今こそ医療にDXを。医療崩壊と戦う、渋谷区医師会の挑戦
2020/12/15
新型コロナウイルスの流行により、日本の地域医療におけるさまざまな課題が浮き彫りになりました。
コロナ禍以前からITを活用した医療システム全体の改革に取り組んでいた渋谷区医師会は、「かかりつけ医を持たない地域住民や地域で働く方が多い」という課題を解決する手段のひとつとして、医療機関予約/デジタル問診システム「CLIEN(クリエン)」を導入しています。
今、地域医療の現場で起こっている問題とは?それを解決するためにできることとは?
CLIENが目指す地域医療の在り方を、渋谷区医師会の事例と共に紹介します。
コロナ禍で浮き彫りになった、「かかりつけ医」の認知不足
CLIENは、近くのクリニックや病院を検索・予約でき、さらに事前に問診票を入力して予約したクリニックや病院に送ることができるサービスです。パソコンはもちろん、スマホひとつで検索・予約・問診票入力などができる点が特長で、幅広い世代が直感的に操作できるようシンプルな設計にもこだわっています。
また、データ連携によって患者さんがどんな心身の悩みを抱えているのか、この地域ではどんな病気が流行しているのかといった情報が蓄積できるため、患者さん一人ひとりに最適な医療サービスを迅速に提供できるようになります。
今、コロナショックで「医療崩壊」が世間の注目を集めています。公的機関での危機を引き起こした原因のひとつは、「かかりつけ医」を持たない人の問い合わせが、保健所へ集中したことでした。
しかし、この「かかりつけ医がいない」という問題はコロナ以前から起きていたことで、コロナが収束すれば解決する話ではありません。一人でも多くの人に、いつでも頼れるクリニックや病院を見つけてもらう。そのためには、いかに生活者にとって使いやすく、地域の人と医療機関が連携しやすいサービスを提供できるかが重要です。
日本の医療体制や技術は世界トップの水準を誇りますが、日本人の医療に対する満足度は先進国でワーストレベルにあるといわれています。いまだに問診票が手書きだったり、電話予約しかできなかったりする利便性の課題。いざ病気やけがをしたときにどのクリニックが一番合うのかを知らないという情報不足。ユーザー目線で考えると、これらの解消が解決法のひとつに挙げられます。
こうした課題をデジタルの力を駆使して解決に導くのが、CLIENというサービスなのです。
渋谷区医師会と二人三脚でCLIENを開発
今回のCLIEN開発に当たって、全面的に協力してくださったのが渋谷区医師会です。
もともとウェブサイトのリニューアルで相談があったのですが、詳しく伺ってみると、医療機関検索を取り入れたい、「かかりつけ医」の認知を広げたいという要望がありました。さらにITの中心地に暮らす人たちとの親和性も高いため、まだ開発段階だったCLIENをご提案すると、パートナーとして一緒に事業を進めてもらえることになりました。
急ピッチで開発をしていたちょうどその頃、世の中ではコロナ感染者が急増。かかりつけ医の重要性を地域の人たちに呼びかけるべく、スクランブル交差点でCLIENのCMを流すと予想以上の反響があり、改めて地域住民と医療機関がつながることの大切さを実感しました。
さて、電通と二人三脚でCLIENの開発をサポートしてくださった渋谷区医師会ですが、コロナ以前からITを活用した医療システムの改革に挑戦し、コロナ禍でも地域の医療崩壊を防ぐための取り組みを精力的に行っています。
今回は地域医療を支える立場から、コロナ禍で見えてきた課題や、医療崩壊を引き起こさないために私たちにできることを教えてもらうべく、CLIENプロジェクト責任者のアーロン・ズー氏が渋谷区医師会で会長を務めるリー啓子氏にインタビューしました。
IT中心地・観光地の渋谷に、ITを駆使した情報共有は欠かせない
アーロン:はじめに、渋谷区医師会はコロナ以前からITを軸にした改革に取り組まれていたと思いますが、どのような課題意識があったのでしょうか?
リー:2019年に現体制となり、渋谷区医師会として「国の医療体制を見極めながら、渋谷区という地域に根ざした保健・医療・介護を展開していく」という大枠の方針が決まりました。その方針の下、医師会のシステム全体の改革に取り組んでいたのですが、その中でも地域の方々へのITを駆使した情報共有やニーズのキャッチアップが大きな課題でした。
アーロン:渋谷区には名だたるIT企業やベンチャーがひしめき合っているので、ITリテラシーの高い方が多くいらっしゃる印象です。
リー:はい、渋谷区民や渋谷区で働く方々に加えて、今はコロナ禍で少なくなりましたが、本来は観光スポットとして、さまざまな国・地域から観光客が訪れる街でもあります。そういった方々も含めて、迅速かつ効果的な情報提供・共有を行い、また地域の方々の医療に対するニーズを把握する。そのような双方向のコミュニケーションをIT活用で実現すべく、まず着手したのがウェブサイトのリニューアルでした。
アーロン:そのお手伝いをさせていただくことになったのですが、話を伺えば伺うほど、これはウェブサイトを作り直すだけでは解決できない問題だと思いまして(笑)。ちょうど開発に着手し始めていたCLIENを提案させてもらいました。
リー:誰もが使いやすくて便利ですし、医療機関にとっても地域住民のニーズや状況を把握して連携できるサービスだと思いました。
なんとしてでも医療崩壊を防ぐべく、地域連携に奔走
アーロン:ちょうどその時期に、コロナ感染者が一気に拡大しました。改めて、コロナ禍で浮き彫りになった課題はありますか?
