雑誌や書籍作りで培われた出版社のクリエイティブ力やブランド力が、いま注目されています。本連載では、世の中のマーケターに向けて、さまざまなテーマでいまの時代における出版社のアセットやコンテンツ作りを紹介しながら、出版業界を活用するヒントをお届けします。
今回のテーマは、「マンガIP」。いまや世界中に熱狂的なファンを抱える日本のマンガの中でもトップランナーとして数々のヒット作を生み出してきた、集英社「週刊少年ジャンプ」の強さの秘密や、企業とのコラボレーションの可能性を探ります。
ゲストは、週刊少年ジャンプ編集長の齊藤優氏、三編メディアプロデュース室室長の大西恒平氏、メディアビジネス部の田中宏樹氏。聞き手は、電通 出版ビジネス・プロデュース局の内藤有氏です。
(左から)電通 出版ビジネス・プロデュース局・内藤有氏、集英社 三編メディアプロデュース室室長・大西恒平氏、集英社 週刊少年ジャンプ編集長・齊藤優氏、集英社 メディアビジネス部・田中宏樹氏。齊藤氏が着ているのは、週刊少年ジャンプによる、デジタル版定期購読者限定の新プロダクトブランド「Every Monday」のTシャツ。 “現場至上主義”“新人作家の積極的な起用”が、ジャンプの強さを生む内藤:はじめに自己紹介をお願いします。
齊藤:週刊少年ジャンプの編集長を務めています。2005年に集英社に入社して、週刊少年ジャンプ編集部に配属され、『黒子のバスケ』『ニセコイ』『HUNTER×HUNTER』『ワールドトリガー』などの作品を担当しました。その後、キャラクタービジネス室副室長、週刊少年ジャンプ副編集長を経て、2024年から現職です。
大西:2001年の入社時に、週刊少年ジャンプ編集部に配属され、2020年から同編集長(メディア担当)となりました。これまで『ROOKIES』(ルーキーズ)、『銀魂』(ぎんたま)、『ONE PIECE』など多数の作品を担当してきました。2025年より、三編メディアプロデュース室を統括し、アニメ、グッズ、映画など、ジャンプ作品の二次展開を担当しています。
田中:私は2002年入社です。最初女性誌の「LEE」に配属されて、数年後に広告部(現メディアビジネス部)に異動し、現在に至っています。長く営業畑におり、ラグジュアリーブランドの担当が多いです。2024年より部内に「IP企画プロモーション課」という組織ができまして、そこの課長として企業とマンガIPのコラボなどの広告戦略も担当しています。
内藤:ありがとうございます。ジャンプの作品作りのことからお話を伺いたいのですが、編集部として大切にしている価値観や哲学は何でしょうか?
齊藤:“現場至上主義”なところでしょうか。ジャンプ編集部は作家1人に対して、編集者1人が担当につきます。基本的に各作品は担当編集者に一任しているので、私が作品の内容に口を出すことはあまりありません。編集者の裁量は大きいですね。
内藤:ジャンプは、“友情・努力・勝利”というスローガンが広く知られています。編集において、このスローガンは意識されていますか?
齊藤:実はそれ、私たちは掲げてないんですよね。少なくとも私が入社して以来20年、編集部内で「友情・努力・勝利を意識しろ」と言われたことは一度もありません。前編集長が、「面白くて幅広い人気があるマンガには必然的に“友情・努力・勝利”の要素が入ってくるんじゃないか」と言っているのを聞いて、なるほどと思いました。あえてテーマを挙げるなら“面白いかどうか”、それに尽きると思います。 編集部員には「新しいものを見せてほしい」とは伝えています。例えば、海賊バトルマンガを新たに始めようとすると、当然、『ONE PIECE』と比較されますよね。偉大な先人の作品と同じジャンルで戦うのであれば、何か一つでも新しい要素がないと勝てるわけがない。編集者も作家も日々試行錯誤しながら新しいものを生み出しています。
田中:常に新しいものを探していて、その姿勢自体が、“ジャンプらしさ”になっているのかもしれませんね。ジャンプの前に道はなくて、ジャンプの後に道ができてくる。編集部の外にいる私から見ても、ジャンプでマンガを作ることに対して作家も編集者も矜持を持っています。
内藤:ジャンプの強みや特徴は何でしょうか?
