AIに選ばれ、記憶に残るブランドになるには
生活者の情報接触がAI経由へ移行すると、企業が出す情報の作り方やコミュニケーションの考え方も変わっていきます。これまで企業が届けてきた情報は、主に人に向けたものでした。しかし今後は、人だけでなく、その人のパーソナルAIエージェントにも理解される情報設計が求められるようになります。
後編では、AIがメディア化する時代に、企業はどのように情報を作り、どのように生活者との関係を築いていくべきかを考えます。さらに、AI経由の情報接触が増えるからこそ高まる、リアルな体験や場所の価値についても見直します。
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AIが新しいメディアになる
これまで生活者は、マスメディアをはじめ、ウェブサイトやSNS、検索エンジンなどを通じて情報に触れるのが当たり前でした。しかしAIが普及すれば、発信されている情報を自身の目で見る機会が減り、AIが必要な情報を整理して生活者からの質問に答える場面が増えていきます。生活者にとって最初の情報接点が、パーソナルAIエージェントになる可能性が高いということです。
この傾向を「AIのメディア化」といいます。企業コミュニケーションにおいて、企業が考えるべき相手も人間だけに限らず、AI向けが増えていくでしょう。AIに正しく読み取られ、評価され、生活者に伝えられる情報をどう設計するかも重要になっていきます。
まずは、 企業と生活者の接点が人間ではなくパーソナルAIエージェントへと移行するB2A (Business to Agent)というフェーズを迎え、いずれは、パーソナルAIエージェントが、企業側のAIエージェントと、エージェント同士でやり取りし、購買プロセスなどを実行するA2A(Agent to Agent)コミュニケーションモデルが定着していきます。
前編で出た、「『意思決定の重さ×関与』の4象限」の考え方に基づくと、企業の側には、例えば日用品では、AIが安定的に選ぶ対象になるための情報整備が必要になり、趣味領域では、選ぶプロセスそのものを楽しくする体験設計が求められてくるでしょう。さらに、保険や住宅ローンのように自分では判断しづらい領域では、中立的に理解されるための根拠や説明力が必要になり、キャリア、進学、結婚など自分で決めたい領域では、生活者の価値観に寄り添うことが大きな意味を持ちます。
AIは、生活者の意思決定を一律に軽くするのではなく、象限ごとに競争ルールを変えます。日用品や「いつもの予約」はAIに任せやすい一方、趣味や学び、キャリア、進学のようにプロセスそのものが大切な領域では、AIは壁打ち役として機能し、最終的には人が決めることが望まれます。
企業に求められるのは、AIにただ情報を渡すことではなく、その商品やサービスが、生活者のどの意思決定領域にあり、どのような文脈で意味を持つのかを設計することです。
企業の相手は「人」だけではなくなる
これまで広告やPRは、いかに情報を絞り、山を作り、注目を集めるかが重要でした。その価値は今後もなくなりません。一方で、AIが参照する情報は、企業サイトやPR記事、比較情報、商品レビュー、SNS上の評判など多岐にわたります。
AIが情報を検索し、比較し、要約し、生活者ごとの文脈に再構成するなら、企業はAIが読み取り、評価しやすい情報を提供する持つ必要があるため、「人に届く情報」と「AIに読まれる情報」の両方を設計しなければなりません。
このときに重要になるのが、企業がAIエージェントに向けて情報を届けるB2A (Business to Agent)と、生活者のパーソナルAIエージェントと企業側のAIエージェントがやり取りし、購買や検討プロセスの一部を担うA2A(Agent to Agent)コミュニケーションという考え方です。企業は「AIに理解される情報」を意識することが求められ、マーケティングやコンテンツ配信の手法も、アンケート調査やCRM(顧客管理)を中心としたものから、パーソナルAIエージェントとのダイレクトな通信へと広がっていく可能性があります。
情報は「削ってシンプル」よりも、AIのために「たくさん残す」
これまで人向けのコミュニケーションでは、わかりやすさを優先して削られてきた情報も、AIが生活者の関心軸に合わせて再構成するAI時代には、重要な情報資産になります。
例えば、同じ商品であっても、エシカル意識が高い生活者には、原材料の調達背景や開発ストーリーが、機能に関心がある生活者には、成分や効能、細かなスペックが、生活改善に関心がある生活者には、日常での暮らし中における効果が伝わりやすいため、生活者ごとに異なる文脈で再構成して情報を提供するようになります。
企業がこれまで公開してこなかった商品の背景やバリューチェーンも、ブランド価値を伝える武器になります。単なる機能や価格だけでなく、なぜその商品をつくったのか、どのような素材を選び、どのような生活者の課題を解決しようとしているのか。AIが読み取りやすい形でこうした情報を継続的に開示することが重要になります。その結果、生活者は「このブランドは自分に合っている」「この商品は自分の価値観に近い」といった解釈をしやすくなります。
情報の価値は「わかりやすい一言」だけではなく、「生活者の中で意味を持てるだけの奥行き」によって決まっていくので、企業は何を残し、どのような粒度でAIが参照できる状態にしておくかを考えることが求められます。
