥野 圭亮(電通 第1CRプランニング局)
宮永耕治(電通 出版局)
島 朋子(bless you)
三觜直樹、杉山雅志(ジェ・シー・スパーク)
 
【デザイン】
細山田光宣、千本 聡(細山田デザイン事務所)
 
【編集】
工藤真之介(扶桑社)

 

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