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会社員×NPO×研究×ウクレレ流し?
加形拓也さんの働き方

働き方の正解が一つではなくなった今。
一つの肩書にとどまらず、複数の場で活動する人も少なくありません。この連載では、新しい働き方・生き方をする人たちを訪ね、その選択の背景を聞いていきます。

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第1回でお話を伺ったのは、加形拓也さん。電通でビジネスデザインディレクターとして働く一方、ウクレレの「流し」やNPO活動、大学での研究など、複数の場で活動しています。

一見すると別々に見えるそれらの活動。でも話を聞いていくうちに、そのどれもが加形さんらしい、一つの軸につながっているように思えてきました。

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PROFILE
加形 拓也(かがた・たくや)
電通。企業の事業構想・パーパス設計をサポートするビジネスデザインディレクター。「電通未来曼荼羅」共同編集長(日本、インド、中国、インドネシア、タイ)。NPO法人 a-con代表(NPOのマーケティング支援)。東京大学先端研×電通グループ 共創イノベーションラボ 主任研究員。平成流し組合員(ウクレレ)。NPO法人 日本ビーチ相撲協会理事。電通相撲部主将。右四つ。平日は東京、週末は三浦で過ごす2拠点生活を実践。

電通は、通過点のつもりだった

加形:電通は、ほんの“通過点”のつもりだったんですよ。

会ってすぐ、加形さんは少し意外なことを口にしました。
大学では開発経済学を学び、国連やJICAで働くことを考えていた加形さん。インドやインドネシアの農村で活動するNGOでインターンも経験しました。

加形:電通に内定をいただいた当初は、正直、6〜7年いたら次へ行くつもりでした。最終的には国連やJICAで働きたいと思っていたので、民間企業はその前にビジネスの現場を知るための場所、くらいの感覚だったんです。

その考え方に影響を与えたのが、学生時代に出会ったサラエボ出身の女性でした。

加形:内戦を経験した彼女は、国連で民族同士の和解プログラムに関わっていました。その和解プログラムでは、大人同士を直接話し合わせるのではなく、子ども同士が一緒にハイキングに行き、料理をする。そして、「子どもが仲良くなっているのに、大人が仲良くしないのは変だよね」と大人に気付かせる。その“とんち”のような発想に衝撃を受けたんです。

社会を変える方法は、制度やお金だけじゃない。視点や関係性を変えることで、課題は解けるかもしれない。そんなふうに思うようになりました。それを学びたくて選んだのが、コミュニケーションの会社である電通だったんです。

通過点のつもりだった場所に、気付けば20年以上いた。
振り返ると、その間に出会った人や仕事が、加形さんをいろいろな場所へ連れていったのかもしれません。

昼は未来を描き、夜は酒場を回る

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加形さんの本業は、電通で企業の「まだ見ぬ未来」を一緒に描くこと。新規事業や商品開発に伴走しながら、「10年後、どんな会社でありたいか」という問いから逆算して、いま何をすべきかを考えていきます。

加形:NPOのサポートは月に4〜5時間、ウクレレ流しも月に2〜3回くらい。あくまで本業がメインで、ほかの活動はそのまわりにある感じです。

そんな加形さんは近年、「電通未来曼荼羅」を海外のメンバーと展開する仕事にも取り組んでいます。

加形:英語は得意じゃないんですけど、AIがあればなんとかなるかもと思って飛び込みました(笑)。
同じ広告・マーケティングの世界で育っていると、言語が違っても「そこ、こうだよね」という感覚は不思議と通じるんです。遠く離れた場所にいる人と、同じ手ざわりを分かち合いながら、一つのものをつくる。それが、めちゃくちゃ好きなんですよね。

そして夜になると、加形さんはウクレレを担いで酒場へ向かいます。

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「流し」とは、楽器を持って酒場を訪ね、お客さんのリクエストに応えて演奏する文化のこと。加形さんは、この文化を現代につなぐ「平成流し組合」に所属し、上野や有楽町などの酒場を月に2~3回まわっています。

加形さんが流しを始めたきっかけは、もともと続けていたウクレレでした。音楽好きのお父さまの影響で高校生の頃からギターを弾き始め、その後、好きだった南の海の文化にひかれてウクレレにも親しむようになったそうです。

「いつか週末のお店で演奏できるくらいにはなりたい」

そんな話をしていたところ、NPOの仲間から平成流し組合を紹介されたことが、流しとの出会いでした。
この日も、加形さんはお店の様子を見ながら、ふっと演奏を始めました。
最初は少し様子を見ていた若いお客さんも、曲が始まると自然と表情がゆるみます。
気付くと、店の空気も少し変わっていました。

加形:大前提として、お店の邪魔をしないこと。満席のときは入らないし、お会計のあとに演奏すると長居させてしまう。注文の前だと注文が滞る。盛り上がりすぎても、ほかのお客さんの迷惑になるから、ほどよいところで「失礼します」と切り上げる。細かいルールが決まっているわけではないので、その場の「空気を読む」ことを大事にしています。

この時代だからこそ、その場の空気や匂いのような、リアルでしか得られないものが大事になってくる。加形さんはそう考えています。

加形:データに残らない、一夜限りの一体感こそ、人にしかつくれない価値だと思っているんです。

流しにひかれているのも、きっと同じ理由なのでしょう。人がその場にいて、空気を感じながら時間を共有する。そんな身体性のあるやり取りに面白さを感じているようでした。

会社の外に、居場所をつくる

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入社4年目ごろ、学生時代の友人と、NPOのコミュニケーションやマーケティングを支援する勉強会を立ち上げた加形さん。NPOにヒアリングをして回っていたある日、「聞いてばかりいないで、手伝ってよ」と言われたことをきっかけに、実際に支援へ関わるようになりました。

