dentsu Japan(国内電通グループ)は、重点領域を切り開く事例創出を担う役職として、グロースオフィサー(GO)を設置しており、2025年度には、各領域から7人が選出されています。本連載では、電通が掲げる「真の Integrated Growth Partner(インテグレーテッド・グロース・パートナー)」を体現するGOたちの、未来に向けての視点と思考に迫ります。
今回登場するのは、AI/クリエイティブ領域を担当する並河進GO。国内電通グループのAI戦略を主導するキーパーソンは、AIの現在地をどう捉えているのか。未来に向けてどのようなAI変革を構想しているのか。
並河進(なみかわ すすむ) dentsu Japanグロースオフィサー。電通入社後、コピーライター、クリエイティブディレクター、プログラマーを経て、2017年に電通デジタルに出向し、AI・データとクリエイティビティの融合を目指す「アドバンストクリエイティブセンターを立ち上げる。21年に電通カスタマーエクスペリエンス・クリエーティブ・センターの発足とともにセンター長に就任。生成AIを活用した体験を開発。22年に電通クリエイティブインテリジェンスを発足させ、東京大学AIセンターとの共同研究をスタート。Augmented Creativity Unitのユニットリーダーを務める。25年から現職。国内電通グループの「AI戦略」「AI開発」「AIによる創造力拡大の研究」「AIによるマーケティング・クリエイティブの高度化」「企業向けAIトランスフォーメーション支援」をリードする。近著に「AIネイティブマーケティング ⼈、企業、AIの幸せな関係をつくる」(宣伝会議)AIにより事業成長やイノベーションを生み出す ──最初に、グロースオフィサー(GO)としての現在の仕事の内容について教えてください。
並河: dentsu Japan、すなわち国内電通グループ全体におけるAI推進の旗振り役とクリエイティブを担っています。 現在、仕事は大きく2つあります。1つは、dentsu JapanにおけるAI活用推進のために、必要に応じてさまざまなAIツールを開発し、利活用を推進していくことです。もう1つは、クライアントの興味・関心がAI技術そのものから「AIを使ってどんな課題を解決できるのか」ということに移りつつある中、クライアントに伴走してdentsu Japanならではの支援や提案を行っていくことです。 dentsu Japanは、昨年発表したAI戦略「AI For Growth」を刷新した「AI for Growth 2.0 」を今年5月に発表しました。さらに7月には、dentsu Japanを横断する1000人規模の組織「dentsu Japan AIセンター 」を立ち上げました。
──AI For Growthについて、戦略の骨子や特徴を教えてください。
並河:AI For Growthのビジョンとしてのユニークさは、効率化の文脈で語られることが多いAIを、事業成⻑やイノベーションを⽣み出すことにも活⽤していくと宣言しているところにあります。その底流には、「人とAIが共に成長していく」という思想があります。 さらにAI For Growth 2.0では、「マーケティングのすべてをAIネイティブ化する」とうたっています。言い換えれば、「AIを当たり前に使うようなマーケティングに進化していく」ということです。リサーチ、プランニング、クリエイティブをはじめとする各種の実施、その結果計測といったマーケティングのプロセスのすべてを、AIで進化させていくことを目指しています。 そのときカギとなるのが、2つの「そうぞう力」です。 1つは、「想像力」。マーケティングにおいては、人の気持ちを想像する力がとても重要です。生活者や消費者、顧客の姿を思い浮かべながら「どういうことが困りごとなのだろう」「どういうことが実現したらうれしいのだろう」と想像する中から、マーケティングのヒントは生まれてきます。 もう1つは、「創造力」。生活者や消費者、顧客の喜びや困りごとを想像できたら、「だとしたら、こういう体験を提供したら喜んでもらえるのではないか」「こんな事業を立ち上げたら、困りごとを解消できるのではないか」と発想を広げて、今までなかった新しいものを創り出す力です。 「想像力」と「創造力」。この2つをAIでどう強化できるか、どう拡張できるかが勝負だと思っています。
──具体的にはAIをどう活用して、「想像力」や「創造力」を強化・拡張していくのでしょうか。
