現代の広告に必要不可欠な「DEI視点」とは?学生と共に考える広告表現のこれから
2025/09/04
2025年7月8日、電通の関西オフィスにて、関西大学社会学部メディア専攻の守如子ゼミ・山本高史ゼミの学生32人(教授含め計34人)を招いたDEIセミナー&ワークショップを実施しました。
講師はdentsu DEI innovationsに所属するクリエイティブディレクター増山 晶氏。増山氏はDEI領域におけるソリューション開発の実績が多く、LGBTQ+やジェンダーをはじめクライアントとのプロジェクト以外にも教育コンテンツの開発、研修・セミナーなどの講師を数多く務めています。
プログラムは二部制で第一部ではDEIの基礎知識・広告事例について講義。第二部では実際にその内容が話題となった広告を取り上げ、第一部で学んだDEI視点をもとに広告をアップデートするアイデアディスカッションを実施しました。本記事では、同講義の内容やアイデアディスカッションの様子をダイジェストでお伝えします。

覚えておきたい、DEIの基礎知識
増山氏はまず、DEIの基礎知識としてダイバーシティ(Diversity/多様性)、エクイティ(Equity/公平)、インクルージョン(Inclusion/包摂)それぞれの意味を解説しました。
ダイバーシティとは、「人種、宗教、性別、性の在り方、年齢、障害の有無など、さまざまな組み合わせのたった一人の存在であること」です。エクイティとは、「一人一人がパフォーマンスを発揮できるよう、個々に必要なサポートをすることで社会構造のバランスが取れていない部分を補う」こと。インクルージョンは、「多様な人がお互いを尊重し価値観や個性を認め合い、共存していくこと」を意味します。
増山氏は各言葉の意味を簡潔に表現し、最後に「DEIとは、一人一人に普通があり、合理的配慮をし、誰も排除しない」ということだとまとめました。
DEIの4つの領域とは?
次に増山氏は、dentsu DEI innovationsがサポートする4つのDEI領域を解説。「障害」「ジェンダー」「多文化」「ジェネレーション」について課題を含め説明しました。
「障害」については、障害を個人の問題として捉えるのではなく、社会の仕組みや環境によって生み出されるものと考える「障害の社会モデル」に触れました。
「ジェンダー」に関する説明では、性の在り方を考えるには「性的指向(Sexual Orientation)「性自認(Gender Identity)」「出生時に割り当てられた性」「性表現」という4つの物差しがあることを説明。そのうち、「性的指向」「性自認」の2つを合わせて頭文字から「SOGI」と言い、国際社会での“すべての人の性の在り方を人権として尊重する”呼び方であると話しました。
「多文化」については、フードダイバーシティや「やさしい日本語」について言及。「ジェネレーション」に関しては、少子超高齢社会の日本におけるウェルビーイングや、ヤングケアラー問題などについて説明し、最後に「DEIの領域のさまざまな組み合わせの中に社会や企業の課題が存在している」と語りました。
DEIと向き合う広告事例
トピックは「広告とDEI」へ。女性の美の基準と性差分析、ジェンダー、家族、LGBTQ+の広告事例を紹介します。ここではルッキズム問題について、2020年に起こったコンプレックス広告に異議を唱える署名運動や、ボディポジティブなど、あるがままの魅力を共有する社会潮流に言及しました。講義の間、学生たちは真剣な表情で話に耳を傾け、熱心にメモを取る様子が印象的でした。
最後に画面に映されたのは、2023年に大きな反響を呼んだセイバンの「ランドセル選びドキュメンタリー」。子どもとDEIにまつわるさまざまな課題を自然に表現したとして、こども家庭庁の参照事例にも選定されているこの作品を学生と共に視聴し、講義パートは終了しました。
DEIの視点で広告をアップデートする
続いては、学生主体のワークショップ。学生たちには、実際の広告を一つ選び、その広告を、ダイバーシティを踏まえた広告に更新するという事前課題が出されていました。ワークショップでは6つのグループに分かれ各自の事前課題に加えて第一部のDEI講義内容を意識しながら意見交換。積極的に議論が交わされていました。その後、グループごとに代表的な事例について、DEIの視点からどのように表現やメッセージの可能性が広がるかをディスカッション。多様な受け手に配慮した、よりインクルーシブな表現にするためのアップデート案を発表しました。
Aグループが取り上げたのは、介護に関する広告。現状の広告について、介護の担い手を女性とする描写が、無意識の性別役割分業のイメージを強めてしまう可能性があるのではないかと、ジェンダーの視点から考察。また、親の介護は子(特に娘)がするもの、という固定観念が、子の選択の自由を狭めてしまう可能性にも着目し、親視点から子視点へのコピーの転換を提案しました。
増山氏は、ケア労働の視点、ジェンダーの問題、家族の問題など複合的な課題が含まれている。自分ゴトに昇華してコピーを変更した点がよく考えられていて素晴らしいとコメント。
Bグループは、ネットに掲載された化粧品広告を取り上げました。家事や育児を女性が担うものという前提で描かれている点や、「女性は常に美しくあるべき」というメッセージとして受け取られかねない点を、多様性の観点から議論。美に関心を持つことだけを肯定するような表現は、インクルージョン(包摂)の視点から見ると、多様な価値観を持つ人々を排除してしまう可能性もあるとし、「私を整える習慣」といった、自分らしさを尊重する視点を取り入れた表現を提案しました。
