雑誌「BRUTUS」 は、なぜ「動画」で成功したのか?
2025/06/25
雑誌や書籍作りで培った出版社のクリエイティブ力やブランド力が、いま注目されています。本連載では、世の中のマーケターに向けて、さまざまなテーマでいまの時代における出版社のアセットやコンテンツ作りを紹介しながら、出版業界を活用するヒントをお届けします。
初回のテーマは、「動画」。動画コンテンツに力を入れるメディアが増えている昨今、出版社が描く動画戦略とは?数あるマガジンハウスの雑誌の中でいち早く動画施策に力を入れて成功を収めた「BRUTUS」の取り組みを紹介します。
ゲストは、雑誌「BRUTUS」編集長の田島朗(たじま・ろう)氏と、マガジンハウスのビジネスプロデュース部部長の長勲(ちょう・いさお)氏。聞き手は、動画をはじめとしたデジタルソリューション開発を進めている、電通出版ビジネス・プロデュース局(以下、出版BP局)の中村一喜(なかむら・かずき)氏です。
マガジンハウス
anan、POPEYE、クロワッサン、BRUTUS、Tarzan、Hanako、GINZA、CasaBRUTUS、ku:nel、&Premiumの定期刊行雑誌をはじめ、書籍、ムック、ウェブマガジンなどを幅広く手掛ける、日本を代表する出版社。

雑誌ビジネスのエコシステム再構築には、「動画」が重要なツールになる
中村:はじめに自己紹介をお願いします。
田島:2021年12月からBRUTUSの編集長を務めています。また、執行役員として、マガジンハウスが定期刊行する雑誌10誌について、編集担当役員と各雑誌のブランド戦略について議論したり、今年80周年を迎えるマガジンハウスがこの秋に行う周年イベントの企画運営に携わっています。
長:ビジネスプロデュース部の部長として、広告主と向き合いながら、マガジンハウスのさまざまなメディアの広告売り上げの最大化に取り組んでいます。それと並行して、当社のDXを推進しています。新規事業開発部にも所属し、マガジンハウス80周年の施策や新しいビジネス事業開発にも携わっています。
中村:今回、「出版社×動画」というテーマでお話を伺いたいと考えています。現在、動画は興隆期で、2024年日本の広告費を見ても、「ビデオ(動画)広告」は、前年比123.0%の 8439億円と、広告種別の中で最も高い成長率を記録しました。広告種別における構成比は28.5%となり、日本の広告費の推定開始以降初めてディスプレー広告(構成比25.8%)を上回る結果となっています。
参考記事
「2024年インターネット広告媒体費」解説。ビデオ(動画)広告の成長はさらに加速。ソーシャル広告費が1兆円を突破
私たち電通出版BP局は、普段から、田島さん、長さんとお仕事をさせていただいていますが、マガジンハウスさんも動画の企画が大変増えていますよね。なぜ貴社は動画に着目されているのかを教えていただけますか?
長:出版社にとって動画は大変重要になっています。はじめにその背景をお話ししますね。出版市場は、雑誌や本の売り上げに大きく左右されますが、いまは生活者がデジタルシフトしたこともあり、書店がどんどん減っています。
私が出版社に入って一番驚いたというか、コンテンツ以外で「これが出版社の肝だ」と思ったのは、ディストリビューション(流通)の強さです。本や雑誌を作ったら、それがすぐ全国に一斉に流通して、書店で売ってもらえる。これは一般的なメーカーでは、なかなかあり得ないことです。私たちの先輩や取次、書店の皆さまが築き上げてくださった強固な流通システムが、出版社の強さを支えていたと思います。
中村:支えていた、ということは、いまは変わりつつある、と。
長:はい。出版社の売り上げを支える要素は、マーケティング的にいろいろ分解できますが、コンテンツ以外で私たちがフォーカスすべきは、「配荷率(店舗で買える状況にある確率)」と、本や雑誌の「認知率」だと、私は考えています。ところがいまは生活者のデジタルシフトにより、書店が減る→配荷が減る→認知が減る→売り上げが減る→書店が減るという負のループに陥っています。
なので、良いコンテンツを作っても、以前ほど生活者に認知されず、売り上げにつながりにくくなっています。市場規模の縮小、メディアとしての影響力の低下、広告の売り上げ減少という課題を出版社が抱えている中で、私たちは広告の売り上げはもちろん、根幹である販売利益を支える配荷率と認知率をどう改善していくかを考える必要があります。
とはいえ、配荷率については書店減少の課題もあり、個社の努力だけではすぐに改善できないところではあります。しかし、コンテンツを生活者にもっと届ける方法はあると思い、デジタル化を進め、例えば、当社の雑誌サイトの充実を図ってきました。
