α世代も夢中!没入型プラットフォーム「Roblox」No.2
フィジカル×デジタルで挑む“未来のファッション教育”とは?Robloxと文化服装学院の共創
2025/04/23

世界規模で急成長している「デジタルファッション」市場をご存知でしょうか? 2030年には約16兆円という市場規模に到達すると言われる、密かな巨大産業です。
世界的なファッションデザイナーを数多く輩出する文化服装学院では、デジタルファッションに対応できる次世代人材を育成するべく、2024年度から、新たに「バーチャルファッションコース」を新設しました。
3年次で編入できる選択学科となる同コースでは、後期にあたる2024年10月から5カ月間、没入型ソーシャルプラットフォームであるRoblox、GeekOutおよび電通グループと共同で、「デジタルファッションプログラム」の授業を行いました。
今回は、文化服装学院の徳岡慧先生と、共に講師を務めたGeekOutの3D CGアーティスト・SushiPa氏、電通グループの森岡秀輔氏の3人が、日本でも初めての試みとなったデジタルファッションプログラムについて振り返ります。
<目次>
▼21人の学生たちが、「フィジカル」と「デジタル」の二刀流を身に付けた
▼フィジカルな服とRobloxアバター用の服の両方で「My Brand」を構築
▼デジタルファッション市場は2030年に16兆円まで成長する!?
▼「全員、ちゃんと服をつくれる」のが文化服装学院の伝統的強み
▼21人の1期生とデジタルファッションの未来、そして
▼電通本社エントランスで卒業制作のフィジカル&デジタルファッションを展示中!
21人の学生たちが、「フィジカル」と「デジタル」の二刀流を身に付けた
──御三方の自己紹介をお願いいたします。
森岡:私は電通グループで、海外スタートアップや新興プラットフォームとの事業開発や投資業務を担当しており、その一環でRobloxとのグローバルパートナーシップを推進しています。
電通グループの次世代クリエイター支援プロジェクト「House of Creators」(※1)の一環 で、Roblox公式支援のもと、日本初となる「デジタルファッションプログラム」を企画し、文化服装学院さんにお声がけしました。同プログラムでは、プロジェクト全体の企画・プロデュースに加えて、ビジネス周りの講義を担当しています。
※1 House of Creators
広報リリース:電通グループ、次世代コンテンツクリエイターの支援を通して世界中に熱狂を生み出す「House of Creators」プロジェクトを開始
SushiPa:GeekOut所属の3D CGアーティストで、SushiPaといいます。今回のプログラムでは、主にRoblox上でのUGCアイテム制作の講義を担当しています(※2)。GeekOutは、Roblox上で活動するクリエイターの支援や、IP・ブランドとのコラボを通じて、Robloxのクリエイターエコノミーの発展と、プラットフォームの社会的な普及を推進している会社です。私は普段はコンテンツ企画、プロデュース、プロジェクトマネージャーなどを担当しています。
※2 UGC=User Generated Contents(ユーザー生成コンテンツ)
徳岡:私は文化服装学院の専任講師で、2024年度から新設されたバーチャルファッションコースをクラス担任として受け持っています。お2人のお力もお借りしつつ、同コースの後期授業として「デジタルファッションプログラム」を企画しました。
──整理すると、2024年4月から新たにスタートした1年間の選択コースとして「バーチャルファッションコース」があり、その中の後期授業で、10月から2月まで、Roblox公式支援のもと、電通グループとGeekOutと共同の「デジタルファッションプログラム」が実施されたわけですね。
森岡:そうです。徳岡先生はバーチャルファッションコースのクラス担任として1年間。 そしてSushiPaさんと私は後期日程となる10月からの約5カ月間、Robloxのデジタルファッションについて講義させていただきました。Roblox本社からは授業内容の企画支援をはじめ制作ツールのノウハウ提供、作品の制作・アップロードに必要なゲーム内通貨Robuxの提供、そして講評に至るまで多岐に渡る公式支援をいただきました(※3)。今回はいわゆる寄附講座ではなく卒業単位にも含まれる公式カリキュラムということで、かなり責任を感じましたね。
※3 Roblox、日本を代表する服飾専門学校である文化服装学院のバーチャルファッションデザイン教育を支援
──バーチャルファッションコースについて教えてください。
徳岡:「3Dモデリングができ、バーチャル空間でもファッションをクリエイトできる人材」の育成を目的に、2024年度から新設した選択コースです。私は文化服装学院のいくつかの科での講師経験を経て、バーチャルファッションコースの責任者に着任しました。
──バーチャル空間でもファッションを、という点についてはまた後ほど詳しく伺います。1年間のカリキュラムは、どういったものでしたか。
徳岡:主に、「CLO(クロ)」という3Dツールを用いた服のつくり方を教えてきました。CLOでは、コンピューター内で服をデザインし、2Dの型紙をつくり、その型紙が実際にどのように立体的な服になるかを、モデルに服を着せた状態までリアルタイムにシミュレートできます。型紙を紙に出力して試作用の生地を裁断して服を縫うという工程なしに、立体物としての仕上がりを確認できます。

