梅雨のせいなのか、昨日のお酒がまだ残っているからなのか。スッキリしない頭を、最近さらにモヤモヤさせるのが「実践知」という言葉です。皆さんはこれを、どのような意味で使っていますか?
たとえば先日、とあるクライアントさんと話していたら「熟練のコンサルタントは、単なるフレームワークの活用にとどまらないで、現場を動かす『実践知』も提供してくれるでしょ」とおっしゃっていました。この場合の「実践知」は、お話の流れから現場の経験を通じて得られる「現場知」といったニュアンスだと思われました。
ご存じのようにマイケル・ポランニーは「人は語れる以上のことを知っている、という事実から『知識』というものを考え直そう」と提案し、「暗黙知」の重要性を指摘しました。
その後、形式知は「客観的・理性的・デジタル的な知」、暗黙知は「主観的・身体的・アナログな知」と整理され、さらに「暗黙知」は経験(行為・実践)のただ中に起こる(あーでもない、こーでもないという)「内省」を通じてブラッシュアップされるという考察にもつながりました。
そしてこういった経緯を踏まえて、職人的取り組みによって高度に磨かれた経験、勘やコツという「現場知」という意味で「実践知」を使う方が、一定数いらっしゃいます。
一方で、経営学の知識創造論の分野では、ギリシャ哲学を基として、これとは違う意味で「実践知」という言葉を使います。
アリストテレスは「エピステーメ(理論・科学のような知識)」と「テクネー(技術・職人技のような知識)」という、いわば「手段としての知識」とは別に、「よい目的と現実の制約の間で『いま、ここで、何をすべきか』を判断する実践的な知識」として「フロネシス」を提唱しました。これの英訳がPractical wisdom、つまり「実践知」なのです。(あるいはPrudence、「賢慮」とも訳されます)
そして知識創造論では、組織を共通善で動かすことができる「フロネティック・リーダー」の重要性を主張しています。ここにあるのは、「何を真善美(※)とするのかという基本的価値観は、美しい理想論や会議室の多数決ではなく、厳しい実践のただ中の熟慮から生まれる」という考え方です。
※真善美 = 人間の理想を「真(真理)」「善」「美」の3つの観点で表したもの。
当然のことながら、「実践知」を「現場知」という意味合いで使うのも、「賢慮」として使うのも、どちらも間違いではありません。しかし、どちらの意味合いで使われているのか、その定義を精査しないと、おかしなことになってしまいます。
先ほどの「熟練のコンサルタントは(中略)現場を動かす『実践知』も提供してくれるでしょ」というのも、それが「現場知」という意味合いなら、業界担当歴が長いコンサルタントであれば、まぁ、当然のことです。一方で、それが「賢慮」だとするなら、それはとてもとても高度な知識提供が期待されることになります。
「賢慮」という概念はイノベーションの本質を考える際に極めて重要だからこそ、「実践知」という言葉が単なる「バズワード」としていたずらに消費されないよう、十分な注意を払いたいものです。
そんなことを、お酒の席ではうまく説明しきれず、きっとお相手も含めてモヤモヤさせてしまったのでした。
モヤモヤをスッキリさせるためには、うまいものを食べるのが一番です。北海道南西部久遠郡にある「せたな町」で、牧草を食べながらのびのび暮らしている牛のミルクで作ったカマンベールと、東京都あきる野市にある養沢ヤギ牧場のチーズ。
国際的な賞でも評価をされ続けているため、入手困難なこの2つを、ラッキーなことに日本チーズ協会のイベントで入手できたので、知り合いのイタリア料理店に持ち込んで、ワインと合わせました。
それは一切れだけで「現場知」も「賢慮」も予感させる、さっきまでのモヤモヤがバカバカしくなる豊かな味わいでした。
どうぞ、召し上がれ!
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著者

山田 壮夫
株式会社 電通
第1CRプランニング局
クリエーティブ・ディレクター
明治学院大学 非常勤講師(経営学) 「コンセプトの品質管理」という技術を核として、広告キャンペーンやテレビ番組製作はもちろん、新規商品・事業の開発から既存事業や組織の活性化といった経営課題に至るまで、クライアントに「棲み込む」独自のスタイルで対応している。コンサルティングサービス「Indwelling Creators」主宰。2009年カンヌ国際広告祭(メディア部門)審査員等。受賞多数。著書「〈アイデア〉の教科書 電通式ぐるぐる思考」、「コンセプトのつくり方 たとえば商品開発にも役立つ電通の発想法」(ともに朝日新聞出版)は海外(英語・タイ語・前者は韓国語も)で翻訳・出版 されている。







