近年、デジタル広告、リテールメディアなど、企業にとって顧客とつながるチャネルは増え続けている。 同時に顧客体験のリアルタイム化・パーソナライズ化が求められる時代において、広告制作には「高速・大量・高品質」が求められている。 その中で、ブランドとして一貫した世界観とストーリーを保持することも重要である。 電通グループは、イギリスに本社を構えるグローバルプロダクション企業のTag社をグループに迎え入れることによって、グローバルで制作の最適化を推進している。国内電通グループ(dentsu Japan)とTag社のキーパーソンが、両社のシナジーによって生まれるサービスと、AI時代における今後の展望について語り合った。
聞き手 日経クロストレンド発行人 勝俣哲生
※この記事は、2025年11月13日「日経クロストレンド」で掲載された記事広告を一部修正し、掲載しています
マーケティング業界の常識を根底から覆すほどの変革が起きている——今日のマーケティング業界が抱えている課題と、生成AIが起こしている変革について教えてください。
杉浦:マーケティング業界は、メディアやチャネル数の爆発的な増加、制作プロセスの人手不足など、複数の課題を抱えています。以前は、ブランドマネージャーがさまざまな広告会社や制作会社と個別にやり取りし、テレビCM、デジタルバナー、印刷物など、限られた種類と数のチャネル向けに、一点物のクリエイティブを丁寧に作る。それが、この世界の常識でした。
dentsu Japan CXプレジデント 兼 電通デジタル 副社長執行役員 杉浦 友彦氏 しかし今日、状況が大きく変化しています。デジタルだけでもウェブサイト、バナー広告、動画広告、SNS投稿、eDMなど、チャネルの数が急増しています。もちろん、テレビや新聞、雑誌、チラシ、交通広告や店頭POPなどもあります。多様化によって顧客ターゲットがどんどん細分化していく一方で、市場の流行も目まぐるしく変わるようになっています。すべてのチャネルとターゲットに合わせ、大量のクリエイティブをタイムリーに作り、迅速に展開しなければなりません。マーケティングの常識を根底から変えるレベルの変革が求められています。その切り札となっているのが、生成AIです。
コドリントン:「高品質なコンテンツをより早く、安く、大量に作りたい」というニーズは、世界共通のものです。英Tag Worldwide Holdings社(以下、Tag社)は約50年間にわたり、マーケティングの分野でグローバルな顧客ニーズに応えてきました。世界19カ国に営業拠点を構え、約2500人のスペシャリストが、120カ国以上の市場でサービスを提供しています。今日では、世界の主要な広告クライアントの多数から選ばれるマーケティング・パートナーとなっています。マーケティングに生成AIを活用する際の大きな課題は、1つのソリューションでは対応できないことです。
クライアントの課題を理解し、複数のAIツールを組み合わせて解決していく必要があります。そのオーケストレーションを担うのが、私たちの重要な使命です。Tag社は早くからAIテクノロジーに投資し、ノウハウを積み上げてきました。グローバルな顧客ニーズもよく理解しています。電通グループに入ったことで、その価値は何倍にも高まると期待しています。
Global Brand President,Tag Toby Codrington(トビー・コドリントン)氏 永井:日本のクライアントさまの特徴は、高品質なクリエイティブを求めることです。電通グループには、その高いレベルに応えてきた実績があります。しかしその一方で、クライアントさまのニーズは日増しに多様化、グローバル化、パーソナライズ化、リアルタイム化しています。電通グループにも、これまでなかったような大きな飛躍が求められています。Tag社は1つの窓口から世界120カ国以上の市場でのリアルタイムなマーケティングを可能にする、「Centralized Scalable Production」を掲げています。Tag社が持つ国際的なビジネスのノウハウ、AI活用の技術、グローバルな顧客ベースなどを生かすことによって、電通グループが求める変革に大きな役割を果たせると考えています。
上流から下流までを1つのプロセスに統合し、生成AIで効率化——生成AIを活用し、グローバルなコンテンツ制作をどう変えていこうとしていますか。
コドリントン:電通グループの統合プラットフォームが展開する「dentsu.Connect」というマーケティング管理ツールを開発しており、エージェンシー業務のプロセス全体を生成AIで進化させようとしています。まずは、ブリーフィングです。クライアント企業とのブリーフィング内容からコンテンツ制作の要件を抽出し、多言語に展開して世界各国のメンバーと共有します。これに「Content Engine」を接続し、クリエイティブのバリエーションを高速かつ大量に自動生成します。市場に出したクリエイティブの反響を集めて制作にフィードバックし、コンテンツを改善してチャネルに戻すような仕組みも開発しています。生成AIを実装したDAM(デジタルアセットマネジメント)が、チャネルごとに特化した学習を進め、コンテンツを自動的に最適化していきます。
