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公開日: 2026/01/19

熱量高く、創造的な組織へ―Human Capitalを高めるためのアプローチ―


かつてはハードワークのイメージが強かった電通がいま、劇的な変貌を遂げている。

オープンワークが発表した「働きがいのある企業ランキング2025」において、長年トップを独占していた外資系企業を抑え、1位を獲得したのだ。法令順守意識を上位0.01%まで劇的に高めながら、同時に「20代の成長環境」や「風通しの良さ」も向上させるという、「全方位型」の組織改革はいかにして成し遂げられたのか。その背景にあるのは、「広告会社」から「Integrated Growth Partner(顧客の成長に寄り添うパートナー)」への進化を掲げ、顧客企業の企業変革・事業変革領域のコンサルティングを強化している、電通のビジネスの変化である。

電通グループのグローバルCHROとして組織風土改革を先導する谷本美穂氏と、顧客企業の変革(BX)を支援する山原新悟氏が「HRカンファレンス2025-秋-」(日本の人事部) 登壇。オープンワークの大澤陽樹氏の進行のもと、社内・社外双方の視点から「熱量高く、創造的な組織」を作るための実践知が語られた。

※この記事は、2025年12月22日「HRカンファレンス 」に掲載された記事を一部修正し、掲載しています。

大手企業病を回避する、奇跡的な「全方位型」への進化

広告・マーケティング領域で培った「クリエイティビティ」と「実現力」を武器に、顧客企業の事業変革(BX)を支援する、電通。同社は現在、「Integrated Growth Partner(顧客の成長に寄り添うパートナー)」への進化を掲げている。

特に注力しているのが、企業のパーパス策定から組織文化の変革、そして新規事業の創出までを一気通貫で支援するトランスフォーメーション領域だ。数百人規模の専門コンサルタントチームを擁し、人事(HR)と事業の両面から企業変革をサポートする同社の取り組みは、多くの日本企業が直面する「変革の壁」を突破する鍵として注目を集めている。

セッションの冒頭、大澤氏はオープンワークに蓄積された約2000万件のクチコミデータを用いて、電通の組織状態の変化に関する分析結果を提示した。

一般的に、企業の規模が拡大し、従業員数が数千人、数万人と増えていく過程において、企業は「法令順守意識(コンプライアンス)」を強化せざるを得ない。しかし、過去10年間の日本企業全体のデータを分析すると、ガバナンスを利  かせれば利かせるほど、反比例するように「風通しの良さ」や「社員の士気」は低下する傾向にある。大澤氏はこれを、大企業化に伴う不可避なトレードオフであると語った。

「データを見ると、従業員300人以下の企業は風通しが良いが法令順守スコアが低く、逆に1000人以上の大企業は法令順守スコアが高い代わりに20代の成長環境や風通しが悪化するという、明確な傾向が見て取れます。組織が大きくなればなるほど、管理が厳しくなり、若手が挑戦しにくい環境になってしまう。これが日本の大企業の平均的な姿です」

しかし、電通の評価チャートは、この定説を覆す極めて特徴的な「オールラウンド型」の波形を示していた。ここ数年で法令順守意識のスコアが上位0.01%レベルまで急上昇しているにもかかわらず、「待遇面の満足度」「20代成長環境」「社員の相互尊重」といったソフト面のスコアも高水準を維持・向上しているのだ。

かつての「激務」や「コンプライアンスの甘さ」といったイメージを払拭し、働きやすさと働きがいを両立させているこのデータは、電通が「大手企業病」を回避し、組織としての質的な進化を遂げていることを客観的に証明している。大澤氏は「ガバナンスの強化と組織のソフト力の強化を両立できている稀有(けう)な事例」と評し、その背景にある具体的なアプローチについて谷本氏へとバトンを渡した。


「管理」から「信頼」へ。社員が突きつけた「完璧な課題リスト」からの出発

GE、Googleというグローバル企業を経て、2023年に株式会社電通グループのグローバルCHROに就任した谷本氏。外資系企業での知見と、電通という日本企業が持つポテンシャルを掛け合わせ、組織開発に取り組んでいる。谷本氏は冒頭、「日本企業と外資系企業の違い」について触れ、電通グループ入社当時に感じた率直な印象を語った。

「電通グループに入社して驚いたのは、圧倒的な『事務力』の高さと、クライアントのために最後まで『やりきる』文化の強さです。これは世界に誇れる素晴らしい資産です。一方で、本来シンプルでかまわないはずの業務も、根性でやりきってしまう。そのため、生産性が犠牲になっていたり、情報の裏にある『目的(Why)』が共有されないままKPIだけが独り歩きしていたりする課題も感じました」

