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フェイク情報とどう向き合う?調査から見えた生活者の情報空間の捉え方

山口 真一

山口 真一

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター

山﨑 聖子

山﨑 聖子

株式会社電通総研

森下 真理子

森下 真理子

株式会社 電通

多種多様な意見や感情が飛び交う現代の情報空間において、情報の正確性や信頼性をどのように担保すべきかは、私たち一人一人にとって喫緊の課題です。

電通総研と日本ファクトチェックセンターは国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授による監修のもと、2025年2月に「情報インテグリティ調査」を実施しました(詳細はこちら)。本記事ではその調査結果をもとに、情報社会が抱える構造的な問題と、より良い情報環境のあり方について議論します。

対談メンバーは、国際大学グローバル・コミュニケーション・センターの山口真一准教授と、電通総研の山﨑聖子フェロー。ファシリテーターは電通メディアイノベーションラボの森下真理子氏が務めます。

(左から)電通総研 山﨑聖子氏、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター 山口真一准教授、電通メディアイノベーションラボ 森下真理子氏


「頼りにするメディア」は年代で大きく違う?近年のメディア利用トレンド

森下:はじめに近年のメディア利用トレンドをつかむ手がかりとして、2024年に電通メディアイノベーションラボで実施した「頼りにするメディアに関する調査」の結果を簡単にご紹介させてください。これは15~69歳の生活者4727人を対象に、世代ごとの情報源の接触傾向をリサーチしたものです。

約80のメディアや情報源への接触頻度を尋ねたところ、10〜20代の若年層では、SNSやブログといった個人発信メディアへの日常的な接触が非常に多く、また動画や音声配信などストリーミングサービスとの親和性も高いことが分かりました。一方で、50〜60代などの中高年層では、テレビやラジオといった従来のメディアに接する傾向が強く、世代間の違いが顕著に表れました。

また、自身が利用するメディアがどの程度「頼り」になっているかを尋ねた結果を分析したところ、50代以上ではテレビ・新聞などのトラディショナルなメディアが上位に挙がる一方で、30代以下ではストリーミングやSNSをはじめとするインターネット由来のメディアがより頼りになっていることが分かりました。そして両メディア群との親和性が高いと推測される40代はちょうど「分水嶺」となるような特徴を示していました。山口先生は昨今のメディア利用トレンドについて、どのようにお考えでしょうか?

山口:最近、特に実感しているのは、メディア接触が人の行動にまで大きく影響するようになっているという点です。その象徴的な例が選挙です。2024年の東京都知事選や兵庫県知事選では、ネット上で話題になった候補者が実際に躍進するという現象が見られました。兵庫県知事選でのNHKの出口調査によると、有権者のもっとも参考にした情報源がSNS・動画サイトで30%、新聞やテレビは24%でした。これは従来と比べて大きな変化です。これは若い層だけに限らず、中高年層についても同じです。以前から動画サイトは中高年層にも使われていましたが、主にエンタメ目的でした。それが近年では、政治情報の収集や投票判断にも活用されるようになってきたように感じています。2025年の参院選でも、主に利用した情報源が何かによって、比例の投票先が全く異なっていたことが分かっています。

もう一点、「頼りにするメディア」の話とも関連しますが、私が以前「信頼度」の調査を実施したところ、実は若い世代もマスメディアを信頼していることが分かりました。

出典:Innovation Nippon 2024 報告書「偽・誤情報、ファクトチェック、教育啓発に関する調査」報告書図表6.19

SNSや動画の信頼度が相対的に高いのは当然として、マスメディアの信頼度が年代が下がるとともに低下していくかというと、必ずしもそうではない。しかし、実際には10〜20代の人たちは新聞を読まず、テレビもあまり見ていません。主な情報収集はSNSや動画共有サービスから行っていて、その情報を参考にして選挙などに行く。この現象が今の情報環境の特徴だと思います。

SNSや動画共有サービスでは、誰もが自由に情報を発信できますよね。私は「人類総メディア時代」と呼んでいますが、良質な情報がある一方で、偽・誤情報(※1)も大量にある。メディアは名誉やビジネスの観点から信頼性を守る動機がありましたが、個人は匿名で投稿できますし、情報の真偽にかかわらずインプレッションさえ高ければインセンティブがもらえるケースもある。だからこそ、情報の信頼性が非常に問われる時代だと思っています。

