マーケティングの世界の住人が、アートの世界を覗いてみた。No.11
古後友梨さん
2025/09/22

電通・宮川裕による連載「マーケティングの世界の住人が、アートの世界を覗いてみた。」
エイベックスのアート事業「MEET YOUR ART」の共同代表である古後友梨さんのお話を伺うために、シンボリックな拠点「WALL_alternative」を訪問した。僕がMEET YOUR ARTというものに初めて触れたのは、2022年の「MEET YOUR ART FESTIVAL 2022 ‘New Soil’」。参加ミュージシャンに誘ってもらい恵比寿の会場に足を運んだが、若い来場者であふれており、すごい熱気だった。その後フェスは会場を天王洲に移し、事業としてますます成長しているようだ。その核心は何か。いちビジネスパーソンとして、とても気になる……。
◆間口を広げる

MEET YOUR ARTは、2020年12月にYouTube番組を開設したところからスタートしているので、そこから5年が経ちました。ホップ・ステップ・ジャンプで言うと、今はホップからステップにさしかかったところかな、と思っています。
MEET YOUR ARTという事業には、メディア(YouTube番組)、毎年恒例のMEET YOUR ART FESTIVAL、ここ西麻布のWALL_alternativeをはじめとするスペースもあります。それだけでなく、今複数の事業者さんと連携してスペース開発、拠点づくりもやっていますし、アートイベントの広報事務局、企業とのアライアンス、アーティストとマッチングさせたイベントも定期的に実施しています。事業の幅がどんどん広がってきていて、常に走り続けているイメージです(笑)。

MEET YOUR ART FESTIVALは、アートから遠い人にとっても、初めてのゲートになるといいなと思っています。ある種のエンターテインメント体験として、アートってアリだな、と自分にとっての新たな体験価値として持ち帰ってもらいたい。アートを見に行く、購入する、それは素晴らしいことですが、その手前で、まずは間口を広げることに意義がある。このフェスは今年で4回目を迎えるのですが、昨年は5万人の来場がありました。毎年10月にやっているという認知は、アート業界に浸透してきている手応えもありますし、ファッションやカルチャーといった私たちがリーチしやすい隣接した業界の人たちからの評価の声もいただくようになりました。一緒にやりたいとのお問い合わせが増えたり、企業の方とお話ししていても、その中のどなたかが「フェスに行ったことある」と言ってくれるくらいに浸透してきました。そういう外からの反応が本当に増えてきていて、ステップにさしかかってきたんだなぁと実感しています。
◆経済社会とアーティストをつなぐ

私は学生時代から、アーティストの人たちはどうやったら経済社会と接点、マネタイズポイントを持てるのだろうという疑問を持っていました。映画や音楽などエンタメ業界の市場にはさまざまなプラットフォームがあるのに、アート領域のアーティストは、これといったプラットフォームに乗っていないのでは、という感覚。なので、アーティストの方々と社会をつなぐような「通訳者」、そういう人間になっていかなければならないという使命をずっと自分に課している感じがあり、エイベックスに入社しました。

音楽業界にはいつの時代もいろんなプラットフォームがありますが、そのプラットフォームにミュージシャンを乗せたからといって、当然ですがみんながみんな成功するわけではないですよね。言ってみれば、ロジックが立ちきらないところに投資しているわけです。そしてエンターテインメントというのは、なんだか分からないけどすごく感動する、といった人の心の動きを追求するもの。そのような状況において、エイベックスはソフトに投資していくことで結果を出す、経済社会の中でマネタイズしていくことをやっています。加えて、私たちの強みは、エンターテインメント業界で培っている精神性というか、エイベックスというコミュニティの精神性かもしれないのですが、いろいろな意味で「タレント(ミュージシャン、アーティスト)が一番」という姿勢です。たとえアカデミックな背景がなかったとしても、この2つの軸を持ちながらアートの領域でもアーティストとともに挑戦していって、新しいマネタイズポイントを模索していく。私としての挑戦も、ここにあります。
◆大きくコトを起こしていく