中でも、いまはソーシャルプラットフォームに最も多くユーザーが集まっています。ソーシャルプラットフォームが、広告マネタイズすることに重きを置く中で、ユーザーの滞在時間やエンゲージメントをおそらく最重要指標にしている。そのとき、一番効果的なのが動画と考えているようで、特に新規のユーザーには動画が最優先で配信されるアルゴリズムになりつつあると思います。
今後、ますますソーシャルプラットフォームが動画化していくと考えると、配荷率と認知率を高めるためには、私たちは雑誌や本を作るだけではではなく、ソーシャルプラットフォームのアルゴリズムを学び、ハックして、自分たちのコンテンツを届きやすくするようにしなければなりません。
中村:雑誌ビジネスのエコシステムを再構築するためには認知率が重要で、そのために動画が重要なツールになっているということですね。
長:そうです。とはいえ動画が大事だと分かっていても、コンテンツメーカーではない会社がゼロから始めるのは、実は結構ハードル高いと考えています。その点、私たちはコンテンツを常に作っている会社なので、いろいろできることはあると思っています。マガジンハウスのコンテンツ制作の延長線上に動画制作の良いルーティンを作ることで、コンテンツを届ける力を強くすることができないかと。ですから、雑誌の販売と広告営業の両面において、動画がいま大事だと考えているのです。

動画施策を始めて、BRUTUSの完売が増えた
中村:ここからは、BRUTUSの動画の取り組みについてお聞きします。BRUTUSは、2023年5月から動画施策「BRUTUS ORIGINAL MOVIE」をスタートしましたよね。どのような内容でしょうか?
田島:BRUTUSの特集からスピンオフした動画シリーズで、映像ならではの視点で、特集をより楽しむための動画を毎号お届けしています。マガジンハウスの雑誌の中では、BRUTUSが先陣を切って、動画施策に積極的に取り組んできました。
中村:数あるマガジンハウスの雑誌の中で、なぜBRUTUSが先陣を切ったのですか?
長:そもそもマガジンハウスで動画施策を行うといっても、すんなりとはいかない状況でした。やはり、紙(雑誌)を作りたくて編集者になった人が多いので、すぐに「動画をやろう」という空気にはなりません。
そのような状況の中で、ビジネスの観点から、私たちが考えたポイントが2つあります。1つは、動画を作ってビジネス的に大成功させること。多少反響があったぐらいでは、社内の空気は変わらないと思ったのです。もう1つは、マガジンハウスが定期刊行している10の雑誌の中から、動画施策の効果が出やすいものを選ぶことです。そのためには、動画制作の協力体制がすばやくきちんと敷ける雑誌を選ぶことが肝でした。
この2つのポイントを踏まえた結果、BRUTUSがベストだと考えました。編集長の田島は、以前から動画の重要性を感じていましたから、前のめりでやってもらえるだろうと。体制については、BRUTUSに動画専門のスタッフがいなかったので、外部からアサインし、BRUTUSをメインに活動しつつ、他ブランドの相談にものっていただける体制をつくりました。
中村:動画をスタートするにあたり、編集部員の皆さんの反応はいかがでしたか?
田島:まあ、すんなりやろうという感じには……(笑)。動画制作は専門外でしたし、手間がかかって仕事量も増える。なので、「なぜ動画をやるのか」という理由を伝え、「編集者として紙だけではなく動画というフィールドに取り組むことはコンテンツ表現の幅が広がるので絶対楽しいよ」と言い続けて、編集部員に納得してもらいました。

長:動画のコンテンツ作りでは、「BRUTUSらしい動画とは何か」を議論しましたよね。その結果、「2週間に1回、いろいろな特集を出していることが一番のBRUTUSらしさではないか」という話になりました。
そこで、特集テーマに沿ったオリジナル動画を作れば、2週間に1回必ずアップできるし、BRUTUSは多種多様なテーマを扱っているので、いろいろなレファレンスが作れて、広告的にもさまざまな業界や企業にアピールできると考えました。
田島:動画を作るときに気を付けたことがあります。普通の発想だと、動画は紙(雑誌)を売るための宣伝的な位置づけになってしまう。例えば、紙の撮影のときに動画チームを入れて、撮影の合間にカメラを回し、「今回はこんな特集です」と紹介するようなものになりがちです。それだと動画は永遠に紙のサブ的な扱いにしかならない。
そこで、特集テーマについて、この企画は紙で表現する、こちらの企画は動画で見せるという発想で作ってほしいと編集部員にお願いしました。結果的に、動画のコンテンツは、紙では一切取り扱っていないようなオリジナルの企画が生まれるように。読者は、紙と動画の両方を見ることで、特集テーマをより楽しめる仕掛けにしたわけです。
中村:例えばどんな企画がありましたか?