コンテンツ制作業務をシームレスに連携する統合デジタルプラットフォーム「Content Engine」 生成AIを活用することで、大幅な効率化が可能となる 杉浦:日本においても、dentsu Japanは「AI for Growth」というコンセプトで、マーケティング・プロセスの上流から下流まで、生成AIを展開しています。日本のマーケティング業界はグローバルから見ると少し特殊な面もありますが、大きなトレンドは世界と変わりません。かつてはエージェンシーが上流側、制作会社が下流側という形で、役割が分かれていました。しかし今日では、初期工程のプランニングやディレクションから、下流のコンテンツ制作、チャネル展開、反響のフィードバック、改善に至るまで、すべてを1つのプロセスとしてつなぎ、生成AIで効率化することが求められています。
コドリントン:Tag社がインドに作った「グローバル・デリバリー・センター」は、制作能力、技術力、コスト効率の高さから、Tag社のグローバルオペレーションの中核を担っています。1000人以上のクリエイターや専門スタッフを擁し、コンテンツ制作、テクノロジー開発、チャネル・アクティベーションなどのサービスを、世界中のクライアントに効率的に提供しています。生成AIの活用にも、大きく関与しています。日本のクライアントの制作業務に対応する「インドジャパンデスク」も今年立ち上げ、デリバリー業務は着実に増加しています。「インドジャパンデスク」には、日本語対応可能なスタッフが常駐しています。
Tag社インド拠点。「インドジャパンデスク」が日本のクライアント向け業務を担っている。 杉浦:品質、コスト、スピード、グローバルというニーズを、コンテンツの磨き込みと生成AIでどう解決するか。それが、私たちの変革の課題です。生成AIを駆使してコンテンツを早く大量に作るといっても、品質を犠牲にするわけにはいきません。単に「たくさん作ってたくさん回せばよい」という話ではないのです。
コンテンツを量産するには、その前提として、品質を担保するマスター・テンプレートをしっかりと作る必要があります。また、生成AIが作ったコンテンツをそのまま市場に出せるわけではなく、最後に人間のクリエイターがチェックし、仕上げなければなりません。グローバル・デリバリー・センターを活用し始めてから、コストとスピードに関する大きな手ごたえを感じています。
永井:世界中のクライアントに同じ品質、同じスピードでモノを届ける技術は、世界でビジネスを展開してきたTag社が持つ独自のノウハウです。各国のタイムゾーンに合わせてチームが稼働するため、結果的に3交代制で稼働する体制をとっています。誰がやっても、同じ品質で届けられる。その仕組みを徹底的に追求し、組織化したのがインドのグローバル・デリバリー・センターです。1000人のメンバーが毎週何万点というアセットを生産し、世界各国に届けています。
杉浦:誰がやっても同じ品質でモノを作り、言語や文化の違いに細かく対応し、各国に間違いなく届ける。技術と仕組みがしっかりしていないと、できないことです。dentsu Japanはいま、Tag社からたくさんのことを学ぼうとしてい ます。
2社の技術とノウハウを融合し、新たなプロダクションモデルを確立 ——dentsu JapanとTag社のシナジーは、どのような価値を生み出しますか。
杉浦:電通グループにTag社を迎え、まずは制作プロダクションを中心としたマーケティング実行領域のケイパビリティを強化していきます。主に3つのシナジーがあると考えています。
1つ目は、Tag社が掲げる「Centralized Scalable Production」の実現が本格的に加速していく点です。電通グループが持つ豊富なクリエイティブ制作ノウハウと、Tag社が持つ大量のコンテンツをグローバルに展開する運用力を融合させ、世界規模でクリエイティブ事業のさらなる効率化と成長を推進していきます。この取り組みにおいて、重要な役割を果たすのが電通グループとアドビ社とのグローバル・パートナーシップです。ご存じの通り、アドビ社はクリエイティブ領域における業界標準ツールを提供する唯一無二の存在です。電通グループは同社のグローバル・パートナーとして、アドビ社のCreative CloudやExperience Platform製品群を導入・活用する企業に向け、これらのツールを通じたマーケティング活動の効率化と品質向上を支援しています。特に、多様化・大量化する一方で短納期も求められるクリエイティブアセットの制作・管理の最適化や、AIを活用したクリエイティブ制作の高度化においては、アドビ社の技術基盤と電通・Tag社の運用ノウハウを融合させることで、クライアントの「コンテンツサプライチェーン」の構築をより強力に支援します。
さらにアドビ社自身も自社のマーケティング活動において、グローバル規模で同様の活動を推進しています。電通グループは、グローバルエージェンシーとして、アドビ社のマーケティング活動を、運用面・成果創出の両面から支援し、伴走しています。
アドビ社と電通グループのグローバル・パートナーシップ 2つ目は、日本国内の市場にもたらされるシナジーです。Tag社のグローバル・デリバリー・センターを活用して制作と供給をどこまで合理化し、スピードアップし、コスト効果を出せるかに挑戦しています。近年は海外からのインバウンドが日本経済に大きな影響を与えています。グローバル・デリバリー・センターと協力し、インバウンド向けの広告を多数の言語や文化に合わせて作るプロジェクトを進めています。例えば、あるメーカーさま向けには、2週間で100本以上のアセットを安定的に制作できる体制ができており、確かな手ごたえを感じています。信頼性の高いモデルを確立し、今後、多くのクライアントさまに展開していきます。
