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【続】ろーかる・ぐるぐるNo.31

ぐるぐるの父「SECI」

2014/05/15

『ネットワーク時代の組織戦略』(第一法規発行)

 

昨年6月に他界したぼくの父親は、ひとことで申せばメチャクチャな人でした。銀座のお煎餅屋さんとか四谷のふりかけ屋さんとか、いまでも設計した建物はいくつか残っている一方で、新橋にある工務店の跡取りとして育ったせいか派手好きでワガママ。しかも女性が大好きで、銀座で豪遊し、家の外で怪しい活動をした結果、離婚され、会社をつぶして財産を失っても最期の最期まで身近なご婦人方に迷惑をかけ続けたようです。そんな人なので経営学の本なんて読むわけもないのですが、ぼくが大学に入ってすぐのことだったでしょうか。新橋の事務所へ遊びに行ったときにもらったのが『ネットワーク時代の組織戦略』でした。妙なものを受け取ってしまった気がしてパラパラめくっておしまい。その後も長らく本棚の奥底に放置してしまったのですが、いま考えるとこれが野中郁次郎先生のご著書を初めて手にした瞬間でした。


野中先生の『知識創造企業』は、従来は情報伝達経路としか見られていなかった「組織」を、ミドルマネージメントが主人公となって知識創造する主体としてとらえなおし、イノベーションを起こす仕組みを説明した世界的名著です。そして入社後10年以上がたって改めてこの本を読み返したときに感じたのは、手前味噌にはなりますが「つまり電通は世界で最も多くの組織的な知識創造をしてきた企業なのでは!?」ということでした。

たとえば野中先生はイノベーションを起こすために「職能横断的な異質性を持つチーム」に「事情が許すかぎり、個人のレベルで自由な行動を認める」ことが必要だとおっしゃっています。そして「『おれの仕事はここからで、お前の仕事はそこからだ』というものではないということでした。全員が初めから終わりまで走らなければならないのです」とあります。

一方、電通が広告キャンペーンをつくる時は営業を中心にクリエーティブやマーケティング、メディア、PRなど「職能横断的な異質性を持つチーム」が組織され、かなりの割合で自由な行動が認められます。そして時に営業はクリエーティブのように、マーケティングはメディアのように、それぞれの職能を飛び越えて機能することが期待されます。クライアント各社の商品ごと、キャンペーンごとにメンバーが集められては解散するので、電通が創業以来組んだプロジェクトチームの数は世界中のどの企業よりも多いのではないか?と思えるほどです。

SECIプロセス 四つのモード


そして野中先生によれば、イノベーションを起こすプロジェクトチームはSECIと呼ばれるプロセスを経るといいます。最初のモードである①Socialization(共同化)においては、上司からミッションを伝えられたミドルマネージメントを中心にチーム全員で肩書や資格を問わずに語り合い、思い(暗黙知)を共有します。続く②Externalization(表出化)においてその思いを明確なコンセプトにし、③Combination(連結化)でコンセプトに従って新しい具体策を再構成します。そしてそれを行動や実践に移すことで、新たな経験がメンバーに蓄積されるのが④Internalization(内面化)です。「暗黙知と形式知」「個人と組織」、このふたつの相互作用を通じて、4つのモードが無限のスパイラルとして機能することによって組織はイノベーションを起こすことができる、ということです。

電通が広告キャンペーンをつくる時も、このSECIと似たようなプロセスを経ます。クライアントからオリエンテーションを受けるとすぐチーム全員で語り合い、思いを共有します。そして大きな方向性をコンセプトで表し、それに従って各メンバーが具体策をつくります。そしてキャンペーンが実施に移ると、メンバーはそれぞれ新しい思いを持ち、またみんなで集まって共有して…というスパイラルです。
プロジェクトチームのつくり方も、作業の進め方もまさにSECI通り。こうして「電通は世界で最も多くのイノベーティブな思考を経験してきた企業なのだ!」と確信したことがアイデアづくりの方法論である「ぐるぐる思考」をまとめようと思った大きなきっかけでした。

実務の現場では退屈な内容説明になりがちな「コンセプト」が、野中先生がおっしゃる本来の意味からすれば、広告業界の「(ビッグ)アイデア」と本質的には同じものであるべきだということ(参照:第19回)。だからこそ電通にはあらゆる企業にイノベーションを引き起こせるユニークな思考プロセスがあるということ。これが父であるSECIから引き継いだ、ぐるぐる思考の大きな主張です。

さて。次回は「ぐるぐる思考の兄弟」についてです。

どうぞ召し上がれ!