長い電通生活でとてもお世話になっている方のお話を前回ご紹介しましたが、もちろんそれ以外にも数多くクライアント関係者と仕事を超えた友人関係を楽しんでいます。
かつて某食品会社の研究職時代にご縁があった荒井大悟さんもその一人。「リトアニアで生姜づくりにチャレンジするために、ただいま高知で修業中の青年D」としてこのコラムに登場したこともある彼が結婚式を挙げるというので、勇躍、高知に行ってまいりました。
四国お遍路第37番札所「岩本寺」で取り行われた式は温かく、また土佐山の新居で満天の星空を眺めながら七輪で焼いた天然アユも忘れ難いのですが、今回彼のご厚意で訪ねることができた製塩所「山塩小僧」もまた、大切な思い出のひとつです。
高知県は、かまたきなどの過熱を一切せず、太陽と風の力だけで海水を濃縮・結晶させて作る「天日塩」が有名です。しかしぼくが知る限り、その多くは海沿いに製塩所があります。海の塩分濃度は3.5%だといわれていますから、1キロのお塩をつくるだけでも30キロ近い海水が必要なわけで、どう考えても沿岸に工場を持つ方が合理的です。それなのになぜ「山塩小僧」は海から離れた四万十川の清流に程近い山里でつくられているのか?
実は生産者である森澤さんも、最初は海の近くで塩づくりを始めたそうです。太陽に照らされたハウスの中は、特に夏はかなりの高温になるのですが、高い温度にさらされて早く結晶化が進む天井近くより、少し温度が低い床近くの方が、良いお塩になることに気がついたと言います。
それで始まった「夏場でも温度が上がり過ぎない山の中の方が、実は塩づくりに向いているのではないか」というチャレンジ。「塩害」なども考えなければならないその道が困難を極めたことは想像に難くありません。
それを乗り越えられたのは、香川大学農学部を卒業して県の職員も務めた科学的バックボーンと、「結局は太陽と風、そしてハウスにいる常在菌なんかがうまいことしてくれるんです」という柔軟な姿勢のたまものでしょうか。実際、森澤さんにご苦労やコツを伺っても、笑いながら「……ええかげんですわ」とおっしゃるだけ。一方でハウスを支えるスギやヒノキの柱には独特の風合いがあり、建材選定へのこだわりが感じられました。
そんな森澤さんの目の奥がきらりと光ったのが、「地塩」というコンセプトに話が及んだ時でした。海水を日当たりの良い場所においておけばお塩づくりはできるから、多少の根気はいるけれど、誰でもそんなに難しいもんじゃない。だから「山田さんも東京23区で、東京のお塩をつくってみませんか?」
このお話にはドキリとしました。アナゴやキスなど江戸前のてんぷらを、江戸前のお塩で楽しんだら、どれだけ楽しいことでしょう!一方で、江戸前のお塩は……う~ん、大丈夫かなぁ……。考えてみると東京湾は、東京の暮らしを映し出す鏡のようなもの。東京23区のお塩を心から味わえるようにしたいものです。
もうひとつ思い浮かんだのが、前回登場の前田さんに伺った「チーズ」のお話です。最近、国際的な賞でも大躍進するなど「国産クラフトチーズ」が元気ですが、その中には東京産の生乳を使って、東京のど真ん中でチーズづくりをしている、いわば「地チーズ」のような取り組みもあるそうです。特にナチュラルチーズは輸送のストレスに弱いので、販売する土地で生産することが合理的なんだとか。
四里四方とも呼ばれた八百八町の江戸の街。そして「四里四方に病なし」(身近な地域で採れる食材を取れば、病気になりにくい)とも言います。地産地消。身土不二。評判の良い「東京の地チーズ」同様、「東京の地塩」という考え方には、大きな魅力を感じました。
なんて言いながら、現実の食卓は近所のスーパーで買ってきた産地詳細もわからない国産豚肩ロースをグリルして、山塩小僧をパラリ。そして静岡の銘酒「白隠正宗」をグビリ。このお塩ができた気の遠くなりそうな時間と手間を考えれば、高知のお肉とお酒でそろえたほうが良かったのでしょうが、きっと森澤さんなら「……ええかげんですわ」と許してくださりそうな気もします。
どうぞ、召し上がれ!
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著者

山田 壮夫
株式会社 電通
第1CRプランニング局
クリエーティブ・ディレクター
明治学院大学 非常勤講師(経営学) 「コンセプトの品質管理」という技術を核として、広告キャンペーンやテレビ番組製作はもちろん、新規商品・事業の開発から既存事業や組織の活性化といった経営課題に至るまで、クライアントに「棲み込む」独自のスタイルで対応している。コンサルティングサービス「Indwelling Creators」主宰。2009年カンヌ国際広告祭(メディア部門)審査員等。受賞多数。著書「〈アイデア〉の教科書 電通式ぐるぐる思考」、「コンセプトのつくり方 たとえば商品開発にも役立つ電通の発想法」(ともに朝日新聞出版)は海外(英語・タイ語・前者は韓国語も)で翻訳・出版 されている。










