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eコマース・ブランディングNo.1

そのECサイトで買う理由は何ですか

2015/11/20

インフォバーン・小林氏(左)と電通・三橋氏

インターネットを介して決済や売買を行う取引形態を指すEコマース。その現状とこれからを、各業界の先端を行く人物との対談で解き明かしていく本連載。第一回の今回は、電通のEC&システム・ソリューション部の三橋良平氏が、デジタルマーケティングやウェブの運用を手がけるインフォバーン代表取締役CVOの小林弘人氏を訪ね、刻々と変化するEコマースとメディアを取り巻く状況について話を聞いた。

※この対談の模様は、ECの未来を考えるメディア「New Commerce Hub」でも後日詳しく紹介いたします。

Eコマースが提供する情報の価値

三橋:雑誌編集長から一転、いちはやくコンテンツを主体としたウェブマーケティングや企業のメディア立ち上げや運営の支援などに関わってこられた小林さんですが、Eコマースとは普段どのように関わっているのでしょうか?

小林:インフォバーングループでは業務として企業のデジタルブランディング支援や自社のEコマースサイト「マチヤ(http://machi-ya.jp/)」の立ち上げを行ってきましたが、本日は前提として1人のユーザーとしてお話ししたいと思います。まず、個人的にはEコマースをかなり利用しています。また、今後コンテンツマーケティングとEコマースを融合した「コンテンツコマース(顧客に対して価値のある情報を提供することで、商品への興味を喚起し、購買意欲を高める販売手法)」に大きな可能性を感じています。

三橋:最近は電通にも「Eコマースサイトに適合するコンテンツを作ってほしい」という依頼を多くいただくようになりました。「ギズモード・ジャパン」などがEコマースサイトへ上手に誘導しているのを見ると「これは結構売れているのでは…?」と思ったりするのですが、実際のところ売り上げはいかがですか?

小林:おかげさまで弊社グループのメディアが商品を紹介した場合、ポジティブな反応がかなりあると聞いています。やはりユーザーの関心も最初から高いため、編集部が熱を込めて語れば、それなりの反応は返ってくるのだな、と感じています。

三橋:今の消費者はそのあたりを見極められる目を持っていますね。

小林:それはとても感じています。最近ではサイトを見たユーザーの態度変容が数値として調べられるようになったので、分析も行っています。

三橋:そういった視点で見ると、ユーザーにとってEコマースとは商品ではなく情報を買うツールなのかもしれません。

小林:そうですね。わたしは一時期、軍用腕時計(ミリタリー・ウオッチ)にハマっていたことがあったのですが、当時ネットでミリタリー・ウオッチのブランド名を検索すると、あるEコマースサイトがヒットしたのです。そこには商品のスペックだけではなく、それがどこの軍隊で採用されているもので、どんな点が優れているのかまで書かれていました。まさに、雑誌の「モノ・マガジン」を彷彿させ、あれこそがコンテンツコマース活用の一例だと感じています。

三橋:その商品について詳しい専門家から買いたい、というのは誰もが感じることですし、そこでどれだけ濃い情報を提供してあげられるかは、買い手にとってもひとつの判断基準になりますね。

価格競争時代の終焉と、Eコマースが抱える課題

三橋:個人的に、日本のEコマースサイトは見て楽しめたり役に立ったりする情報に価値の比重をいまだに置ききれていないと感じています。1997年に楽天市場が立ち上がって以来、商品の価格差でしか他社との差別化を図れないサイトが多い印象を受けるのですが、小林さんは日本のEコマースにどのような課題を感じていますか?

小林:ユーザーエクスペリエンスがまったくできていないな、というのが正直な印象です。例えばあるユーザーがデパートで目ぼしい商品を見つけたとします。そのユーザーはEコマースサイトでその商品を探し購入するため、実店舗には商品の実物を確かめるだけの来店となります。

三橋:たしかに、それは感じますね。

小林:本来であれば、そういった「ショールーミングユーザー(店頭では商品の現物を見て質感などを確認するだけで、購入は安価なネット通販で済ますという消費者)」を捉えるためには、導線はオンラインとオフラインを行き来させる必要があります。

たとえば、わたしの興味に即したコンテンツがメールで届き、そこに記載された商品にわたしが興味を持つとします。ランチタイムや仕事の帰りに実店舗に行って試着して、購入はEコマースで、という一連の流れ、つまりどのようなユーザー体験(エクスペリエンス)を与えるべきかを考えるべきなのです。これはもはやビジネスモデルの問題ですね。この一連のユーザー体験をEコマースだけではなく、実店舗も含めて異なる組織を超えて統合できれば、かなり強力なのですが…。

三橋:組織の体質や成り立ちが、そういったユーザー体験を阻害している部分は確かにありますね。

小林:同じ組織内でも、社員同士が互いの管轄に固執してしまうと難しいです。この課題には、実は日本の企業の組織形態の問題そのものが含まれていると思います。

三橋:そうなるとEコマースだけの話ではなく、かなり大きな課題になってきますが、小林さんはどこから手をつけるべきだと思いますか?