後期のデジタルファッションプログラムでは、その服をRobloxというプラットフォーム用にデータ移行し、Roblox内で販売するところまでが授業範囲になります。森岡さんやSushiPaさんには、Robloxに関係する授業を担当していただきました。
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森岡:最終的にはコースの1期生となる21人が全員、自分でオリジナルの服を制作した上で同時にRobloxアバター用にもその服を作成し、さらに世界観を表現するギャラリー空間も制作しました。
言葉について少し補足すると、よく「リアルとデジタル」みたいな言い方があるのですが、Robloxの主なユーザーであるZ世代~α世代はデジタルもリアルの一部と捉える傾向があるため、私たちは「フィジカルとデジタル」という言い方をするようにしています。
フィジカルな服とRobloxアバター用の服の両方で「My Brand」を構築

──2025年2月には卒業制作としてファッションショーが行われました。学生たちは1年の集大成として何を提出することが求められていたのでしょうか?
徳岡:1年を通じて最終目標として与えた課題が、自分でテーマを決めて「My Brand」をつくってもらうというものでした。ファッションショーでは自分がモデルになってもいいし、他の人にモデルを頼んでも良いので、ランウェイで服を披露してもらいました。
そしてここからがデジタルファッションプログラムの要素ですが、21人の学生は全員My Brandのテーマに沿った「ブース」(空間)をRoblox内につくりました。自分のつくった服を“デジタル化”し、アバターに着せて、Robloxユーザーに向けて販売もするという取り組みを行いました。

SushiPa:この「Roblox用の服と空間制作」の部分を、主に私が教えました。フローとしては、学生たちはまずCLOを使って服をデザインします。そしてCLO上で作成した型紙からフィジカルな服を縫うことをしつつ、同じCLOのデータをベースにRobloxの専用ツール「Roblox Studio」で、UGCアイテムとして服を移行しました。CLOのモデルから、フィジカルとデジタルに分岐するイメージです。
森岡:ただ、CLOとRobloxは仕様が全く異なり、CLOはあくまでも型紙からフィジカルな服を縫うことを想定しています。そこの移行には学生たちも苦労していましたよね。
SushiPa:Robloxはかなりデータを軽量化する必要があります。人によっては、CLO上で数百万ポリゴンを費やした服を、Roblox用に4000ポリゴンまで落とす必要がありました。でもそこは工夫のしがいがあるところで、見えないところのメッシュを削るとか、みんな面白がってやっていましたね。いつの間にか気づいたら全員ツールを使いこなせていて、吸収力のすごさを感じました。
森岡:今回はDiscordでも専用サーバーを用意して、対面講義に加えて授業外でも講義資料の共有や、課題進捗の確認ができるようにしました。学生さんからの細かい質問など、綿密にコミュニケーションを取れる体制を構築できたのが効果的でした。
──Roblox上での展示を拝見しましたが、Robloxのアバターにはいろんな頭身や体型がありますよね。体型別に服を用意するのでしょうか?
SushiPa:Robloxでは、規定を守って1つの服のデータをつくれば、どの体型のアバターにもフィットさせられるんです。ですから、今回の授業ではそういった規定にのっとった服のつくり方を教えました。
デジタルファッション市場は2030年に16兆円まで成長する!?