※1 偽・誤情報=
「偽情報」とは、個人、社会集団、組織または国に危害を与えるため、意図的/意識的に作られたウソ(虚偽)の情報のことをさします。
「誤情報」とは、危害を引き起こす意図で作成されたものではなく、勘違い/誤解により拡散した間違い情報のことをいいます。
出典:総務省 「ネット&SNSをよりよくつかって未来をつくろう 2024 ICT活用リテラシー向上プロジェクト」
https://www.soumu.go.jp/ict-mirai/keyword/misinformation/

山﨑:調査結果と山口先生のお話を聞いて思ったのは、情報取得の主導権が人々の側に移っているということです。かつてはメディアが届けてくれる情報を受け身で受け取っていたのが、今は自分で選び取る時代。人は自分の関心や目的に応じて、最適なメディアを使い分けています。世代間の違いは、育ってきた情報環境の影響が色濃く反映されているのだと思います。

そして私たちは、正確で頼りになる情報というだけでなく、「自分にとって意味がある情報」を求めています。納得感や意味性が大事にされていて、政治に限らず、趣味や会話のネタなど、社会との接点としての情報が選ばれている。そこには感情も大きく関係しています。

例えば、好きなインフルエンサーや有識者など、発信者に対する共感や親近感が情報の信頼性にもつながっています。ネットはマスメディアに比べて発信者との距離が近く、あたかも「自分のために語ってくれている」と感じることもある。そういう構造の中で、発信の目的や背景に対しても敏感になっています。意味あいや納得感、そして個人の感情が複合的に絡み合った中で、私たちは日々メディアと接しているのだと感じています。


フェイク、誹謗中傷、表現の萎縮……今「情報インテグリティ」が問われる理由

森下:それでは今回実施した「情報インテグリティ調査」について詳しくお伺いしていきたいと思いますが、そもそも情報インテグリティとは、どのような意味を持つ言葉なのでしょうか?

山口:情報インテグリティとは、簡潔に言えば「情報の正確性・一貫性・信頼性」を意味します。その中でも私は、特に「信頼性」という観点を重視しています。今はとにかく情報量が多すぎて、昔のように一定のクオリティを担保してくれる情報源の力が相対的に弱くなってきています。その結果、人々が何を信頼してよいのか、判断が難しくなってきているのです。

例えば「なりすまし広告」の問題。SNS上で詐欺的な広告が出ていたとしても、「大手のプラットフォームに掲載されている広告だから大丈夫だろう」と、多くの人は思い込んでしまいます。ところが実際には、大手のプラットフォームにも詐欺広告が掲載されてしまうケースがあります。そういった現実があるからこそ、情報の信頼性、すなわち情報インテグリティという概念が、非常に大事になっているのです。人々がどうすれば信頼できる情報にアクセスできるか、社会はどう情報を提供すべきか。そのヒントを得るためにも、今回の調査はとても意義があると感じています。

山﨑:私たち電通総研は「クオリティ・オブ・ソサエティ(社会の質)」をテーマに、社会課題の調査・研究を行っています。今回の調査では、情報空間を「健康診断」するように、人々が情報環境をどのように受け止めているのかを明らかにしようと思いました。情報過多によるストレスや不安が懸念される中、人々は何を問題視しているのか、あるいは未来にどんな懸念や期待を抱いているのか。さらに、情報インテグリティの必要性を、人々の視点から捉え直すことを意図しました。

山口先生からご説明のあった情報の信頼性に加え、「誹謗中傷」や「差別表現」の問題も非常に重要なテーマとして位置づけました。国連が2023年に発表した報告書でも、SNS上のヘイトスピーチが人権に深刻な悪影響を及ぼしていると警告されています。今回の調査では、そうした問題の現状と影響についても、より広い視点から捉えることを目指しました。

山口:誹謗中傷は、心身の健康に直接的な悪影響を与えるだけでなく、もう1つ深刻な影響があります。それが「表現の萎縮」です。例えば政治やジェンダーに関する話題をネットで発信すると、極端な意見を持つ一部の人から激しい攻撃を受けることがあります。そうなると、「もう話すのはやめよう」となってしまう。せっかく誰もが自由に発信できる時代になったのに、その自由によって発信が制限されてしまうことは大きな矛盾です。完全に解決することは難しいかもしれませんが、少しでも今より良い状態にしていく必要があります。

山﨑:今回の調査結果を見て、何か印象的なことはありましたか?

