カンヌで世界に発信した“Seed Creativity”とは?
2017/07/21
第64回「カンヌライオンズ 国際クリエイティビティ・フェスティバル」が6月17〜24日に開催された。その中で行われた電通セミナー「Creativity for Business Innovation」では、“Seed Creativity”が打ち出され、企業が次の一手を打つため超えるべき課題が広範・複雑化する中、クライアントと共に事業を育てていくクリエーションの方法を語り合った。従来の広告会社が得意としてきた表現の領域だけでなく、ビジネスを創出する領域から関与するその手法「シード・クリエーティブ」は、企業や海外のエージェンシーの反響を呼んだ。登壇した二人にシード・クリエーティブの本質と、今後の可能性を聞く。
領域を定義することでクリエーティブの可能性を広げたい
電通第4CRプランニング局
志村 和広 氏
今年のセミナーでは、私がこの数年携わっているトヨタ自動車の「OPEN ROAD PROJECT」を事例として、エージェンシーがクライアントビジネスの初期段階から関与する新しいクリエーティブのスタイルについてお話しさせていただきました。車とバイクの特徴を併せ持つ「TOYOTA i-ROAD」を通して、都市のモビリティーを模索するこのプロジェクトは、外部の専門家も交えて駐車場や充電の問題を乗り越えながら、現在進行形で続いています。従来の広告会社が担当してきた広告コミュニケーション領域から大きく川上にさかのぼった、事業開発段階でクライアントとチームを組んで進める仕事です。
おそらく今までも、国内外の広告会社で同様の取り組みはあったと思います。でも領域として曖昧だったため、その挑戦に見合った注目は得られてきませんでした。そこで今回のセミナーを機に、私たちのチームで実践してきたこの領域を「シード・クリエーティブ」と名付けて定義するとともに、エージェンシーの持つクリエーティビティーやアイデアの新たな可能性を世界に発信したいと考えました。
シードという言葉は、育て方によって結果が変わるという意味だけでなく、種子にDNAレベルで変更を加えると、その後の生態に大きく影響することにもなぞらえています。イノベーションの種を見つける段階から関わることができるならば、後半のコミュニケーション領域ですべきことも変わってきます。広告表現だけを担当するより、最終的に世の中へ還元する価値を高めることも可能だと思います。
私たちがそこで貢献できるのは、生活者の視点から、真の課題を発見し、解決方法のアイデアを導き出し、実行することです。従来の広告表現で絶えず発揮してきた力は、実はビジネスを創造する段階でも生かせるのです。
カンヌでこの数年間の失敗や成功の体験を交えて発表したところ、国内外のクリエーターだけでなく、クライアント企業からも多くの反響を得ることができました。これをきっかけに世界中で多くの事例が生まれてほしいですし、私もまた新たなイノベーションを起こしたいと思っています。
クリエーターの“かき混ぜる”力はビジネスのどの段階にも生きる
電通第4CRプランニング局長
佐々木 康晴 氏
ここ数年、さまざまな広告賞の審査をする中で、ひとつ大きな潮流を感じています。それは、「クリエーティブの領域拡張」です。デジタルを筆頭に新しい要素を交えながら、広告表現の手前の段階からクリエーティブが機能しているケースが目立つようになりました。一方で、広告の終焉というワードも聞かれ、従来の広告表現を考える仕事が相対的に縮小し、クリエーターが萎縮している感が私は気になっていました。
クリエーターは本来、組織の固まった価値観をかき混ぜたり、ユーザー視点に立ち返ったりする役割を担って、見落とされていた課題を見つけ、具体的な解決策を形にすることができます。そこで今回のセミナーでは、一例として志村さんが関わったプロジェクトを振り返りながら、「シード・クリエーティブ」という領域を提案しました。
例えば「OPEN ROAD PROJECT」では、社会にサービスが根付かない要因としてプロダクトそのものではなく駐車場という問題を突き止め、アウトドアメディアを手掛ける会社と一緒に街を歩いてスペースを探し、モビリティーの新しいエコシステムをつくってきました。これもひとつのクリエーティブアイデアです。
セミナー後、多くの方から興味深かったという声を頂きました。特に、本来は分業が明確な海外のエージェンシーからの反応が良く、コピーライターたちがすぐにでもシード・クリエーティブに動きだしそうな印象でした。彼らは未知なるものに積極的です。
実は、今デジタル領域の専門家とされている人も、半分はもともと技術領域の人ですが、もう半分は、技術については詳しくなくても、早い段階で積極的にそして勇敢に「面白そう」と飛び込んできた人たちです。日本から発信したシード・クリエーティブも、うかうかしていると、海外に後れを取ってしまうかもしれません。
これまで表現の部分で仕事をしてきたクリエーターは皆、ビジネスクリエーターになり得ます。過去の広告表現手法での成功に固執せず、ぜひオープンマインドで、新しいクリエーティビティーの発揮に挑戦してほしい。そして企業の方々には、ビジネス開発の段階はもちろん、事業のどの段階からでもクリエーターに声を掛けていただきたいですね。特別な組織がなくても、クリエーティブの力を事業レベルに取り込むことで、これまでとは違う道が開けるはずです。
“シード・クリエーティブ”事例
OPEN ROAD PROJECT
トヨタ自動車が2013年に発表したパーソナルモビリティー「TOYOTA i-ROAD」を中心に、「都市の移動を自由にする」をビジョンとして同社の未来プロジェクト室が進めるプロジェクト。外部企業とのコラボレーションや、一般から募ったテストパイロットによる試乗体験などを通して、i-ROADをより広く活用するための実証実験を重ねている。
その過程では、都市の隙間ともいえる狭小スペースを駐車場にしたり、通信型コンセントを開発して屋外の使われていない電源を充電場所に活用したりと、さまざまなサービスが開発されている。カンヌライオンズをはじめとした海外広告賞を多数受賞。