日本企業に必要とされる「キャリアオーナーシップ」とは
2025/04/17
労働人口が減少し、雇用のあり方が大きく変わる中で、はたらく個人と組織・企業はどう新たな関係を構築していくべきか。そして、人的資本経営の機運が高まり続ける昨今、企業が直面している実践課題とは、どんなものなのか。
こうした課題にパーソルキャリアが発起人となり、企業や団体の人事に声をかけて始まった「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」では、どんな「はたらく」の未来を描き、実践しているのか。発足前から現在まで一貫して活動をけん引してきた、同コンソーシアムの戦略顧問の法政大学教授の田中研之輔先生、総合企画プロデューサーのパーソルキャリアの伊藤剛氏、電通 トランスフォーメーション・プロデュース局 BXディレクターの渕暁彦氏の3人にお話を伺いました。

<目次>
▼キャリアオーナーシップは「日本企業の停滞を打破する切り札」
▼名だたる企業・団体がコンソーシアムに集い議論を交わす
▼データに基づく議論でキャリアオーナーシップの効果を具体的に検証
▼日本の「はたらく」を変えるために、キャリアオーナーシップの浸透を
キャリアオーナーシップは「日本企業の停滞を打破する切り札」
田中:日本企業では、氷河期世代の労働力人口を前提としたメンバーシップ型雇用に制度疲労が見られます。そこで、私が打開策として提言しているのが人的資本の開発と、キャリア開発です。この2つを合わせた答えが、キャリアオーナーシップだと考えています。概念的な言葉が多いので、ひとつずつ整理していきましょう。
まず、人的資本とは、従業員それぞれが持つスキルや能力、経験などを資本として扱う考え方です。内閣府令で2023年から人的資本の情報開示が義務化されたこともあり、企業では人材をいかに資本として開発し、キャリアを形成してもらうかを議論し始めました。そこで登場したのが「キャリアオーナーシップ」です。

伊藤:キャリアオーナーシップとは、個人が自分のキャリアに対して主体的に取り組む「意識と行動」のことを指します。自己の好奇心や大切にしている価値観を起点に、これまでの自らの働き方について棚卸しをして、これからどのように働いていきたいかという解像度を上げることで、具体的な行動に落とし込んでいくプロセスです。同時に、自分のキャリアを実現するために必要な仲間や会社との良好な関係を構築していくといった、「周囲との調和」も含む広い概念であると捉えています。

https://www.persol-career.co.jp/mission_value/
伊藤:パーソルキャリアとしては、「人々に『はたらく』を自分のものにする力を」というミッションを掲げる中で、「パーソルキャリアだからこそ、やることに意味がある取り組み」を始めたいと考えていました。
- より多くの個人が自分の描く「はたらく」を実現する一歩を踏み出すことができ、自分らしい多様なキャリアが生まれる
- 「社内と社外の健全な人材の流動性」を高め、個人のはたらくWell-beingの向上と日本経済の成長に貢献する社会的インパクトを起こす
この2つを意識しながら、長期的視点に立った競争優位の確立や市場創造・拡大に貢献するミッション推進アクションを検討しました。多くの有識者や企業の人事・HR担当の方と対話する中で、「人的資本経営」が注目される以前から、多くの企業で「自律・自走する社員」や「主体性を持って仕事に取り組む社員」を育成するためにさまざまな取り組みが行われてきたことがわかりました。一方で、「企業文化や職場風土」や「会社主導の自律促進アクションの限界」など、多くの実践課題を抱えている実情が見えてきたのです。
こうした中で、人的資本経営の実践コミュニティとしての「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」というアイデアが生まれました。野中郁次郎先生の知識創造理論のフレームワークであるSECIモデルをベースにして、人的資本を最大化させるために各社が持つ最新のキャリア開発支援、社内人材流動化のノウハウや暗黙知、実践課題とそれを解決する打ち手を結集・形式知化し、各社で持ち帰って実践する。そして、その実践から生まれた新たな暗黙知や実践課題を持ち寄り、実践をより加速させる形式知を生み出すという一連の取り組みです。
伊藤:また、実践コミュニティの立ち上げにあたっては、個人と会社が共に同じ「はたらく未来」を目指す関係構築ができるように、これまで会社が社員に理想の人材像として求めてきた「自律」という言葉ではなく、「キャリアオーナーシップ」という当時まだ世間的にはそれほど認知されておらず、立ち位置が定まっていなかった言葉を掲げ活動することにしました。
渕:電通はコンソーシアム活動の全体設計と、一部分科会活動の伴走、そしてコンソーシアム活動の成果をまとめた「はたらく未来白書」の編集・企画制作の役割を担ってきました。また、企業・団体が自社の実践度合いを診断できる「キャリアオーナーシップ経営指標」の開発も行いました。そして、参画企業・団体の皆さんが持ち寄る実践課題を議論する中で、キャリアオーナーシップを軸とした個人と企業の関係を再構築する必要性を実感し、この共通課題をいかにブレークスルーさせ、企業変革や組織変革の実践論として定着させていけるかを常に考えるようになりました。
伊藤:歴史的に見ても、日本の「はたらく」は特殊な進化をしてきたのだと思います。高度成長期には終身雇用や年功序列、新卒一括採用が一般化し、欧米と比較すると社員の面倒を会社がみる傾向が強い社会風土を形成してきました。社会人になってからの学びについても、欧州は国や職業コミュニティによる支援が手厚く、アメリカは個人主義に基づいた制度設計になっていますが、日本はそのどちらにも当てはまりません。「終身雇用制度は崩壊した」と言われる現在の日本においても、個人の中長期のキャリア開発やキャリアオーナーシップを育むには、企業に期待される役割が大きいのです。
田中:まさにそうですね。個人と組織が協働して社員のキャリアを支援し、組織へのエンゲージメントを高められれば事業成長にもつながります。こういった背景から、私はキャリアオーナーシップが日本企業にとって切り札となる思想だと考えています。
名だたる企業・団体がコンソーシアムに集い議論を交わす
伊藤:第4期のコンソーシアムは日本を代表する48の企業・団体が参画してくださっていますが、発足当初は手探りでのスタートでした。

