DENTSU DESIRE DESIGNが考える、「欲望理論」からのマーケティング再構築No.15
「もの」基準から「ひと」基準へ!“心が動く新商品開発”って?
2024/09/20
「DENTSU DESIRE DESIGN(電通デザイアデザイン:以下DDD)」は、企業から見えにくくなってきた現代の消費者像を、今一度「欲望(Desire)」を起点とした消費意識からひもとこうとするプロジェクトです。
DDDでは、“顧客の心の奥底にある「欲望」を具体化し、それを満たす”ことを目的とした「心が動く新商品開発プログラム」を提供しています。このプログラムはDDDが活動の中で見いだした現代の新たな「11の欲望」と、定期的に実施してきた「心が動く消費調査」のデータベースに集約される、のべ約2万人分のリアルな声を基に、消費者の欲望視点から新商品の開発に伴走するものです。
2023年8月、創業100年を迎えた老舗米菓店「中央軒煎餅」において、同プログラムを活用した商品開発プロジェクトがスタート。事前インプットやDDDメンバーも含めたワークショップを経て、約10カ月の短期間で新商品「ディップするおかき」が誕生しました。
今回は、プロジェクトに参加した、中央軒煎餅商品部の北岡睦紀氏、西村洋子氏、佐藤靖子氏と、DDDの福井常晶氏、立木学之氏による座談会を実施。プロジェクトで取り組んだ内容と、ワークショップを通して得られた気づきや自身の変化などについて語り合いました。
■プロジェクト導入の経緯などについてはこちらをご覧ください
<目次>
▼現代の新たな「11の欲望」を起点に、生活者のインサイトから“逆算”する商品開発
▼データを生かした「納得感あるターゲット設定」が、商品開発を加速させる
▼電通とのタッグで踏み出した “未知の領域”。
ハードルの高いチャレンジが連携強化のきっかけに
▼短期間での開発実現のカギは、役割分担と全員参加の意見交換
▼欲望は時代とともに変わるもの。長いスパンを見据えた新たな視点を
提供していきたい
現代の新たな「11の欲望」を起点に、生活者のインサイトから“逆算”する商品開発
立木:今回「11の欲望」を起点とした、「心が動く新商品開発プログラム」に一緒に取り組みました。まずは実際に参加されて、これまで貴社で行われていた商品開発の手法やフローとどのような点が違うと感じたかお聞かせください。
北岡:これまで当社では、新商品の情報収集やコンセプトの設計において、「もの」を基準に考えてきました。当社は米菓の中でも主に贈答品などギフトマーケット向けの商品を販売しています。その中で、同業他社やマーケットの状況、支持されている商品などを分析し、オリジナリティを付加価値として提供してきたのです。
自社のマーケティングでもお客さまの購買行動については可視化できましたが、「なぜこの商品が欲しかったのか」といったインサイトまでは見えず、そのデータもありませんでした。今回、生活者の生の声を「11の欲望」観点でまとめて提供していただき、そのインサイトからお客さまが本当に欲しいものを逆算する新たな商品開発の流れができたと感じています。
西村:北岡の話どおり、これまでの商品開発は、当社が得意なおかきを追求したり、販売現場から季節に合わせた味の提案があったりと、私たちの都合からお客さまに提供したい商品を考える、狭い視点のスタートになっていたと思います。
今回は、生活者の「欲望」を起点とした商品開発ということで、お客さまが商品を買うとき、その裏で「どんな気持ちを満たしたいのか」までを考えてのスタート。今までとは全く違うプロセスで、むしろ、なぜその点を考えてこなかったのかという気付きがありました。
佐藤:これまで商品設計をするときには、すでにターゲット像や方向性が大体決まった状態でスタートすることの方が多かったため、私たち自身がゼロベースでアイデア出しから始め、中身も考えていく開発は本当に新鮮で、わくわくする方法でしたね。
立木:ありがとうございます。お三方とも共通しているこれまでとの相違点は、DDDが提供した情報やデータをベースに、お客さまの本心を考えるところから商品開発した点ですね。本プロジェクトではまず、DDDによる事前勉強会を開催しました。その後データベースから抽出した、消費によって心が動いたときの気持ちなどに関する調査の、フリーアンサー(以降FA)を大量に読んでいただきました。ワークショップ前の準備についてはいかがでしたか?