小林:既存の組織での実現は難しいと思います。新しいビークルを作って、新規事業として立ち上げるしかないのでは、と思います。

三橋:そうですね。今の日本の組織構造を壊すというのは困難だと思います。

小林:しかし、たとえば既存の企業で一連のユーザー体験を実現しようとするのであれば、社内の部署を横断して「カスタマージャーニーマップ(顧客のニーズを満たすために用意すべき施策や、その施策によってもたらされる顧客の心理などを、時間の流れに沿って視覚的に表現するモデル)」を作ってみる、というのはいいと思います。どの部分の顧客体験がうまく機能していないかが見えてくれば、次は「どうやってその課題を解決していくか」という姿勢に変わっていきますから。

三橋:カスタマージャーニーマップをしっかりと描いて、そこから必要な機能をサイトに落とし込む、ということを電通のEC&システム・ソリューション部でも実践しています。それによってユーザー個人の体験だけではなく、企業とユーザーとの共有体験も提供していくのが重要なのでは、と考えています。

いま注目のEコマースサイトと、その未来

三橋:最近ではさまざまな形態のEコマースサイトが立ち上がってきました。いま小林さんが注目しているサイトはありますか?

小林:アメリカの「Thrillist(https://www.thrillist.com)」というコンテンツコマースサイトは面白いな、と思いました。このサイトはライフスタイルマガジンの構造になっていて、中身を読んでみると「ピザのケーキがあるよ」といったような記事があります。実際にレシピも載っていたりします。それと同時に注目のガジェットの紹介や使い方も掲載されている。根っこの部分で「ライフスタイルを提案する」という姿勢を貫きながらも、自分たちの琴線に触れた商品だけを紹介しているのです。

三橋:商品そのものだけを並べて終わりではないのですね。

小林:たとえば自分がショップの店員だったら、店で扱っている商品を自分が気に入らなくてもお客さんにプッシュせざるを得ないと思います。しかし、Thrillistが面白いのはメディアの立ち位置から「こういうライフスタイルはどう?」と提案して、そのサイト内で実際に商品を購入することもできる構造になっている点です。これこそがコンテンツコマースの未来像だな、と感じますし、売り手も買い手もワクワクしますね。

三橋:Thrillistは、まさにEコマースとメディアが融合した形というわけですね。

小林:そういう意味では、今後はEコマースとメディアの線引きが徐々に曖昧になっていくと思います。たとえばアメリカの「ローカルモーターズ」という会社は、車を開発する過程を劇場型でユーザーに見せることで、ユーザー体験を提供する、ある種のメディアのような形を取っています。デザイナーが提案した車にユーザーが投票し、実際に購入することもできるので、車の製造とメディアとEコマースがすべて一体化しているのです。そのような動きを見ていると、今後はEコマースという言葉自体がなくなっていくのでは、と思いますね。

いま、オウンドメディアが求められる理由

三橋:この数年で、Eコマースを行っている会社を含め、多くの企業がオウンドメディアを立ち上げるようになりました。ここまでオウンドメディアが増えたのはなぜだと思いますか?

小林:わたしはオウンドメディアという言葉がなかった十数年以上前から自社メディアの開設と運用を企業に提案し続けてきました。当時は周囲からの反応もイマイチでしたが、今ではオーディエンスのデータを取得できるようになったこともあり、外部の媒体に記事を出すよりも自社でデータを取ることにメリットを見いだす企業が増えています。

また、最近では高機能ながらオープンソースのCMSもあるので、メディアを作ること自体がそれほど難しくなく、そのハードルが下がったこともひとつの要因かもしれません。あとはSNSでの拡散なども分析できるようになっているので、必然性を感じてオウンドメディアに取り組み始めているのではないでしょうか。

三橋:なるほど。しかしこれだけメディアが増えてくると、他との差別化にも工夫が必要になりますよね。これから新規でオウンドメディアを立ち上げる場合、大切なものはなんだと思いますか?

小林:それはどんなサイトを立ち上げるかによって違ってくるので、共通の解はありません。しかし、ライバルを出し抜くには、これまでのように商品のスペックを並べているだけでは通用しないことは確かです。

例えば、「このカーナビには何万件のデータを登録できます」と言われたところで、消費者は「あぁ、そうですか」としか思いませんよね。企業がオウンドメディアを立ち上げる理由は、商品が消費者にとってどれだけ価値があるのか、あるいは本当に人生を豊かにしてくれるのか、ビジョンを示すことが必要だからです。そして、それを表現するのがコンテンツなのです。多くのものが横並びの現在、スペックや価格のみで訴求できないことをコンテンツコマースが解決すると考えています。


【編集後記】Eコマース時代の新たなる幕開け

ここ数年で急激に、ネットで商品を売ったり買ったりすることが身近になり、更には、商品の評判や口コミを見たり、価格を比較したりすることも簡単に出来るようになりました。

このような状況の変化から、お店側は「商品を売る」という意識だけが先行してしまい、他店よりも安く!といった価格競争に陥りやすくなっているのではないでしょうか。

実店舗では手に取って商品を見られることや店員さんと直接のコミュニケーションが可能な一方で、ライフスタイルやストーリーの中で商品訴求することや継続的にコミュニケーションが取れることはEコマースが普及した今だからこそできると言えるでしょう。

そんな「体験」や「ストーリー」と合わせて商品価値を提供し、「顧客への体験価値を最大化する」方法を徹底的に探求していくことが、Eコマースビジネスにおける成功の鍵になっていくのではないかと感じました。