雑誌や書籍作りで培った出版社のクリエイティブ力やブランド力が、いま注目されています。本連載では、世の中のマーケターに向けて、さまざまなテーマでいまの時代における出版社のアセットやコンテンツ作りを紹介しながら、出版業界を活用するためのヒントをお届けします。
今回は集英社の「デジタルマンガ」にフォーカス。累計DL数3000万(2025年1月時点)のマンガ誌アプリ「少年ジャンプ+」、全世界累計4000万DL(2025年10月時点)を誇る世界配信用のアプリ「MANGA Plus by SHUEISHA」(以降、「MANGA Plus」)はどのようにはじまり、広がっていったのか。
両アプリの立ち上げをけん引し、現在は、「MANGA Plus」の編集長を務める細野修平氏、同社メディアビジネス部に所属しマンガIPのタイアップ企画などを手掛ける大河麻衣氏に、電通出版ビジネス・プロデュース局の岩波寿起氏がインタビュー。集英社が見据えるコンテンツ戦略とグローバル展開に迫ります。
左から、集英社 メディアビジネス部・大河麻衣氏、MANGA Plus by SHUEISHA編集長・細野修平氏、電通 出版ビジネス・プロデュース局・岩波寿起氏 編集方針は“なんでもあり”!集英社“マンガ編集部連合”の協力でスタートした「少年ジャンプ+」 岩波:まずは、「少年ジャンプ+」の立ち上げに関わるお話からお聞かせください。細野さんは当時「週刊少年ジャンプ」の副編集長でしたが、「少年ジャンプ+」開始にあたり、デジタル展開における市場ニーズやユーザーの課題をどのように捉えていたのでしょうか?
細野:「週刊少年ジャンプ」の副編集長は、媒体全体における「予算」や「台割作成(作品の順番やページ設定)」、「メディア化」における業務などを手分けして兼任しており、私は「デジタル」担当になりました。ただ就任した2012年当時、デジタル分野はかなり存在感が薄くて、ウェブに特化した電子書店に卸す作品の確認をしていた程度。ですから、特に市場ニーズやユーザー課題を捉えて始まったという話ではないんです(笑)。 同年に、デジタル事業部からの声がけで集英社直営の電子書店「ジャンプBOOKストア!」のアプリ運営を始めたところ「デジタルでも結構売れる」ことに気づきました。そこで、オリジナル作品の掲載にチャレンジしようと始めたのが、2013年にローンチした「ジャンプLIVE」。さらに少しずつ手応えを感じて、もっと本格的にオリジナル作品を投入し、読者の反応を見たいと立ち上げたのが「少年ジャンプ+」です。
岩波:スタートしてからどのくらいの期間で、「ユーザーが増えた」などの手応えをつかめ始めたのでしょうか?
細野:実際のところ、ユーザーの増え方はとても速かったですね。1年でアプリの100万ダウンロードを目指したところ、わずか19日間で達成しました。その理由として一番大きかったのは、当時、ほとんど手掛けていなかったサイマル配信(紙媒体の書籍と電子書籍を同時に刊行すること)を、週刊少年ジャンプという紙の売り上げ部数が多い媒体で実施したことですね。 だからこそ「少年ジャンプ+」も早い段階で認知され、読者に受け入れられたのではないかと思います。一方で「少年ジャンプ+」の話をすると、オリジナル作品もあるのに、「サイマル配信のことだよね」と数年間言われ続けたのは、仕方ないと思いつつ悔しくもありました。
岩波:いまやその中から、『SPY×FAMILY』や『ダンダダン』といった、多くの人に知られるオリジナル作品が生まれています。「少年ジャンプ+」ならではのヒット作が生まれる理由や、独自の編集方法があるのでしょうか?
細野:「少年ジャンプ+」の編集方針を一つ挙げるとしたら“なんでもあり”です。ローンチ当時は、作品数が少なく、毎日連載するのもギリギリの状態でした。そこで多彩な作品を求めて社内のいろいろな編集部に声をかけ、掲載作品を募っていったんです。 もともと編集部員5人で始めたのですが、編集長は兼任、僕も2本ぐらいしか担当を持つ余裕がなく、圧倒的に人手が足りませんでした。そのため、「週刊少年ジャンプ」、少女マンガ誌、「JUMP j BOOKS」「週刊プレイボーイ」といったさまざまな編集部の編集者にも参加してもらいました。僕としては集英社の多彩な編集部のみんなと「少年ジャンプ+」を作っている感覚でした。 当時の「少年ジャンプ+」はどういった媒体か浸透していなかったので、漫画家さんもいきなり連載を依頼されても難しいけれど、読み切りだったら描けるよという方もいらっしゃいました。編集部としても意欲的な読み切りを載せやすかったし、載せていこうという機運がありました。ジェンダーに関わる話や、シスターフッドもの、コアなSF作品など、そこで掲載したさまざまな読み切りが、「少年ジャンプ+」の幅をかなり広げてくれました。結果として、作家には「自分の作品も載せてもらえるかもしれない」と思ってもらえ、読者にも「いろんなジャンルが載る媒体」だとじわじわ認知されていきました。
アプリ単体での短期的な収益よりも、長期目線の“ファンづくり”を目指す 大河:「少年ジャンプ+」“らしさ”みたいなものは、いつ頃から生まれたと感じていますか?