──デジタルファッション市場は、ビジネスとしてどの程度の規模なのでしょうか?
森岡:いろんな計算方法があり、定義が厳密に定まっているものではないのですが、2030年にはメタバース市場が75兆円、そのうちデジタルファッション市場は16兆円に到達すると言われています。これは非常に高い成長率で、アパレル業界からも徐々に注目が集まっています。
──Robloxでは、一般のユーザーも「UGCアイテム」と呼ばれる、アバターに着せる服やアクセサリーを自作して販売できますね。
SushiPa:RobloxのUGCクリエイターは、すでに職業として成り立っています。UGCをつくって販売するユーザーで一番多いのはゲームクリエイターですが、アバターやアイテムをつくるクリエイターも、それだけで生活できる規模の市場があります。
森岡:Robloxはクリエイターエコノミー(経済圏)を非常に重視しており、Roblox全体の売り上げが年間約5400億円(1ドル=150円換算)ぐらいの規模ですが、UGCクリエイターにはそのうち約1400億円ぐらい還元されています。公式発表では、トップ10のクリエイターがだいたい年間で平均約45億円を稼ぎ出します。トップ100が7.5億円、トップ1000まで広げても、約1億円の年収があるといわれています。
SushiPa:ユーザーだけでなく、企業などがバーチャル空間やアイテムを制作したり、販売しているケースもあります。GeekOutもそのお手伝いをしていますが、年間400以上の企業・ブランドがRobloxにコンテンツを提供するなどの形で参入してきています。
──Robloxのような巨大経済圏があり、デジタルファッションへのニーズが高まっているんですね。
森岡:Robloxのレポートによれば、Z世代の84%が、フィジカルなファッションのコーディネートに、デジタルからインスピレーションを受けています。「普段の自分よりも、アバターの見栄えの方が大事」という層も少なくありません。Robloxユーザーは1日に平均2.5時間、Robloxに滞在しますが、その20%の時間はアバターのカスタマイズに費やしているというデータもあります。
SushiPa:ユーザーの中ではフィジカルとデジタルは自然と地続きなので、本来ならば2つの市場が分断せず、融合していくことが、ユーザーニーズに沿っていると思います。でも、フィジカルなファッションを学んだクリエイターはほとんどおらず、デジタル系・CG系のクリエイターがファッションアイテムもつくっている状況です。
森岡:今回の企画のきっかけは、Robloxが2023年にニューヨークのパーソンズ・スクール・オブ・デザインと提携して、世界初のコラボ授業を始めたことです。これを知って、ぜひ日本でも実現したいと思い、すぐに日本を代表するファッションスクールである文化服装学院さんにお声がけをしたのです。国内初の取り組みということもあり、イチからカリキュラムを設計したり、すべて手探り状態でしたが、着想から1年で無事実現できました。
「全員、ちゃんと服をつくれる」のが文化服装学院の伝統的強み

──Robloxと電通グループからお話があったときには、すでに文化服装学院のバーチャルファッションコースの企画は始動していたんですよね。
徳岡:お声がけいただいた時点では、すでにコースのカリキュラムをつくり始めていたので、本当にギリギリなタイミングでしたね(笑)。
まさに、当校のバーチャルファッションコースは、お2人がお話しされていたような、これからの時代に必要となる人材を育てるコースとして新設されました。「全員、服をちゃんとつくれる」という文化の伝統的な人材でありつつ、さらにデジタルのスキルも身に付けているということで、アパレル業界のDXを担っていくことを期待されています。
デジタルと一口に言っても、CLOのような3Dモデリングソフトのオペレーションから応用まで学び、さらにはBlenderなどを用いたグラフィック、映像、そしてリアルな「撮影」のスキルも必要です。
──3年次から編入、というお話がありましたが、21人の学生たちはそれまでデジタルツールを学んではいなかったのでしょうか?
徳岡:文化の学生は皆、最低限のデジタルツールは学んでいますが、CLOやBlenderを使いこなせるのはバーチャルファッションコースの学生だけですね。文化にはアパレルデザイン科、ニットデザイン科、インダストリアルマーチャンダイジング科、アパレル技術科と、いろんな科があるんですが、2年次までそれらの科で学んでいた学生たちが、3年次でバーチャルファッションコースに編入してきてくれました。まったく新しい世界に飛び込んできた、勇気ある学生たちです。

──最終的な成果物についてはどのように見ていますか?
SushiPa:これがすごくて、誰も脱落せずにUGCアイテムをRobloxで販売するところまでたどり着きました。My Brandというテーマに沿ってフィジカルの服をつくり、さらにRoblox用のUGCアイテムも自分でつくって、アップロードして、販売し、さらに仮想空間に自分のブースをつくったんです。
森岡:当初は、パーソンズでの実績からも、「これを21人全員が完走するのは難しい」「途中で軌道修正できるようにしましょう」と言っていたんですが、徳岡先生が「いえ、できます。やらせましょう」と(笑)。実際、全員が熱量をもって課題をクリアし、Robloxからも絶賛されました。一人一人がMy Brandの世界観を、卒業制作のファッションショーでも、Robloxのブースでもしっかり表現していて、感動しましたね。

https://www.roblox.com/ja/games/79503413229926/Bunka-Graduation-Fashion-Runway-Class-of-2025
徳岡:僕としては、服の授業で指導していく中で、「この学生たちならまず脱落者は出ないだろうな」という予測はできていました。服をつくる技術と姿勢はしっかり身に付いているので、あとはデジタルの授業のスケジュール管理だけでしたね。お2人をはじめ、Blenderの講師などとも連携して、サポート体制を構築することに注力しました。
森岡:終わりのほうの授業で、RobloxのUGCアイテムをみんなで一斉にアップロードしたんですが、その瞬間から売れ始めたのには皆驚いていましたね(笑)。学生たちの作品の質の高さはもちろんですが、瞬時にグローバルに売れる Robloxの経済圏はやっぱりすごいと思いました。学生の皆さんも、自分の世界観を体現した作品がすぐに世界中の人々の手に届いて、すごくやりがいを感じると喜んでいましたね。
21人の1期生とデジタルファッションの未来、そして