佐藤:FAをすべて読み解くのは大変でしたが、同時にとても楽しくてハマってしまいました。自分自身も回答者の気持ちに共感できる答えが多くてとても読み応えがあり、時間はかかりましたが、貴重な経験でした。
立木:「心が動く消費調査」の回答数は現在延べ2万件超まで増えています。確かに読んでいくと、例えば自分が大きな買い物をしたときの“言い訳”を書いている人がいたり、人となりが見えてくる点は興味深いですよね。
その後のワークショップでは、参加者が各自持ち寄った気になるFAから、内包された欲望が近いものをグルーピングし「欲望ハッシュタグ」を付けました。さらにそのハッシュタグを基にターゲットのイメージや欲望が満たされた状態を考え、そこに応える商品のアイデア出しへと進んだわけですが、ワークショップについての感想もお聞かせください。
西村:私が面白いなと思ったのは、例えば「アフタヌーンティーを楽しむために専用スタンドを買って、満たされた」という回答に対して、「この人はきっと細部までこだわりたいタイプ」と読み解いた人もいれば、「友達を呼んで、専用スタンドを出すことでおしゃれな人だと思われたいのでは」と承認欲求に言及した人もいたことです。同じ回答を見ても、考える人次第で、異なる欲求が見えてくるのだなと。
ワークショップのアイデア出しでも、電通の方、当社の工場担当者、営業担当者、店舗販売員と多彩なメンバーがいたので、商品部だけで考えたときの「自社で“できること”は何か」という視点にとどまらない意見が出てきました。新商品を買うことによる「わくわく感」や、心が動くものは何かというディスカッションができたのは、すごく楽しかったです。
データを生かした「納得感あるターゲット設定」が、商品開発を加速させる
立木:プログラムを進める中での発見や学びがありましたら教えてください。
北岡:さまざまなインプットをいただく中で、どの欲望にフォーカスするかをベースとして、開発の方向性を固めることができました。自分たちが想像していたクラスターとは違った部分もあり、その点に生活者のリアルな声とデータが生かされていたと思います。
経験則からの判断だけではなく、そうしたデータを見て設定された方向性にはとても納得感がありました。同時に、その納得感あるターゲット設定をできたことが、その後の商品開発自体にも、そのスピード感にもプラスになったと考えています。
立木:本プログラムは、データベースの情報をふまえて商品開発の方向性を見定めるものとして用意していましたが、実際に今までになかった方法として受け取っていただけて良かったです。
福井:「11の欲望」に関する説明をどこまでするかを含め、事前のインプット情報が多かったので、参加者の皆さまには負荷が大きかったかもしれません。私自身としては、11の欲望がそれぞれどんなものかはそれほど大事ではなく、お客さまが潜在的に何を望んでいるかや、「心が動く」ってどういうことかを考えながら、商品開発に取り組んでいただければ良いと思っていました。そこはうまく達成できたと考えています。
佐藤:「 11の欲望」については、名前の付け方がとても面白くて。「無理のない自由への欲望」や「守りたいものがある欲望」など、表には出にくい“本当の気持ち”に近いものがストレートなワードで書かれていたので、見ただけでイメージが湧きました。情報量としては確かに多かったのですが、それぞれの感じ方・考え方が分かりやすく、しっくりきましたね。
立木:「欲求」を言語化したものはよくありますが、このネーミングはDDDでもこだわっていたところです。「11の欲望」は、1~2カ月をかけて生み出したものなので、そこを良かったと言ってもらえるのはうれしいですね。
今回、FAの読み込みとワークショップに向けた宿題は、DDDのメンバーも一緒に行い、意見を持ち寄りました。われわれはファシリテーターでもありますが、全員が同じ目線でワークショップに臨むことを大事にしたのがポイントだったと考えています。
福井: そうですね。私たちの意見を聞いて、皆さんも「もっと自由に、制約なくアイデアを出していいんだ」と思ってもらうことが目的の一つにありました。今回の場合は、「おいしいおかきを食べたい」といった気持ちのもっと手前にある「欲望」から考えていった結果が、最終的に49個にも及ぶたくさんのアイデア創出につながったのではないでしょうか。
電通とのタッグで踏み出した “未知の領域”。ハードルの高いチャレンジが連携強化のきっかけに
立木:ワークショップで発案された49個のアイデアから、「ディップするおかき」が選ばれ、開発フェーズへと入りました。アイデア選定から発売まで半年弱というかなり短期間での開発となりましたが、実際現場で苦労されたのはどんな点でしたか?
