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で、結局サービスデザインってどう実践すればいいの?No.4

もしも、悪人だらけの中でairbnbを使ったら

2015/06/12

サービス開発の現場ではよく「エクスペリエンスが大事」「この部分のエクスペリエンスが悪いので設計を再考した方が良い」などの声が聞かれます。エクスペリエンスというのは、顧客がサービスを利用した時に味わうすべての経験を指しています。今日では、世の中に出ている商品やサービスにほとんど機能的な差異がなくなってきているため、ユーザーが求める機能要素をきちんと備えているのはもちろん、どんな環境下にあってもそこで味わえる感覚が心地よいものかどうかで、サービスの価値が決定します。

この「どんな環境下にあっても」ということが非常に大事で、サービス自体に責任があろうがなかろうが、ユーザーが不満を感じる前に気を回して、先手先手でユーザーエクスペリエンスを下げるリスクをつぶしていくことが重要になります。まさに『頭は常に全回転、八方に気を配って、一部の隙もあってはならぬ。サービスとはそのようなものだ。』と電通第4代社長吉田秀雄氏の遺訓である「鬼十則」でも記されている通りのことを、最先端のサービス開発の現場でもまた求めれらているというわけです。

そのための手法の一つとしてとして「デザイン・シナリオ」というものがあります。「デザイン・シナリオ」とは、詳細まで設定されたできるだけ真実味のあるストーリーをつくり上げ、特定の人物像や人間関係、社会環境などの下で新しいサービスを実施したときに何が起こるかを検証する方法です。

さらにその「デザイン・シナリオ」の中の手法の一つとして、既存のサービスに対して「どんな場合に状況がさらに悪化するか?」を突き詰める「ネガティブシナリオ」という方法があります。これは、現状ではうまくいっているサービスのリスクを分析すると場合などに使われます。検証は、テキストで書いて行われることもあれば、時には紙芝居を作ったり、動画を作成したりして行われることもあります。

実際にデザイン・シナリオがどう使われるのかを、昨今ユーザーを増やし、まさに今進化を続けているシェアリングサービス(※)を例に考えてみたいと思います。

※シェアリングサービスとは、空き「スペース」、空き「時間」、空き「自動車」など稼働していないリソースを有効活用するサービスを指します。こうしたシェアのビジネスモデル自体は、インターネット黎明期から存在していましたが、一昔前まではシリコンバレーという超特殊な環境でしか成立しなかったり、供給側のメリットを上手く設計できていなかったりで、生まれては消えを繰り返してきた歴史がありました。それが、スマートフォンの日常生活への浸透、個人認証機能としてFacebookのインフラ化、非IT系な人々のITリテラシーが飛躍的に向上したことなどが相互に作用し、エクスペリエンスが急激に上がったことで、昨今一気に世間に広まったサービスが次々と生まれています。世界的にみると、シェアリングサービスの普及は、所有の枠・範囲があいまいな市場やリソースの遊休状態となる時間が長い市場から順に起きており、これまでモノを買ってもらうことで利益を得ていた企業・市場も変革の時を迎えています。

もしも、悪人ばかりの国でairbnbを使ってみたら

さて、今回は代表的なシェアビジネスの一つである、世界中の空き部屋と旅行者をマッチングし取引を仲介するサービス「airbnb」を例にとってシェアリングサービスの抱えるリスクとそのヘッジの仕方について「デザイン・シナリオ」を使って検証します。

airbnbでは、旅行者として宿に泊まる人を「ゲスト」、宿を貸す人を「ホスト」と呼んでいます。ゲストとしてairbnbを使う際の基本的なサービスの流れは、以下のようになっています。

①プロフィールを登録する⇒②宿を選ぶ⇒③支払い手続きをする⇒④旅行先でホストと合流し鍵を受け取る⇒⑤宿泊する

ここで、先ほどご紹介した「ネガティブシナリオ」を用いて、ゲストとホストが悪意を持ってairbnbを使うとどうなるかという検証を試みます。

「もしも、ゲストが悪人ならまず何をするか?」当然、悪用やいたずら目的ででたらめなプロフィールを登録しますよね。しかしairbnbでは、宿を選ぶ段になるとFacebookやGoogleのアカウントの登録やパスポート写真の送付を求められるので、いたずらプロフィールは淘汰されてしまうシステムになっています。また、ホスト側は予約が成立する前に認証済の電話番号・接続済みのSNSをチェックすることが可能なので、いたずらが疑われるものは事前に却下できます。

加えて、ゲストがドタキャンをできないように、旅行先でホストと合流し鍵を受け取る前に支払い手続きが必要で、airbnb側が一旦宿泊料金預かるという仕組みを取っています。このようにゲストとしてairbnbを悪用することは非常に難しいシステムとなっています。

イメージ:もしも、悪人だらけの中でairbnbを使ったら… ©内山 佳子

次に、悪人がホストとしてairbnbを使う場合を考えます。ホストとしての基本的なサービスの流れは、以下のようになっています。

①宿を登録する⇒②ゲストからの予約を受け付ける⇒③予約が成立する⇒④鍵を渡して宿の説明をする⇒⑤airbnbからお金の受け取り

まずお金の受け取りですが、airbnbを経由しての送金が必須となっているため、お金だけ取って部屋には泊めないということは出来ません。そして何といっても、ホストは常にゲストからのレビューを受け、レビューが悪ければ悪いほど検索結果の下の方に追いやられる仕組みになっています。

ここでホストが悪人なら「良いレビューを付けないともてなしませんよ」とゲストに電話で脅しをかけるかもしれません。しかし、レビューはゲストが宿に泊まり終わった「後」に書く決まりになっているので、先に良いレビューを書かせておくことはできません。ゲストは事前に提示された宿泊金額さえ支払えばよく、良いレビューが書かれた後にホストが「器物の破損が見つかった」などといちゃもんを付けて高額の請求を送りつけたとしても、ゲストに心当たりがなければ最低レビューを付けられて検索結果で奈落の底に落とされます。また、逆に事実にないことがレビューに書かれた場合などはairbnbにレポートできる仕組みも用意されています。

このようにairbnbでは、シェアリングサービスで起こりうるリスクを先回りして、悪人が淘汰されるシステムをすでに内包しています。また、それでもトラブルに遭った場合は最高1億円まで補償される「ホスト保証」やゲストへの返金ポリシーも用意されており、airbnbから損害補償金が支払われる上に、加害側には強制退会処分などの厳しい措置が行われるようです。

もちろん、多くのシェアリングサービスが安心して使える世の中になるには、もう少し時間が必要ですが、airbnbのような多くの淘汰を乗り越えてきているサービスでは、リスクの回避という面でも、サービスのエクスペリエンスに大きく影響する要因を分析し、検討を重ねているということが見て取れます。

サービス設計について議論する際に一番難しいポイントは、サービスが無形であるという事実にどう対処するかということです。それを克服するための手段として、今回紹介したデザイン・シナリオなど、議論に参加する人がイマジネーションを膨らませられるような工夫が効力を発揮します。