LGBTQ+と広告表現―ガイドライン活用から見えてきた、より良いクリエイティブのヒント

dentsu Japanは、広告業界におけるLGBTQ+インクルージョン推進の一環として、広告制作者向けガイドブック「広告とLGBTQ+」を2025年6月に発表しました。本ガイドラインは、広告表現における多様な性的マイノリティへの配慮や、より良いクリエイティブ制作のためのヒントをまとめたものです。
2025年12月に、日本広告業協会(JAAA) DE&I委員会の協力のもと開催されたイベントでは、このガイドラインを現場でどう生かすか、そして広告が社会に与える影響をどう考えるべきかについて、クリエイティブ制作に関わる会員各社が専門家や制作者と意見を交わしました。
広告表現は、社会の価値観や多様性の認識に大きな影響を及ぼします。しかし現状は、LGBTQ+当事者が“透明化”され、存在が見えにくくなっているケースも少なくありません。広告制作者が無意識のうちに抱えるバイアスや、表現の中で配慮すべきポイントについて、今回のイベントで語られた内容から、社会全体で共有したい視点をピックアップしました。
当事者の存在を“透明化”しないために。広告が果たすべき役割
電通グループが2023年に行った調査によると、日本におけるLGBTQ+当事者の割合は9.7%。この数字は、日本に多い名字「佐藤」「鈴木」「高橋」「田中」をはじめ、名字ランキング上位10位に当てはまる人の合計(9.86%)とほぼ同じです。
ランキング上位の名字は「確かに多く見かける」と感じる人が多いと思いますが、LGBTQ+当事者についてはどのような印象を持っていますか。

「自分の周りにはLGBTQ+当事者はいない」と感じる人も多いかもしれませんが、実際には“見えにくい”だけで、必ず身近に存在しています。広告コミュニケーションの現場でも、LGBTQ+の存在が意識されず、表現から排除されてしまうことが少なくありません。
この“透明化”は、社会的な偏見や誤解を助長するだけでなく、当事者の心理的な負担や孤立感を生み出します。
イベント冒頭で、ガイドブック「広告とLGBTQ+」制作チームメンバーであるdentsu Japan DEIオフィスの杉山優氏は、「広告制作者が無意識のうちに当事者の存在を見過ごしてしまうことが大きな課題であり、社会全体のインクルージョンを妨げている要因の一つ」だと指摘しました。

また、JAAA DE&I委員会 委員長であり、dentsu Japanのチーフ・ダイバーシティ・オフィサーの口羽敦子氏も、「広告コミュニケーションに携わる私たちには、LGBTQ+を含む社会の多様性を正しく反映し、インクルーシブな表現を発信する責任があります」と語りました。

広告表現に求められる配慮とは?ガイドラインから学ぶ実践ポイント
イベントでは、性的マイノリティに関する有識者としてさまざまなメディアで情報発信を続ける一般社団法人fairの松岡宗嗣氏が「性的マイノリティをめぐる広告表現」と題して、広告表現における配慮のポイントを解説しました。

■ポイント1:現実の不平等な制度や社会状況への配慮ができているか
広告表現では、現実の制度や社会状況を正しく捉え、メッセージに反映することが重要です。
松岡氏は、あるブライダル業界の広告キャンペーンを例に挙げ、キャスティングに多様なカップルやLGBTQ+当事者が含まれていた点について、「インクルージョンを推進しようという具体的な姿勢が見られる、前向きな取り組み」だと評価しました。
一方で、法律上同性のカップルは法的な婚姻が認められていないという現行制度を踏まえると、この広告は、さまざまなパートナーシップのあり方についてポジティブに語りながら、結果として制度上の不平等に加担しているように映る点に問題があったと説明しました。
特に、結婚制度の不平等の問題はLGBTQ+当事者にとって非常に深刻なテーマの一つです。冗談めかしたり、現実の困難を無視したりなどの表現は、当事者の抑圧につながってしまう可能性があります。同時に、広告の信頼性や説得力が損なわれる危険もあるため、企画段階から現実の社会状況を丁寧に確認し、表現に反映することが求められます。


また、都合の悪いことを覆い隠すためにLGBTQ+支援をアピールすることや、LGBTQ+を支援しているように見せかけて、実際には本質的な取り組みが伴っていない「ピンクウォッシュ」の概念についても紹介しました。

■ポイント2:社会的な課題やメッセージを明確に伝える
広告を通して社会的な課題や、その解決に向けたメッセージを明確に伝えることは、より多くの共感や支持を得ることにもつながります。
松岡氏は、ある広告キャンペーンを例に挙げ、多様なジェンダーやセクシュアリティの人々の幸せを、現実社会で実現したいという思いを表現したクリエイティブを紹介しました。特に、同性婚法制化への支援を明確に表明し、SNSなどを通じて社会的なアクションを広げたことが、多くの共感を呼ぶ結果になったといいます。
「社会的な課題や当事者の声を誠実に伝え、その課題を社会全体で考えようとする姿勢を示すことは、LGBTQ+コミュニティをはじめ幅広い層からの支持を得る一つの方法になり得ます」と指摘しました。

■ポイント3 話題性のための表面的な演出は避ける
話題や注目を集めるためだけに、同性愛などを匂わせる演出を安易に取り入れることはやめましょう。こうした手法は「クィア・ベイティング」と呼ばれ、LGBTQ+を取り巻く課題には向き合わずに、単に注目を集めるネタとして利用していると受け止められることも少なくありません。
また、「プライド」「レインボー」「カミングアウト」など、LGBTQ+コミュニティにとって特別な意味を持つ言葉やシンボルを使う際には正確な認識が不可欠です。これらの意味を誤って使ったり、歴史性などへの配慮に欠けたりすると、商品PRや話題づくりに利用したいだけだと誤解され、批判を招くことがあるからです。