並河:「想像力」については、生活者に関する膨大なデータを基にして、1億人規模の高解像度なペルソナを仮想再現するAIモデル「People Model」を発表しました。 他方、「創造性」については、「Creative Thinking Model(創造的思考モデル)」を具現化したツールとして、AIコピーライター「AICO2」や、アートディレクターの思考法を学習させることでビジュアルアイデア生成機能を実現した「AIアートディレクター」を発表しています。これらのツールは、いずれもdentsu Japanのさまざまな知見、コピーライターやプランナー、アートディレクターの知見をAIに学習させることで開発したものです。こうした知見こそが、技術の進化とともに目まぐるしく変化するAIの世界において、私たちの競争力の源泉になると考えています。
「空振り」から「ホームラン」まで、その振れ幅が面白い──AICO2やAIアートディレクターといったAIツールの開発意図や特徴について教えてください。
並河:コピーライティングにしても、ビジュアルアイデアにしても、汎用LLM(大規模言語モデル)に「コピーを書いてください」「広告のビジュアルを考えてください」とお願いすれば一応は出てくるのですが、どうしても平均的であったり優等生的であったりという問題がありました。それを解決したくて、LLMをファインチューニングすることで生まれたのがAICO2やAIアートディレクターです。 AIを使って出てくるコピーやビジュアルアイデアが予想の範囲内のものだとしたら、「だったら、人間がやればいい」という話になりますよね。だから、自分たちの想像を超えるものがふと出てきて、それによって人間がインスピレーションを受けて新しいものを生み出せるような、そんなAIをずっと作りたいと思っていました。AICO2が出すコピーには空振りもありますが、ヒットも打つし、ホームランだって打つ。その振れ幅が面白いと思っています。 マーケティングの仕事においては、答えは1つとは限りません。イノベーションを起こそうと思ったら、1つの答えに固執するよりも、選択肢をたくさん持っている方がむしろ可能性が広がる。AICO2やAIアートディレクターの開発意図の1つはそこにあります。
──dentsu Japan AIセンター発足の狙いと活動内容について教えてください。
並河:ある領域を一気に進化させることを目的に、その領域に強い人財や技術、ノウハウを集約した組織や拠点のことを「センター・オブ・エクセレンス」と言いますが、まさにAI領域におけるセンター・オブ・エクセレンスとして立ち上げたのが dentsu Japan AIセンターです。 AI開発というのは総合芸術のようなところがあって、AI自体に関する知見のほかに、自社やクライアントの業務に関する知見、システムやエンジニアリングに関する知見など、さまざまな領域の知見が必要とされます。 幸いにしてdentsu Japanには、広告からビジネストランスフォーメーションまで扱う電通、デジタルマーケティングに強い電通デジタル、システムインテグレーションを得意とする電通総研など、それぞれ異なる事業領域に強みを持つ会社があり、そこには豊かな知見があり、優秀な人財がいます。dentsu Japan AIセンターは、いわばそうした点と点をつないで、線や面にしていく場でもあります。 dentsu Japan AIセンターは、いくつかのユニットから構成されています。ユニットごとに活動内容は異なり、あるユニットは、クライアントの課題に対してAIをフル活⽤してソリューションを提供しています。従来のプレゼンテーションという形で提案をすることもあれば、AIを取り⼊れたセッション⽅式でクライアントと⼀緒に議論しながら答えを⾒つけることもあります。また別のユニットでは、クライアントのマーケティング領域での業務に伴走して、AIエージェントの開発などに取り組んでいます。このようなマーケティング業務の変⾰⽀援を行う一方で、マーケティング領域ではなく、営業支援や人事支援のためのAIエージェントを開発しているユニットもあります。
──AIについては、企業に恩恵をもたらす一方で、 誤った情報を生成する現象(ハルシネーション)や著作権にまつわる懸念も指摘されています。
並河:そうしたAIに関する課題に対応するため、dentsu Japanは「AIガバナンスコミッティ」を設置し、複数の視点でチェックする体制を整えています。 AIのリスクというのは、いくつかの複合的なものであって、著作権問題に関する「学習データについての不安」もあれば、自社データの入力の安全性に関する「インプットデータについての不安」や、AIによるアウトプットがSNSで炎上しないかといった「アウトプットについての不安」などがあります。ですから、 AIのリスクは漠然と考えるのではなく、分解して捉えていくことが大切です。AIガバナンスコミッティも常にそうした観点からチェックを行っています。
「ABCトライアングル」の、いい関係をつくりたい──AI人財の育成については、どのような取り組みをしていますか。
