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「スポーツの価値」を定性的・定量的に明らかにしていく「スポーツ未来研究ノート」。第6回は、2026年4月に現役を引退したスピードスケートの髙木美帆さんが登場。スポーツとの出合いから、今、関心を寄せているという「スポーツと脳の関係」まで、当研究所の大日方邦子所長と勝見文一研究員が聞きました。

工夫するとどんどん速くなることが面白かった

勝見:小さい頃からさまざまなスポーツをされてきたとのことですが、髙木さんとスポーツとの出合いはどのようなものでしたか?

髙木:スピードスケートに関しては、5歳のとき、4つ上の兄が地元のスケートクラブに入ったのをきっかけに一緒に始めました。水泳は親の意向で、サッカーとダンスは上の兄弟が先に始めていて、その影響です。サッカーは小学2年生から中学3年生まで、ダンスは小学1年生から高校3年生まで続けていました。

大日方:どれもけっこう長く続けられていたのですね。その中からスケートに絞っていったのは、ご自身にとって「これだ」と思えるようなものがあったのでしょうか。他のスポーツとは、どのような違いがありましたか?

髙木:自分の中で、スピードスケートが一番好きだったという感覚はあまりなくて、楽しかったのはむしろダンスのほうでした。ただ、「どうしたらもう少しうまくなれるか」「どうしたらもっと速くなれるか」と考えたときに、いろいろなアイデアが出てきたのがスピードスケートでした。他の競技ではあまりそういうことがなかったので、そこから「自分はスケートに向いているのかもしれない」と思った記憶があります。

 

勝見:それで自然と絞られていったという感じなのですね。26年の競技人生の中で、人生観や価値観に影響した経験があれば教えてください。

髙木:内的な変化に影響した経験は大きく二つあります。一つは小学5年生のときです。当時の指導者のもとで、「自分で考えて行動に移したことが結果としてあらわれる」という経験をしました。工夫するとどんどん速くなることが面白かったし、結果が出たときには高揚感もありました。そこから、どうすればもっと速くなるのかを、さらに考えるようになっていきました。それは私の中では大きな転換期で、自分の軸をつくった時期だったと思っています。

もう一つは、平昌(ピョンチャン)オリンピックシーズンに向かう2年間です。勝負に対する考え方や、世界と戦うことに対する考え方が、一段階上がった時期だったと思っています。

勝見:先ほど、どうすればもっと速くなるかというアイデアが出てくるのがスケートだったとおっしゃっていましたが、それが、今お話しされた転換点の一つ目につながっていったんですね。

髙木:そうですね。私は体が大きかったので、小学低学年の頃からコンスタントに優勝していました。だから、私にとって結果が出るということは、勝つことではなく、どれくらいタイムを縮められたか、大会新記録をどれくらい更新できたか。そういうところで、常に前回の自分や去年の自分と比較しながらやってきたところがあります。誰かに勝つことよりも、前の自分より速くなることのほうが成長を実感しやすかったので、自然とそこに焦点を当てていたのだと思います。

勝見:平昌のシーズンに向かう2年間にはどのような変化があったのでしょうか。

髙木:「速くなりたい、タイムを縮めたい」というスケートに対する気持ちは、ずっと変わらずにありましたが、そこに挑む態度のようなものが変わったと思います。それまでは、「スマートにこなしたい」という気持ちが強く、必死に頑張っていることを表に出すのを避けてきました。でも、平昌シーズンの前あたりからは勝ちにこだわるようになり、どう見られようが気にしないという、泥臭いものに変わっていったと思います。


会場に観客がいなくても、応援は届いている

大日方:観客とアスリートの距離感についてお伺いします。オリンピックのような大きな大会から国内の試合まで、会場の熱量や応援のあり方は大会によって違いますよね。アスリートとして、その違いをどのように感じていましたか。

髙木:私は、観客がいるかいないかが自分のパフォーマンスに影響することはあまりありませんでした。地元の大会では、たくさん人が入っていても、声を出して盛り上がるというより、じっくりタイムやスピードを追いながら見る人が多かったので比較的静かでした。一方で、ワールドカップなどの大会では会場が満員になり、にぎやかな環境になることもありました。静かな環境と熱量の高い環境の両方を経験してきたので、自分の中ではどちらでもフラットにレースに入る方法が、経験として蓄積されていたのだと思います。

勝見:声援が大きいほうが背中を押されるということはないですか?