3つ目は、dentsu JapanのAI技術とTag社のAI技術を融合させ、世界最高峰のAIネイティブなEnd-To-Endのマーケティング・プロセスを構築することです。dentsu Japanは電通デジタルを中心にAIのR&D(研究開発)を進めてきました。それとTag社のノウハウをどのように融合すれば、最高のものが作れるかを模索しています。日本は品質へのこだわりが強く、クライアントさまも独自の価値観を持たれています。単に海外の成功事例を持ってきても、成功しません。両社の技術を融合させる試みは、世界的に見ても先進的であり、かつてない次元を目指せると考えています。
Tag Japan 代表取締役社長 永井 麻子氏 永井:Tag Japanでは昨年から、製薬会社さまが抱える大量のコンテンツ制作を横断的に支援する試みが始まっています。これまで、製薬業界では上流の戦略立案から下流の制作プロダクションまで、1つの製剤ブランドを1つのエージェンシーが一気通貫して担当するスタイルが一般的でしたが、全製剤ブランドの下流の制作プロダクションをTag Japanがまるごとご支援することで、品質を安定させ、スピードアップとコスト削減をすべて同時に実現するというものです。
ヘルスケアの領域は、極めて専門的な知見が必要になりますので、日本市場においては、ヘルスケア領域のプロフェッショナルであるdentsu health Japanのチームと連携してサービスを提供しています。電通グループには、140社ほどの専門会社があります。各社が持つ専門性やノウハウを掛け合わせることで、より広範な支援が可能になると考えています。
コドリントン:私は、重要なシナジーが、2つあると考えます。1つは、日本企業のグローバル進出をTag社がお手伝いできることです。Tag社のクライアントはグローバル企業が多く、全世界で一貫した戦略実行が可能です。さまざまな国やチャネルで豊富な実績があるため、ブランドの一貫性を守りながら、それぞれの国の文化・言語・消費者トレンドを踏まえたコミュニケーションを展開できます。dentsu JapanとTag社が組んだということは、日本企業が世界のどこへでも安心して出ていける道ができたことを意味します。
もう1つはその逆で、グローバルクライアントが日本市場へ来るときの支援ができることです。日本には独自の言語、文化、市場性があります。日本市場を熟知するdentsu Japanと連携できることで、競争優位性が高まりました。
世界では、物理的な店舗で展開される「リテールメディア」が急速に拡大しています。この分野はすそ野が広く、近い将来、あらゆるメディアの中で最大の市場になるという見方もあります。Tag社は、デジタルだけでなく、POPやチラシ、什器(じゅうき)などを含むリアルな製作物の展開にも圧倒的な実績と強みがあります。ここでも、電通グループとTag社のシナジーが大きな成果を生むと期待しています。
——今後の展望と、日本のマーケターへのメッセージをお願いします。
コドリントン:私たちには、日本企業のグローバル展開を支援するプログラムがあります。dentsu Japanのクライアントリードと連携し、市場ごとのターゲティングをしっかりと理解してコンテンツを展開します。グローバルに広がるTag社の大規模なプラットフォームを、最大限に生かしていきます。
永井:日本では、マーケティングを拡大したくてもなかなか加速しないという悩みを抱える企業が多いと思います。日本から海外へ、海外から日本へ。双方向のマーケティングを高い品質で大規模に展開できる稀有(けう)な企業集団として、クライアントさま各社の成長を支援していきます。
杉浦:大量のコンテンツを、よりパーソナライズされた形で、高品質に、高速に、大量に、低コストで届けるというトレンドは、不可逆的なニーズです。これを生成AIと洗練されたプロセスで実現することは、dentsu Japanとして必ずやり切らなければならないことです。新たに仲間となったTag社のグローバルなネットワークとノウハウを生かし、新たなプロダクションモデルを確立していきます。
取材を終えて日経クロストレンド発行人 勝俣哲生
AIがもたらす変革で最も大きな影響を受けているのが、マーケティング分野です。生活者の価値観や伝達チャネルの多様化で、「高品質なコンテンツをより早く、安く、大量に」、さらにグローバルへというニーズは、事業会社のマーケターにとって切実な課題になっているといえるでしょう。その点、AI×マーケティングの分野で圧倒的な勢いで全方位のソリューション展開を進める電通グループと、早期からAIを活用したクリエイティブ制作などのノウハウを蓄積したTag社の協業が始まったことは、非常に期待感があります。
2社の対談を通じて今後の論点も見えてきました。それは、AIを活用して単に早く安く大量にコンテンツをつくればいいのかという問題。生活者を起点に考えれば、「品質」の高さは避けて通れない道ですし、それは多くのブランドにとっても重要な観点です。クリエイティブ分野などでAIの活用が進めば進むほど、競争領域は「品質」に変わっていくと確信できた対談でした。