3回にわたり超高齢社会の課題をビジネスの視点から解決することの意義や重要性、その手法についてひもといてきた当連載。今回は臨床心理士で老年心理学の専門家・黒川由紀子先生と電通シニアプロジェクト代表の斉藤徹氏がそれぞれの立場から意見を交わします。
黒川:私どものいうミクロの声と、斉藤さんのおっしゃるビジネス視点がインタラクティブになれば、課題解決につながるのかもしれません。
どんな社会を目指すのか?哲学を持って超高齢化を考える
斉藤:今後ますます高齢化が進むことで、直近では、団塊世代が75歳以上の後期高齢期に突入する2025年問題が取りざたされています。健康状態の変化による生活や介護の問題、社会保障費の増大など、課題は山積みです。
黒川:この研究所には、事業継承に関わる方からのご相談なども多く寄せられるようになりました。経営者が70歳を超える中小企業の約半数は、後継者が決まっていないのです。
斉藤:そうなると、経済にも影響を及ぼしますね。これまで高齢者の課題は、行政や社会福祉法人の領域だと考えられてきました。しかし今後は、行政と民間が協働して取り組まないと間に合いません。世界ではSDGsのような社会的テーマにビジネスとして取り組む動きも活発化しています。
重要なのは、日本にも行動を起こす若い人たちが出てきたという点です。とはいえ、超高齢化課題に応じたアイデアを市場化することは容易ではありません。なぜなら、世界的に先例がない。
黒川:だからこそ、私たちは今とてもチャレンジングでワクワクするステージに立っていますよね。
また、高齢者の課題を単体で考えていてはダメで、若者世代がこれからどう生きたいのかも知らなければなりません。今の20〜40代の人たちにこそ、超高齢化は切実です。全ての課題はつながっており、生きる哲学も含めて考えていくことが大切です。
斉藤:どんな社会を理想として追求していくのかをベースに、超高齢化を考えていく。
黒川:世代や立場を超え、お互いにリスペクトを持って学び合う姿勢が重要だと認識しています。
原点はたった一人の声を傾聴して考えるN=1の発想
斉藤:超高齢化社会の課題解決ビジネスに必要なことの一つに、傾聴が挙げられると思います。
黒川:私ども臨床心理士のなりわいは、目の前のたった一人の声を継続的に聞くことです。そこで語られるのは、ミクロな世界で起きている個人的な困りごと。マクロの社会に表れている課題は、一人一人の不自由、不具合、不足の集合体です。
何人たりとも当たり前に日々の暮らしがあり、当たり前に幸せを願うもの。相手の生活や思いをリアルに感じるセンスが養われていないと、おかしなことになってしまいます。
斉藤:ところが、実際に自分ごととして捉えるのは難しく、どこか他人ごとに感じてしまう。私はよく「この商品は高齢者に売れますか?」と聞かれるのですが「そのサービスを、自分の祖父母や両親が買うと思えますか?」と返すことが多いです。N=1の重要性というか。
黒川:「どうしたらこの人の役に立てるだろう?」という観点で考え出されたものが、後に広く支持を得た例は多々ありますよね。
電通シニアプロジェクト代表・斉藤徹氏
斉藤:『超高齢社会の「困った」を減らす課題解決ビジネスの作り方』で紹介しているのも、個人の体験に基づいた強い思いがベースとなった商品やサービスがほとんどです。結果的にベンチャーの事例が中心になりました。大企業のシステムでは、なかなか個人の思いを実現するのが難しい面がある。ならばベンチャーを支援する、開発に投資するなど、属性によって役割を分担するという発想もできます。
じっくりと、中長期目線でトライアンドエラーを重ねる
黒川:関わる人全てが自分ごととして捉え、かつ深い理解に基づいてニーズをくみ上げ、細やかに構築していかないと良いサービスはできませんね。
斉藤:そのためには、時間をかけることが不可欠ではないでしょうか?本の中でお話を聞いたベンチャーでも、アイデアがすんなりと軌道に乗ったケースはほぼありません。先例がないことは、知見を蓄積するために時間がかかります。
黒川:まさに、時間をかけることの価値を見直す時期にきています。一定時間内に多くのものをつくってばらまくのではなく、今一度、じっくりと取り組む手仕事的な価値観に立ち返るべきではないでしょうか?
斉藤:確かに、中長期的に取り組んだ方がうまくいっているケースが多い。相手の声に耳を傾けながらリチューニングを繰り返していくことが重要です。
黒川:そのようにゆっくりと学びや仕事を積み重ねていくことが、長い目で自他にとって意味を持つというメッセージを若い人たちに伝えたいですね。
斉藤:社会の課題を解決する試みを後押しし、今後参入したい人たちへのきっかけをつくっていきたいと思います。