髙木:私はコロナ禍も経験しているので、会場に観客がいなくても、応援してもらえていることに変わりはないという実感があります。北京オリンピックのときは期間中、SNSは使わなかったので日本の様子はあまりわかりませんでしたが、家族や友人が、日本で見てくれている人たちの反応やメッセージを届けてくれ、それが力になりました。

その前の東京オリンピックでは、私自身が観客として、テレビで競技を見ている側でもありました。だから、会場に来られなくても、強い気持ちで応援してくれている人たちがいるということを、イメージしやすかったのだと思います。ただ、純粋に観客がたくさんいると楽しいです。それから、海外の試合では日本語の声援がすごく聞こえやすいんですよね。日本にいるときよりも応援が届きやすいような感覚はあります。

勝見:ミラノ・コルティナオリンピックの後、日本橋でのパレードや、地元での交流会もありました。そうした場では、どのようなことを感じましたか。

髙木:冬の競技では、ああいうパレードはなかったので、まずはそういう場をつくってもらえたことに感慨深い気持ちがありましたし、あれだけ多くの方が集まってくださったことは、すごくありがたかったです。

特に、選手と応援してくださる方がお互いに感謝を伝え合える場を持てたことは、とてもよかったなと思います。これだけ応援してもらえていたんだなと改めて思えましたし、何かまたお返しできるものがあればと考える時間にもなりました。


スポーツが認知症の予防になるのであれば、やらない手はない

勝見:これからの活動については未定ということですが、興味や関心のあることはどのようなことでしょうか。ほかの媒体の記事で、脳と体の関係や健康寿命についてお話しされていましたが。

髙木:北京オリンピックの前、集中力や思考を高めることが競技力の向上につながるのではないかと考えたことをきっかけに、「脳」に興味を持つようになりました。モチベーションなど脳に関する本も読んで面白いなと思ったこともあります。

特に、スポーツや運動が脳の活性化につながったり、認知症予防につながったりするということを知って、スポーツの可能性の大きさを感じました。プライベートでも、祖母の認知症がかなり進んでいた時期でもあり、認知症の大変さを肌で感じていたので、スポーツが認知症の予防になるのであれば、アスリートとしてやらない手はないと思ったんです。

勝見:スポーツ未来研究所でも、予防や健康づくりにおけるスポーツの可能性に注目しています。

 

髙木:認知機能の維持や脳の活性化につなげるという意味では、高地トレーニングや、HIIT(※)のような運動がよいと本で読んだことがあります。でも、高齢の方が取り組むにはハードルが高いですよね。

※HIIT=「High Intensity Interval Training」の略で、全力運動と短い休息を交互に繰り返すトレーニング
 

大日方:認知機能が低下している方にHIITのような強度の高い運動を勧める難しさもありますよね。骨折の心配などもありますし。

 

勝見:スポーツや健康に無関心な人たちに、どうすれば関心を持ってもらえると思いますか。

髙木:健康に関心がない人にアプローチするのは、やはり難しいと思います。まずは、健康には興味があるけれど、スポーツにまでは意識が向いていない人にアプローチしていくことが必要なのかなと思います。

大日方:健康に興味がないという人は、今現在は健康で、不安を感じていないということなんでしょうね。

髙木:私も栄養に関して、似たような経験があります。20歳ぐらいのときに栄養士をつけることを打診され、あまり必要性を感じないままとりあえずやってみたんです。でも、結局続きませんでした。その2年後ぐらいに、独自の食事管理をしていたことで体重がどんどん落ちていき、シーズンの最後に戦えなくなるという状態になってしまい、そこで初めて「栄養士が必要だ」と思い、自分から動いて栄養指導を受けるようになりました。

自分が必要だと思って動き出したときほど、吸収率が高く、効率が上がるものはないなと思います。だからこそ、興味や関心がある人、「自分にとって必要だ」と思っている人のところに届けたい、という気持ちが私の中にはありますね。

