左から光文社 今尾朝子氏、電通 野口貴大氏アートが、美術館だけではなくさまざまな機会に体験できる身近な存在になってきました。
そうした中、電通と電通ライブは「コンテンツの新しい体験の場」という視点で展覧会をプロデュースする「dentsu Exhibition Value Design」の提供を開始しました。本連載では、電通・電通ライブが手掛けたさまざまな展覧会の事例をご紹介します。
今回は、電通が企画・開催した没入型デジタルアート展「イマーシブミュージアム」の中から、「印象派」(2022年開催)と「ポスト印象派」(2023年開催)について取り上げます。
ゴッホやモネといった誰でも知っている巨匠の絵を、音と映像に囲まれて没入体験できる、イマーシブミュージアム。
特に子ども連れの家族から好評だった同展について、トータルプロデュースを担当した電通・野口貴大氏と、同展とコラボレーションしたファッションライフスタイル雑誌「VERY」で当時編集長だった光文社・今尾朝子氏にお話をうかがいました。
親子で楽しめる没入型デジタルアート展が生まれた理由

――まずは自己紹介からお願いします。
野口:僕はイマーシブミュージアムのエグゼクティブプロデューサーとして、事業設計からプロモーションまで、全体の統括を担当しました。
今尾:光文社第一編集局担当の今尾と申します。光文社の雑誌「VERY」の読者層である子育てママ世代に、イマーシブミュージアムを知ってもらうためのプロモーションの部分で、野口さんから声をかけていただきました。
――イマーシブミュージアムについて、どういうきっかけで実施されることになったのですか?
野口:僕が所属しているエンターテインメントビジネス・センターでは、アート領域に注目して新規事業を模索していました。例えばバーゼルやフリーズといったアートフェアや、現代アート、それこそ、今回のイマーシブミュージアムを作るきっかけになったパリのアトリエ・デ・リュミエールという没入型のデジタルアート展など、さまざまな領域のアート事業を見てきた結果、僕が一番心を引かれ、やってみたいと思ったのが、デジタルアート展という形態でした。
日本で一般的なアート体験といえば美術館で、大人が静かに、やや遠くから観賞するものというイメージですよね。ところがアトリエ・デ・リュミエールでは、子どもが寝転がって、デジタルで展示された巨大な名画の数々を鑑賞していたのです。アートの方からこちらへ向かってくるこの体験設計がとってもよかったんです。ぜひとも日本で実施したいと思い、電通グループのドリルと共同で企画を進めていきました。
――「VERY」がプロモーションを担ったというお話がありましたが、「VERY」に声をかけた経緯を教えてください。
野口:イマーシブミュージアムのターゲット層として、大きく2つを想定しました。1つが若い女性層。10代後半から20代という若い女性の方です。そしてもう1つが親子連れ。まさに僕がパリで見た景色、小さな子どもがアートを楽しんでいて、そこには一緒に来ているママの姿もあったので、この2つの層を考えていました。
2つのうち、若い女性層に関してはわれわれにも知見があったのですが、子育てママ世代に関してはどうしても分からなくて。社内で相談したところ、光文社の「VERY」編集長だった今尾さんが適任だという話を聞いてお声がけしました。
――今尾さんは最初にこのお話を聞いたとき、どんなことを思いましたか?
