AIは生活者の情報行動をどう変えるのか
生成AIの普及と進化、そして今後はパーソナルAIエージェントの普及が進むことが予測され、情報を見つけて、活用し、判断するといった生活者の「情報行動」は大きな転換点を迎えています。検索エンジンやSNSで情報を探す時代から、AIとの対話を通じて情報を得る時代への変化は、生活者の意思決定や企業のマーケティング戦略のあり方にも影響を及ぼし始めています。
企業に早期の対応が求められる中、生活者・企業・メディアの未来などについて、dentsu Japan AIセンター内のAI Labsのメンバーと日本マーケティング学会AI研究会の皆さま、および立命館大学経営学部などの先生方と議論を交わしました。議論から得られたポイントをまとめて紹介します。
前編では、生活者の情報接触、選択、自己理解がどのように変わるのか、後編では、その変化を受けて、企業の情報発信、ブランドづくり、広告やリアル体験の価値がどのように変わるのかを考えていきます。
これからのAI時代に覚えておきたいキーワード〈生活者変化編〉はこちら
「検索の前提」を変える「スマホのAI化」
生成AIは、もはや先進層だけのツールではなく、広く生活者の日常の判断を支えるものへ移行し始めています。そして生成AIは生活者が操作して使用するアプリから自律的に動作するエージェント化へのシフトが始まりました。生活者から依頼を受けたAIが、カレンダーやメール、地図、SNS、ECサイトなどのアプリをまたいで、情報収集や実行を担うようになり、アプリの一つとして扱われるだけではなく、スマートフォンのOSに近いところにAIが入っていくでしょう。実際に、AppleはパーソナルアシスタントSiri AIを、Googleも「Gemini Intelligence」を発表しているように、これから「スマホのAI化」が進んでいきます。
ユーザーがAIエージェントにアプリアクセスの許可を与えることで、例えば、過去に探していた商品がフリマアプリに出たときにAIが知らせてくれる。予定表や位置情報から、今から行きやすい店を評判や混雑状況を踏まえて提案してくれる。その日に会う人物に関連するニュースを調べ、要点をまとめてくれる──。情報を得るために検索エンジンに入力するのではなく、生活者との対話を蓄積したAIが情報を拾い、整理し、提案してくれるようになります。
目的に応じて質問をし、指示をしていた生成AI利用にとどまらず、生活者一人一人の志向や目的に合わせて自律的に判断や行動を担う「パーソナルAIエージェント」が普及していくでしょう。
AIに任せる領域と人が決める領域
生活者の代わりに自律的に判断や行動をするパーソナルAIエージェントが広がっても、全ての意思決定がAIに置き換わるわけではありません。情報量が増え続ける現代において、生活者が抱える課題は「多すぎる情報の中から何を選ぶか」です。選択肢が増えることは豊かさの指標になる一方、最適な選択肢を見つけることは簡単ではありません。
AIに任せるか、AIをサポート役として自身で決める領域か否かは、4象限で整理できます。4象限は、自分が関与したいか否かの「関与度合い」と、判断が自身の人生に大きく作用するかどうかで測る「意思決定の重さ」の2軸で整理できます。例えば、意思決定が軽く関与も低いトイレットペーパーなどの日用品は、AIに判断や購買を任せる領域になりやすいでしょう。一方で、趣味や学び、遊びのように失敗してもいいので、プロセス自体を楽しみたい領域は、自身で選択・行動を続ける可能性が高いでしょう。
AIを使わないことが幸せ?
AI時代のキーワードの一つが「最適化」です。
そもそも「最適化」とはどういうことなのか。よく使われる言葉ですが抽象度が高く厳密な定義をせずに使われることが多い言葉です。AI時代の「最適化」は企業目線の投資効率を向上させる最適化から、ユーザー目線の最適化へのシフトが大きな変化として予測されます。そしてユーザー目線の最適化はウェルビーイングの要素として選択肢と自己決定が挙げられているように、人が自分で決めることができる選択肢にしてくれることと定義しています。
つまり、情報量が増え続ける中で生活者から求められるのは、探索や比較、選択の負荷を下げながら、自分にとって意味があり、納得できる情報にたどり着きやすくすることです。最適化が進めば、生活者にとって不要な情報は減り、必要な情報を早く入手できるようになります。最適化は、生活者の欲求に応えるものとして広がっていくでしょう。
