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Dentsu Design TalkNo.11

電子書籍『広告会社からのイノベーションって?』

第一章「現代におけるイノベーションとは何か」(1)

2014/02/01

第一線で活躍するクリエーターや知識人、経営者をゲストに招いて電通クリエーターとの トークセッションをまとめた「DENTSU DESIGN TALK」シリーズが、株式会社ブックウォーカーのコンパクトな電子書籍専用レーベル【カドカワ・ミニッツブック】から刊行されました。

2014年1月30日に第一段として配信開始された、博報堂を経てリ・パブリック共同代表を務める田村大氏と電通特命顧問の白土謙二氏のセッション、『広告会社からのイノベーションって?』の第1章を少しずつご紹介致します。

 

<文化人類学的手法でイノベーションを考える>

白土:さて、まず初めに少し時間を割いて、専門用語などの基本的な定義のマインドセットを行いたいと思います。今回は「広告会社からのイノベーションって?」という非常にチャーミングなテーマなのですが、みなさんは基本的に、「広告会社」「マーケティング」「アイデア」「イノベーション」をそれぞれどのように捉えているでしょう。

例えば広告会社をメディアのエージェンシーと考えるのか、それともクライアントのエージェンシーなのか、あるいは生活者のエージェンシーであるのか。歴史性を踏まえ、現状をどのように見るかによっても、その解釈はずいぶんと変わってきます。

私は1977年に電通に入社し、約35年間、広告業界の変遷を見てきました。振り返ってみると、1980年代前半までは宣伝部が主導する「広告力」の時代でした。80年代後半は商品企画部が力を持つ「商品力」の時代。

90年代からは事業部が主体となり、統合的営業力が求められたいわゆる「インテグレーテッド・マーケティング・コミュニケーション(IMC)」の時代。そして90年代後半は「ブランド・マネジメント」の時代と言われました。

2000年代になると「経営企画」の時代がやってきます。株価は過去ではなく未来を評価するため、どんどん事業構想をして自社株の時価総額を高めることが求められました。

2003年にはIRのような戦略広報が非常に重要だと叫ばれ、2005年は日本でCSRが大ブームになり、企業の社会環境力が求められました。

このように、広告は依然として非常に重要な領域ですが、企業活動に求められるそれぞれのパワーはいずれも劣らず重要で、広告会社が扱う領域は近年ますます広がってきています。時代とともに個人に求められる性質も変化していて、例えば私が新人としてバリバリと働いていた80年代は、多くの企業の宣伝部は社長や役員の直轄でしたから、私のような代理店の新人もクライアントの社長とお付き合いさせていただいていました。しかし現在は、縦割りの中でいかにプロフェッショナルを目指すかということが求められているように思います。

 

 

<イノベーションには2つの側面がある>

田村:僕からは「イノベーション」をどのように考えるのかを話してみます。

東大i.schoolでは、大学生や社会人の方々が参加してイノベーションを生むワークショップを開きますが、私がファシリテーターを務めるワークショップでは、よく最初に「自身の人生を通じて、これはイノベーションだったと思うものを挙げてみよ」という質問を投げかけます。

みなさんは何かパッと思いつくものはありますか? 

私はこの40~50年でイノベーションというコンセプトそのものに大きな変化が起きたのではないかと考えています。試しに、1970年前後を振り返ってみます。1970年は大阪万博があった年ですね。この時代にはイノベーションという言葉がまだ普及していなかったそうですが、もし、この頃に先ほどと同じ質問を投げかけたとしたら、その答えは鉄腕アトムや、前年に月に到着したアポロ11号だと答える方が多かったのではないでしょうか。

そして、時代は変わりました。最近の事例で一番面白かったのはあるワークショップでの、若い学生たちのチームから出てきた答えでした。

それは「ジェルネイル」というものです。

学生たちによれば、これまで面倒だった爪のお手入れが、ジェルネイルの登場で画期的に変わったそうです。いったん塗ってしまえば、ひと月はお手入れ不要。この便利さを知ってしまうとマニキュア時代に戻れないと(笑)。

ところで、アポロ11号とジェルネイルが同じカテゴリーに入るのはすごいことだと思いませんか? おそらくこの理由はイノベーションには2つの側面があるためです。

昔は科学技術そのものがイノベーションであるという考え方でした。実際に、1955年に通商産業省が出した経済白書の中で"innovation"は「技術革新」と訳されました。おそらくその頃の人々には、科学技術が世界を変える、そして科学技術こそがこれからの未来をつくっていくという共通認識があったからではないかと思います。

では、ジェルネイルに科学技術の要素はあるでしょうか? おそらく画期的な技術の発展から生まれたものではないはずです。つまり、現代のイノベーションのポイントは技術革新の有無ではなく、「自分の生活を変えてくれるものかどうか」なのです。

例えば、アップルの製品を考えてみましょう。「iPhoneやiPodはイノベーションですか?」と誰かに聞いたとき、「そうは思わない」と答える方は少ないでしょう。しかし、iPodが初めて世に出た時、その中で使われていたパーツや要素技術に、画期的な新しい技術は使われていなかったと言われています。発売された2001年当時、既にMP3プレイヤーの技術は成熟していましたし、iTunes Music Storeを構成するウェブ技術も、その時代にはある程度枯れたものになっていました。しかし、それらの技術を再構成することで誰もが認めるイノベーションが起きたのは、ジェルネイルと同じように、自分の生活を大きく変化させてくれるという期待が社会に共有されたからです。ポケットサイズのポータブルプレイヤーに1000曲の音楽が入って、10時間連続再生ができる。しかも、音楽は1曲ずつ、聴きたくなったらその場で購入できる。iPodは実際に、我々の音楽体験を劇的に変化させました。

実は、科学技術が進む先というのは、意外と予想が簡単なんです。アポロ11号が月に到着したら、次に行くのは火星、あるいは月にコロニーをつくって定住を……と、未来が描きやすいですよね。ところがジェルネイルのように科学技術の革新そのものとリンクしていないものは、その予測が難しい。

そのように、今まで存在しなかったけれども自分たちの生活を大きく変え、豊かにしてくれるもの、それをどのようにして思い描くのか。ヒントがないだけに難しい。演繹的な思考からは描くことができないのです。僕らがどのようにイノベーションをつくっていくのかを研究している理由もそこにあります。現代のイノベーションの条件は必ずしも技術的なブレイクスルーが必要ではない。しかし、私たちの知覚や行動、価値観、習慣に変化をもたらすものでなければならない。ひとつのイノベーションによって、新しい生活やライフスタイル、新しい習慣が生まれてくる。これが現代のイノベーションなのではないかと思います。

※次回は2月2日に更新予定です。