今尾:その頃、ちょうど「アートが子育てに力を貸してくれる」ということを読者の方たちと学んでいっている最中だったので、「イマーシブミュージアムはアートとママをつないでくれて、美術館より身近な存在になるのかもしれない」と思ったのを覚えています。
というのも、野口さんにお声がけいただく少し前に、「13歳からのアート思考」の本を書かれた末永幸歩さんを取材し、未就学児のママ向けに「3歳からのアート思考の養い方」という記事を作ったばかりだったんです。
「子どもたちが自分なりの物の見方を育むにはアートが力をくれる」「『私はこう感じる』を大切にできる人になってほしいという願いに、アートは力を貸してくれる」ということを、まさに読者と学んでいるときにいただいたお話でした。
子どもたち一人一人の自由な発想で、歴史的名画を体感
2022年は印象派の絵画シールを貼ってオリジナル絵本を作っていく「お絵かき絵本BOOK」(上写真)、2023年はゴッホ、スーラ、ゴーガンといったポスト印象派の巨匠たちの技法を学んでいく「お絵かき教室BOOK」を作製。小学生以下の来場者に無料配布された。──イマーシブミュージアムでは、「VERY」とのコラボレーション企画として、来場した子ども向けに、自分だけの絵本を作れるキットを無料配布していました。この企画は、どういう中から出てきたのでしょうか。
野口:とにかく子どもに楽しんでほしいと、企画の当初からずっと思っていたんです。大人で美術館が好きな方は多いですが、「子どもが楽しめない」「子どもが騒いだらいけないから行けない」といった声をよく聞いていました。そんな子どもたちも、大きな音と映像に包まれるイマーシブミュージアムだったら、アートに興味を持てると思うのです。アートに全身で触れて「楽しい!」と感じる子が一人でも増えてくれたらうれしいと思いました。
そこで、今尾さんに「子どもにプレゼントするものを一緒に作ることができないでしょうか?」と相談したんです。それも、子どもが受け取って終わりではなく、帰宅後も楽しんでアート体験ができるものを目指したいなと思いました。
今尾:こうした配布キットのようなものを作るのは初めてでしたが、自分たちはプリントコンテンツが得意ですので、紙での表現には自負があり、そこは大いにやりがいがありました。
──初期案から最終案までどのように進んでいったのでしょうか?
野口:まず、小学生以下の来場者全員に無料で配布することは最初から決めていました。その上で、子ども視点で受け取ってワクワクするような、帰ってすぐにやりたくなる企画を模索しました。モネの「印象・日の出」「睡蓮」などの作品を使って子どもが自分でアクションする冊子に決めました。
──この絵本は「VERY」編集部が初期アイデアから企画されたんですね。
今尾:はい。企画を提案した側が言うのもなんですが、権利の問題がありますし、印象派の代表的な絵をまさか使わせていただけるとは思っていませんでした。相当ハードルの高いレギュレーションをクリアしなくてはならないのではないかと……。でも野口さんに相談したら、「大丈夫、交渉する」と。「本当に?」みたいな感じでした(笑)。
そして「収録作品が2~3作しかないと物語を自分で作るという感覚になれないので、最低でも十数枚の中から選びたい」とか、「物語が作りやすそうな絵をその中で選びたい」とか、難しいかなと思いつついろいろ相談したのですが、ほぼ全部が実現可能となったので驚きました。最終的に出来上がったのは、名画シールを使いながら作品の技法の数々を学んだり、感じたことを描いたりしながら自分だけの絵本を作っていくというものでした。
──電通から「VERY」へのお願いはどういったものだったのでしょうか。
今尾:企画を始める前に野口さんからいだたいたお題は、「ただ与えられるだけではなく、その体験を生かしていくというか、家に帰っても、その体験を何か違う形でアウトプットできるものを」ということでした。
野口:堅苦しいものではなく、楽しみながらやれる「自由研究」みたいになればいいなという話はしていましたね。
今尾:ちょうど夏休み期間でしたし、絵本の後半には、選んだ絵や画家について調べてみようといったページを作りました。興味を深めていくという意味でも、まさに自由研究ですね。幸い、たくさんのお子さんたちが作って楽しんでくれましたし、個人的な思い出になりますが、当時、私の娘も楽しんで作っていました。
野口:今尾さんのお嬢さんが喜んでくれたのはすごく覚えています。うれしかったです。
──絵本制作において、何かこだわりはありましたか?