 

「自由であれること」と「変化が起きること」がスポーツの価値

大日方:最後に、これからのスポーツや、スポーツの新しい価値について、今考えていることをお聞かせください。

髙木:先ほどスポーツに無関心な層にどうアプローチするかというお話がありましたが、スポーツと競技スポーツは少し違うのではないかと。でも、一般的にはひとくくりに語られていることも多くて、それが、一般の人たちにとって運動することへの壁をつくっている面もあるのかなと思いました。

競技スポーツは、ある意味で異次元というか、すごくしんどそうに見えるところがあるじゃないですか。でも、健康のために体を動かすことや、楽しむためのスポーツは、必ずしもそういうものではない。だから、「スポーツの価値」と言ったときに、どちらについて問われているのかなと。

勝見:まさに僕らも同じ問題意識を持っていて、運動として語るのか、競技スポーツとして語るのかで、話がずれてしまうことがあります。スポーツ未来研究所でも、スポーツの定義をあらためて整理するということを、今ちょうど進めているところです。

大日方:国が5年に一度策定している「スポーツ基本計画」というものがあります。そこでは「スポーツ実施率」という、一定期間内に運動やスポーツを行った人の割合を示す指標が使われています。国としてはできるだけ実施率を上げたいという考えもあるので、競技に限らず、ウォーキングやラジオ体操、階段昇降なども含めた、幅広い身体活動がスポーツ実施率の対象になります。

髙木:そういうことを踏まえて考えたのは、ありきたりかもしれませんが、スポーツは自由であるべきで、「自由であれること」がスポーツの価値なのかなということです。自由という言葉も、これまた定義が難しいのですが、「何でも好きにやっていい」ということではなく、自分で選んでいくこと。そして、それによって生まれる責任も含めての自由なのだと思います。だから、誰かに押し付けられてやるものではないとも思っています。

また、「変化が生まれること」もスポーツの価値だと思います。スポーツをし続けることによって、いろいろなところで変化が生まれます。健康になるといった体の変化もそうですし、周囲とのつながりもそうです。そうしたものも含めて、何かしらの変化が生まれる。そういう意味で、「自由であれること」と「変化が起きること」が、スポーツの価値だと私は思います。

 

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著者

髙木 美帆

髙木 美帆

元スピードスケート選手

1994年北海道生まれ。5歳から競技を始め、15歳でバンクーバー五輪代表に選出。平昌五輪で金を含む3個、北京五輪で1大会日本選手初の4個のメダルを獲得した。2026年ミラノ・コルティナ大会でも3個のメダルを加え、女子最多の通算10個に到達。1500m世界記録保持者として長年活躍し、同年4月に引退。

大日方 邦子

大日方 邦子

一般社団法人 日本パラリンピアンズ協会理事/株式会社 電通 フェロー

パラリンピック・アルペンスキー元日本代表。高校2年のときにチェアスキーと出合い、スキーヤーとして歩み始める。1994年リレハンメル大会から2010年バンクーバー大会まで、冬季パラリンピック5大会に出場。1998年の長野大会では、冬季大会で日本人初の金メダルを獲得したのをはじめ、パラリンピック通算10個のメダルを獲得。ミラノ・コルティナ2026冬季パラリンピックでは日本選手団団長を務める。1996年、NHKにディレクターとして入局。教育番組やパラリンピック放送に携わる。2007年、電通PRコンサルティングに入社。2022年より電通グループ フェロー、2025年より現職。日本パラスポーツ協会理事、日本パラリンピアンズ協会理事など公職多数。

勝見 文一

勝見 文一

株式会社 電通

スポーツビジネスソリューション局

シニア・ディレクター

2015年から東京2020 オリンピック・パラリンピックに専従し、スポンサーアクティベーション、聖火リレー、SPP(競技会場内演出)などをプロデュース。現在は、スポーツの価値の可視化と新しい価値の探究に取り組み、2025年7月、スポーツ未来研究所をスタート。日本スポーツ産業学会所属。早稲田大学大学院スポーツ科学研究科在学中。沖縄生まれ、南米ベネズエラ育ち。

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