西村:最終的には「ディップするおかき」と、日本各地にあるさまざまなしょうゆを使った「醤油、漫遊記(仮)」という商品に絞られ、どちらにするかの議論は非常に白熱しました。どちらを選んだ人もその「理由」を明確に求められたりして、まず決定自体に勇気がいる商品だったと感じています。
結果的に「ディップするおかき」に決まりましたが、私たちはおかき作りの専門家ではあるものの、ディップ用のソースは全く異なるジャンルです。どう開発を進めていいかがまず分からず、ギフトとしては「日持ち」の課題もあります。そもそもソース屋さんはどこに依頼したらいいのかから始まり、本当に未知のことだらけでした。
それでも、電通さんと組んだことで、一歩踏み出す勇気を持ってこの新商品を作りたい!と満場一致で決められた。これまでアイデアがあっても、実現性などのハードルから却下されていたような商品にチャレンジできたこと自体が大きかったと思います。
立木:新領域というと大げさかもしれませんが、拡張領域に踏み出すことができたのですね。
西村:はい。始まってみると分からないなりにも楽しめ、スケジュールが厳しい中でも、これから新しい商品を生み出していくわくわく感を持って進めることができましたね。
佐藤:スケジュールについては、どこも外せないフェーズだったので覚悟を決めて取り組みました。ソースはもちろん、おかきもディップしやすい形状や食感を検討しながら開発しました。大変ではあったのですが、協力会社や工場も含めて、より密に連携を取る一つのきっかけにもなりました。この取り組みを通じて気楽に声をかけられる関係性が作れたところは本当に良かったです。
短期間での開発実現のカギは、役割分担と全員参加の意見交換
立木:開発フェーズ以降は福井と、同じくDDDメンバーの千葉貴志がメインで伴走をさせていただきました。DDDが役に立ったと思われる点があれば教えてください。
西村:特に印象に残っているのは、商品名へのアドバイスです。当初「ディップdeおかき」とか「ディップライスバー」といったおしゃれな商品名も出ていましたが、千葉さんからお店で見たときにパッと目に留まる“違和感”みたいなものがあって、なおかつ商品がどういうものかすぐ伝わる名前がいいといわれ、そのまま「ディップするおかき」になりました。
スケジュールに関しては、密に連絡を取りながらグイグイと引っ張っていただきました。当社からハードなスケジュール感で依頼をしながらも、やはり不安を感じていた中、最初にフェーズごとのタスクを整理した骨組みを作ってくださったことで、安心して進めることができたように思います。
福井:ワークショップでアイデアが出ても、実際の商品化に至らないケースは多くあります。本当に商品化しようとするとハードな日程となり、結局ある程度遅れてしまうものなんです。
その中で、中央軒煎餅さんはワークショップ後、半年弱で商品化を進められた。それも妥協を一切することなく、試作品の製作やパッケージ化といった工程を進められて、技術力はもちろん、推進力の大きさに感動しました。
北岡:短期のスケジュールをどう乗り切るかという部分では、私たちは中身の商品開発に専念し、マーケティングなどはDDDチームにお任せしたメリットも大きかったように思います。もしそこまで自社で行っていたら、この開発スピードは実現できなかった。
福井:それぞれの役割を持ちつつ、しっかりコミュニケーションを取りながら進めた点が大きかったかもしれませんね。
開発中は週に1回オンラインミーティングで情報と意見交換をさせていただきましたが、本当にわれわれが答えていいのかという部分まで意見を聞いてくださり、もはや中央軒煎餅さんの一員のように、気兼ねなくお話ができました。われわれも開発フェーズで、ここまで状況をキャッチアップしながら関われる機会はなかなかないので、とても貴重な経験になりました。
西村:確かに社内でも、佐藤と私が商品自体の設計・開発、北岡が店舗への陳列方法の検討やサンプル作成、プロモーションをメインで行う役割でしたが、会議は全員参加で、気兼ねなく意見を言い合っていました。私たちだけでなく、ワークショップに参加した商品部や営業部、工場のメンバーも巻き込んでサポートをお願いしたり、店舗にも月に1回行われる販売者会議で状況を共有して、プロジェクトメンバー全員参加の状態でした。チャットを活用してみんなで活発に意見交換しており、現在もその方法は継続中です。
欲望は時代とともに変わるもの。長いスパンを見据えた新たな視点を提供していきたい
立木:今回の取り組み全体を経て、商品開発における意識やアクションなど、ご自身の中の変化はありましたか?