第2回 経営・事業視点での「人事・人材の課題とニーズ」を探る
https://co-consortium.persol-career.co.jp/article/2021/07/01/index.html
伊藤:当時の議論のレポートやグラフィックレコーディングを振り返ると、そもそもキャリアオーナーシップがある状態とは、どういう世界なのか、そしてそのために人事には何ができるのかをひとつずつ定義していった道のりがわかります。当初は、「どの部門が責任を負って、何をなすべきか」「キャリアオーナーシップがなされているかどうか、効果測定や指標づくりは可能か」といった、地盤を固める議論が行われていました。
田中:第1期は特に、参画企業・団体さんへのお声がけや議題の整理など、多くの部分をパーソルキャリアの事務局や電通さんにお願いさせていただきました。そして、アウトプットが定められているからこそ、参画企業・団体さんが集中して議論できる土壌が生まれたといえると思います。
私自身も「実践するキャリアオーナーシップ:個人と組織の持続的成長を促す20の行動指針」を昨年上梓しましたが、これも本コンソーシアムの実践と研究あってこその成果です。
データに基づく議論でキャリアオーナーシップの効果を具体的に検証
伊藤:「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」が出せた成果は2つあります。まず、データと具体的な実践に基づいてキャリアオーナーシップの推進を図れたこと。キャリアオーナーシップについて理想論を語るのではなく、実際に「キャリアオーナーシップや副業をはじめとする社外越境や社内越境などの具体的な打ち手が浸透すると、企業の売り上げや利益といった事業貢献につながるのか?」まで踏み込んで、参画企業・団体の皆さまに分析していただきました。

田中:その結果がしっかり出たのが、今年開催した第4期でしたね。詳しくは「 はたらく未来白書 2025」をご覧いただきたいのですが、今期はこれまでの積み重ねが大きな成果として実を結びました。何よりも、キャリアオーナーシップを推進すると事業貢献につながるのだ、という相関を示せたのが大きいですね。
伊藤:そして、もうひとつの成果は、参画企業・団体同士で社員を交換しての相互副業をはじめとして、さまざまな実践方法を提言できたことです。また、どの企業・団体でも悩みの種となるマネジャー層の育成とクイックリファレンス、1on1の仕方、リスキリングコミュニティのつくり方から、企業文化の醸成・適合に向けたロードマップのつくり方、人事と他組織をつなぐ方法など効果的な打ち手が出されています。
このほか、製造や物流など安定的運用を重視する業務向け、あるいは世代別のキャリアオーナーシップ文化の浸透方法など、より現場の課題感を反映した提言もあります。コンソーシアムの参加企業・団体やキャリアオーナーシップ経営AWARDの受賞企業・団体で実践している具体的な人事施策を網羅した「キャリアオーナーシップ経営の打ち手107」という資料も出せました。

https://co-consortium.persol-career.co.jp/report/hakusyo20240716_uchite107/index.html
田中:「キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム」は、学会よりも現場に近い場所にあります。各企業・団体でこうしたデータをもとに施策を実施していただき、その結果を持ち寄ってさらに改善する。第4期ではすでに「キャリアオーナーシップを社内で推進したうえで見えてきた新たな壁の乗り越え方」という、2周目の課題にも取り組めましたね。

