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公開日: 2024/11/21

「ビジネスデザイン×空間デザイン」の両輪アプローチでインキュベーション施設を開発。慶應義塾大学に「CRIK信濃町」ができるまで(後編)

慶應義塾大学のインキュベーション施設「慶應義塾大学信濃町リサーチ&インキュベーションセンター(CRIK信濃町)」は、医療データを活用した共同研究拠点です。病院の中だからこそ、PoCから臨床試験、そして社会実装を目標にした多面的な研究・開発ができることが特徴です。

株式会社 電通では、新たに提供を開始した「KU-KAN TSU-KAN(クウカン ツウカン)」サービスで、この施設の企画構想からローンチまでを一気通貫で支援しました。

本記事では、電通 スタートアップグロースパートナーズに所属する統括プロデューサーの高井嘉朗氏をファシリテーターに、本プロジェクトについてのインタビューを実施。後編では、慶應義塾大学医学部 副医学部長(イノベーション担当)兼 慶應義塾大学医学部整形外科学 教授 中村雅也氏・慶應義塾大学 イノベーション推進本部 本部長 兼 スタートアップ部門長 新堂信昭氏と電通でビジネスデザインを担う志村彰洋氏・奥田涼氏に話を聞きました。

「慶應義塾大学ならでは」を大事にしたビジネスデザインサポート

高井:「CRIK信濃町」は、ビジネスデザイン、空間デザインを同時並行で進め、慶應義塾大学のサポートをさせていただきました。同大学の事業構想を基盤に、ビジネスデザインサポートを担った志村さんと奥田さんは、どのようなことを大事にしながらサポートしていきましたか?

志村:私たちは、電通の事業創造拠点を一から立ち上げ、2019年から5年にわたって運営してきました。こうした施設を長く運営するには、他のインキュベーション拠点との差別化が必要です。今回は、慶應義塾大学医学部/大学病院2号館の9階に構えられた施設ですので、ブランディングにおける差別化をとにかく大事にしながらサポートしていこうと思いました。

株式会社 電通 志村 彰洋氏

奥田:今、多くのインキュベーション施設が、コンセプトメイキングや運用においてどうやってオリジナリティーを出すか思案しています。本施設では、慶應義塾大学医学部や病院の先生や医師とディスカッションができ、また病院の医療データを活用(※)したコラボレーションができるという圧倒的な現場感があります。病院という空間だけでなく、ビジネスデザインにおいてもオリジナリティーの高い拠点になるポテンシャルを感じておりました。

高井:初期の事業計画サポートをさせていただきましたが、志村さんは「ビジネスデザインを独立して考えるのではなく、空間デザインと両輪でやっていこう」とお話しされていました。どのような点を重視して、ビジネスデザインされたのでしょうか。

志村:「人を真ん中にした医療・ヘルスケアを未来のコモンセンスにする」というコンセプトを重視し、その良さが失われないようにビジネスデザインをサポートできれば、と考えていました。そこで、独自性・価値の収益性、施設としての効率性の両面から収益計算できるよう、幅を持たせた初期事業計画づくりをサポートさせていただきました。

これまでの実績に基づく濃密な打ち合わせで「施設価値」を最大化

高井:慶應義塾大学として、今回の取り組みを振り返って、どういった点に価値を感じていらっしゃいますか?

株式会社 電通 高井 嘉朗氏

新堂:コンセプトづくりから内装設計、業者の選定や解体・施工工事、収支計画の策定、関係部署との調整などを含めて1年の猶予しかなく、タイムラインを意識した学内の合意形成プロセスが求められました。特に、本施設は本学単独で運営する初めてのインキュベーション施設であることから、ビジネスプランの検討に苦慮していましたが、電通の事業創造拠点の立ち上げや運営経験から得られたさまざまな助言は大いに役立ちました。電通の過去実績に基づき、納得できるまでディスカッションができたことは非常に有意義だったと感じています。

中村:また、空間デザインとビジネスデザインを行き来しながら深いディスカッションを短期間で効率的に何度も行えたことで、早い段階で本施設の「あるべき姿」の解像度を参画メンバー全員で共通認識化できました。この深いディスカッションから本施設が目指す「経年優化(時間の経過とともに価値が増すこと。建物や街並みが年月を経るごとに魅力や機能性が向上し、住む人々にとってより良い環境となることを目指す考え方)」の概念を導き出すこともできました。

高井:実施した数々の打ち合わせでは、志村さんや奥田さんのように事業コンサルディングやビジネスデザインを担う人財にリードしてもらいました。電通は、クリエイティブ制作を含む広告コミュニケーション領域だけでなく、顧客の企業活動全般を支援しており、そういった人財も豊富ですよね。

志村:はい。電通には、ビジネストランスフォーメーション(BX)コンサル、採用コンサルなどさまざまな人財がいて、他のコンサル企業に劣らぬ成果を上げています。中でも強みは、クライアントさまの思いに伴走し、コンサルタントながらも効率性だけを求めすぎないことだと感じています。

今回、事業創造拠点の運営経験をフルに生かして、成功・失敗しやすいポイントのご共有などもさせていただきましたが、やはり「病院ならでは」を生かしたレイアウト、それに基づくビジネスデザインサポートをさせていただきましたので、ハード面は徐々に古くなったとしても、施設に関わる人のライフタイムバリュー(LTV:顧客生涯価値)が最大化されるような施設になってくださったらサポート冥利に尽きます。

奥田:打ち合わせでは、事業創造拠点の運営経験が非常に生かされたと感じています。事業として施設の特徴をどう見せた方が良いかを、国内や世界を見渡し、その施設に足りないものは何か、オリジナリティーを出すのに必要はものは何かを検討した上で、クリエイティブなアイデアを吸収することもできる。これは、他社にはない電通だけの強みではないかと思います。

株式会社 電通 奥田 涼氏

慶應義塾大学で起業したい人たちの拠点に

高井:これからこの施設でどういった活動を行っていくご予定ですか?

