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DMCラボ・セレクション ~次を考える一冊~No.51

機能→価格→デザイン→文脈→?
これからは「定番」で売る時代

2016/03/25

今回ご紹介するのは、水野学、中川淳、鈴木啓太、米津雄介著『デザインの誤解』(祥伝社)です。
これはデザイン本ではなく、マーケティングの教科書だと思います。書名は「ものづくりの誤解」でも良かったのでは? そう思えてしまうほど、この国の商売への示唆にあふれています。

機能→価格→デザイン→文脈→?これからは「定番」で売る時代

メーカーが悩むのはヒット不足よりも「定番の欠如」問題

まずは、ちょっと思い浮かべてみてください。
テレビでも洗濯機でも車でもボールペンでもお菓子でもカバンでも、どんな商品カテゴリでも構いません。そのカテゴリーに、みなさんが「定番」と呼べるものはありますか?

…即答できた方は少ないのではないでしょうか?
そしてそれはそのまま、日本の多くのメーカーが抱える悩みにつながっていきます。本書にこんな声が載せられています。

とある家電メーカーの方から、こんな話をうかがったこともあります。
「毎年、微修正を加えて新商品を出すんですが、この市場はもう飽和していて、たいして売れるわけではないんです。本当は、この商品開発サイクルをやめたいんですよね。(中略)長く同じものを売り続けられるといいんですけどね」(P.28)

よく、日本のメーカーの苦戦がニュースで取りざたされます。「ヒット商品がない」だとか「海外市場が取れていない」といったような、耳なじみのある課題に行き着きやすいのです。でも実は「長く売れる商品が減っている」ことこそ、大きな問題なのではないでしょうか。

出版業界でも、「爆発的に売れるベストセラーと、全く売れない本の二極化が激しい。ロングセラーとして毎年ある程度売れるタイトルがどんどん減っている」という声を聞いたことがあります。こうなってしまうと、腰を据えて市場と向き合うことがどんどん難しくなってしまう。
本書は、こうした定番の欠如に切り込んでいきます。

どう差別化するか?時代の変遷を振り返ってみる

高度経済成長の時代だったら、需要が桁外れに巨大です。モノを作ればすぐ売れたのかもしれません。でも今は違います。多くの人はもう十分モノを持っている。企業は躍起になって差別化を図り、需要を創り出そうとしています。
この記事のタイトルは、その代表的な手口の変遷をまとめたものです。

1970年代は、テクノロジーの進化で競い合った「機能の時代」。

1980年代になると、無印良品が誕生するなど商品単体で勝負するよりはラインアップを充実させていく「ライフスタイル提案の時代」へ。

バブル崩壊後の1990年代はなによりも「価格の時代」です。同時に、環境問題が論点になることが増えていき、リサイクルを考慮したエコロジーな商品が台頭します。

2000年代には企業がデザイナーとの本格的なタイアップをスタート。それまでデザイン性を重視していなかったところも軒並みオシャレな商品を発表し、「デザインの時代」に突入しました。SNSが浸透し、誰もが自由に情報発信できるようになった現代は、企業姿勢や作り手の思いが世の中に届きやすくなりました。

2010年代は、世のため人のためになるというソーシャルグッド性や開発におけるドラマなど口コミで人々から愛されるモノが売れる「文脈の時代」になってきています。

著者はこれから定番商品こそ本当に欲しいモノになっていくのではないかと予測しているのです。そしてその論点こそ、この本のユニークなところなのです。

定番=平凡ではない。定番=基準である。

この本の副題は、「いま求められている『定番』をつくる仕組み」。
では、著者たちは「定番」をどう定義しているのでしょう? 定番、というと昔から長く使われているモノを指す人が多いはず。ジーンズなら、リーバイス501といった具合です。でも著者たちはここに独自の思考を巡らせています。著者はgood design companyの代表としてさまざまなプロジェクトを手掛けるクリエイティブディレクターの水野学さん、日本の伝統技術に現代のデザインを取り入れた商品で人気を博す中川政七商店の社長である中川淳さんなど、「THE」という定番商品を次々と生み出しているチームのみなさんです。