齊藤:これは昔からずっと変わっていないのですが、実績がない新人作家さんを積極的に起用し続けているところだと思います。ジャンプは創刊当時、なかなか他誌の人気作家が集まらず、初代編集長が新人作家さんを起用したところから始まりました。そのため、新人作家さんの起用をいまでも大事にしていて、新人作家の連載第1話目を掲載するときは、必ず表紙のメインビジュアルに起用しています。
内藤:新人作家に連載させるための手法について。おそらく持ち込みの電話などがあったりすると思いますが、他に新人を発掘するためにどのようなことをされていますか?
齊藤:作品の持ち込みも受けていますが、いまはマンガの媒体が増えて競争が激しいので、マンガ賞のバリエーションを増やしています。
内藤:『鬼滅の刃』や『呪術廻戦』のようなヒット作品は初めて持ち込みが来た時からビビッとくるものなのでしょうか?
齊藤:もちろん最初から「この人は才能がある」と思うこともありますが、一緒に作品を作っていくうちにこちらの想像を超えて作家が成長するパターンも多いです。だから現場にも、作家の成長は未知数だから、自分が少しでも可能性を感じたら信じてサポートするようにと伝えています。
大西:そうですね。例えば『鬼滅の刃』の吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)先生は、私が月例のマンガ賞受賞時から連載前まで担当していました。打ち合わせを続けて約1年ほどたった時に描き上げてきた、のちにデビュー作品となるネームを見たときに、「完全に殻を破れた」と感じて、連載までいけるだろうと思いました。『鬼滅の刃』はもちろん最初から面白かったのですが、やはりヒットにはアニメ化の効果が大きかったので、連載スタート時は、ここまでの作品になるとは予想できなかったです。
内藤:新人作家を一流に育てるためのプロセスはどのようなものですか?
齊藤:才能を感じてもいきなり連載をお願いするケースはまずありません。まずは週刊少年ジャンプや増刊号の中で読み切りを何度か掲載します。その中で自分の強みや弱点を見つけて機が熟したら連載で勝負というステップですね。 最初は振るわなくても後から人気になった作品はたくさんあるので、ひたすらPDCAを回す感じです。毎週アンケートを通して読者からのフィードバックがあるので、制作側が意識して新たな展開を作るなどの“仕掛け”をした回に、見込んだ通りの読者の反応があるかなどを確認しています。 また、人気が出そうなキャラクターをもっと中心に据えてみるといったように、結果に対して次を考えることを大事にしています。週刊誌は周期が短くて制作が大変ですが、その分PDCAのサイクルを早く回せることはメリットだと思います。もちろん部内でも、例えば「今週の展開どうでしたか?」と他の編集者が聞いてきたら、きちんと理屈をつけて説明するようなことは活発に行っています。
内藤:PDCAも含めて、作家と編集者のコミュニケーションはヒット作を生むために大切だと思いますが、関係性を築く中で大切にしていることはありますか?
大西:ビジネスライクにしないことですね。それこそ新人作家は最初のマンガ持ち込みから連載まで、うまくいって平均で3~5年、もしくはそれ以上かかります。その間、全く利益が出なくても、私たちは作家の「可能性」を信じて付き合い続けます。上京の際に一緒に住まいを探しに行ったり、作品作りの参考資料を提供したりといった手助けを通して、時間をかけて信頼関係を築いています。
広がっていくIP。ターゲットはいまも変わらず“読者の少年心” 内藤:先ほどの『鬼滅の刃』の話でもあったように、アニメ化されることで作品に広がりが出ている実感はありますか?