これまでのPRでは、露出量や一時的な話題化が重視される場面が多くありました。しかしAIが情報を参照する時代には、情報が一瞬で消費されるだけでなく、長く残り、繰り返し参照されることも重要になります。AIが継続的に参照する「残る情報資産」をどのように社会に蓄積していくかが、これからの情報戦略やPR戦略の論点になります。
AI時代の情報設計に必要なのは「スロードーパミン」
AIにより情報接触が高速化した現在、生活者の関心は立ち上がるスピードが速くなった一方で、次の情報によって上書きされ、忘れられるスピードも速くなっています。一時的な注目を集めることは以前より容易になりましたが、それが生活者の記憶や行動として定着するとは限りません。さらにAIが最適な答えを先回りして提示するようになると、探す、迷う、偶然出合う、自分で選ぶといった過程まで短縮されていく可能性があります。
そこで私たちが着目しているのが、「スロードーパミン」という考え方です。ドーパミンは快感や幸福を感じさせるホルモンで、何かを得た瞬間だけでなく、「手に入りそうだ」という期待や、そこへ向かう意欲にも関わるとされています。
私たちはこれをAIの体験設計に当てはめ、すぐに満足へ到達するのではなく、期待し、発見し、自分で選ぶ過程まで含めて楽しさを育てる体験を、「スロードーパミン」と呼んでいます。AIによる最適化が進む時代だからこそ、満足に向かう時間そのものにも価値が生まれるのではないか、という仮説です。
これは、単に情報を小出しにしたり、生活者を待たせたりすることではありません。例えば旅行では、AIに最適なプランを決めてもらうだけでなく、行き先を調べ、現地で何をしようかと想像し、偶然見つけた場所を予定に加える時間にも楽しさがあります。趣味や旅行のように、選ぶ過程そのものが体験になる領域では、AIが正解を先回りしすぎず、生活者自身が探索や発見を楽しめる余白を残すことが重要です。
企業に求められるのは、強い刺激で瞬間的な注目を集め続けることではありません。広告や情報をきっかけに、生活者が自ら調べ、別の情報やリアルな体験に出合い、最後に「これは自分に合っている」と意味づけられるようにする。生活者にとって負担となる探索や比較はAIで軽くしながら、その人が楽しみたいこと、自分で選びたいことには関与できる余白を残す。
どこを効率化し、どこに期待や発見の時間を残すかを見極めることが、AI時代の体験設計では重要になります。
リアル体験の価値が高まっていく
AI時代には、人が実際にブランドを見たり、触れたりするリアル体験の価値はむしろ高まる可能性があります。屋外のプロモーションやイベント、店舗、体験型展示などは、人が直接ブランドを見たり、触れたり、記憶したりする重要な接点です。
AIは「なぜそれを気にするのか」「なぜ自分にとって意味があるのか」という感覚までは代替できません。人が「あれを見た」「あの体験が気になった」とパーソナルAIエージェントに話しかければ、その体験はAI側にも入力され、次の推薦や情報接触の文脈に組み込まれます。リアル体験は単発の接触ではなく、AIが生活者の関心を理解し直すためのデータにもなり得るのです。
デジタル上で情報を整備することと、リアルな場でブランドを感じてもらうことは、別々の施策ではなく、相互に補完し合う関係になっていきます。企業は、最短距離で正解を提示するだけではなく、生活者自身が発見し、納得し、関心を深められる余白を設計することが求められます。世界観やブランドを感じられるメディアとして、場所をメディア化する動きも出てくるかもしれません。
AIが参照し続ける「残る情報資産」と、人の記憶に残る「残る体験」の両方を積み重ねながら、長期的な関係を育てていく発想こそが、AI時代におけるブランドづくりの新たな競争力になっていくでしょう。
AI時代の企業コミュニケーションは、単に新しいチャネルを増やすことや、AIが読み取れる情報構造を持つブランドにするだけでは十分ではありません。人に届ける情報と、AIに理解される情報をどう組み合わせるか。そして、生活者一人一人のブランドイメージと情報を結びつけ、個人にとって意味のあるナラティブをどう生み出すかが問われます。
これから重要になるのは、「なぜこの商品なのか」「なぜこのブランドなのか」が、生活者の文脈の中で自然に理解されることです。
AI時代に選ばれるブランドとは、生活者が「自分で選びたい」と思える余白を持ち、リアルな体験や世界観を通じて記憶に残るブランドでもあります。その両輪を設計することが、AI時代の新しいコミュニケーションの出発点になるのではないでしょうか。
<研究協力者>
立命館大学 経営学部教授 依田祐一(専門:ビジネスシステム)
立命館大学 経営学部教授 日高優一郎(専門:マーケティング)
立命館大学 経営学部教授 寺﨑新一郎(専門:マーケティング)
立命館大学 経営学部教授 後藤智(専門:デザインマネジメント)
福井工業大学 経営情報学部 准教授 兼 立命館大学 OIC総合研究機構 客員研究員 麻里久(専門:マーケティング)
著者

吉田 健太郎
株式会社電通
第4マーケティング局 未来シナリオコンサルティング部/未来事業創研ファウンダー

木幡 容子
株式会社 電通
CXクリエイティブセンター 未来の暮らし研究部
プロデューサー

土屋 泰洋
株式会社電通
zero/Dentsu Lab Tokyo
クリエーティブ・テクノロジスト/リサーチャー

岸本 和也
株式会社 電通
Dentsu Lab Tokyo
クリエイティブテクノロジスト/コミュニケーションデザイナー

平位 怜
株式会社電通
第4マーケティング局未来シナリオコンサルティング部
アソシエイト・プランナー






