セカイメガネNo.55
フリクションなき生活を求めて
2017/04/19
ちょっとした秘密をバラしておこう。私は「フリクションなき生活」を求めている。デジタル時代、期待をちょっと裏切られたことがやがて大きなイライラに化けてストレスを生む。その状態が「フリクション」だ。
自分自身、デジタルネットワークから抜け出すのがもはや難しい。昔々はそんな問題は起きなかった。デジタル世界といえば、部屋の片隅に置かれたコンピューターから、固定された冷たいスクリーンに情報が送られることを意味していた。部屋を一歩出れば、簡単におさらばできた。今は全く違う。情報はスクリーンに収まっていない。技術が生活の一部になり、暮らしの枠組みをつくっている。気付けばデジタルとどっぷり共依存関係に陥ってしまっている。
実例で話そう。先日、あるホテルチェーンのアプリから私のモバイルにメッセージが入った。ムンバイのホテルにチェックインしたいかどうか、希望を尋ねる内容だ。このメッセージには意味があった。なぜなら私は、ムンバイの空港からまさにそのホテルへタクシーで向かっている最中だったからだ。その場所、その時間。自分にとても関係があり、タイムリーだった。
アプリが私に部屋の選択を聞いてきて、ちょっと驚き、うれしくなった。好みの部屋を選んだ。パスポートとクレジットカードの情報は既にインプットしてある。タクシーを降りるとフロントでチェックインすることもなく、直接その部屋に案内された。ホテルのキーはデジタルデータとして私のモバイルに送られている。
顧客としては申し分ないサービスに満足したが、チーフ・デジタル・オフィサーとしてふと考えた。このサービスの競争優位はいつまで続くのか。競合ホテルチェーンは同等のサービスを採用し、あっという間に陳腐な業界標準にしてしまうだろう。ひとつの行動から次の行動へ。顧客体験からフリクションを取り除いていくサービスが加速していくと、次に来るのは何か。価格競争だけではないか。
いや、そうではない(…と私は自分にささやく)。顧客体験品質を向上するために投資し、改善し続けるブランド。人々の生活からフリクションを取り除き、それを自分の声で顧客に伝えるブランド。そうしたブランドだけが差別化に成功し、価格競争を回避できると私は信じている。
フリクションなき生活。読者の皆さんには必要ですか? それとも、私ひとりが探究しているのかな?
(監修:電通 グローバル・ビジネス・センター)