野口:そこは明確で、「子どもが自分で考えられる」ところですね。子どもなりの視点から、自分で物語を作ることができること。ただ何もない白紙のところに物語を作るのはなかなか難しいですが、名画や画家とコラボレーションしながら、自分だけの物語を生み出せるようにと。
今尾:芸術とか難しいものではなく、誰もが知っている有名な画家たちが子どもにとって「友達」になれた感覚になるように作りました。
1回目のキットは、印象派の画家たちの絵が複数枚のシールになった中から、好きなシールを自由に選んで貼っていき、お話を作っていくもの。絵や言葉を書き足しながら、「自分だけの物語」を画家たちと一緒に作っていける絵本キットだったのですが、子どもたちがお話を作りやすそうな絵を選ばせてもらったり、絵本作り用に子ども向けの分かりやすい説明書を別に作ったり、いろいろと試行錯誤しました。
子育て世代にドンピシャだった没入型アート体験

──大反響のイマーシブミュージアムですが、開催してどんな成果が得られましたか?
野口:いろんな観点があります。会社的な話では、電通がアート事業でBtoC、お客さま向けの新規事業を一つの形にできたという成果。しかし、僕個人としては、海外で見た没入型デジタルアート展を日本向けに立ち上げて、それを老若男女に楽しんでもらえたということにすごく喜びを感じました。これで今後、エンターテインメントの世界で生きていこうと決めたくらい、僕にとってはすごく大きな成果というか、気持ちの変化でした。
今尾:「VERY」では、「子どもに体験させてあげたい」という気持ちで訪れたママたちから、自分自身がインスピレーションを得たり、デトックス効果を感じたり、癒やされたり、そういった反響をたくさんいただきました。結果、親も子もそれぞれに刺激をもらえる場になっていたことがすごいと思います。
子育て世代は親も一緒に楽しめるイベントやお出かけスポットを探していると思うのですが、いらっしゃった方たちの口コミでも、例えば「ベビーカーでそのまま入れるのがありがたい」とか、「泣いても走っても大丈夫」という評判がパーッと広がっていきました。やっぱり「子どもがお行儀なんて良くなくてもいい」「泣いても駆け回っても迷惑にならない」といった、ママのハードルを下げる主催者のメッセージはとても大事だと思いました。映画ほど長くない時間設定も子連れにはベストだったと思います。
野口:最初に開催した2022年は新型コロナで緊急事態宣言などがあった時期です。集客に関して不安もありましたが、オープンすると、ターゲットとしていた若い方々を中心に、年配の方まで、お客さんが想定よりも多く来てくれました。その方々が楽しんでいる様子を見たり、お客さんの会話を聞いたりしていたら、「大丈夫だ」と、初日の段階で確信しました。
──展示に対する来場者の反応をご覧になって、他に感じたことはありますか?
野口:何よりもまず、パリで見たあの光景が日本でも実現できたことに感動しました。子どもたちが壁を実際に触って楽しそうにしたり、動いている絵を触ったりする様子を見て、こういう興味の持ち方をするんだな、子どもらしい観点だなと感じました。
今尾:チームラボ的な映像体験はあっても、名画の世界にタイムスリップして、絵の中に入り込んだような感覚になった初めての体験だったと、没入体験を楽しんだ来場者の声を直接聞けたことも印象的でした。何よりうれしいのは、「子どもが楽しんでくれたらいいなと思って来たら、大人も心底から楽しめた、刺激を受けた」と言ってもらえたことです。
鑑賞後、AIゴッホに自分の似顔絵を書いてもらうコーナーもとても人気でしたね。
親子連れウェルカムというメッセージが必要だった

──今、アート体験が注目されている理由はどういったところにあるとお考えでしょうか?
