すべてはたった一人の仮説からはじまる。『ぼくらの仮説が世界をつくる』
2016/02/12
今回ご紹介するのは講談社で数々のコンテンツをヒットさせた後、2012年から作家のエージェント会社コルクを立ち上げた編集者にして経営者でもある佐渡島庸平氏による『ぼくらの仮説が世界をつくる』(ダイヤモンド社)です。
世界はこれからどうなっていくのか?
ページを開くと最初に書かれている問い掛け。それが「これから世界は、どうなっていくのでしょうか?」。私もすごく気になります。先行き不透明で、不安です。そんな私を佐渡島氏はバッサリ切り捨てます。「『世界がどうなるか』を心配する時間があるなら、『世界をどうするか』を考えたい」。この本は「作家のエージェント業」という第一線のさらに先、もはや第ゼロ線とでもいうべき新たな地平を切り開いている佐渡島氏が「世界をどうするか」を考え実行するために、どのようなアプローチで思考し、何を実践しているのかが書かれたものです。
「感情コントロールの方法」や「基本の徹底の大切さ」など、ぜひ読んでいただきたい箇所がたくさんあるのですが、それは実際に本書を手に取っていただくとして、ここでは大きく、3つの点について触れたいと思います。
革命を起こすための「仮説・検証アプローチ」
まず1つめ。本書のタイトルとも関わりのある「仮説を立てる」アプローチ方法です。佐渡島氏が「ヒットを生み出す」ことができるようになったのは、「仮説・検証」という思考のフレームワークを徹底して実践してきたからだそうです。「私も普段からそれくらいやっているよ」と思ったそこのあなた。ちょっと待ってください。仮説を立てる前に、情報を集めちゃったりしていませんか?
重要なのは「仮説を先に立てる」ということなのです!(私は残念ながら「先に集める」派でした!)佐渡島氏は、「情報→仮説」という順番では「前例主義」に陥ってしまう、と警鐘を鳴らしています。新しいものを生み出すときには「日常生活の中で、なんとなく集まってくる情報」や「自分の中にある価値観」といった「世の中にはまだ存在しないデータ」から出発することが大切だというのです。
前例主義に陥らないためには「先に」仮説を立ててみることです。
そしてその仮説を補強・修正するために、情報を集めてくる。その順番が大切です。「情報→仮説→実行→検証」ではなく「仮説→情報→仮説の再構築→実行→検証」という順番で思考することで、現状に風穴を開けることができるのです。(P.27)
過去の数字を集めてきても新しいことはできません。(P.28)
佐渡島氏は、日々作家と過ごす中で「エージェント業こそが日本の出版・コンテンツビジネスを活性化させるために必要ではないか」という仮説を持ち、海外からも情報を集めて検証した上で、コルクを立ち上げました。起業した後もさまざまな方面からのフィードバックを受けて、仮説の検証と再構築を繰り返しながら、この新しい試みを成立させるために戦い続けているのです。
本質を見るための「宇宙人視点」
次に紹介するのは「宇宙人視点で考える」という思考法。これは、あらゆる常識やこれまでの慣習など表面的なものにとらわれずに、ものごとの本質を「まっさらな頭」で考えるための方法です。やり方はかんたん(すぐにできるかどうかは別ですよ)。
ぼくはものごとの本質を考えるときに「自分が宇宙人だったら、どういうふうに考えるだろう」と思考しています。(P.60)
宇宙人には、レッテルやイメージという固定観念もなければ、業種という概念もありません。よって、純粋なビジネスモデル=骨格だけが浮かび上がってくるのです。(P.62)
本書には、「宇宙人的視点」を用いて物事を捉えなおす例が幾つか出てきますが、分かりやすい例として「『出版社』のビジネス上の強みは何か?」について説明します。さて、皆さんは何が強みだと思われますか?はい!私は「コンテンツをつくる力」だと思います!
佐渡島氏が、この「宇宙人視点」で捉えなおした「出版ビジネスの本質」は、「出版社の強みは『流通』にある(あった)」でした。私、またもやバッサリです。いわく、書店と取次会社という出版業界のシステムがあり、全国一律に本を書店という読者とつながるためのチャネルに独占的に届けられることが強みだったのだ、と。続けて、現在はEコマースの発達などにより、そのチャネルが弱くなることで出版不況が起きているのであって、出版社のものづくりの能力に大きな変化が起きているわけではないのだから、収益改善のためにはコンテンツの質の向上よりも、流通の再構築に取り組むべきだ、とひもといていきます。
今は「ストーリーの時代」
最後に、そんな「仮説・検証アプローチ」や「宇宙人視点」を用いている佐渡島氏が、今の時代をどのように見ているのかを紹介します。現代は「ストーリーの時代」だというのです。
・モノが絶対的に足りず、モノを供給できる企業が勝った「モノの時代」
・質の高いモノを作れる企業が勝つ「モノと質の時代」
・さまざまな業界にデザイン志向が入り込んでいった「モノと質とデザインの時代」
・2000年代には安さまで加わった「モノと質とデザインと安さの時代」
社会はこのような変遷をたどっていて、ついに2010年代、モノそのものに付加できる価値が限界に達し「モノがあれば幸せになれるはず」という幻想は通用しなくなって、
「背景にあるストーリーに共感するからモノが欲しい」
「ストーリーに共感することによって心を満たしたい」
という時代が訪れている、と佐渡島氏は見ています。
そして「デザインの時代」にデザイナーがさまざまな業界に入り込んでいったように「ストーリーの時代」には共感を呼ぶストーリーを紡ぐことができる編集者や作家の能力が重要になっていくのでは、と予測しています。
「ストーリーの時代」のほかに、「共感」「自分ごと」「参加」といったキーワードも出てきますが、いずれも現在のコミュニケーションプランニング、キャンペーンプランニングにおいて、必須の要素となっており、やはりコンテンツ制作に限らず現在は「ストーリーの時代」になっていると言えるのではないでしょうか。
おわりに
この他にもたくさんの思考方法や手法が紹介されているのですが、私が、佐渡島氏がなぜ、周囲を巻き込みながら自らの仮説を具体化していけるのか、その最も重要にして不可欠な点は、何よりも「思い(熱狂)を周囲に感染させる」能力に優れているからだと思うのです。
実は、私は十年以上前に、佐渡島さんとお会いし、言葉を交わしたことがあります。
社会人になって間もないころに出席した友人の結婚式で、友人の友人代表(ややこしいですね)としてスピーチをしていたのが佐渡島さんでした。もちろん、当時から講談社内でご活躍されていたとは思うのですが、まだその名声が世に響き渡る前だったので、私も「友人の同窓の親友」以上の情報は持っていませんでした。しかし、そこで披露されたスピーチがあまりに素晴らしく、極度の人見知りのはずの私が、その後の歓談時に思わず駆け寄り「スピーチ、すごく良かったです」と気付けば両手でがっしり握手をしているではないですか。残念ながらスピーチの内容はもう覚えていませんが、自分の感情がたき付けられ燃え上がり、そのような大胆な行動に出てしまったことに自分自身がいちばん驚いたことをよく覚えています。
本書では、後書き的なポジションである「おわりに 仮説を実現する冒険に出よう」で、その能力が発揮されています。それまでの1~6章はロジックに基づいた思考法や実践法や物事の見方の紹介でしたが、この最後の最後のパートで、氏のエモーションが大爆発し、読み手に燃え移るのです。熱いです。
もし、佐渡島さんに再びお会いできる機会があれば、十数年ぶりに両手でがっしり握手をし「この本、すごく良かったです」とお伝えしたいと思います。