谷本氏はこうした課題をトップダウンで指摘するのではなく、社員との対話を通じて共有するアプローチをとった。全社員ミーティングの場で、社員へのヒアリングから得られた「耳の痛い意見」をあえてそのままスライドに映し出したのだ。

「電通ではマッチョな人が評価されるのではないか」「社員のインプットとアウトプットを細かく管理しすぎている」「管理職から女性が極端に少なくなっている」「役員選抜は社長と仲良しの人が選ばれるのではないか」――。 会場がどよめくほど率直なこれらの声を経営陣が受け止め、その場で社長が否定しつつも真摯(しんし)に向き合う姿勢を見せたことで、組織の空気が変わり始めたという。

こうした対話を経て策定されたのが、「社員を管理せず、信頼する」という新たな人事ポリシーだ。

「これまでの人事は、社員を細かく管理し、会社が決めた枠組みの中で動いてもらうことを是としていた側面があったかもしれません。しかし、これからの時代に求められるのは、社員一人一人を信じ、その活力を最大限に引き出すことです。会社の目標に共感し、自分がどう貢献できるかを自律的に考え、提案できる。そうした主体的な組織への転換を目指しています」

この方針を具現化するため、谷本氏は「期待をつくり、超えていく人財」という人財ビジョンを掲げ、「dentsu Leadership Attributes」を言語化し、評価制度や育成施策に落とし込んだ。

特筆すべきは、成果の定義を「数字」だけでなく「リーダーシップ(行動)」にも広げた点だ。「自分より優れた人財を育成する」「多様なアイデアを受け入れる」「インテグリティ(誠実さ)を持つ」といった定性的な行動指針を明確化。これらを評価の軸に据え、ナインボックスを用いた人財開発会議「ピープル・ディスカッション」を導入。単なる過去の業績査定ではなく、縦軸に業績、横軸にリーダーシップを置き、「この人財をどう育て、どのポジションで輝かせるか」という未来志向の議論に時間を割くよう変革を進めている。

組織の「心理的安全性」を高めるための対話も重視している。社長や役員が自身の弱みや失敗談も含めてオープンに語る「オープントークシェアリング」や、チーム単位での対話会を積極的に実施。また、「ヒューマンキャピタルプロジェクト」を発足させ、社員・リーダー・人事が一体となって「個人のWill(やりたいこと)とCan(できること)」を探求できる組織のあり方を議論するオフサイトミーティングなども開催している。

「上意下達ではなく、双方向のコミュニケーションを通じて熱量を高めていくアプローチが奏功し、エンゲージメントスコアは着実に上昇しています」


企業変革を阻む「見えない壁」を可視化し、破壊する

続いて、電通社内でクライアント企業のBXを支援する山原氏が登壇。数百人に及ぶ組織の一つを率いる山原氏は、谷本氏が進める社内改革と、自身が顧客に対して行う変革支援には、共通する「要諦」があると語った。

多くの日本企業が、既存の本業から、アイデンティティを拡張した新しい企業体へと進化しようと試みている。しかし、新しい事業やパーパスを掲げても、元に戻ろうとする引力が強く働き、現場の社員が共感できず、思うように変革が進まないケースは後を絶たない。山原氏は、その原因として組織内に存在する「壁」に着目する。

「変革を阻害する要因には、評価制度や組織構造といった『見える壁』と、組織文化や意識といった『見えない壁』の2種類があります。特に厄介なのが後者です。例えば、かつて企業の強みであった『成功体験』や『強いブランド』が、企業が変革するときには逆に保守的に動き、『挑戦のリスクをまず考える風土』や『排他性』という壁に変わってしまうことがあるのです」

山原氏は、この「見えない壁」を可視化するためのアプローチとして、社内ネットワークのヒートマップ分析を紹介した。部署間でお互いを「知っているか/知らないか」「共創しているか/競合しているか」を色分けして分析すると、隣の部署が何をしているのかを全く知らない領域が大半を占めているケースが多いという。

「開発部門と営業部門だけがつながっていて、それ以外は断絶している」といった組織の血流不全をデータで可視化した上で、なぜつながれないのかを掘り下げていく。すると、「評価制度が固定化している」といった制度面の問題だけでなく、「リスクマネジメントが強すぎて新しい価値が生まれにくい」といった文化面の問題が見えてくる。こうした断絶を解消し、組織を有機的につなぎ直すためには、人事部門と事業部門の連携が不可欠だ。

「人事施策と事業戦略は、車の両輪です。パーパスやビジョンといった設計図を中心に置き、左輪である『人・組織の変革』と、右輪である『事業の変革』がかみ合って初めて、企業は熱量を持って前に進むことができます」