齊藤:作品を知ってもらう意味では、昔もいまもアニメが一番効果的ですよね。アニメは、色や動き、音楽といった別種の面白さが宿ることがメリットで、アニメから興味を持って原作を手に取ってもらうケースも多いので。
大西:特にいまは配信によって、世界中で見てもらえるという利点があります。一昔前は国外で日本のマンガを知ってもらうのはハードルが高かったのですが、いまはアニメになれば一瞬で世界に向けてアピールできるという意味でもやはり影響は大きいと思います。
内藤:作品の広がりという点で、読者とコミュニケーションを取るために力を入れていることを教えてください。
齊藤:夏に開催している「ジャンプビクトリーカーニバル」や、1999年から行っている年末の「ジャンプフェスタ」といったリアルイベントを大事にしています。このような規模の大きいイベントをマンガ誌で開催している例は他にないと思います。
内藤:「ジャンプフェスタ」は長い歴史がありますが、昔といまとで来場者の変化はありますか?
大西:始めた頃に比べると、ファミリー層や女性など、年齢も性別も幅広くなっています。年々参加されるメーカーも増え、会場の規模も拡大しています。
田中:まさにマンガIPの広がりを感じますよね。
内藤:私が子どもの頃は、ジャンプの読者層は小中高生がメインだったと思いますが、いまは大人にも読まれている印象です。読者層のバリエーションが増えている状況で、ターゲットの方針が変わったりはしましたか?
大西:それはないですね。ジャンプは昔から“少年向け”をずっとうたっており、いまもその点は変わりません。ただ、それはリアルな少年だけを指しているのではなく、“少年心”をターゲットにしているということかもしれません。例えばビジネスパーソンであっても、別に“サラリーマンマンガ”ばかりを読みたいわけではないでしょうし、冒険に出たい気持ちも持っているはずです。 それは女性も同様で、世代や性別問わず誰しもが持っている“少年心”にアプローチしている。そういう意味ではターゲットは変わってないと言えると思います。
新設されたメディアプロデュース室は、“作家の代弁者”役を担う 内藤:作品のアニメ化やグッズ展開、宣伝など、IPの活用について。まずは、新しく編成されたメディアプロデュース室について教えてください。
大西:元々、ジャンプでは、担当編集が1人でマンガ原稿の打ち合わせはもちろん、アニメや映画、グッズ監修など作品周りの全てを担当していました。ところが、15年ほど前、私が担当していた『ONE PIECE』が過去に例のない規模で広がったことで、さすがに1人では全てを担い切れなくなり、他にもう1人メディア担当者を設けることになりました。そして当時編集担当だった私が『ONE PIECE』のメディア担当ということになりました。それからその流れは『ONE PIECE』以外にも広がり、アニメ化した全ての作品に関してマンガ担当とメディア担当の2人体制を敷くこととなりました。その後そのメディア担当をまとめる形でジャンプ編集部内に私が統括するメディアチームができました。 その後、作品の広がりは年々加速し、『ハイキュー!!』や『鬼滅の刃』のように連載が終わってからも映画やグッズなど持続的な拡大を見せる作品が増えたので、さらにチームの規模を大きくする必要があり、編集部内のメディアチームを発展的に独立させ、現在私が室長を務める三編メディアプロデュース室ができました。マンガ編集者が作品作りに専念できるよう、マンガ以外の分野の業務を担うのがわれわれの役目です。
内藤:メディアチームからメディアプロデュース室となり、具体的にはどのような取り組みをされていますか?
大西:一言で言えば、“作家の代弁者”のような立場を担っています。弊社にはライツ事業部という版権を扱う専門の部署があり、版権業務において役割が重なる部分もありますが、ライツ事業部はアニメ製作委員会の一員でもありますので、委員会全体のメリットや他の出資者の要望とのすり合わせなどをより強く意識しなければならない部分があります。 ただそれとは別に原作者には独自の、“作品をどう見てほしいか”というこだわりや、作品のイメージを守りたい気持ちが強くあります。われわれはもともと編集部から独立した組織で、原作者と直接やり取りしていた経験がある者も多いので、その意見をより尊重した上で、アニメ製作委員会との間に立ち、橋渡しをしていくことが使命だと考えています。
内藤:メディアプロデュース室では広告・宣伝の業務も担っているのですか?