渕:そうですね、「2周目課題」といえば、キャリアオーナーシップ人材の育成・活用を推進する中で、施策の有用性が一定水準で飽和し、形骸化してしまうという各社共通の実践課題が浮き彫りになりました。
そもそもキャリアオーナーシップの体現度が高い一部の層だけでなく、組織の大半を占めるマジョリティの意識と行動が変わるための具体施策や、実践仮説導出ができたことは、参画企業・団体の従業員にとっても、とても大きな示唆になるのではと期待しています。また、一人一人の「はたらく価値観」を踏まえた制度や施策の見直しが、施策の有用性を再向上させる、キャリアオーナーシップ人材を育成・活用できる組織運営の要諦だということも見えてきました。
こうした成果の裏には、第1期の活動の成果である「見える・増やす・つなぐ」のキャリアオーナーシップ推進の運用モデルがあります。個人の成長支援と戦略的な施策設計を両立する運動論として提言したことにより、課題を見立て、打ち手を描き、スピーディに実践し、次の課題を見つける実践的な運用が、コンソーシアム活動においても、参画各社・団体の実践現場でも生まれたことが大きい成果だと感じています。
伊藤:その通りですね。加えて、コンソーシアム事務局として参加者の主体的な議論に並走し感じたのは、参加した方々ご自身のキャリアオーナーシップが高まり、社内での変革を主導するキーパーソンに成長していることです。最初は誰が何を担当するかを決めるにも、リーダーの指示を待っていた参加者であっても、終盤には自ら手を挙げて研究会を先導して、自社でも取り入れる実践を提言くださっている過程を間近で見てきました。
第2期から設計・導入した、参加者自身が議論する課題テーマを設定し、仮説を立て、リサーチしてまとめていくというコンソーシアムの仕組みが、「人事パーソンのための越境・協働的な探究学習の場」として機能していると考えています。

渕:そうですね。キャリアオーナーシップ経営の実践方法を議論・提言するだけでなく、自社で実践・推進するオーナーシップを持った人事パーソンを育む。そして、彼らが自社で実践した成果や次なる課題を再度持ち寄り、次のブレークスルーを生み出すという、コンソーシアムをハブにした人事OSのアップデートとも言える変革が起きたことは、コンソーシアムの求心力にもつながっていると思います。
日本の「はたらく」を変えるために、キャリアオーナーシップの浸透を
田中:これまで、人事の内情は秘するものとして他社に開示してこなかった。それを、大企業同士が心を開いて悩みを共有し、ともに解決策を模索する。この過程で参加された人事の方々も、人生が豊かになったと感じていただけていると思うのです。参加後に自社内で「キャリアプロデューサー」としてキャリアオーナーシップの推進・浸透をしていただけるのではないでしょうか。
また、キャリアオーナーシップとは決して職場だけのものではありません。子どものPTAでも、町内会でも発揮できるものです。何歳になっても成長できる人生の軸が手に入る、それがキャリアオーナーシップだなと。
渕:コンソーシアム活動における「解くべき問い」は、たったひとつです。それは、「個人と企業が同じ方向を向けるための軸とは何か」という問いです。私たちは、その答えのひとつが「キャリアオーナーシップ」という、はたらく個人と企業の関係性であると考え、活動を進めています。
伊藤:近い将来、すべての人が自分のキャリアを自分で決められる時代が来るでしょう。まるで自営業者のように、自らの意志ではたらく未来です。そんな中で、キャリアオーナーシップ経営を推進する企業や団体は、社内外から選ばれ続ける存在になると信じています。キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアムの取り組みが、社会にさらに大きなインパクトを与えるまで、あと一歩のところまできていると感じています。個人と組織が共に成長し続ける社会を実現するために、これからも活動をリードしていきたいと思います。
キャリアオーナーシップとはたらく未来コンソーシアム 公式サイト
最新の成果をまとめた「はたらく未来白書 2025」を読む