細野:少し前に実写映画化された『カラダ探し』が初期のヒット作で、2016年にスタートした『ファイアパンチ』『終末のハーレム』あたりから、より一層“なんでもあり”の雰囲気が浸透していきましたね。『SPY×FAMILY』や『怪獣8号』は、読者層がじわじわ広がる中で、より王道感がある作品が求められ始めたところに、うまくはまった感じです。
岩波:出版業界がデジタル展開を本格化させる前のチャレンジとおっしゃっていましたが、出版業界におけるこの取り組みはどういった位置付けになるのでしょうか?
細野:「少年ジャンプ+」開始時には、「マンガボックス」や「comico(コミコ)」(日本で制作されたウェブトゥーン作品のアプリ)があったくらいで、先駆的な取り組みだったと思います。 同時に、他のデジタル媒体のようにこのアプリ単体で売り上げを立てる方針ではない点が、ある種の独自性でもあります。2019年から連載作品はアプリダウンロード後初回全話無料のサービスを始めましたし、最新話も全て無料で読めます。多くのアプリは売り上げを重要視していますが、そうした短期的な収益よりも、作品自体の読者やファンになってもらい、連載を追いかけてもらう方が、結果として利益につながると考えていました。
大河:「少年ジャンプ+」は曜日ごとの連載作品が決まっていて、配信時間の0時に読んでくださる読者が多くいます。無料ですぐ読めるので、最新話アップ後の盛り上がりも話題を集めています。広告的に新しかったのは、読了後に流れる広告収益の50%を作家に還元していることですね。アプリで収益を上げていくよりも、作家さんにも還元しながら、毎日マンガを楽しめるサービスを目指したところが新しい試みだったと思います。
細野:「少年ジャンプ+」を一緒に作り、現在、少年ジャンプ+デジタル担当編集長を務める籾山(もみやま)悠太は、このメディアを「テレビのような媒体にしたい」と言っていました。読者(視聴者)が来ることによってメディア自体が盛り上がり、掲載されている作品もどんどん大きくなっていく。そんな状態をマンガでもつくれるといいですよね。
「紙9:デジタル1」の市場に切り込む海外向けアプリ。集英社直営だからできる2つの展開とは岩波:続いて、細野さんが現在編集長を務める「MANGA Plus」についてお聞きします。こちらは週刊少年ジャンプや「少年ジャンプ+」に連載されている作品の最新話を多言語翻訳して、日本・中国・韓国以外の全世界に、日本でのリリースと同時に発信するウェブサービス(アプリも展開)ですが、どんなきっかけで海外に目を向けていったのでしょうか?
細野:「MANGA Plus」は2019年1月にスタートしました。2017年頃から海外ではウェブトゥーンの人気が高くなり、日本のマンガの存在感が低下しているような危機感を持っていたんです。そこに対抗するため、海外でも直営サービスを立ち上げるべきではないかという議論が発端でした。 同時に、海外では日本のマンガを掲載する海賊版サイトが増えてもいた。これは裏を返せば需要があるということなので、正規版を日本と同じタイミングで配信すれば、こちらに読者がつくのではないかと考えました。
大河:現在9言語(英語・フランス語・スペイン語・ポルトガル語・ドイツ語・タイ語・インドネシア語・ロシア語・ベトナム語※2025年10月時点)で展開していますね。
細野:海外では紙とデジタルの売り上げ比率が全体で9:1くらい、圧倒的に紙の方が売れているんです。デジタルはヨーロッパが一番少なく、アジアは10%程度で増加傾向、北米は伸ばそうとしている状況です。ありがたいことにコロナ禍以降は紙の売り上げが5倍程度に増えていて、人口が全く違う北米とフランスですが同じくらい紙の売り上げがあります。
岩波:フランスには「カルチャー・パス」(若者の文化活動を支援する制度)などの助成金があって、子どもたちは政府から支給されたお金でマンガを買うこともありますよね。「MANGA Plus」のユーザー数は国別で見ると、どのくらい差がありますか?