山口:まず情報インテグリティに関連する専門用語の認知度について、「フィルターバブル」(※2)や「エコーチェンバー」(※3)といった概念は、まだまだ一般には浸透していないことを改めて実感しました。一方で、「ファクトチェック」という言葉はかなり浸透していることが分かって驚きました。数年前は10〜20%程度だったと思いますが、今は多くの人が「聞いたことがある」と回答しています。


※2フィルターバブル(Filter Bubble)=
インターネット上でアルゴリズムがユーザーの過去の行動や好みに基づいて情報をフィルタリングし、特定の種類の情報だけを表示する現象。ユーザーは自分の興味や信念に合った情報の泡のフィルターの中に入ったかのごとく、好みの情報だけを受け取るようになり、異なる視点や意見に触れる機会が減少する

※3 エコーチェンバー(Echo Chamber)=
同じ意見や信念をもつ人々が集まり、その意見が繰り返し強化される環境のこと。異なる視点や反対意見が排除される傾向がある

森下:ファクトチェックに関しては、テレビなどで選挙報道の際に検証報道を行うなど、メディアの取り組みも影響しているかもしれませんね。

山口:そうですね。SNSでもAIアシスタントを活用したファクトチェックがはやっています。その内容が本当にファクトチェックになっているかは別として、「情報を検証する」こと自体に関心が集まってきたのは良い傾向だと思います。

山﨑:そもそも情報には偏りが生じやすい仕組みがあるという理解が広まることで、「自分が見ている情報は偏っているかも」とか、「これって注目を集めるためにあおっているだけでは?」といった気づきが生まれますよね。その結果、情報の受け取り方や付き合い方も変わっていくと思うんです。その意味でも、情報インテグリティに関わる概念がもっと浸透していくことを期待しています。

偽・誤情報によって生じる社会的コストとは?

森下:続いて、偽・誤情報が生活者にどのような影響を与えているのか、現状についてお話を伺いたいと思います。

今回の調査では、「偽・誤情報との接触頻度」について、媒体ごとに差はあるものの、多くの人が日常的に何らかの形で偽・誤情報に触れていることが分かりました。また、「偽・誤情報が与える影響」に関する質問では、「ストレスや不安を感じるようになった」「ニュース全般への関心が低下した」といった回答が多く寄せられていて、決して小さくない影響が出ている様子がうかがえます。この、ストレスや不安を感じるという状態について、どのように捉えればよいでしょうか。

山口:あくまで私の仮説ですが、まず「フェイクが混ざっているかもしれない」という前提そのものが、すでに面倒なんですよね。以前、Innovation Nipponの調査で参加者に5つのニュースを見せて、もっとも気になるものを選んでもらう実験をしたのですが、「この中に1つフェイクが含まれています」と伝えると、選択にかかる時間が18秒も増えたんです。つまり、フェイク情報が少しでも混ざっていると、人は常に「これは本当だろうか?」と考えながら情報に向き合わなければならなくなる。これはものすごくストレスがかかる状態です。加えて「自分がだまされて損害を被るかもしれない」という不安もあります。フェイクによる直接的な被害だけでなく、こうした間接的な社会的コストが大きいという点を、今回の調査でも実感しています。

私はよく「withフェイク2.0時代」と呼んでいるのですが、生成AIの普及によりフェイクと共に生きる日常がいよいよ第2フェーズに入ったと感じています。その社会的コストは、私たちが思っている以上に大きいのではないでしょうか。

山﨑:同感です。SNSでは情報の拡散スピードが速く、そのぶん偽・誤情報が社会に与える影響も加速度的に大きくなっています。例えば、ストレスや不安に加えて、「ニュースへの関心が全体的に下がった」という結果も見逃せません。うそが混ざっているなら、いっそ見ないほうが気が楽だ、そうした心理が働き、結果として情報そのものから離れていってしまう、いわば「情報離れ」のような現象が起きてしまいます。さらに、人はもともと自分の見たいものを選んで見る傾向がありますが、その状況ではこうした傾向に一層拍車がかかる懸念もあります。非常に危ういことだと思います。