並河:dentsu Japanの中に設置された「データ&テクノロジー委員会」が、グループ全体のAI人財育成に取り組んでいます。社員はAIの習熟レベルによって、「AIベーシック」「AIファシリテーター」「AIマスター」のランクに分けられています。 まず、AIベーシック。全ての社員が、まずはこのランクに位置づけられます。AIの知見を共有しながら習熟度を高めていけるように、「AIベースキャンプ」というdentsu Japan社員なら誰でも参加できるオンライン勉強会を月1回行っています。毎回700~800人ぐらいが参加しており、AIを使ってこんなことができるといった技を共有し合う場になっています。 次に、AIファシリテーター。日本ディープラーニング協会(JDLA)が実施するAI・ディープラーニングの活⽤リテラシー習得のための検定試験「ジェネラリスト検定(G検定)」に合格した人たちで、現在およそ1000人います。 そして、AIマスター。実際にAIを使ったプロジェクトや推進活動を行った経験のある人たちで、現在100人強います。その中でも特に高いスキルを持つ者を「主席AIマスター」と呼び、現在6人います。僕もその1⼈です。
──ヒトがAIと共存する未来をどう見ていますか。
並河:電通が実施した調査 (※)では、「対話型AI」に感情を共有できる人(「非常に共有できる」「共有できる」「やや共有できる」の合計)は64.9%。「親友」「母」に並ぶ“第3の仲間"になっていると言えるでしょう。中には、友人よりAIの方が「相談しやすい」「自分を理解してくれる」と感じている人もいるかもしれません。
※対象者条件:対話型AIを週1回以上使用する12~69歳
他方、これまでの話の中でも触れてきたように、企業においてはマーケティング領域をはじめ、あらゆる活動領域でAIの活用が進んでいます。 それが意味することは、「生活者の隣にAIがいる、企業の隣にもAIがいる」ということです。僕はそれを(AI、Business、Consumerの頭⽂字をとって)「ABCトライアングル」と呼んでいます。「B to C」と呼ばれるこれまでの企業と生活者の直線的な関係が、AIを含めた三角形の関係になりつつあります。 こうした三角形の関係になることで、最終的に企業と生活者の関係がよりよくなるのが理想的です。とはいえ、AIが企業と生活者の間に介在することでコミュニケーションがうまくいかなくなる場面が、この先きっと起きてくるでしょう。 このABCの関係がどうなっていくかは、ビジネスはもちろん、人間社会にとっても非常に重要な分岐点だと思っています。究極的には人々が幸せになることがいちばん大事だと思っているので、未来に向けてABCのいい関係をつくれるように、仕事を通して貢献していきたいですね。
──最後に、AI/クリエイティブ領域担当のグロースオフィサーとして、今後どのように仕事をしていきたいですか。
並河:やはり面白がることが大事かなと思っています。 AIを使って答えを求めて、出てきた中から成功する確率が高そうなものを選ぶ、という仕事の仕方ばかりしていると、AIを使っているのか、AIに使われているのか、わからなくなってきますよね。AIから出てきた答えだけが答えではないですし。一方で、 AIが自分の思っていたのとは違うことを言ったときには、「それはそれで面白いな」と思う気持ちも大切です。何か1つのツールを導入したら、それで明日から問題が全部解決するなんてことはないですから。最終的には、人が成長していけるようなAIの使い方を、しかも企業のカルチャーに合わせて、模索し、変革していくことが重要だと考えています。 この先の未来を考えるとき、全てのことをAIで解決しようとする「AI至上主義」と、AIができることと人間が得意とすることは異なるとする「AIと人間の分業」の、どちらかで語られがちですが、僕はそのどちらでもなく、AIと人間が一緒になって面白がりながら、お互いのいいところもありながら、刺激し合いながら、ともに進化していく──そんな未来を目指していけるといいなと思っています。
「AIネイティブマーケティング 人、企業、AIの幸せな関係をつくる」 並河進・著 AIが日常に深く浸透した社会において、企業と人がどのようにAIと関係を築き、マーケティングを再構築していくべきかを体系的に示した一冊。当たり前のようにAIを使いこなす「AIネイティブパーソン」、業務プロセスがダイナミックに再構築される「AIネイティブマーケティング」、AIが人々を独自のアルゴリズムでつなぐ「AIネイティブ社会」についても解説している。
自らを「AI(会い)に行くグロースオフィサー」と呼ぶ並河GOは、グループ会社のいろいろな部署に足を運び、社員たちの話を聞くようにしているという。「こんなことをやってみたい」「こんなことができたらいいな」といった現場の生の声の中から、アイデアが生まれ、AI利活用の出発点になることもあるとか。取材時の写真撮影では、AIの旗振り役として、実際に旗を振ってくれた。デジタルの人と思いきや、アナログな一面と遊び心も持った人である。