細野:「MANGA Plus」のユーザー数は北米が一番多く、次いでインドネシア。 最近増えているのがブラジルで、タイ、インド、フランスと続きます。ブラジルは『BORUTO―ボルト― 1―TWO BLUE VORTEX―』や『カグラバチ』の熱狂的なファンがいますし、僕自身も展開先としての興味がありますね。
岩波:コンテンツ力やサービスとしての差別化など、海外に向けた「MANGA Plus」の独自性をどう打ち出しているのでしょうか?
細野:正直、その点は道半ばだと思っています。「サイマル配信でマンガが読める」だけだと、弱いかなと考えています。「MANGA Plus」の一番の良さは、集英社の編集部が直に運営していることです。その点を生かし、大きく分けて2つの方法で日本の編集部や作家の空気感みたいなものを伝えられるといいなと考えています。 一つは配信作品以外に日本のマンガ業界の雰囲気や作家・編集者からのメッセージのようなものを伝えること。これは編集部直営にしかできませんし、絶対付加価値になると思うんです。同じような意味でもう一つ、独自のコミュニティを作り、「MANGA Plus」という“場”自体が、海外のファンにとって大事な場所になれるといいなと思っています。
「マンガ」ならではのクリエイティブを生かしたタイアップを考える岩波:海外への宣伝戦略はどのように考えていますか?国によってのプラン変更なども検討しているのでしょうか。
細野:どの国で宣伝をするか選択するまでが精いっぱいで、国ごとに細かく変えていくのは難しいというのが実情ですね。現在特に力を入れているのは、北米、インドネシア、インド。インドネシアは熱心な読者がいて、アプリにお金を払う人も出始めたので、バランスがいい国ではないかと思っています。インドは驚くほど安いコストで効果が見えるのと、そもそもの人口が多いので伸ばしていきたいなと。
岩波:細野さんや大河さんが挑戦してみたい広告やタイアップ方法はありますか?
細野:せっかく日本の編集部が運営している媒体なので、国内の企業が海外展開をする際に一緒に展開できると、どちらも盛り上がれていいのではないかと思っています。もちろん、各国の現地企業とのタイアップも面白いでしょうし、いろいろな企業に乗っていただけたらうれしいですが。
大河:確かに、日本のコンテンツを海外に届けるときに、「少年ジャンプ+」で実現したような描き下ろしのタイアップ企画ができると面白いですし、挑戦していきたいですね。 「少年ジャンプ+」には『マリッジトキシン』や『幼稚園WARS』など、アプリ内では閲覧数が多くて人気だけれど、アニメ化準備中で、まだ一般的には認知度が高くない作品がたくさんあります。そうした作品と大手企業がタイアップできると、商品はもちろん、作品や作家さんの価値を高めることにもつながる可能性があります。作品ファンの方も喜んでくださいますし。そんな、読者にとっても、広告主にとっても作家さんにとってもプラスになる案件の成立を目指しています。 国内では例えば、パナソニックさんの男性用ボディトリマーを訴求するタイアップを「少年ジャンプ+」に掲載したことがあります。マンガのキャラクターがストーリーに載せて紹介することで、商品の魅力が分かりやすくなる。商品自体の詳細について深くは分からなくても、「これは何だろう」「使ってみたい」と興味を引くきっかけには寄与できます。
・『マリッジトキシン』タイアップマンガはこちら ・『幼稚園WARS』タイアップマンガはこちら
岩波:複数の先生による描き下ろしの広告企画もありましたよね。作家それぞれの個性や世界観が出て面白い企画でしたが、タイアップを進めるにあたって気を付けていることはありますか?
大河:その点で言うと、作家は唯一無二のクリエイターなので、広告主の要望どおりに描くのは難しい面があるんです。逆にそうしてしまうと、せっかくのマンガタイアップの面白さが消えてしまいます。 広告主企業が「マンガ」という独特なクリエイティブを理解してくださると、とてもいい企画になるので、タイアップを進める際には事前に「できるだけ内容や世界観は先生に委ねてください」「赤字もなるべく入れないでください」と企業側に伝えた上でマンガにしてもらっています。「ネーム」という物語の展開が分かるラフの段階で、事実関係や固有名詞の間違いのみを確認していただき、進めることが多いですね。
“機動的な展開”と“媒体力”で、目指すは“三方良し”のタイアップ岩波:広告企画にあたり、アプリとウェブで展開される「少年ジャンプ+」だからこその利点はありますか?