加形:じゃあ、とチームを組んで手伝ったら、すごく喜んでもらえた。それがそのままNPO法人になって、今に至ります。15年ほどで60団体、延べ350人以上の有志と関わってきました。

そこで大きかったのが、ふだんの広告の仕事では出会わない人たちと組めたことです。違う業界の人と働くと、その人たちの仕事の進め方や“業界のクセ”が見えてくる。同じ会社、同じ業界の人とだけ接していたら、気付けなかったことです。

大きな挫折の先で、見つけたこと

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さまざまな居場所を持つ加形さん。ですが、ここまでが順調だったわけではありません。

加形:マーケティングプランニングの仕事は、ストラテジー(戦略策定)とクリエイティブで担当が分かれていることが多いんです。私はストラテジーの担当でした。まず私がチームメンバーを納得させられる戦略を提示しないと、チーム全体が動けない。

そんな中、ある仕事で、自分のふがいなさから、どうしてもクライアントの要望に沿えず、担当を外れることになりました。私が穴をあけてしまったその仕事は、スーパープランナーの先輩が急きょヘルプに入ってくださったあと、ぐんぐん進んでいって。

私は居場所もなく、ただ見ているしかありませんでした。その仕事が本当に好きだったから……。何も手につかないくらい落ち込みましたし、正直、自分の存在価値が分からなくなっていたと思います。

そのあと、仕事がなくてふわふわしていた時期もあったといいます。けれど、そのどん底で、加形さんは別の働き方に出会いました。

加形:自分の仕事に自信がない時期はその後も続きましたが、以前から得意だったワークショップの設計やファシリテーションでとても喜ばれた案件もあって。自分一人で戦略を考えるのではなく、立場の違う人たちが、楽しく議論し、いい考えにたどり着けるプロジェクトの設計で貢献する道もあるのではないか、と思うようになりました。

新しいプロジェクトに入るたび、何十冊もの本を読むという加形さん。同僚から「勉強、好きだよね」と言われて、それが自分の持ち味なのかもしれないと気付いたのも、この頃だったといいます。

加形:戦略策定の専門家としては、正直かなわない人がたくさんいる。でも、「勝てない土俵で戦うより、別の場所で輝けばいい」と思えるようになった。

一人一人の違いが力に変わるようにプロジェクト全体を設計して、一人では思いつかない知恵を引き出すために、自分自身も最善の準備を尽くし、仮説を持っていく、というつもりで仕事に取り組んでいます。

同じコミュニティの中にいるだけでは見えにくい組み合わせが、複数の場所に身を置いているからこそ見えてくることがある。普通なら交わらない人や知恵が出会うことで、思わぬ突破口になることもあるそうです。

知らない世界に、飛び込み続ける

加形さんが続けている活動には、どれも「知らない世界に、自分から飛び込んでいく」という共通点があるように感じました。

40代になってから東京大学の大学院で都市工学を学び直したのも、その一つです。 

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加形:大学院で面白かったのは、SNSの“共通の友人”が一人もいない人たちが集まっていたこと。おじさんになると、共通の知り合いが50人くらいいて盛り上がるけれど、それって結局、人間関係の「エコーチェンバー」の中にいる、ということでもある。だから、意識的に外へ出たいんです。

学問でも業界でもいいですが、6~7年に1度くらいは、自分が経験したことがない世界に飛び込んでみる。それくらいのつもりでいると、世界の見え方が豊かになる気がしています。次は、お笑いの学校か、芸術系の大学に行こうかなと。学費は、もう調べました(笑)。

加形さんにとって大学院は、知識を学ぶ場というだけではなかったようです。仕事をしながら夜間、学校に通う人たちと出会い、尊敬できる人が増える。そのこと自体が人生の豊かさにつながるのだと話していました。

居場所は、一つじゃなくていい

最後に、加形さんはこんな話をしてくれました。

加形:自分が主役、というより……いろいろな人が「そこに行きたい」と思えるような、いいパブみたいな場をつくりたいんですよね。そこに来ると、いろいろな話が聞けて、心を開いて、楽しい未来の話ができる。そういう場を。


取材を終えてしばらくして、加形さんからメッセージが届きました。

取材後メッセージ
「いやーーーー、ありがとうございました。あんなに熱心に話をきいていただいて幸せな夜だったなー、と思いながら流し帰りの電車でかみしめてました」


なんだか、加形さんらしいなと思いました。
取材で印象に残ったのは、人や仕事への感謝の大きさ。これまで助けてもらった人たちの話が自然と出てくるし、仕事を任されることへのありがたさも何度も口にする。どうすれば自分が活躍できるかというより、どうすればこの場の役に立てるか。その視点が、一貫しているように感じました。

居場所は、一つじゃなくていい。

会社の中でも外でも、自分なりに関われる場所を少しずつ増やしていく。その積み重ねが、加形さんの働き方をつくってきたのかもしれません。
次回も、自分なりの働き方・生き方をしている人のもとへ、話を聞きに行きます。

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著者

加形 拓也

加形 拓也

株式会社 電通

グローバル・ビジネス・センター

チーフビジネスデザインディレクター

電通マーケティング部門~電通デジタル~電通コンサルティングで保険会社の2050年構想/自動車会社のスマートシティ構想/食品企業の新事業など、企業の事業デザインをサポート。現在は日本の他にインド・ASEAN・中国・台湾で事業構想やサービスデザインに関わる。都市工学をバックグラウンドとしたコンサルティングと縦割りを打破していくファシリテーションが得意。電通相撲部主将。右四つ。得意技は下手投げ。

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