また、情報は単なる判断材料ではなく、感情にも直結しています。SNSやネットを通じて誰かが誰かを攻撃している場面を見かけることが多くなると、それだけで不快になったり、疲れてしまったりする。結果として嫌なものに触れないようSNSそのものを避ける、あるいはネットから距離を取るという選択をする人も出てきています。

山口:圧倒的な情報量にアクセスできる時代ですが、それゆえに何を信じていいか分からなくなる。甚大なサーチコストがかかっているということでもあります。今の若い人たちは昔よりもたくさんの知識にアクセスできますが、あまりに情報が多すぎて考える時間が取れていません。だからこそ、情報インテグリティという概念を伝えていくと同時に、「考える習慣」をどう育てるかという視点も大切だと思います。

森下:今回の調査でも興味深かったのは、偽・誤情報だと気づいたきっかけとして、「よく考えたらおかしいと感じた」「情報源が不明瞭だったから」という、自身の常識に照らした判断が上位に挙がっていたことです。

山口:論理的におかしい、科学的に不自然、あるいは情報源が曖昧。そういったことに自分で気づけるのは、よく考えているからですよね。「情報源が不明瞭なことに気づいた」という回答も、実際に調べたのではなく「これ、出どころはどこなんだろう?」と疑問を持った、という意味合いのほうが強いのではないでしょうか。ひと呼吸をおいて考える時間を持つことの大切さを示唆しています。

山﨑:しかし、その考えるという行為が、今の情報環境ではとても難しくなっていますよね。

山口:そうですね。SNSで流れてくるタイムラインをなんとなく眺めているだけだと、どうしても考えるというプロセスが飛ばされてしまいがちです。

山﨑:しかも、ここ数年「タイパ(タイムパフォーマンス)」という言葉が広まりましたよね。いかに効率的に、大量の情報を処理するかが重視され、考えることよりも、消化することのほうが優先されてしまいます。本来ならば、インプットして、考えて、アウトプットする。このサイクルが理想的な情報との付き合い方だと思うのですが、現状では「考える」がスキップされがちです。それが今回の調査データからも垣間見えました。

信頼できる情報にたどり着くために必要なこと

森下:ここからは、情報環境の改善に向けて、どのような工夫やアプローチがあるのかについて伺っていきます。今回の調査では、「信頼できる情報を得るための工夫」として、「複数のニュースソースを比較している」や、「家族・友人・知人の意見を参考にしている」といった回答が多く見られました。見ているもの以外にも参照先を持つというのは、比較的取り入れやすい工夫なのかもしれません。

山口:複数のニュースソースを比べることについては、「他の人も同じことを言っているかどうか」という確認でも構いません。とにかく1つの視点で終わらせず、複数の視点に触れることに意味があります。ただ、「家族や友人の意見を参考にする」という点については注意も必要です。私の研究では、フェイク情報の拡散経路としてもっとも多かったのが、実は家族や友人との会話でした。信頼できる相手の話は鵜呑みにしてしまいがちですが、そこにも偽・誤情報が含まれているかもしれません。ですから、無条件で正しいと思い込まない視点を持っておくことも大切だと思います。

山﨑:「とくに工夫はしていない」という回答も3割近くあって、情報検証の必要性は理解しつつも、方法が分からない、あるいは継続するのが難しいという人が多いのではないかと感じています。「ニュースが正しいか確かめる行為」についても、約半数の人が「大変だ」と答えています。つまり、行動のハードルの高さを下げることも改善の鍵になっていると思います。

山口:情報の真偽を確かめる方法がバラバラで、明確に確立されていないという課題もありますよね。他の情報源にも当たるという意識を持つことは大切ですが、最近の研究では検索すればするほどフェイクにハマってしまうようなケースも指摘されています。

山﨑:いかにもありそうな話ですね。「多様な視点で見る」、そのような個人でできる工夫に加えて、ユーザー体験(UX)設計の工夫で下支えできる部分もありそうです。たとえば、「ワンクリックで情報の出典にアクセスできる」など、情報の信頼性をユーザーが手軽に確認できるようなしくみが整えば、情報への向き合い方も大きく変わってくると思います。

森下:調査でも「情報に信頼性を確認できる認証などのしくみがあるとよい」と答えた人は65%、「技術的に本人確認ができるしくみがあるとよい」がと考える人も半数以上いました。