「DNAレベルの矛盾」を解消し、納得感を生み出す対話

セッションの後半では、大澤氏がファシリテーターとなり、会場から寄せられた質問をもとにディスカッションが行われた。

大澤:山原さんのお話にあった「見えない壁」ですが、現場と対話すると無数の課題が出てくると思います。その中から、どの壁を優先的に壊すべきかを、どう見極めているのでしょうか。

山原:おっしゃる通り、表面的な不満は無限に出てきます。深く掘り下げて、本来強みであるはずのものが形を変えて「壁」になっているケースを見つけ出し、そこをキーとしてアプローチすることが重要です。優秀な人財が多いゆえに同一性が高まりすぎてしまう、ブランド力がありすぎる故にブランドを毀損(きそん)する挑戦が難しくなる、企業が急速に成長したゆえに企業基盤が追いつかずゆがみが生まれている、などです。新たな価値を生み出す、挑戦が生まれる文化に向け、「一見自社の強みだと思っていること」「自社のDNAだと思っていること」も含めて、何が真のボトルネックなのかを、バイアスを除きながら抽出していくことが重要だと思います。

谷本:社内改革においても、課題リストを作ればきりがありません。私たちが得意なのは「ここが悪い」という指摘ですが、それだけでは疲弊してしまいます。だからこそ、「何が悪いか(Problem)」をつぶすアプローチだけでなく、「どうありたいか(Wish)」を語り合うアプローチを大切にしました。組織開発においては、診断して悪いところを直すという外科手術的な手法だけでなく、「自分たちは本来こうありたい」という未来を語り合い、熱量を高めていく漢方薬的なアプローチも有効です。人は、自分の意見を聞いてもらい、参画することで、初めて当事者意識(エンゲージメント)を持つことができるからです。

大澤:谷本さんは講演の中で「評価は報酬の分配ではなく、成長支援である」というお話もされていましたが、    現実には報酬と直結します。この理想と現実のギャップをどう埋めていますか。

谷本:報酬については「Pay for Performance」を徹底し、年齢に関係なく成果で報いるフェアな制度にしています。一方で、評価のプロセスにおいては「対話」の質を変えることに注力しています。評価面談を単なる「査定の通達」にするのではなく、その人がどう成長したいか、どんなリーダーシップを発揮したかという「未来のキャリア」について話し合う場にする。何をやれば評価されるのかという透明性を確保し、制度としての報酬(ハード)と、運用としての対話(ソフト)を両輪で回すことが、納得感を醸成する鍵だと考えています。

大澤:最後に、参加者の皆さまへメッセージをお願いします。

谷本:会社から自律  しなさい、エンゲージメントを高めなさいと言われても、できるものではありません。社員一人一人の「ここで貢献したい」「成長したい」という気持ちを引き出し、スイッチを入れること。それが人事の役割です。これからも社員を信じ、その活力を引き出すための仕掛けを続けていきたいと思います。

山原:真の価値創造は、チームの心理的安全性がある土壌でしか生まれないと思っています。クリエイティビティのある解を出すのは、とても勇気がいることだからです。日本企業が再び新しい価値を生み出し、世界で戦っていくためには、組織の熱量を高め、創造的な文化へと変革していくことが不可欠です。私たちがその一助となれるよう、挑戦を続けていきます。

大澤:電通の事例は、変革に悩む多くの企業にとって大きな希望となるはずです。本日はありがとうございました。

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著者

谷本 美穂

谷本 美穂

株式会社電通グループ

グローバルCHRO

人材サービス会社を経て、2000年にGEへ入社。戦略人事、組織開発、リーダーシップ開発に携わる。2016年よりGEジャパン株式会社 執行役員 人事部長。2018年よりGoogle執行役員 人事部長としてイノベーションを起こす組織づくりを推進。2023年1月より電通グループ グローバルCHROに就任。株式会社電通 執行役員(ヒューマンキャピタル)を兼任。

山原 新悟

山原 新悟

株式会社電通

第2ビジネス・トランスフォーメーション局長

企業の経営層に対して中期経営戦略の策定、企業変革プランの策定と実行、新規事業創出支援など幅広くBX(Business Transformation)領域のアドバイザリーを務める。2024年1月より現職。

大澤 陽樹

大澤 陽樹

オープンワーク株式会社

代表取締役社長

東京大学大学院卒業後、リンクアンドモチベーション入社。組織人事コンサル事業のマネジャーを経て、企画室室長、新規事業の立ち上げや経営管理、人事を担当。2018年よりオープンワークへ参画し、執行役員に就任。取締役副社長を経て、2020年4月に代表取締役社長就任。2022年12月 東証グロース市場に上場。

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