新堂:今後インキュベーションの場づくりを継続的に行っていきます。例えば、大学の研究成果のショーケースとして、教員や研究者が参加するワークショップやハッカソン(短期間に集中して、プログラミング作業などを行うイベント)、ピッチイベント、スタートアップ企業などの事業紹介や事業成長につながる各種セミナー、慶應のインキュベーションプログラム(KSIP:Keio Startup Incubation Programの略称)の発表会などのさまざまなイベントを開催し、大学の教職員・研究者・学生や施設入居者、起業家や支援者など、多くの人たちとの出会いや交流のきっかけとなる場をつくっていきたいと思います。

中村:本施設のコンセプトである「人を真ん中にした医療・ヘルスケアを未来のコモンセンスにする」の下、病院施設内にあるという特性を生かしつつ、同じ志を持った医療・ヘルスケア関係者や幅広い領域のスタートアップ・大手企業が集い、共に研究開発を行い、成長する場となることを願っています。今後も、従来の教育と研究という大学の役割にとどまらず、この施設で得られた成果を社会実装につなげ、より良い社会の実現に貢献することを目指していきます。

 


 

病院という施設の特性を生かし、インキュベーション施設として独自のポジションを確立した「CRIK信濃町」。空間デザインとビジネスデザインを同時進行しながらサポートするという開発プロセスも、この施設の独自性を形作る要因だったことがご理解いただけたのではないでしょうか。

※医療データの活用は研究ごとに審議の上、患者さんの同意を得て行います。

※掲載されている情報は公開時のものです

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著者

中村 雅也

中村 雅也

慶應義塾大学 / 慶應義塾大学病院

1987年、慶應義塾大学医学部卒業。慶應義塾大学医学部整形外科学教室、米国ジョージタウン大学を経て、2000年、慶應義塾大学医学部助手。京都大学再生医科学研究所非常勤講師 、星薬科大学薬理学教室非常勤講師、慶應義塾大学医学部整形外科学教室准教授を経て、2015年より同教授(現在に至る)。日本整形外科学会・学会奨励賞、ベルツ賞、日本再生医療学会賞など受賞多数。

新堂 信昭

新堂 信昭

慶應義塾大学

アステラス製薬株式会社創薬研究部門にてオンコロジー領域を中心とした上市薬(XOSPATA)および複数の開発化合物品の創出に貢献。オープンイノベーション部門、CVC部門にて欧米でのアカデミアとの提携やスタートアップへの投資実行、ジョイントベンチャー設立等を推進。研究企画部にて産官学連携に関わるアライアンスの統括マネジメントを経て、2022年より慶應義塾大学イノベーション推進本部スタートアップ部門長に着任。保健学博士。NEDO SSAフェロー。慶應義塾大学 大学院 医学研究科 修了。

高井 嘉朗

高井 嘉朗

株式会社 電通

電通入社後、メディア・マーケティング・ビジネスプロデュースを経験。スタートアップ「ファンズ」をアクセラレーションプログラムで優勝に導き、出向。 その後、電通のスタートアップ専門プロデューサー組織Startup Growth Partnersを立ち上げ、帰任。現在は主に、スタートアップの企業価値向上のためのグロース支援、スタートアップ×大手企業のイノベーション支援、大学発スタートアップの創出支援に従事。また、業務委託でユーザベースと電通のJVであるNewsPicks StudiosのCOOとして自ら経営支援も行い、事業成長に貢献。

志村 彰洋

志村 彰洋

株式会社電通

2006年電通入社以来、国策事業・スマートシティーのプロデュース、先進技術・システム開発のコンサルティングなどに従事。インテレクチュアルプロパティーデザインを専門として、新規事業開発や国際標準化活動も推進。その他、コンピューターサイエンスや数理モデルに関する国際会議、講演、審査員、論文掲載多数。IEC国際標準化策定エキスパート、IWRIS最優秀論文賞など受賞歴多数。

奥田 涼

奥田 涼

株式会社 電通

Femtech and BEYOND.メンバー。カリフォルニア州立大学をコミュニケーションデザイン専攻・コンピュータサイエンス副専攻で卒業。2005〜2010年コンサルティング会社にてコンサルタントとして通信系企業や大手メーカーなどBtoC・BtoBにかかわらず、幅広い企業のコンサルティングを経験。2010年〜現在マーケティングコンサルティング、ブランディングコンサルティングの実績を積む。大手企業のコンサルティング経験を生かして、クライアント新規事業領域でのビジネスクリエイションプロジェクトに多く参画。

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