山口:確かに、インターネット上では、どの情報も並列に見えてしまうという問題があります。従来の媒体だと誰がどこで発信しているかで信頼性を判断できますが、ポータルサイトやSNSではそういった区別が付きにくい。学生に聞くと、「ポータルサイトでニュースを見たことは覚えているけれど、出典がどこかまでは意識していない」と答える人が多いんです。

だからこそ、情報の出どころや信頼度をスコア化するようなしくみがあってもいいと思います。最近では、投稿に「コミュニティノート」が付くことで、内容の正確性が示される例もありますよね。

私が参加している慶應義塾大学 X Dignityセンターの「情報的健康」というプロジェクトでは、「情報にも食品のような成分表示を」と提案しています。つまり、「この情報はどの分野で、どういった偏りがあるのか」「どの視点が欠けているか」などを明示する。情報をどう受け取るかは個人の自由として尊重しつつも、その前提を可視化する文化を育てていけるのではないかと考えています。

森下:先ほど山口先生はAIに言及されていましたが、AIはこの課題にどのように関わっていくとお考えですか?

山口:AIは、この問題をさらにややこしくしている存在でもあります。今やディープフェイクの大衆化が起きていて、誰でも簡単にフェイク画像・動画をつくれる時代になっています。最近も、クマに関するフェイク動画が話題になりましたが、あれも生成AIによってつくられたものでした。そのうち、人の目では見分けがつかない時代がやってくるでしょう。

そうなったとき、技術には技術で対抗するしかありません。例えば、「これはAIが生成したものかどうか」を判定する技術の開発。私も複数の国のプロジェクトに有識者として参加していますが、こうした技術を国内で開発し、生活者が意識せずとも手軽に使える形で実装することが大事です。

山﨑:まさに、AIにもインテグリティが求められる時代ですね。

他者を尊重し、自分も尊重する未来へ

森下:最後に、望ましい情報空間とはどのようなものか、これからの未来に向けて、私たちにできることについてお聞かせください。

山口:未来を考える上では、中長期的な視点で今の情報社会の位置づけを捉えることが大切だと考えています。私はこの社会を、「産業革命に続く新たな革命、つまり情報革命の黎明期」だと見ています。

産業革命が始まった18世紀半ば以降、GDPは急速に上昇し、その後200年以上にわたって持続的な成長が続き、現代の豊かさにつながっています。ただし、その成長の裏では、公害や労働問題など、社会が未整備だったゆえの深刻な課題も多数生まれました。それを改善してきたのが、制度・教育・技術という三位一体の取り組みです。

同じように、今まさに私たちは情報社会の黎明期から発展期に入るタイミングに立っています。ビッグデータや生成AIといったテクノロジーは爆発的に進化しており、データ流通量も指数関数的に伸びています。そのような成長に伴って必ず起きるのが「力の乱用」です。産業社会では経済力の乱用によって公害や労働問題が生じましたが、情報社会では「情報発信力の乱用」が顕在化しています。フェイクニュースや誹謗中傷、あるいは過度な他者との比較による自己否定などがその一例です。

だからこそ、今の時代に必要なのは、この新たな力をどう制御し、どう健全に生かしていくか。そのために制度や技術、そして人のあり方を見直す必要があると感じています。

森下:その中で、私たちはどんな姿勢で情報と向き合えばよいのでしょうか。

山口:私はよく「他者を尊重し、自分も尊重する」という言葉を伝えています。SNSなどの空間では、あまりにも情報発信が簡単であるがために誹謗中傷が生まれます。だからこそ、自分のやられて嫌なことを相手にもしないという、「他者を尊重する」当たり前の道徳心が大切です。

そして、他人の発信が可視化されることで、過度な比較によって自己肯定感が下がりやすくもなっています。例えば、私が総務省と行った子どものネット利用に関する調査でも、トラブルとして、「他人の投稿と自分を比べてストレスを感じた」が2位でした。

でも、自己肯定感があれば、他人のキラキラした投稿を見ても「これも素敵だけど、自分には自分の良さがある」と思える。つまり、自分を大切にする力が、他者との比較から生まれる不安や負の感情を和らげることにもつながるのです。