大西:そうですね。社内に宣伝部もあるのですが、やはり宣伝部の主な役割はジャンプという雑誌を売るための活動になります。ですので私たちは、そこからこぼれがちになる例えば連載終了後の作品の宣伝などをやっています。いまの時代に、より認知を高めていくため、SNSの活用なども宣伝部と連携して行っています。
内藤:なるほど。昨今、コンテンツIPと企業のタイアップが増えていますが、メディアプロデュース室が新設されたことで連携がしやすくなった点などはありますか?マンガIPを活用した事例などもあれば併せて教えてください。
田中:先ほど大西がお話しした通り、“作家の代弁者”を担ってくれている点はわれわれとしてもすごく頼りにしています。いままでジャンプではタイアップマンガは展開しておらず、原則としてアニメ版権を活用したグッズ展開がメインでした。 一方で、マンガ版権を用いた広がりの可能性についても考えてはいました。メディアビジネス部は企業とのお付き合いが深いので、さまざまな企業のニーズを聞きつつ、作家とのマッチングをできたらと。最近ですと、Maison Margiela(メゾン マルジェラ)さんの服を『BLEACH』の久保帯人先生にキャラクターと一緒に書き下ろしていただく企画があり、大西と相談しつつ、連携を取って進めることができました。
田中:メディアプロデュース室は、バンダイナムコグループさんなど弊社IPをお持ちの企業と距離が近いので、われわれと関わりがある企業を先方に紹介したり、直接セールスしたりする機会も増えています。 メディアビジネス部としても、『呪術廻戦』とDOLCE&GABBANA(ドルチェ アンド ガッバーナ)さんのコラボ企画があり、こちら(写真)の広告をジャンプに出していただいたことがあって。アニメ版権でしたが、大元はジャンプですので、ジャンプの文脈の中でご紹介する方が反響を取れることもあると思います。
(上)『呪術廻戦』×DOLCE&GABBANAでは、登場人物をイメージしたコラボビジュアルをジャンプの裏表紙に掲載。商品コラボだけではない広がりのある企画となった。同様の企画は『ONE PIECE』×LACOSTE(ラコステ)でも。 (下)「ハイキュー!! FANPARK」の協賛社となった赤城乳業「ミルクレア」では原作版権を活用したコラボパッケージを製作。その告知として「ハイキュー!! magazine」にてPR広告も特別作成した。
内藤:いま挙げていただいたように人気の企業とコラボレートすることで、作品的にも認知向上やファンの増加など宣伝の効果もあると思いますが、そのような観点でコラボを行うこともありますか?
大西:そうですね。われわれは、より作家に近い立場にいますので、作品の宣伝につながったり、作品のブランド化を進められたりするようなものであればお受けすることもあります。 2025年6月に開催した、「ハイキュー!! FAN PARK」もまさに事例の一つだと思っていて、「ハイキュー!! 」のアニメ10周年などのタイミングに合わせて、電通さんにもご相談しながら、いろいろな企業とコラボしてプロ モーションを行いました。いままでですと、編集部あるいは宣伝部だけがスポンサー探しをしていたところ、われわれも一緒に探すことができるようになったのはすごくありがたいと思っています。
前だけを見て、これからも新しいヒット作を生み出していく 内藤:今後の目標や課題についてお伺いできますか?
齊藤:自分が入社してからずっと「マンガ雑誌の最大の企画は新連載だ」と言われ続けており、常に新連載を立ち上げることを考えて、いまもその状況は変わっていません。「ヒットが出たからしばらくは安泰だ」と思ったこともありません。今後も前だけを見て、新しいヒット作を出すことだけを考えていきたいです。 あとは、昔に比べてコミックス派の方も増えていると思うんですけれども、新しい展開や新連載が見られるように毎週頑張っているので、やっぱり雑誌のジャンプを手に取ってほしいですね。いまだとデジタル版で定期購読することもできますので。
大西:今後も「日本で一番面白いマンガを連載する→それを読者に雑誌やデジタルで読んでもらう→その作品をアニメや商品にして大きく広げていく」、そうやって作品をファンに届け続けるのがいままでもこれからもわれわれの最大の目標であり、継続していかなくてはいけないことだと考えています。
田中:マンガ版権で商品化したものが出てくるとさらにプロモーションも広がっていきますし、世界観も作られていくと思います。今後も集英社IPを広められるよう働きかけていきたいですね。