北岡:今までは「もの」起点の考えだったため、お客さまには「持ち歩きやすさ」などの機能性をどう伝えるかという視点で販促プロモーションをすることが多くありました。プロジェクトへの参加を通じ、その点でも「お客さまにどういう気持ちになってもらいたいか」やインサイトを意識しながら、考えることが多くなったように思います。
今回が電通さんとの初めてのお仕事でしたが、新たなマーケティングプロセスも取り入れていきたいという希望や、全社で商品開発に取り組んでみたいといった、さまざまな要素をお伝えし、商品化まで伴走していただけたのは大きな経験になりました。
西村:私も、お客さまが商品を買うときにどんな気持ちになってもらいたいかをまず考えるようになりましたね。なぜこの商品、なぜこの味にするのか。その裏で、お客さまのどんな欲を満たしたいのか……と、お客さま自身について今はすごく考えています。また、多彩な人と協力することで、このスピード感でも商品化できると分かったのも良い経験でした。
同時に、プログラムを振り返ると本当に楽しかったの一言です。その楽しさが、商品開発ではとても大事な要素なのだと思います。私たち自身が楽しくなければ、お客さまに楽しんでいただける商品は生まれません。電通さんとのタッグで、そうした点がお客さまにも伝わる商品を作ることができて良かったです。
佐藤:中身の設計においては、「ディップする」ことによる味の変化などを考えて開発したことで、より味に対して敏感になりました。加えて、どの商品に対しても、味を「言葉で伝える」にはどう表現するのが良いのか、今までないくらい考えたと感じています。商品の良さを伝える言葉を、周りとも話し合いながら考えていく開発は初めてでしたが、これから先も必要な視点なので、この経験を今後も大切に積み重ねていきたい。こうした開発の方法を若手にもつないでいけたら、当社にとっての宝物になると思います。
福井:われわれにとっても大きかったのは、ワークショップでのアイデア出しにとどまらず、商品化までを伴走させていただけた点だと思います。プロダクト開発、プロモーション、さらに皆さんから情報をほぼ開示いただき、「Place」と「Price」に至るまで、いわゆるマーケティングの4P全てに携わることができました。
それも単純に「面白い新商品」ではなく、中央軒煎餅さんの主力の一つとして次につなげられるような商品に位置づけられたのはありがたかったです。この経験は他のクライアントさんの新商品開発やブランディング、マーケティング計画に活かせたらと思います。
立木:現在の「11の欲望」は今の時代に視点を置いて見いだしたものです。中央軒煎餅さんはすごいスピード感で商品を作っていただいたので、それを生かした商品ができましたが、商材によっては3年先や5年、10年先に市場に出てくるものもある。自動車など短いスパンで商品化できない商品に応用する手法を開発・検証中です。
電通内には「11の欲望」が未来にはどうなるか?の議論をしている別のプロジェクトもあります。そこと“今の時代”を切り取ったものをいかに融和させていくのかが今後のカギ。「11の欲望」自体も、時代の変化や消費者の価値観変化などを捉えて今後も見直しを進めていく予定ですが、もう少し長いスパンを見据えたものを生み出していけたらいいと考えています。本日はありがとうございました。