野口:知育や情操教育という視点でいうと、お母さん、お父さんの考え方が変わってきたのは間違いないと思います。今の子どもたちは、小学生はみんなiPadなどのデジタルデバイスを持っていますし、授業でデジタルアートを作っている小学校もあります。僕らも小学校に講師として呼ばれて、デジタルアートの話をさせてもらったりしているんですよ。
そんなふうに、世の中全体が向かっているデジタル化という潮流と、僕らの企画がうまくリンクしたのではないかと感じています。
今尾:この時代の親の思考として、「一芸に秀でる」とか、「子どもの強みや好きを伸ばしてあげたい」という教育方針を持っている方が多いと感じています。スポーツもそうですが、アートもその一つとして、子どもがお絵描きが好きだったり、工作が好きだったりしたら、それをもっともっと深めてあげたいという気持ちを持っているのではないでしょうか。なので、そうした類のワークショップや絵画教室も人気ですし、学びの低年齢化もあると思います。街には美術館だけでなく、アートに触れ合う場所や機会も増えてきていますよね。
──「VERY」読者であるママ層にとっても、アートが身近なものになっているのですね。
今尾:はい。ただ、イマーシブミュージアムが始まった2022年の段階だと、まだまだ「アートは子どもには早い」とか、「子どもが騒ぐといけないから、美術館には行ったことがない」というママがたくさんいました。野口さんがパリでご覧になられた、子どもが寝そべってアートを楽しんでいいという環境や感動を、日本で実現してくださったことは大きいと思います。
──「VERY」でのプロモーションにあたっては、「子どもたちがずっと静かにしていなくても大丈夫だよ」とママたちに伝えるようにしたわけですね。
今尾:プロモーションでは、ママたちのハードルを下げることをとにかく念頭に置いていました。直前の2022年の春、イギリスの現代作家ダミアン・ハースト氏の展覧会が国立新美術館であったんです。そこで読者のママたちから「ジュニアガイドという子ども用のパンフレットがあって、親子連れウェルカムな感じがしたのが良かった」という声を聞いていたので、その手法やPRに学びたいという思いがありました。
つまり子ども連れで楽しんでいいよ、子ども連れで来てくださいというメッセージを明確にしていたわけです。写真撮影も可能で、「ハースト展は気持ちのハードルが低くて楽しめた」といった読者の声を実際に聞いていたので、その感覚こそ必要だなと思い、参考にさせてもらいました。
野口:イマーシブミュージアムの会場では大きな音が流れている環境で映像コンテンツを楽しむので、お子さんが泣いてしまっても気にならないし、ベビーカーのまま入れますし、自分が気になった絵のところに動いていっても全く問題ないです。
「VERY」とのコラボレーションでは先ほどの「おえかき絵本BOOK」の他にも、誌面との連動や、「VERY DAY」を設けて読者のママたちに来てもらって、子どもが走り回りながら、楽しんでいる様子を記事にしてもらったりしました。
──その後のイマーシブミュージアムの展開についてお聞かせください。
野口:まず、アートをテーマにして成功できたので、2024年はそれを音楽領域に拡張していき、YOASOBIの楽曲ができるまでを体感できる展覧会を開催しました。僕は当初より、イマーシブはアートだけではなく、アニメや映画、音楽とも掛け算ができそうだなと感じていました。次の展開も、今ちょうど進めているところです。
イマーシブミュージアムYOASOBI展より「Ayaseルーム」──電通と「VERY」でお互い今後一緒にやってみたいことはありますか?
野口:2022年、2023年にご一緒して、われわれが全く分からなかったママ世代と子育て層に対しての「VERY」さんの理解度は本当にすごいなと思いました。今後も、ママ世代や女性目線の企画があったら真っ先にご相談して、ぜひ一緒にお仕事させていただきたいです。
今尾:イマーシブミュージアムは、ママたちのインプットになったり、子育てのモチベーションになったりするようなイベントだったので、またぜひそんな価値あるイベントでお声がけいただけたらうれしいです。私は現在光文社で6つの女性向けメディアを見ているのですが、それらを魅力と感じていただけるようであれば。
今回の「VERY」世代は未就学児や小学生低学年のお子さんがいるママがメインですが、さらには「STORY」という思春期のお子さんを抱えるママがメインのメディアもあります。子どもだけではなく、ママを応援することにつながるような企画には本当に向いていると思うので、ぜひご一緒させていただきたいです。
