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世界の中心へ向かう旅

セカイメガネ №45

  • Paul Catmur

2016/05/18

世界の中心へ向かう旅

私が英国で広告の仕事を始めた1990年、ロンドンが広告世界の中心だった。必ずしも当時のロンドン
が最も優れた仕事をしていたわけではない。私たちが見ていた仕事がそれだけだったのだ。日頃見ているテレビ、新聞雑誌、看板広告が広告の全てだった。それらがロンドンの広告賞にエントリーされ、審査された。世界はそれで完結していた。

もちろん、カンヌには「国際広告賞」と呼ばれるものが存在していたが、その評価など誰も気に留めたことはなかった。時に英国以外の国の広告会社に関する記事を読むこともなかったわけではない。けれどもそれは、地球とは違う惑星での出来事にすぎなかった。

ニュージーランドに移住しオークランドで広告の仕事をすると決めたとき、英国広告業界の友人たちは
全員、私の頭がおかしくなったと思った。その地で私が目にする世界の広告は、フェスティバル閉幕後、数カ月遅れで入手するカンヌライオンズ入賞リールだけになった。

そして、インターネットがやって来た。世界の隅々まで検索され尽くす時代の始まりだ。地球のどこかで生まれた優れた広告が、どこにいてもあっという間に見られるようになった。私たちがニュージーランドで制作したアウトドア広告が、数時間後には国境を飛び越え、あちこちで共有されている。

世界が高速でつながった利点は、クリエーティブの平均水準が格段に上がり、どの国でもトップクラスの広告を作れるようになったことだ。一方で弊害として、優れた広告と呼ばれるものがどれもこれも同じようになった。それぞれの地域が持っていた特色がほとんど根こそぎ失われた。広告制作者たちは個性を発揮する代わりに、前年の受賞作品をなぞる傾向を強めた。中には、その広告が実際に使われたかどうかなど気にしないルール違反の輩まで現れはじめた。残念だが、世界がつながったことの帰結だ。

良い面と悪い面の両方があるだろうが、広告がグローバル化した結果、広告世界の中心が動いた。そ
れはもはや永遠に変わらない。ロンドンでもニューヨークでも東京でもない。もちろん、カンヌでもない。広告の中心は、今あなたがいる「その場所」になった。私の場合、その場所は、ニュージーランド沖に浮かぶ船の上。仕事を離れたとき、いつも過ごす場所だ。そこが世界の中心であることは、少なくとも私にとって、なんとも心地よいことなのだ。

(監修:電通 グローバル・ビジネス・センター)

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