経済社会の側に、アートに対する深い理解やリスペクトがないかぎり、なかなか自然とつながることはない、という構造的な問題があります。ではどうつなぐのか、というのがポイントで、経済社会に対しては、いかに「インプレッション(経済性など)を出せるか」ということが、やはり重要になります。2022年のフェスで3万人、昨年は5万人が来場し、そこから私たちの事業は大きく加速しました。今私たちは、国内のインプレッションを上げていくことと質へのこだわりには自信を持っていますので、そういったアプローチでつなぐということに貢献できると思っています。

アートに対するリスペクトに加え、大きくコトを起こしていく、アート業界全体として経済波及効果を出していく必要もあると常に感じています。そのためには、この状況を俯瞰し、経済波及の観点から考えることのできるプレーヤーが必要です。ただ、現状ではそこを俯瞰できるプレーヤーもそれほど多くないのではと感じていて。そういった意味でもつないでいくということができたらもちろんよいですね。国内にもさまざまなアートフェアやアートイベントがあり、国際芸術祭や都市型のアートイベントの特に広げる役割の部分で連携させていただいています。これからも、私たちがアート業界のさまざまなプレーヤーに対してバリューを出せる状況があれば、ぜひ積極的に連携し、一緒に日本の文化芸術の魅力を世界に発信していきたいです。
また、私たちが事業として大きく成功を収めること、その姿をきちんと社会に示すことで、後に続くプレーヤー、経済社会とアーティストの狭間をすくい上げていくプレーヤーを見いだしていかなければいけないとも思っています。
◆磨いて馴染ませていく

今、ここWALL_alternativeでは、大野修さんの作品を展示しています(2025年9月3日-9月29日)。展覧会タイトルは「Bug-Fi」。バグによる不測の事態も包容する、そんな作品性です。大野さんの作品ではないですが、私たちも新規事業を生み出すビジネスパーソンとして活動していく中では、予測できない事態の連続です。それがおもしろさでもあると思うんです。たとえばこの一年で伝統工芸や産業との濃密な出会いがありました。これまで主に現代アートに寄り添って事業をやってきたのですが、このような出会いは当初はまったく想像もしていませんでした。伝統工芸や産業にも、アート業界と似たような課題があるなと感じていて、見せ方や社会的な価値を再定義することで、新しい流通やプラットフォームの構築ができるのではないかと可能性を感じています。
今は、このような偶発、広がりは常にあり、常に向き合っています。ただ、それがMEET YOUR ARTの立ち上げの時にあったら、事業構造の軸がブレていたかもしれません。私たちの事業ビジョンとして、アートと社会の接点をいかにつくっていくか、収益化するための新しい構造をいかにつくっていくか、そんな使命を掲げ、チームみんなの共通認識として確立できているので、今やどんな想定外がきても大丈夫だと思っています(笑)。ここまで構築する過程では難しさもありますが、ビジョンをきちんと持ちながら歩み続けていると、自分たちにとって不本意な偶発というのはほんとになくなっていきます。私たちがやっていることをしっかり見ていただいた上で、心から応援してくださったり、一緒に何かしたいと思ってくださる。そんな出会いの日々です。

大野さんの作品は、いろいろな素材、コンクリートだったり、真鍮だったり、木だったりを組み合わせて、最後は磨いていくということをしています。大野さんが言っていたのですが、「今、日本社会には不測の要素が複数生じていて不安定だけれど、磨いていって馴染ませていくと、一つの形になっていくんじゃないかな」と。まさに私もそうだなと思っていて、いろんなことが飛び込んできますが、受け入れながら磨いていきたいなと思っています。
◆
古後さんが「ステップにさしかかったところ」と言っていたのが印象的だった(こんなに成功しているというのに!まだホップを過ぎた程度?)。ジャンプって、どんな姿なんだろう。よい事業とは、きっと外部の人間さえもジャンプ姿を想像したくなるようなものなんだろうな、と。「マーケティングの世界の住人が、アートの世界を覗いてみた。」という切り口で連載を始めて良かった、しみじみそう思った。(宮川裕)

画像制作:岩下 智
MEET YOUR ART FESTIVAL2025 開催概要
■日程:2025年10 月10日(金)- 13日(月・祝)
■場所:東京・天王洲運河一帯
■ URL:
(HP) https://avex.jp/meetyourart/festival/
(TICKET):http://bit.ly/3TFKSJD