広告制作者は、こうした言葉や演出の背景や意味を十分に理解し、当事者の視点に立った誠実な表現を心がけることが大切です。

当事者の声を反映し、誰もが共感できる広告表現に
誰もが自分らしく存在できる社会のイメージを広告で伝えるためには、LGBTQ+を特別視せずに、幅広いジェンダー・セクシュアリティを意識して描くことが大切です。多様な人物が登場する広告の中に、自然なかたちでLGBTQ+のキャラクターを採用したり、キャストにLGBTQ+当事者を起用したりすることも効果的です。
また、制作サイドに当事者の視点を取り入れることで、現実の課題や多様な価値観を踏まえた表現がしやすくなります。企画者の中に当事者がいることや、企画段階から当事者へのインタビューを行うこと、コミュニティへの理解の深い団体や専門家と協力したりすることも、より誠実な表現につながるでしょう。

一方で、クリエイティブ制作においては、無意識のバイアスや表面的な演出に注意が必要です。ガイドライン「広告とLGBTQ+」には、こうした配慮のポイントやチェックリストがまとめられているため、実務で迷ったときはぜひ活用してほしいと松岡氏は呼びかけています。


さらに、昨今のトレンドや課題にも言及しました。アメリカでは反DEIや反LGBTQ+の動きが強まるなど、多様性尊重に対して慎重な状況が続いています。松岡氏は、「今が、日本企業の考え方や姿勢が問われる分岐点です。一人一人が多様性の尊重の重要性を理解し、アウトプットに反映していくことが求められています」と語りました。
そんな中、日本国内ではLGBTQ+当事者が積極的に表舞台に立つ動きが広がっています。トランスジェンダー当事者を多数キャスティングした映画作品など、当事者が出演するコンテンツが増えているほか、若い世代を中心にLGBTQ+であることをオープンにするインフルエンサーも増加。「当事者を積極的に発信の場に起用しよう」という流れが活発化しています。
続いて、電通 執行役員 エグゼクティブ・クリエイティブ・ディレクターの眞鍋亮平氏が登壇。クリエイティブ業界へのメッセージとして、自身が関わったプライド月間の企画を振り返りました。「制作プロセスでは専門家の方に何度も確認をお願いしましたが、プロジェクト開始時には制作スタッフにLGBTQ+当事者が含まれておらず、結果的に遠回りをしてしまったという反省があります。常に真摯な気持ちで学び続けることが大切だと改めて感じました」とコメントしました。

学びを実務に生かし、誠実な発信を続けていくために
イベントの後半は、ブライダル業界の広告事例を取り上げながら、講義を通じて見えてきた課題や改善策をグループで話し合いました。
各グループからは、「LGBTQ+当事者にとっては、結婚するのは夢物語。綺麗なビジュアルで良いことが書いてあったとしても、現実とは乖離しているケースが多い」「批判を受けた事例は、制作チームの中にLGBTQ+当事者がいないことが問題の一つだった。しかし一方で、当事者がいても問題に気づけなかったかもしれないとも感じた」など、表現の難しさを指摘する声も。

また、「企業が取り組んでいる支援活動を具体的に伝えることができていたら、好意的に受け止められていたのでは?」「広告主であるクライアントは、当事者に前向きに受け止めてもらいたいという思いを持って発信したはず。その情熱を損なうことなく、企画を成功へと導く責任が、私たち広告制作者にはあるのではないか」といった意見も出ていました。
松岡氏は、広告表現の改善に携わった経験をもとに、「まずは自分たちの活動やスタンスを明確に示し、当事者の声や現実の課題を丁寧に伝えることが大切です」とアドバイス。具体的なアクションや社会的なメッセージをセットで発信することで、広告の信頼性や説得力が高まると語りました。
眞鍋氏も、「具体的な取り組みやアクションをしっかり伝えていれば、たとえ批判があったとしても、必ず擁護の声が生まれるはず。クリエイティブだけで表現しようとするのではなく、実際のアクションと組み合わせて発信することの大切さを再認識しました」とコメント。
さらに口羽氏は、「一度のアウトプットで完璧な正解を出すことは誰にもできません。大切なのは、多様なメンバーとともに、当事者の声を取り入れながら誠実に制作を続けていくこと。今日学んだことをぜひご自身の現場に持ち帰り、今後の実務に生かしてください。そして、引き続き連携しながら業界を変えていきましょう」と呼びかけました。
松岡氏も、「若い世代を中心に、LGBTQ+に対する偏見が薄れつつあるのを感じます。その背景には、メディアや広告が多様な性のあり方について発信していることも大きく影響していると思います。クリエイティブには社会を動かす力があります。これからも、より良い表現を生み出していってください」とエールを送り、イベントは締めくくられました。

※掲載されている情報は公開時のものです
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著者

飯沼 瑶子
株式会社 電通
第8マーケティング局
プランナー
営業局にてマスコミュニケーション、商品開発、PR施策のプロデュースを担当したのち、プランナーとして、幅広い業種のコミュニケーション戦略立案、PR戦略立案、商品ブランディングに従事。dentsu DEI innovations(旧 電通ダイバーシティラボ)の副代表として、ジェンダー・世代・障害・多文化など多様性にまつわるさまざまなテーマを取材、発信しているほか、社内外でのDEI推進にも携わる。

杉山 優
株式会社 電通
プロモーション領域のプランナーとして幅広い業種を担当。他、社内研修の開発や労働環境改革推進に携わり、2020年からdentsu Japan DEI推進プロジェクトチームに参画。現在は、DEIオフィスの一員として国内グループのDEI推進全般を担当し、社内外の研修プログラムやイベントの企画開発に携わる。