一方で、重要になるのが「判断過程の不可視化」との向き合い方です。最適化が進めば進むほど、判断過程は見えにくくなります。候補の除外や優先順位づけ、タイミング、言い方の調整といった、生活者が判断する前の工程はAIが処理するようになります。生活者自身は「自分で選んだ」「自分で決めた」と感じていても、実際にはその時点で、目の前に現れる選択肢や判断の方向性の大部分がAIによってあらかじめ形づくられている可能性があります。つまり、生活者に残されるのは「何を選択肢にするか」という判断ではなく、「提示された中から何を選ぶか」という最終判断になっていくということです。
AIの普及に伴って発生する、この「判断過程の不可視化」にどう向き合うかが重要な論点です。例えば生活者は、なんとなく買ったものより、欲しいと思って買ったものの方がうれしく、高い価値を感じるはずです。自己判断や自己決定は人にとっての幸せなので、もはや、AIを使わないことが幸せという価値観も生まれてくるかもしれません。
生活者の自己理解を深めるAI
過度な最適化への反動として、計画していなかった発見や偶然の出会い「セレンディピティ」への欲求が高まる可能性があります。それは、言葉や商品・サービスにその人なりの意味が付与されることにもつながります。
そこで重要になるのが「ナラティブ」です。
商品・サービスに受け手が自身の価値観や経験を投影することで、自分なりの解釈を可能にする枠組みです。AIは、情報を要約するだけではなく、生活者の知識レベルや状況に合わせて事実を再構成し、「この人にとって納得しやすい文脈」に翻訳して届けます。
例えば、これまで美容にあまり関心がなかった男子大学生が、AIから「最近人にどう見えるかを気にする回数が増えています」と伝えられたとします。AIが鏡や駅のガラスを見る頻度、男子大学生が友人から「疲れて見える」と言われた経験などを踏まえ、男子大学生は自分と他者から見える印象のギャップに気づきます。「顔色や表情を改善したい」という文脈が立ち上がり、元気に見えるための選択肢としてコンシーラーやスキンケアに関心を持つようになります。その時、それらは美容商品ではなく、「自分と他者から見える印象のギャップを埋める手段」として意味を持ちます。
同様に、スマホの使用時間や頻度 などから、起床時刻や睡眠時間が推察できるため、「AIが最近よく眠れていますか」と聞いてくることで、睡眠関連のソリューションに関心を持つ可能性も考えられます。
AIとの対話は「自分」をどう変える? AIドロステ効果とは
従来、自己理解は、内省や他者との対話、SNSへの投稿などを通じて形成されてきましたが、今後はAIが自己理解のプロセスに入り込んでくるようになります。
生活者の経験や感情、意思決定の理由を言語化し、整理して再提示するパーソナルAIエージェント。それによって整理された自己像を前提に、AIとの対話が行われます。自己物語が再帰的に強化されていき、個人とAIの対話の中で自己理解が高速に回る構造ができあがります。これを、画像の中に同じ画像が縮小されて入る無限の入れ子構造「ドロステ効果」にちなんで「AIドロステ効果」と呼びます。
AIとの対話を通じて、これまで言語化していなかった自分の価値観やパターンに気づき、自己理解が深まる半面、自己像が固定化されたり、他者との摩擦や多様な視点から学ぶ機会が減ったりする可能性もあるため、注意も必要です。もしかしたら、人間同士のコミュニケーションも減ってしまうかもしれません。
AI時代の自己理解は、便利な鏡を手に入れることに近いですが、その鏡が映す自分だけを信じすぎない設計も、同時に求められるでしょう。
こうした自己理解の変化は、個人の内面だけにとどまりません。AIが生活者の関心や状態、自己物語を踏まえて情報を届けるようになると、企業の情報発信やブランドのあり方も変わっていく可能性があります。後編では、こうした生活者の変化を受けて、企業の情報発信やブランドづくりがどう変わるのかを考えます。
〈研究協力者〉
立命館大学 経営学部教授 依田祐一(専門:ビジネスシステム)
立命館大学 経営学部教授 日高優一郎(専門:マーケティング)
立命館大学 経営学部教授 寺﨑新一郎(専門:マーケティング)
立命館大学 経営学部教授 後藤智(専門:デザインマネジメント)
福井工業大学 経営情報学部 准教授 兼 立命館大学 OIC総合研究機構 客員研究員 麻里久(専門:マーケティング)
著者

吉田 健太郎
株式会社電通
ソリューションクリエーションセンター/未来事業創研ファウンダー
第4マーケティング局 チーフ・ディレクター

木幡 容子
株式会社 電通
CXCC Dentsu Lab Tokyo
プロデューサー

土屋 泰洋
株式会社電通
zero/Dentsu Lab Tokyo
クリエーティブ・テクノロジスト/リサーチャー

岸本 和也
株式会社 電通
Dentsu Lab Tokyo
クリエイティブテクノロジスト/コミュニケーションデザイナー

平位 怜
株式会社電通
第4マーケティング局未来シナリオコンサルティング部
アソシエイト・プランナー