田島:以前、ホラー特集を組んだことがありました。実は、私は怖いものが苦手で、特集にするのは敬遠していたんですけど(笑)。でも、最近、新しい世代による怪談師のブームが来ているという話を聞いて。ちょっと映像を見たところ、さまざまな怪談師がいろいろなシチュエーションで、しゃべり方にもオリジナリティを出して、上質なエンターテインメントに昇華している。それが面白いと思って、雑誌の企画より先に、THE FIRST TAKEの怪談師バージョンのような映像を作ることを思いつきました。
それで動画を作り、紙のほうは、まだ世に出ていない「読むと呪われる怪談」を袋とじにしたりしました。その結果、動画の再生回数が大変高い数字を記録したんですね。そうすると、コンテンツを作っている編集部員も手ごたえを感じて、紙と動画のコラボが面白いことを実感する。それから企画を積極的に考えるようになり、動画の企画スキルも上がっていく良い循環が生まれました。いま編集部員は皆、動画に対してアレルギーはないですし、企画の立案からしっかり考えられるようになったと実感しています。
中村:まさに長さんの狙い通りですね。動画を作ることによる、雑誌の売り上げへの効果は見えてきていますか?
田島:動画単独での売り上げへの影響は分かりづらいですが、通常のプロモーションとの合わせ技で売り上げにつながっている実感はあります。例えば、BRUTUS1000記念号では、動画に力を入れていろいろなプロモーションを行った結果、完売しました。
動画施策を始めて2年弱ですが、記念号に限らず、BRUTUSが完売することが増えていていますし、「この特集ならこれくらい雑誌が売れそう」という予測を上回るケースが多くなっています。
長:雑誌を売るためにマーケティングうんぬんの話もあるのですが、結局、編集部が楽しみ始めたら勝ちということを感じます。BRUTUSが成功したことで、 ananやPOPEYEなど、動画施策に力を入れる雑誌が増えてきました。

ロゴは、雑誌の最重要資産
中村:改めて、BRUTUSやマガジンハウスが作る動画の魅力とは何でしょうか?
田島:これは紙も同じですが、普通の撮り方をしないというか、いろいろなアイデアを出して検討するところから生まれるオリジナリティですね。動画も、手間のかけ方やアイデアの折り込み方が紙と同じレベルでできているので、結果的に紙とクリエイティブのトーンがずれない。さらに、紙の編集者が動画にもちゃんと介在している。動画チームに制作を丸投げするのではなく、動画チームのディレクターと紙の編集者が対等に意見を交わしながら内容を決めていくプロセスを大切にしています。
中村:動画で紙の世界観を担保するという点では、ロゴの価値も見逃せませんよね。
長:おっしゃる通りです。私たちは、ロゴを最重要資産と位置付けています。書店が減ることで雑誌のロゴを見かける機会は大変減っている。すると、生活者の頭の中から雑誌ブランドが消えてしまう。それを防ぐためにも、いま一番人がいるソーシャルプラットフォームにロゴを露出していくことは認知率を上げる点からも大事です。ですから、動画制作では、必ず視認性の高いところにロゴを配置するルールを設けています。
中村:広告主にとっても、ロゴはとても重要だと思います。自社商品をBRUTUSに紹介してもらえていることを分かりやすく伝えるのは、やはりロゴですからね。
いまは誰でも動画を作れる時代になったからこそ、「誰が作って誰が発信するのか」がとても大事ですよね。広告主は貴重な予算を組んで広告を打つわけですから、ブランドの歴史や信頼感があるところには、大きな価値があります。
今回、BRUTUSのお話を伺って、出版社が作る動画の力というものが見えてきた気がします。次回は、マガジンハウスの他の雑誌にも話を広げて、動画の取り組みを伺いたいと思います。