何かを買おうとするたび、あまりにも多くの、それも似通った選択肢がありすぎて、迷ってしまう。それが現代です。モノは溢れているけれど、その分野の基準となるものが見つけづらいからです。(P.38)

そんな問題意識を抱いた彼らが導き出したのは、これこそTHE◯◯だ、と言えるようにすること。つまり、モノを選ぶときの基準値になりえる商品こそ定番なのだ、という結論です。

そう、定番=平凡だとか、シンプルだとか、昔から長く使われているとか、そういうものだけでは定番とは呼べないのです。

定番の中に隠れている5つの要素

定番=基準であるならば、デザイン=装飾なので見た目はシンプルに…とつい考えてしまう。このデザイン=装飾という思い込みこそ、タイトルにもなっているデザインの誤解です。デザインは決して装飾だけを指すものではないのです。

先ほど紹介したような差別化戦略の歴史を踏まえると、世の中にとって「機能性に優れている」だとか「品質に見合った買い求めやすい価格」だとかはもう必須条件を超えて、当たり前。
だからものづくりにおいても「機能」や「形状」だけを考慮していては、永遠に定番はデザインできません。水野氏は定番の条件を5つに整理しています。

①形状 … モノに求められる要素をきちんと満たしている形である
②歴史 … そもそも多くの人が長く愛してきたカテゴリーのモノである
③素材 … 良質で、産地や製造者がきちんとしているか
④機能 … 生活を便利にするだけの性能・能力がある
⑤価格 … 品質を落とさず、かつ高すぎない「適価」である

これらどれかが一つでも欠けてしまっては、定番になりえないのです。

新しい定番はどんな思考プロセスで作るのか?

5つの条件をクリアすることと、定番商品を作り出すというのはまた別の話です。
どうやってアイデアを考え、それをカタチにするのか?
この考え方がいくつか紹介されているのですが、その中で最も興味を引かれたのは「ソーシャルコンセンサスから本質を導き出す」という考え方です。

ソーシャルコンセンサスとは水野氏の造語で、ニュアンスは潜在的共通認識といった感じです。「空といえば青」「スポーツカーといえば赤」「お茶碗といえばこんなカタチ」というような、みんなが心の中で既に持っている共通認識のことです。この「らしさ」を探ることが、新しい発見につながるというのです。

あるジャンルの「らしさ」は、実はその時代の定番から生まれている場合も多いのです。この「定番→らしさ」という図式を踏襲することで、新しい定番をつくることができると考えています。「らしさ→新定番」という図式です。(P.106)

どういうことなのでしょうか? 本の中で紹介されている「THE」ブランドの人気商品「THE醤油差し」を開発している時、プロダクトデザイナーの鈴木啓太氏はこんなことを考えていたと語っています。

定番を「継承」するのではなく、「創造」する

デザインのポイントは、自分、すなわちデザイナーの主観や内なる想いから出てきたものではありません。これまでだれもが定番だと思ってきたキッコーマンの卓上ボトルを観察して、そこから多くの人のニーズを読み解き、どういうデザインをするべきかを考察した結果なのです。(P.136)

つまり、今ある「らしさ」を創り出したものにはヒントが詰まっているわけです。人々が時代を超えて追い求めてきたニーズが、そこに反映されている。

実際に醤油差しからどのようなニーズを読み解き、それをアップデートしたのかは本をご覧いただくとして、この分析に、いろんなメディアや交流を通じて編み出した「今こそ必要なニーズ」を盛り込んでどうアップデートすべきかをひたすら検証していく。そうすれば、今ある定番商品からさらに進化した新しい定番を生み出すことができる。たとえば鈴木氏がさらっと文中で触れていますが時代が求めている美しさの基準を「素朴の美」と端的に言い当てているところを見ても、時代への洞察も日々行っているわけです。

「過去を知り、現在を考え、未来を創る」

著者のみなさんが大切にしている思考プロセスは、当たり前のことのように聞こえるかもしれません。でもそれが当たり前にできていないからこそ、この「THE」という商品は際立った存在感を放っているのです。