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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.48

ビジネスとデザインの交差点で活躍する「越境人材」とは? 『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』

2016/01/29

ここ数年、書店のビジネス書コーナーにあふれる「デザイン思考」というキーワード。日々、さまざまな場面で「デザイン」という言葉を多用している広告会社の人間としては、自分たちの専門領域に対してどんな人がどんな言及をしているのだろう? と、ちょっぴり斜に構えてしまいます。

しかし、一読後、あらゆる意味でそんなちっぽけな態度を後悔してしまった一冊、佐宗邦威著『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』(クロスメディア・パブリッシング)を紹介します。

ビジネスとデザインの交差点で活躍する「越境人材」とは? 『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』

著者は、東京大学法学部卒業、世界最大の米消費財メーカーで数々のヒット商品のマーケティングに従事した後、日本の大手電器メーカーに転職。イリノイ工科大学デザイン学科(以下、ID)で世界最先端のデザイン思考のメソッドを学び、帰国して全社新規事業創出プログラムの立上げに関わった後に独立。現在は、ビジネスとデザインをつなぎイノベーション創出を支援する会社を経営しているとのこと。

…正直言って、著者の華々しい経歴に、斜に構えるどころか、ちょっと、いや、かなり身構えながら読みはじめました。

そもそも、なぜ今「デザイン思考」なのか

本書はchapter0〜6の全7章で構成されていますが、タイトルでもある『21世紀のビジネスにデザイン思考が必要な理由』は、早くもchapter0で語られてしまいます。そして、それが著者の具体的なビジネス体験を通じて描かれていることで、身構えていた自分が一気に引き込まれてしまいました。

米大手消費財メーカーで論理を武器にブランドマーケティングをしていたころ、会社や上司に与えられた仕事を着実に伸ばすタイプのマーケターだった著者は、同じ社内で市場のルールを変えるような新しい商品を立ち上げるために「違いをつくりだす」ことができるマーケターに出会ったことで、論理絶対路線の限界を感じ、「右脳の世界」への模索を始めたといいます。

左脳と右脳の両方を活用するハイブリッド思考

デザイン思考の1丁目1番地、それは「デザイナーの思考法」そのものです。
(中略)
思考法というと、ロジカルシンキングやクリティカルシンキングなど左脳による論理思考が有名ですが、IDに通うデザイナーが目指す思考スタイルは、左脳と右脳の両方を活用したハイブリッドな思考です。それは、左脳の論理の力と、右脳のイメージの力を両方バランスよく使いながら、自分ならではのユニークな切り口を出すという、創造=「知的生産」を日々実践することになります。(P.40)

本書では、各章末に「デザイナーの常識」(右脳思考)と「ビジネスマンの常識」(左脳思考)が対比してまとめられています。自分自身が社内でデザイナーたちとチームで仕事をするときを思い返し、その中から実感として印象に残ったいくつかをピックアップしてみます。

デザイナーの常識/ビジネスマンの常識

そうなんですよね! デザイナーたちはとにかく作ってくる。会議には絵を描いて持ってくる。そして、緩い! 翌日の会議に、平気で全然違う絵を描いて持ってくる!(笑)。でも、営業の自分には絶対思いつかないようなアイデアを突然放り込んでくる。ただ、営業としてはエグゼキューションが気になるので「いや、おもろいけど、そんなんどうやって実現すんねん?」と詰め寄ると(ステッカーだらけのMacBookで見たことのないHPを見せながら)「こんな人がいるので、この人と組めばできると思います」「その人知ってんの?」「知りません。後でメールしてみます」という調子です(笑)。

これはどちらが正しいということではなく、著者の言うとおり、右脳と左脳の両方をフレキシブルに活用することが重要なのだろうと思います。ただ自分自身を振り返ったとき、例えばチーム内でアイデアを出し合うブレストのような会議でさえ、左脳思考のみの発言に終始していることが多い(広告会社の人間なのに!)と反省しました。

人と人をつなぐ「越境人材」の時代がやってくる

本書の中盤では、世界最先端のデザインスクールIDで学んだ著者の具体的な経験を通じて、デザイン思考のプロセスを達成するための多数のメソッドやフレームワークが惜しげもなく披露、解説されています。実際に授業で使用されたポストイットやスケッチメモから文房具にいたるまで(!)写真も満載で、日常の業務でデザインになじみのないビジネスパーソンにも理解しやすいと思います。まさに今日の会議から試してみたくなる、極めて実践的な知見の数々に、自分の本がポストイットだらけになってしまいました。詳細はぜひ本書を手にとっていただければと思います。

最後に、自分がもっとも感銘を受けた部分、本書終盤で語られている、常にイノベーションを求められ続けるこれからの世界で生きていくための、示唆に富んだヒントを紹介したいと思います。

著者は、イノベーションの現場を担う人材として、デザイン(構想)、ビジネス(商売)、エンジニアリング(実現)、という3種類の機能を分業していた時代は終わり、それぞれの専門性の交差点にいる「越境人材」こそが、21世紀の世界で生まれる新たな職業の担い手になると予言しています。そして、「越境人材」とはつまり「H字型人材」だと言うのです。

様々な人々が協働でイノベーションを生んでいく時代においては、必要なスキルが多様化しており、複数の人が持っている専門性を組み替えて活用する力が必要になってきています。
H型人材とは、強い専門性が1つあり、他の人の専門性と繋ぐ横棒を持ち、ほかの人とつながってHになる“人と繋がりやすい”人材の像です。(P.202)

人材以外に何の在庫も持たない広告会社の営業という職種が、21世紀のビジネスの世界でどうなっていくのか、どうなっていくべきなのか、ここ数年考えていたことにヒントをいただいたような気がしました。