リー:まず国レベルでいうと、アメリカの疾病予防管理センター(CDC)のような感染症のコントロールセンターが十分に確立されていなかったことが明らかになりました。これは早急に立ち上げて運営していく必要があります。
また、日本には感染症の専門医が実は少なく、一般病院に感染症専門医が必ずいるとは限りません。現在の新型コロナウイルス感染症に関する文献発表数も海外諸国に比べると極端に少ないです。
つまり、日本全体で感染症の認知・知識が不足しており、その結果、感染症への風評被害がかなり起きているのが実情です。
アーロン:感染症に対する正しい知識が足りなくて、正しい情報を伝えられる専門家の数も少ない。確かにいろいろな情報が錯綜していて、みんな不安になりますよね。
リー:今ここで私たちがしっかりと感染症について学ばないと、この先また新興感染症や新型インフルエンザが流行したときに、医療崩壊だけでなく医療機関の経営崩壊も引き起こしかねないという危機感を抱いています。そのためには、ITを駆使した迅速な情報提供・共有も非常に重要な一手であると、改めて痛感しています。
アーロン:コロナ禍で渋谷区医師会はどのようなことに取り組まれたのでしょうか?
リー:2020年1月に国内初のCOVID-19発症事例が報告されてから、われわれは区内基幹病院、渋谷区、保健所と連携し、クリニックへの対応や区民の健康を守るための迅速な情報共有に努めてきました。しかし2月末には区内の基幹病院で感染者の受け入れが許容範囲を超え、早くも渋谷区の医療は危機的状況に陥りかけました。
医療崩壊は絶対に起こしてはならないと、渋谷区、保健所、基幹病院と緊急会議を開き、発熱患者に対応するための医療機関対応チャートなどを作成。災害用に備蓄していたサージカルマスクや予防衣などを緊急性の高い医療機関に配布しました。
4月には医師会主導でPCR検査室を開設し、保健所から紹介された患者のPCR検査を開始。現在はクリニックなどから紹介があった患者の検査も受け入れ、区内でPCR検査を実施している医療機関の取りまとめも行っています。
アーロン:刻一刻と変化する状況に合わせて、各機関が一体となって迅速かつ、きめ細かな対応を行っているのですね。
リー:はい。とにかく各機関と連携して対応することが大切で、患者の皆さんがスムーズに受診や検査を受けられるようにするための体制づくりが欠かせません。
アーロン:地域医療のハブである医師会として連携を強化すると同時に、地域に住んでいる人、地域で働く人たちがどんな医療課題を抱えているのか、常にリアルタイムで分析して、できるだけ早く適切な情報を提供していくことも必要ですよね。
リー:コロナ禍で、渋谷区民や渋谷区内で働く方々にとって、かかりつけ医を持つことの重要性が改めて分かってきたと思います。かかりつけ医を探すに当たってCLIENはその一端を担ってくれると思っています。
かかりつけ医を通して必要なときに病院を受診することができるようになると、特に病院救急外来の医療崩壊を防ぐ一助になると考えます。
アーロン:その一助になれていたらうれしいです。日本の医療水準は世界的に見てもトップクラスなのに、患者のニーズに応えられている医療機関はまだ少ないのが現状です。世代や地域を超えてCLIENを根付かせることで、患者さんとお医者さんをつなぐことに少しでも貢献したいと思っています。
リー:コロナ感染はまだまだ予断を許さない状況。医師会として発熱患者の皆さんが確実に、迅速に医療サービスを受けられるように、CLIENも活用しながらサポートし、絶対に医療崩壊を引き起こさないように気を引き締めて取り組んでいきます。
アーロン:今後ともよろしくお願いいたします。本日はありがとうございました。
今回、リー会長から医療の課題やそれに対する取り組みについて、いろいろと伺いましたが、ITリテラシーの向上やデータ活用に関する課題は、医療業界に限られたことではありません。
リモート会議やキャッシュレス、さらに紙などのデジタル化の必要性は、だいぶ前からいわれてきたことです。ただ、それがあまり進んでこなかったのが現実でした。
特に日本のような社会基盤が整っている国は、どうしても新しいものと既存のものとの親和性が大きな課題となってしまいます。他国が後発的な状況にもかかわらず、どんどんIT活用を進めている例を見ると、やはり日本にはもっと頑張ってほしいな、と思ってしまいます。
そういった意味でも、この仕事が日本の発展に大きく貢献できるように、これからも尽力していきたいと思います。