細野:ウェブのみという意味では、ページ配分の自由度があると思います。例えば、読み切りのタイアップマンガを掲載する際に、紙だと各所の調整が必要になりますが、「少年ジャンプ+」は基本的にいつ、何ページ載せてもそうした調整は発生しません。タイアップした作品の通常の更新曜日と違うタイミングで時間まで指定して公開することもできますし、動画広告のリンクを貼って再生させることもできます。そういう意味では、機動的にタイアップしやすい面がありますね。
大河:コロナ禍の2022年に「Meta Quest(旧称Oculus Quest)」というVRヘッドセットのメーカーから、量販店で消費者に試してもらうことができないため、「マンガと動画を使ってVRで何ができるかを伝えたい」という相談がありました。当時『ダンダダン』がまだ3話目公開くらいのタイミングだったため、作者の龍幸伸先生にVR空間上で主人公のオカルンを描いてもらう企画が実現しました。アニメ化以降、さらに人気が出て多忙になられたいまでは考えられませんが、龍先生も半年ぐらいVR上での作画を練習して臨んでくださいました。撮影でもお人柄の良さを感じ、ますます先生のファンになってしまいました。
・Meta Quest×『ダンダダン』タイアップ動画はこちら
岩波:確かに、こういう体験型の施策なら作品の魅力も商品の魅力も同時に伝わってきますね。
大河:「少年ジャンプ+」ならではで言うと、とにかく“たくさん読んでもらう”サービスに重点を置いています。広告主にとってはやはりどのくらい見られているかが大切。「少年ジャンプ+」は閲覧数が公開されていますし、その数も多く媒体力がある。タイアップ企画の閲覧数やコメントを見て、広告主にも興味を持ってもらえた実感が湧くため、リピーターになってもらえたり、高評価をもらえたりするケースがたくさんあります。その“三方良し”なタイアップが「少年ジャンプ+」の良さだと思っています。
岩波:日本にマーケットがある企業が、「少年ジャンプ+」と組んだとして、そのまま各言語に翻訳をすれば「MANGA Plus」という媒体を通じて海外へも広げていける。新しいマーケティングのソリューションとして、マンガとのタイアップはとても使えると思っています。 その中で、いまの重点ポイントを広告主企業にご理解いただく働きは、われわれ広告会社の人間がしていく必要があります。僕は、海外企業とタイアップのときには作家を、「オーサー(著者)」ではなく「アーティスト」と表現しています。「マンガ(絵)を描けて、ストーリーも作れる天才的な『アーティスト』と仕事をすることをわかってください」と必ず伝えている。文化も違うため大変ですが、「MANGA Plus」とのタイアップをきっかけに諸外国に知ってもらえる可能性は大いにあると思います。
細野:海外訴求の一手として、新しい展開を作っていけそうですよね。
オリジナルのヒット作を世界に広げ、日本のマンガの多彩な魅力を届けたい岩波:最後に、「MANGA Plus」を通して、どのようにマンガ文化を広げていきたいか?また、マンガを通してどう世界とつながっていきたいかといった観点で、細野さんから編集長としてのビジョンをお聞かせください。
細野:現在は日本の作品をそのまま掲載しているため、日本での人気が、イコール「MANGA Plus」での人気につながっています。けれど、国によって文化・感覚は異なるので、「MANGA Plus」を通して先に海外人気が出て、日本での人気にも火がつくこともありえる。そんな形で、「MANGA Plus」から新たなヒット作を生み出していきたいですね。 同時に日本の作品のみならず、海外発のオリジナル作品を展開していきたい。海外の作家さんが投稿できる「MANGA Plus Creators by SHUEISHA」というサイトがあり毎月漫画賞を出しています。ここから新たな作品が生まれてヒットしたら楽しいですし、そこを目指したいと考えています。
岩波:やはり「オリジナルのヒット作」がカギになりそうですね。
細野:そういった期待感もありつつ、正直なところ焦りもあります。いま日本のアニメの中には海外で爆発的なヒットを記録するものがあります。そうした「ジャパンアニメ」の地位向上に、マンガはまだ追いつけていません。日本と同様に海外でもマンガとアニメが相互補完的な関係をつくる必要がありますし、そこは僕たちが担うところだと。 また、個人的な気持ちとして「マンガの奥深さをもっと世界に知ってほしい」という想いがあります。以前に海外の方がインタビューで、「ウェブトゥーンは、マンガと違っていろんなバリエーションの作品があっていい」と話していました。それを聞いた時にとてもショックで悔しくて……。 僕は日本のマンガの方がよっぽど幅も広いし深いと思っています。ただ一部の海外の人には、日本のマンガと言えばいわゆる“王道”の少年マンガだけだと思われている。全世界の人たちに、日本のマンガの多彩な魅力をより深く知ってもらい、もっと豊かに楽しんでもらえる世界を実現できるといいなと思っています。