発表に対して増山氏は、「ご指摘の通り一部の女性に疎外感を与える可能性に加え、忙しくてもきれいでいるべきといった決めつけがあった」とコメント。ブランドの通常の広告とネット広告とのギャップの理由についても考える余地があると話しました。
Cグループは、生理に関するプロジェクト広告を取り上げました。生理の困難に病気が隠れている可能性もあるのに対して、広告が持つ前向きなメッセージが、ともすれば「生理のつらさは我慢すべき」「常にポジティブでいなければならない」という意図しない受け取られ方をする可能性を検討しました。該当の表現を見直し、無理をしない選択肢も肯定するコピーへのアップデートを提案しました。
増山氏は、「私たち」と一くくりにしていることにも言及。生理はもともと一人一人違うものであるという、この広告が本来言いたかったことまでくんだ改善策になっているのが素晴らしいとコメントしました。
Dグループは、ルッキズムに関する広告をピックアップ。ルッキズムに反対する意図とは裏腹に、コンプレックスを刺激したり、美しくなりたいと願う人の気持ちまで否定的に捉えられたりする可能性について議論しました。多くの人が目にする場での広告という特性も踏まえ、表現方法によっては意図せず容姿への関心を喚起してしまうリスクもあるとし、ポスターのビジュアルを多様性を重視したものに変更。「あなたしかない魅力をありのままに」という方向性のコピーを提案しました。
増山氏は、「誰もがそれぞれの魅力がある、ありのままのかわいさを大切に、と伝える手法やメディア選定などをよく検証できている」とコメントしました。
Eグループは、採用広告を取り上げます。コピーの表現が意図せずルッキズム的に受け取られる可能性や、ポスターのモデルが女性のみである点が多様な人材を求めるメッセージと合致しているか、という観点から議論しました。一方で、この広告でエントリー数が大幅に増えた事実や、ボディーコピーまで読めば意図は伝わることに触れ、広告表現の難しさについても言及。多様なモデルを起用し、「あなたらしさ」を強調するコピーへのアップデート案を提示しました。
増山氏は、「確かに、キャッチコピーだけでは誤解を招く可能性は否定できない。キャッチコピーではっとさせたうえで、ボディーコピーもセットで読んでもらう工夫が大切だろう。実際にサイトでは多様な人が出ているが、ポスターだけではそれもなかなか伝わらないのも事実。今回の発表で誤解される要素があることに私も改めて気づかされた」とコメントしました。
Fグループは、ムダ毛処理の広告を選びました。「女子にモテるため」という目的設定や、「エチケット」という言葉が、特定の価値観を押し付けるように感じられる可能性があると分析。自分自身の意思を尊重する「なりたい自分にスッキリ変身」といった、自分軸のコピーを提案しました。
増山氏は、シスヘテロ(生まれた時に割り当てられた性と自認する性が一致するシスジェンダーであり、かつ異性愛者であるヘテロセクシュアルの人)の恋愛をベースにしているという決めつけもあることに言及。男性は女性に受けるためにこうすべき、という「べき論」がジェンダー課題のいろんな分野にあると話しました。
最後に、山本教授も発表を行いました。自殺防止に関わる広告を取り上げます。自殺者は女性よりも男性が多い(※)という実際のデータとは異なり、女性をモデルとして描くことで、制作者の主観的なイメージが反映されている可能性を提起。また、駅という公共の場で二次元コードを読み込むという行為のハードルの高さにも触れ、このメッセージを本当に届けたい人に届けるためのメディア選定や表現方法について、別の可能性があるのではないかと投げかけました。
※参考:厚生労働省自殺対策推進室警察庁生活安全局生活安全企画課「令和6年中における自殺の状況」
増山氏は、「今回この広告を知って考えさせられた。メディアとして駅貼りポスター以外にもウェブサイトやモバイルサイトも検討できるのでは」と話します。他にも、男女一人ずつにする、違う年代の人も加えるなどキャストも検討の余地があると述べました。
学生たちは理解を深め、電通社員は新たな視点に気付かされる場に
終了後に行ったアンケートでは、プログラムの内容について100%が満足(とても満足+満足)と回答。またセミナー開催前は、DEIについて多くの学生が、「そもそもよく分かっていない・関心はあるが自信がない」と回答していましたが、終了後は「視野が広がり理解が深まった・関心が深まった」が大多数を占め、劇的な変化があったことが読み取れました。
学生からは「多様性や公平、包摂など理解しているつもりでも実際は本当の意味で自分自身が理解できていないことに気付いた」「DEIという言葉について調べてはいたが、一つ一つの意味やその関係についてしっかり知ることができて、すごく理解が深まった。また、言葉の理解が深まったことで実際の事例についてより広い視点から問題点や改善方法を考えることができてとてもおもしろかった」などの声が寄せられました。
守教授は講義後大学内でも一人一人にリポートを書いてもらうなどの事後展開を考えているとのこと。山本教授は、講義後の振り返り会で、「DEIのようなことは表現に携わる者からすると、一見厄介なものに思えるかもしれない。しかしその知識によってこれまで気がつかなかった思考や表現のフィールドが広がる」という話を学生たちにされたそうです。


熱心な学生たちの新鮮な視点や意見は、参加した講師や電通社員にとっても新たな気付きがたくさんあり、学生・電通の双方にとって学びのある有意義な時間となりました。
