SDGsイベントで掲げられた「One plus One.」。2本の糸に詰まった制作者のこだわり
2018/09/14
2030年に向けて、国連の下で世界が一体となり目指すSDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標)。この取り組みでは、各国の進捗報告が定期的に行われます。日本政府も2017年に発表しましたが、実はその際に作られたイメージポスターが高い評価を受けています。
「One plus One.」と名付けられたポスターシリーズは、赤と青の線が重なり合うシンプルなデザイン。日本ではSDGsのテーマに「官民連携」を掲げており、2本の線は「異なる糸」を表現したものです。それが合わさることで強度が増し、布となってすべての人を受け止めることを表現しています。糸の重なり合う部分はインクが厚盛りされ、立体感が出ているのが特徴です。
このポスターは、カンヌライオンズ2018 デザイン部門のシルバーや、The One Show デザイン部門ゴールドといった広告賞を受賞。世界の心をつかんだ作品は、どのように生まれたのでしょうか。制作した小柳祐介氏(電通第4CRプランニング局)と木下舞耶氏(電通PRプランニング局)に話を聞くと、そこにはクリエーターとしてのこだわりが反映されていました。
ブレストから生まれた、「手を取り合う」の表現方法
ー2本の糸が中心のデザインとなっていますが、どのようにこの発想へたどり着いたのでしょうか。
小柳:日本のSDGsは官民連携が大きなテーマです。そこで、行政と民間が手を取り合うことを、織物における縦糸・横糸で表現しようと思いました。
木下:官民連携をどんなモチーフで表現するか、最初にブレストをしましたよね。膨大な数の写真を集めて、それを見ながらみんなで意見を出し合って。写真は本当に多種多様で、石が写った写真や渦巻きの写真など100枚くらいを無作為に見ていきました。
小柳:「日本のSDGsは○○です」と表現できる何かがあればいいと考えました。それを探すために写真を集めてブレストをしたのです。そこで糸や織物というアイデアが出てきて。日本の文化でもあるし、分かりやすくて良いと思いました。
このポスターはいわゆる広告作業ではないので、土台のモチーフがまったくない状態からスタートします。こういったケースでは、ブレストを通じてまずはいろんなものを見ながらみんなでモチーフを探していきます。
木下:イメージを集める感じですよね。私はコピーライターとして関わったので、このブレストにたくさんのコピーを持っていきました。その過程を経て、糸のビジュアルと「One plus One.」というテーマが決まりました。
ーポスターで特に印象的なのが、糸の重なりを立体的に表した点ですよね。
小柳:今回のデザインはとにかくシンプルで、派手さや装飾を極力なくしています。ポスターに込めたメッセージをきちんと表現したかったからです。シンプルなデザインなので、細部にはこだわろうと思いました。それで、本当に糸が重なっているような表現にしたのです。
手法としては、UVインクジェットを使って厚塗りをしています。速乾性があり、その場で固まるので、厚みを表現できるのです。紙は和紙を使っています。日本が発信するイベントなので、なるべく日本由来のものを使おうと考えました。
デザインとコピーは、足し算ではなく掛け算にしたい
ー全部で5枚のポスターが作られ、赤と青の糸でさまざまデザインが展開されています。これはどんな意味があるのでしょうか。
小柳:いろんな織り方を見せて、いくつかのメッセージを表現しようと考えました。ポスターのデザインになっているのは、すべて実際にある織り方です。デザインを考える前に、まず織り方や編み方について勉強しました。
木下:確か、小柳さんがデザインのラフを書いた段階で、一枚一枚にキーワードを添えていましたよね。例えば、赤と青の糸が十字に交わるデザインは「始まり」とか。
小柳:そうでしたっけ?記憶が曖昧で(笑)。でも、そういう手法はよくやります。自分の考えたデザインに対して、意味として接着しそうなワードを書いて、コピーライターに渡す。そこから言葉を膨らませてもらいます。
ポスターは、デザインがあって言葉があって、その二つが掛け算されてコンセプトを表現するのが理想。デザインと同じことをコピーで表現しても“絵解き”にしかならないし、足し算でも足りません。掛け算にしたいのです。そのためには、コピーライターとキャッチボールしながら作るのがよいと思っています。
木下:今回は小柳さんのラフのキーワードをもとにコピーを書いていきました。コピーは、見た人が自分の行動に移せるような、SDGsの達成に向けて人々を後押しできるようなものにしました。「始まり」がコンセプトのデザインなら、コピーでは「Beginnings don’t happen. We create them.」としたり、「イノベーション」をイメージしたポスターでは「What’s rejected today, might be praised tomorrow.」としたり。
一つ一つのコンセプトを伝えるだけでなく、一歩先まで想像できるように。世界中の人が見て、自分の中に新しいインスピレーションが湧くように。そういった意味で、このポスターは官と民が手を取り合うだけでなく、日本と海外の国が手を取り合うような、そんな思いも込められています。
ーほとんどのコピーは糸の上に重なっているので読みづらい気もしますが、何か理由があるのでしょうか。
小柳:ひとつは、あくまで織物の中に言葉があってほしかったこと。このポスターの精神の中にいてほしいと考えたためです。もうひとつは、読みづらいからこそ、見る人がポスターに近づいてくれるという効果を期待したためです。クラフトとしてこだわった作品なので、近くで見てもらいたいという思いがありました。
「会って話す」「エンドユーザーを見る」。そのメリットとは
ーお二人が仕事で心掛けていることや自分のルールなどは、このポスターにも反映されているのでしょうか。
小柳:そうですね。僕が意識しているのは人と会って話すことで、なるべくメールなどでは決めず、とにかく会って話します。最初に話したモチーフのブレストもそのひとつです。何かの資料を見せるにも、あえてプリントアウトして渡しに行ったりしています。
人と会って話す方が、一人で考えるより圧倒的に良いものが生まれるので、それは徹底していますね。資料を見るにしても、紙を触りながら話すと普段と違う記憶が刻まれるという作用もあります。ただし、会ったら必ずその場で決めることも大事です。そうしないと効率が悪くなってしまいますから。
木下:私はエンドユーザーのことを考えるのが好きで、いつも心掛けています。それもあり、今はPR視点でクリエーティブを考えるチームに所属しています。
このポスターのコピーを作るときも、見る人の気持ちを考えました。各国の重役らが見るので、スケールの大きな視点で。一国の重役になったつもりで(笑)。あと、SDGsは地球への働き掛けなので、エンドユーザーには地球も含まれると思い、その視点も意識しました。もちろん、ポスターだけで何かが変わるわけではありませんが、少しでも地球に対する希望を表現できればと考えました。
ー最後に、2人が目指すクリエーター像を教えてください。
小柳:僕は、大きな気概を持って仕事をしたいですね。せっかくこの会社にいるのだから、日本のクリエーティブを前進させるような気持ちで。本当にその役を担っている人は、こんなこと言わないのでしょうが(笑)。そのくらいの気概でやるのが一番良いのかなと思っています。
木下:私はあくまで希望ですが…、他の人をインスパイアできるクリエーターになれたらうれしいです。クリエーティブの面だけでなく、人として。若い人や同じ女性を勇気付けられるような、そんな人間になりたいです。