望ましい情報空間とは、情報の正確性や信頼性が担保されているだけでなく、そこで生きる人々が「他者を尊重し、自分も尊重する」という姿勢を持てる空間だと思っています。

森下:まさに、未来の社会を担う子どもたちに向けても、そうした姿勢を伝えていくことが重要ですね。

山口:その通りです。子どもたちには、自分の「好きなこと」を見つけて、努力して深めていく力を持ってほしいと思っています。AIがあらゆる創造や判断に関与する時代だからこそ、自分の価値観や信念を持つことがより重要になります。また、今は大人が子どもに何かを一方的に教える時代ではありません。新しい技術や情報と出合ったとき、大人も子どもと一緒に学び、考え、ルールをつくっていく。そのように共に学ぶ姿勢が、これからの時代には欠かせません。

森下:同様にステークホルダーの誰か一人に責任を押しつけるのではなく、私たち一人一人がそれぞれの立場で役割を果たしていくことも必要といえるでしょうか。

山口:はい。政府や自治体、教育機関、メディア、事業者、プラットフォーム、そして私たち個人。それぞれができることを着実に進めていく。その過程で必要に応じて連携していく。そうやって少しずつでも、より良い情報社会をつくっていくことが大切だと思います。

山﨑:私は情報インテグリティを「内的インテグリティ」と「社会的インテグリティ」の2軸で捉えたいと考えています。前者は、情報の真偽を見抜く力や倫理的判断力、自制心など、個人内の軸。後者は、対話・共感・合意形成を通じて他者と情報を共有・活用する力で、他者との関係性の中で育まれる軸です。この2つは相互に補い合い、高めあう関係にあります。前者は学校教育やオンライン教育を通じて学ぶことが可能ですが、後者を育むには、他者をまじえた実践が重要です。特に家庭は社会の最小単位として、重要な役割を担います。

さらに、技術がどんどん進化していく現代では、大人のほうが必ずしも正しいとは限りません。子どもと一緒に考え、学ぶ姿勢を持つことが大切です。たとえば「今日見たニュース、どう思った?」と声をかけるだけでも、情報リテラシー教育のきっかけになります。

山口:そうですね。子どもに「これってどういうことなの?」と聞かれたら、「まず自分でちょっと考えてみて」と促す。そして、自分自身も考える。それだけでも、情報の見方やコミュニケーションの力をお互いに育んでいくことができるはずです。

森下:お二人のお話をうかがう中で、数百年単位の視点と、日々の小さな対話。その両方が未来をつくっていくのだということを、改めて実感しました。本日は貴重なお話をありがとうございました。


【調査概要】
■ 「電通総研コンパスvol.15 情報インテグリティ調査」概要

予備調査で15個の偽・誤情報を提示し、すべて「わからない・覚えていない」と回答した人を対象者から除き、いずれか「見聞きしたことがある」と回答した人を優先して、2025年1月総務省人口推計概算より性年代別人口構成比に合わせて割り当て、本調査を実施。

※グラフ内の各割合は全体に占める回答者の実数に基づき算出し四捨五入で表記しています。また、各割合を合算した回答者割合も、全体に占める合算部分の回答者の実数に基づき算出し四捨五入で表記しているため、各割合の単純合算数値と必ずしも一致しない場合があります。
※本調査(5,000サンプル)の標本サイズの誤差幅は、信頼区間95%とし、誤差値が最大となる50%の回答スコアで計算すると±1.4%となります。

※掲載されている情報は公開時のものです

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著者

山口 真一

山口 真一

国際大学グローバル・コミュニケーション・センター

准教授

博士(経済学)。専門は計量経済学、社会情報学。各種メディアに出演・掲載。「スマホを持たせる前に親子で読む本」「ソーシャルメディア解体全書」ほか著書多数。電気通信普及財団賞など数々の賞を受賞。日本テレビ放送番組審議会委員、東京都デジタル広報フェローのほか、内閣府「AI戦略会議」など政府有識者会議委員を複数務める。

山﨑 聖子

山﨑 聖子

株式会社電通総研

フェロー

慶應義塾大学大学院法学研究科国際公法学修了(修士)。 電通総研に入社後、世界の人びとの意識や価値観の変化をふまえ、社会動向を分析・研究。訳書に「文化的進化論」(勁草書房)、共著書に「日本人の考え方 世界の人の考え方―世界価値観調査から見えるもの」(勁草書房)ほか。

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