──走り切った21人の1期生ですが、今後はどういった道に進まれるのでしょうか?
森岡:やはり、フィジカルな服をつくる職種に進む学生さんが多いです。ただ、在庫不要のデジタルファッション市場で利益を上げて、そこからフィジカルのブランドを立ち上げるみたいなケースが海外ではあるので、今後が楽しみですね。21人は全員CLOやBlenderを用いたワークフローを身に付けていますし、中には卒業後もバーチャルファッションを続けていきたいという声もありました。
SushiPa:もともと就職が決まっていた職場を辞退して、この4月からゲームスクールへ学び直しに行くという学生もいますね。そして実は1人、GeekOutにUGCクリエイターとして就職が決まった子もいます。私の部下というか後輩として(笑)、2025年度の授業も、さっそく手伝ってもらうつもりです。
──すごいご縁ですね……!ちなみに、デジタルファッションの領域で、ビジネスとして成功しているロールモデルはいますか?
森岡:例えばRushXというアメリカのUGCクリエイターがいます。Robloxで年間数億円稼ぎ出すトップクリエイターですが、現在は現役スタンフォード生として学業に専念しています。UGCクリエイターでありながら、さまざまなファッションコラボもしており、「CHRUSH」というフィジカルファッションのブランドも立ち上げて、ウォルマートなどで販売しています。
──このプログラムと、デジタルファッション業界に感じている課題と展望をお聞かせください。
SushiPa:この市場はすごい勢いで大きくなっていますが、デジタルとフィジカルに人材が二極化しています。特に、先ほど徳岡先生の話にあった「自分で服を縫える」人材は、デジタルファッション市場には本当に少ないんです。
今回、「両方できる」希少な人材を輩出できたので、ぜひフィジカルなファッションの良さや、デジタル専門のクリエイターには発想できないインスピレーションを、デジタルファッション市場に持ち込んでもらえたら素晴らしいなと。
徳岡:ありがとうございます!私からは、今後期待したいこととして、ちゃんとビジネスとしてマネタイズできる市場が日本でも必要だと思っています。アパレル業界でもCLOのようなツールを導入している会社は多いですが、そうした環境の導入はコストがかかります。DXと言いつつ、予算は逆に増加してしまったりしている課題があります。
そこで、デジタルファッション市場にアパレル企業やデザイナーが参入して、新たな収入源にできれば、そのお金でいろんなことができます。予算不足でやりたいことができていなかったデザイナーが、リアルでも自分のブランドを立ち上げられるかもしれません。
だから、学生たちにも「デジタルで稼げる市場がもうあるんだ」ということをもう少し理解してほしいです。どういう市場で、どういうお金の流れで、そこに向けてどういうアイテムを提案していくか?という部分を意識したカリキュラム構成に、今後はアップデートしていきたいですね。
僕としては、このコースを文化で一番のコースに育てたいと思っています。2期生は1期生よりさらに増えて、24人が進級してきてくれました。日本のアパレル企業やファッションスクールすべてから、「文化のあのプログラムはすごい」と注目されるようなものにしていきたいですね。
森岡:徳岡先生のおっしゃるとおり、2期生、3期生と、今後も継続的なプロジェクトして拡張・拡大していければと思います。今後は流通、プロモーション、ブランディングといったことも学べるようにしていきたいです。あとは、来年は卒業ファッションショーのタイミングでRoblox授業専用の「デジタルファッションランウェイ」も実現したいですね。
フィジカルとデジタル、さらには自分でモデルもやっている学生もいますから、二刀流どころか一人三役も四役もこなせる人材、超総合的な3Dデザイナーが、日本から生まれるといいなと思います。電通グループとしても、卒業生との関係は継続して、例えばコラボ企画だったり、オリジナルブランドの立ち上げだったり、いろんな形で支援していきたいと考えています。
──これからたくさんの“二刀流”人材が世界に進出していくのを楽しみにしています。ありがとうございました。
電通本社エントランスで卒業制作のフィジカル&デジタルファッションを展示中!
2025年4月15日~4月25日の期間、電通本社エントランスにて、バーチャルファッションコース1期生たちの卒業制作作品を展示している。また、この期間中に、徳岡先生と2期生が実習の一環として電通本社を訪問した。
一部の作品は海を渡り、9月にカリフォルニアで開催されるRoblox開発者会議でも展示される予定だ。